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私が天使!?

ー/ー



 不審者に連れ去られて眠らされてしまった。文面だけ見ても非常に危険な状況だ。それも姿の見えない不気味な存在に。
 どうすることも出来ずに謎のベッドに寝かされてしまった私はようやく目を覚ました。

「ここは……」

 謎のベッドはそのままに、周りはもといた狭い空き地なんかではなく、広い草原だった。
 白く大きな雲がゆったりと流れる鮮やかな青空。ベッドに木漏れ日を落とす美しく大きな1本の樹。草原の先に見えるきらきらと輝く泉……。

 襲われた状況と比較してみると、非常に違和感のある景色だ。こういう時はボロボロの廃墟や山奥の洞窟なんかに監禁されるのがお約束というか……とにかくここはあまりに美しい場所だった。それこそこのベッドが似合うような……。

「いやでも!危険な状況には変わりないかも……。そもそもここどこ?町は?人は?あの不審者は?」

「不審者とは少し悲しいですなぁ」

「うわぁぁああっ!」

 唐突に近くから声が聞こえた。その声を聞いた瞬間全身に悪寒が走りつい叫んでしまった。

「ほっほっほ。驚きましたか」

「私を攫ったやつ!どこだ!あ、姿は見えないのか……」

「いえいえ、ここならば姿は見えるはずですぞ」

 謎の声はそう言っているが目の前には草原と美しい地平線が広がるばかりだ。

「え……だって見えない……」

「後ろですよ。振り返ってください」

「後ろ……」

 そうして振り返った私は言葉を失った。

「おや?どうかいたしましたか?」

 黒く輝く背広にぴしりと伸びた背筋。銀色の渋いモノクルと美しい白髪の収められたシルクハット。そんな紳士そのものの見た目。
 傍から見たらそれだけだろう。ただ、私はこの姿をよく知っていた。この顔に刻まれた威厳ある傷も、大天使に仕えることを示す徽章も、彼がその人物であることを示していた。

「……シンバ……?」

「……名乗ってはいないはずですが?」

 その物言いは、自らの名前を認めたようなものだった。

「やっぱりそうなんだ!シンバ!?なんで!?しかも私を攫うなんて……シンバらしくないよ!」

「まぁ多少強引だったかもしれませんが……こちらも少し事情がありまして……」

 シンバというのはグリぐりに登場するジェントルマンな執事。
 しかし主君のためならばかなり無茶なことでもするので確かにこの状況が命令によるものだったならば説明はつくだろう。主君以外に対するシンバらしさは確かにあったということだ。

「お嬢さん。あなたをここに連れてきたのは我が主君の指示なのです。ご無礼をお許しください」

「いや……そんなこと言われても……」

「必ず礼を致しますので、今はただ私たちのことを信じてください」

 シンバは深々と頭を下げてみせた。

「でもシンバだしなぁ……大丈夫かな。ていうかシンバがいるってことは仕えてるのは大天使メロウってことだよね!」

「メロウ……様ですぞ」

 私が軽々しくその名を呼ぶことを咎めるようにシンバはギロリと私を睨みつける。

「あ、メロウ様……」

 ここは流石にシンバ。主への無礼は許さない。私も反省。

「しかし……本当にあなたは知っているのですな」

「うん。私はこの世界のことをよく知ってる。ずっと憧れてた世界だった」

「ほう……事情はわかりませんがこの世界に憧れていたならばお嬢さんにとっても悪い話ではありませんな」

「いや……勝手に連れてこられて……友達と離れ離れになってるんだよ?……良いことばかりじゃないよ」

「……申し訳ありません」

 私の様子を見てシンバが目を伏せながら一言そう言う。

 ……実際私は戸惑っていた。こんな夢みたいな話信じられるわけも無い。それにいくら憧れていた世界とはいえ、こんな一方的で理不尽に連れてこられても素直に喜べなかった。

「それで?私はどうしてここに連れてこられたの?」

「お嬢さんのようにこの世界に波長の合う方に手助けしていただきたいことがあるのです」

 シンバは淡々と説明を始める。

「波長?」

「私の声が聞こえましたでしょう?姿までは見えなかったようですが波長の度合いによって声だけ聞こえなかったり姿だけ見えなかったりするようなのです。しかしどちらか片方でも満たしていれば十分素質はあるということなのです」

「……えっと、素質って、なんの?」

「天使ですよ」

「天使!?それってあの!マスカット・ハートみたいな!?」

 天使。それはこの世界における主役のようなもの。ただこの世界に放り出されるのではなく天使になれるというのならば話は変わってくる。

「ほほう、ハート様を例に挙げられるのですね」

「私、ハートに憧れてたの。あんなに頑張り屋で一生懸命な子いないじゃない」

「ならばお嬢さんにはハート様のところへ行ってもらいましょうか」

 シンバはあっさりとそう言う。

「え!いいの!?」

「えぇ。やはりここに来てもらったからには満足のいく待遇をするようにしています」

「ハートと……一緒に……!」

 一緒に……えっと、何をするんだっけ?

