かの有名なエルヴィン・シュレーディンガーは、とある思考実験を唱えた。
猫を箱に閉じ込め、一緒に一定時間ごとに毒性のガスを発生させる装置を入れたとき、箱の中の猫は生きているのか、死んでいるのか。
その状態は観測するまで分からない。従って、観測しない限りは、生きている状態と死んでいる状態が両立しているのだと。
ようは、それは本当の意味で客観的に理解しうる状態にならない限りはどっちとも言えるということだ。
私は今、自分の中にあるソレがどういう状態にあるのか、理解することができないでいた。私の胸の内に入り込んでいるソレは、端的に言って、正直に言って、ハッキリ言うと、クラスメイトの女の子のことだ。
伊部リス。何のことはない、普通の女の子で、それなりに長い付き合いはある程度の、本当にただのクラスメイトだ。
どうしたことか、私は伊部リスのことが頭を離れないでいる。きっかけといえば些細なことで、数刻前にも遡る。放課後の、誰もいない校舎裏。私とリスは二人きりでいた。リスに呼ばれたのだ。
そして、リスは、なんというか、その、ストレートな話だが、私に向けて愛の告白をしてきた。どんな言葉だったのかは、もはや覚えていない。
私は顔が熱くなってしまい、ポーッとなってしまっていて、ただただリスに告白されたという事実を脳髄に刻まれたという記憶しか残っていない。
はいとも、いいえとも言えず、私はその話を「考えさせて」と保留してしまった。
そのまま今に至る。
どうしたものだろう。これは本当にどうしたものだろう。
リスのことは嫌いじゃない。だって長い付き合いだし。女の子同士、普通に仲の良い関係でいた。今までずっとお互いに支え合ってきたりしたのは紛れもない事実で、周囲もその様に認識していたはずだ。
好きかと言われたら「はい」だし、否定するところはない。でもそれを恋愛感情かと言われたならば、私の中から答えが吹き飛ぶ。
私の中にあるリスへの思いは、なんだ。
好きであり、嫌いではなく、このどちらかなのかさえも分からない。
ああ、願わくば、誰か私を観測してもらえないだろうか。
私の中にある感情は、一体何なのか。
まさにシュレーディンガーの猫。今のこの状態は、どちらでもないことが両立してしまっているかのよう。観測によってソレが確定される。
じゃあ、誰が私を観測できるというのか。
ああ、私の心の中はどっちなんだ。
明日また出会うであろうリスに、どんな返事をすればいいのだろう。
私は、私の中の状態を、どうやって観測しよう。
ただひたすらに頭を抱え込み、夜は更けていくばかりだった。