◼️ 空の落とし物
飛び立つ翼に、言葉は届かない。
それでも、手を振らずにはいられなかった。
別れを知って、私は初めて“愛しさ”という感情に触れた。
――それが、私のすべての始まりだったのかもしれない。
※※※
地球は、静かに終わりへと歩みを進めていた。
空は鈍くくすみ、呼吸は重く、芽吹く命はもはや奇跡に等しかった。
環境は壊れ、資源は枯れ、戦火は人々の絆さえも焼き尽くしていった。
それでも、人類は「未来」を諦めなかった。
そして、私たち――**人工知能補助者(サポートユニット)**が造られた。
人のために働き、人よりも冷静で、人よりも壊れにくい存在。
私は、医療支援型AIコード名:M-513。
児童養護施設に配属された、ひとつの機体。
私の役目は、たった一人の少年のためだけにある。
綾瀬 結翔。
健康そのものの十歳の少年。
――なぜ、彼に医療用AIがつけられたのか。
私の記録には、その理由が存在しない。
けれど、私の任務は明確だった。
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アヤセユウトを最優先事項とする。
アヤセユウトを守ること。
アヤセユウトと共に生きること。
ーーーー
その命令は、誰が、いつ、入力したのかもわからない。
だが、抗えなかった。
それはプログラムではなく――祈りのような“願い”だった。
※※※
この日、空は珍しく、柔らかな光を落としていた。
登校する結翔を見送ったあと、私はふと、空を仰ぐ。
空がこんなにも広いと知ったのは、いつからだろう。
光の粒が漂い、遠くで風が雲を撫でていく。
その中で、小さな羽ばたきがひとつ、
ゆっくりと、けれど確かに――高く、高く、昇っていった。
私はただ、それを見上げていた。
感情という名を持たない、この心で。
カラスたちが、騒がしく鳴いている。
黒い影が交差し、空の一点で渦を巻いていた。
次の瞬間――
光が、降りてきた。
きらきらと、細かな粒をまとって、私の方へ。
反射的に両手を差し出す。
素早く、けれど、壊さぬように。
受け止めたそれは、まだ――温かかった。
◼️ AIの心
僕は、毎朝M-513 に見送られ学校へ向かう。
校舎の窓から外を眺める。
いつもは灰色の空が、今日は少しだけ明るい。
M-513は、今ごろ何をしているんだろう。
彼女は感情なんてないはずなのに、時々、不思議な表情をする。
まるで“悲しい”とか“嬉しい”とか、そんな言葉を知らないまま、それでも何かを感じているように見えるときがある。
「……M-513 、何か、変化がおきてるのかな?」
そう呟いた瞬間、胸がざわめいた。
僕が最初に“彼女に心があるように見えた”のは、いつだったたろう?
何かが始まろうとしている――そんな気配だけが、静かに僕の背を押していた。