「ねぇ、天使って言ったけど……何すればいいの?」

「戦いに参加して欲しいのです」

 あー……やっぱり……。

「でも私、魔法も使えないし武器だって持ったことないよ?」

「そこは安心してください。武器の訓練はこちらでいたしますし、魔術の勉強もさせましょう」

「魔術って勉強でなんとかなるものなの?」

「お嬢さん。あなたは先程までの世界のあなたとはもう違うのですよ。魔力をもっているのです」

「え……」

「お姿だって変わっているのです。ここではその姿で暮らしてもらいます。簡単に言えば、魂だけを一時的にこちらの世界にお借りしたのです。全て終わればあなたのお身体にお返しします」

「え、ほんと!?じゃあこの身体が傷ついちゃったらどうするの?」

「その時にはあなたの魂だけをお返しします。しかしお礼は致しませんがね。おっと、自害だけはしないでくださいね。あなたはきっと忘れられない痛みに悩むことになりますから」

 業務的な説明の中で、唐突に怖い話が差し込まれる。それをしたら一体何が起こるのか……。

「それは……ないよ」

「そうしてください」

「あ、あと……今私の身体ってどうなってるの?」

「一時的にこちらで保管しています。ですからこの戦いが終わるまではあちらの世界と時差が出てしまうのです。周りの人間と成長に差がついてしまうことはお許しいただきたいです……」

「いや……許せるわけないでしょ!そんなの失踪扱いで……死んじゃったことになるだろうし……帰る場所だって……」

 話してる最中にもどんどん不安は広がっていった。

「私どものような使いのものが極一部の政府関係者や近しい親族の方には連絡を取っておいてあります。みなさまにはお礼をすることで納得してあるので、その了承を得た方のみをこちらの世界にお連れしています」

「え……てことは……ママ……私を売ったの……?」

「いえいえ、そんなことはありません。あなたの世界で言うところのエリート留学のようなものなのです。この使命を見事果たせばそちらの世界で生涯を終えるのに困らないほどの財産を約束しておりますので」

「それは……確かにいいかもしれないけど……」

「ではおわかりいただけたようですね」

「うーん……まぁ……うん……」

 結局……お金目当てでってことじゃないのかなぁ……。

「それでは行きましょうか」

 もやもやとしながらも私はシンバに案内され歩き出した。





「あれ?」

「どうかなさいましたか?」

 通りがかった泉に映った自分の姿を見て驚いた。

「私、別人みたいになってる……?」

「先程も申し上げた通り、魂だけをお連れしましたので」

「いやでも……なんでソバカスとメガネはそのままなの!?」

 顔立ちは美しくボディラインも以前までのだらしないものではなくなっていたが……私のコンプレックスは依然としてそこにあった。

「なんでと言われましても……それはあなたの魂から生成されたものです。ですからあなたの特徴を多少は引き継いでいるものでしょう」

 確かに身長は同じっぽい……顔がちょっとかわいくなってもソバカスがあったらなんか……。

「慣れていただく他ありませんな」

「わかったわよ……」

 多少の問題は残したままだけど私はもう諦めることにした。





「さあ、これに乗ってくだされ」

 辿り着いた道の先でシンバが示したのは漆黒の馬車だった。そして馬車を引く馬も漆黒の毛並み。そして何より大きな翼を持っていた。

「うわあ……本物の飛空馬車だ……!」

 そう。飛空馬車!グリぐりに登場する大天使御用達の高級移動手段!これに乗れるのは大天使に関連した者だけだ。文字通り雲の上の人であるメロウ様から使命を授かる者なんてこの世界の天使たちの中でも数える程しかいない。搭乗の機会は滅多にないのだ。

