薄暗いと感じた矢先、窓の方に目を向けると、日が暮れかかっていることに今更のように気付いた。時計の針は下校の時刻をとうに過ぎており、そろそろ先生が見回りにきて叱りに来る頃合いだ。
キャンパスの中の花はまだ未完成。背景の空も、葉の色も色鮮やかに整っているというのに、花の色だけが未だに真っ白。思うままに描いてしまったから何の花がモデルだったのかももう分からない。現実にはない、花の形をした何かだ。
絵筆をパレットの上で渇きそうな絵の具に付ける。ぼんやりしていたせいか、変な色になってしまう。こんな色の花にはしたくはない。どうせなら明日に持ち越してしまおうか。そんなことも頭に過ぎるくらい。
いっそのこと、このまま白くて名もない花として完成にしてしまってもいいくらいだ。私はこの花をどうしたらいいのだろう。どのようにしたら正解なのだろう。
「おい、まだ残っているのか、楓」
意表を突くように、美術室のドアがガラリと開かれ、畳みかけて怒号のような声が飛び込んでくる。声の主は、学内でもマドンナとして名高い柊先生だった。噂に違わず、容姿端麗な美貌を持っている。私でもドキリとしてしまうくらい。
「あ、柊先生。すみません、ちょっとまとまらなくて……」
「どんな調子なのよ。あら、もう完成じゃないの?」
ずいずいと美術室に足を踏み入れると、未完成のキャンパスを覗き込んできた。
「いえ、花の色が決まらなくて」
「これ、何の花? 菊、じゃないし……バラでもないわよね?」
「なんというか、想像の花です」
なんだか自分で言ってて恥ずかしくなってきた。これじゃ何も考えてませんって告白しているようなものだ。顔が赤くなってしまう。夕焼けで誤魔化せないだろうか。
「それじゃ時間掛かりそうね。モチーフとかそういうのも決めてない感じ?」
描き始めの頃は、感情のままに下書きをスケッチしたのは覚えている。でも、これは一体何の感情を込めて描き始めたものだっただろうか。
ふと、柊先生がまた一歩、ずいっとキャンパスに、そして必然的に私に近づいてくる。その瞬間、花の色がほんの少しだけ見えたように錯覚した。勿論、錯覚は錯覚だ。花にはまだ色はついていない。真っ白な花だ。
「ふぅーん?」
思いの外至近距離の先生から甘い香りが漂ってくる。何の香りだろう。
これは香水? でもそんなもの仮にも学校の教師が付けてくるはずもない。校則でも禁止されているのだから。
「ねえ、なんだったらもう好きな色に塗っちゃえば?」
にっこりと笑って私の方に向き直る。またドキリとしてしまった。
私の好きな色は、ソレだったから。