「天使さまたちは翼を持ちますがやはり移動で疲れさせるわけにはいきませんのでね。もちろんお嬢さんにもございますよ」
「え、ほんと?」

 服で押さえつけられているが確かに背中に力を入れると何やら今まで感じたことの無い感覚があった。

「使い方は後ほど天使さまに訊くといいでしょう。私はわかりかねますので」

「よーし!やっとハートに会えるんだね!」

「あなたはハート様のことをよく知っているようですがハート様とは初対面なのですからね。失礼のないように」

 釘を刺すようにシンバが言う。もちろんこのシンバも私のことを知らないわけなのだからあまり馴れ馴れしくしては失礼だろうか……。

 とはいえもともと執事でもあるし私は招かれた存在なわけだし今更変に気を遣うこともないだろう。

「はーい……と、そういえばシンバのことを知ってたから私は名乗ってなかったかしら」

「小百合様ですよね」

 シンバが私の名を呼ぶ。

「あら、知ってたの」

「了承は得ておりましたので。……しかし、ここではその名は使わないことに致しましょうか」

「あー、確かに。登場人物と名前が違いすぎるもんね」

「そうですな……キューティ・リリィなんかどうですか?」

 シンバの口から出てきた提案は、なんだか女児向けアニメに出てきそうなほどの浮ついた名前だった。

「なんか……恥ずかしいわね……」

「小百合様のお名前から小さくて可愛らしいユリ、という意味を持たせました」

「そうきくとちょっと悪くない気もするけど……」

「そのかわいらしいそばかすもユリのようですしね」

「ぶんなぐるわよ」

「あぁ、失礼致しました」

 そう言いながらもにこやかに笑うシンバを見て私も少しだけ気が緩んだ。

「まあいいわ。気に入ったからリリィにする。これからはリリィね」

「かしこまりました。リリィ様」

「うん!なんかほんとにグリぐりの登場人物になったみたい!」

「これからは天使様なのですから、他人事ではいけませんぞ」

「はぁい」

「さて、そろそろ着く頃ですからしっかり心の準備をしておいてくだされ」

 眼下には大きな学校が見えた。何度も何度も見た、あの建物は……!

「おおー!ほんとだ!第3天使アカデミー!え、もしかしてあそこに通うの!?」

「そうです。ですから本当に留学のようなものです。まぁ……習うことはそちらの世界とは違うでしょうが……」

「ううん!こっちの世界の勉強できるならすごく楽しみかも!」

「それは良かったです」

 あぁ……なんだかどうなることかと思ったけど……希望に満ちた学生生活は、ここにもありそう。それもグリぐりの世界なんだもの!
 元の世界に戻っても後が保証されてるっていうなら、もう楽しんじゃおう!

 漆黒の飛空馬車はゆっくりと第3天使アカデミーの前に降り立つのだった。


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 不審者に連れ去られて眠らされてしまった。文面だけ見ても非常に危険な状況だ。それも姿の見えない不気味な存在に。
 どうすることも出来ずに謎のベッドに寝かされてしまった私はようやく目を覚ました。
「ここは……」
 謎のベッドはそのままに、周りはもといた狭い空き地なんかではなく、広い草原だった。
 白く大きな雲がゆったりと流れる鮮やかな青空。ベッドに木漏れ日を落とす美しく大きな1本の樹。草原の先に見えるきらきらと輝く泉……。
 襲われた状況と比較してみると、非常に違和感のある景色だ。こういう時はボロボロの廃墟や山奥の洞窟なんかに監禁されるのがお約束というか……とにかくここはあまりに美しい場所だった。それこそこのベッドが似合うような……。
「いやでも!危険な状況には変わりないかも……。そもそもここどこ?町は?人は?あの不審者は?」
「不審者とは少し悲しいですなぁ」
「うわぁぁああっ!」
 唐突に近くから声が聞こえた。その声を聞いた瞬間全身に悪寒が走りつい叫んでしまった。
「ほっほっほ。驚きましたか」
「私を攫ったやつ!どこだ!あ、姿は見えないのか……」
「いえいえ、ここならば姿は見えるはずですぞ」
 謎の声はそう言っているが目の前には草原と美しい地平線が広がるばかりだ。
「え……だって見えない……」
「後ろですよ。振り返ってください」
「後ろ……」
 そうして振り返った私は言葉を失った。
「おや?どうかいたしましたか?」
 黒く輝く背広にぴしりと伸びた背筋。銀色の渋いモノクルと美しい白髪の収められたシルクハット。そんな紳士そのものの見た目。
 傍から見たらそれだけだろう。ただ、私はこの姿をよく知っていた。この顔に刻まれた威厳ある傷も、大天使に仕えることを示す徽章も、彼がその人物であることを示していた。
「……シンバ……?」
「……名乗ってはいないはずですが?」
 その物言いは、自らの名前を認めたようなものだった。
「やっぱりそうなんだ!シンバ!?なんで!?しかも私を攫うなんて……シンバらしくないよ!」
「まぁ多少強引だったかもしれませんが……こちらも少し事情がありまして……」
 シンバというのはグリぐりに登場するジェントルマンな執事。
 しかし主君のためならばかなり無茶なことでもするので確かにこの状況が命令によるものだったならば説明はつくだろう。主君以外に対するシンバらしさは確かにあったということだ。
「お嬢さん。あなたをここに連れてきたのは我が主君の指示なのです。ご無礼をお許しください」
「いや……そんなこと言われても……」
「必ず礼を致しますので、今はただ私たちのことを信じてください」
 シンバは深々と頭を下げてみせた。
「でもシンバだしなぁ……大丈夫かな。ていうかシンバがいるってことは仕えてるのは大天使メロウってことだよね!」
「メロウ……様ですぞ」
 私が軽々しくその名を呼ぶことを咎めるようにシンバはギロリと私を睨みつける。
「あ、メロウ様……」
 ここは流石にシンバ。主への無礼は許さない。私も反省。
「しかし……本当にあなたは知っているのですな」
「うん。私はこの世界のことをよく知ってる。ずっと憧れてた世界だった」
「ほう……事情はわかりませんがこの世界に憧れていたならばお嬢さんにとっても悪い話ではありませんな」
「いや……勝手に連れてこられて……友達と離れ離れになってるんだよ?……良いことばかりじゃないよ」
「……申し訳ありません」
 私の様子を見てシンバが目を伏せながら一言そう言う。
 ……実際私は戸惑っていた。こんな夢みたいな話信じられるわけも無い。それにいくら憧れていた世界とはいえ、こんな一方的で理不尽に連れてこられても素直に喜べなかった。
「それで?私はどうしてここに連れてこられたの?」
「お嬢さんのようにこの世界に波長の合う方に手助けしていただきたいことがあるのです」
 シンバは淡々と説明を始める。
「波長?」
「私の声が聞こえましたでしょう?姿までは見えなかったようですが波長の度合いによって声だけ聞こえなかったり姿だけ見えなかったりするようなのです。しかしどちらか片方でも満たしていれば十分素質はあるということなのです」
「……えっと、素質って、なんの?」
「天使ですよ」
「天使!?それってあの!マスカット・ハートみたいな!?」
 天使。それはこの世界における主役のようなもの。ただこの世界に放り出されるのではなく天使になれるというのならば話は変わってくる。
「ほほう、ハート様を例に挙げられるのですね」
「私、ハートに憧れてたの。あんなに頑張り屋で一生懸命な子いないじゃない」
「ならばお嬢さんにはハート様のところへ行ってもらいましょうか」
 シンバはあっさりとそう言う。
「え!いいの!?」
「えぇ。やはりここに来てもらったからには満足のいく待遇をするようにしています」
「ハートと……一緒に……!」
 一緒に……えっと、何をするんだっけ?
「ねぇ、天使って言ったけど……何すればいいの?」
「戦いに参加して欲しいのです」
 あー……やっぱり……。
「でも私、魔法も使えないし武器だって持ったことないよ?」
「そこは安心してください。武器の訓練はこちらでいたしますし、魔術の勉強もさせましょう」
「魔術って勉強でなんとかなるものなの?」
「お嬢さん。あなたは先程までの世界のあなたとはもう違うのですよ。魔力をもっているのです」
「え……」
「お姿だって変わっているのです。ここではその姿で暮らしてもらいます。簡単に言えば、魂だけを一時的にこちらの世界にお借りしたのです。全て終わればあなたのお身体にお返しします」
「え、ほんと!?じゃあこの身体が傷ついちゃったらどうするの?」
「その時にはあなたの魂だけをお返しします。しかしお礼は致しませんがね。おっと、自害だけはしないでくださいね。あなたはきっと忘れられない痛みに悩むことになりますから」
 業務的な説明の中で、唐突に怖い話が差し込まれる。それをしたら一体何が起こるのか……。
「それは……ないよ」
「そうしてください」
「あ、あと……今私の身体ってどうなってるの?」
「一時的にこちらで保管しています。ですからこの戦いが終わるまではあちらの世界と時差が出てしまうのです。周りの人間と成長に差がついてしまうことはお許しいただきたいです……」
「いや……許せるわけないでしょ!そんなの失踪扱いで……死んじゃったことになるだろうし……帰る場所だって……」
 話してる最中にもどんどん不安は広がっていった。
「私どものような使いのものが極一部の政府関係者や近しい親族の方には連絡を取っておいてあります。みなさまにはお礼をすることで納得してあるので、その了承を得た方のみをこちらの世界にお連れしています」
「え……てことは……ママ……私を売ったの……?」
「いえいえ、そんなことはありません。あなたの世界で言うところのエリート留学のようなものなのです。この使命を見事果たせばそちらの世界で生涯を終えるのに困らないほどの財産を約束しておりますので」
「それは……確かにいいかもしれないけど……」
「ではおわかりいただけたようですね」
「うーん……まぁ……うん……」
 結局……お金目当てでってことじゃないのかなぁ……。
「それでは行きましょうか」
 もやもやとしながらも私はシンバに案内され歩き出した。
「あれ?」
「どうかなさいましたか?」
 通りがかった泉に映った自分の姿を見て驚いた。
「私、別人みたいになってる……?」
「先程も申し上げた通り、魂だけをお連れしましたので」
「いやでも……なんでソバカスとメガネはそのままなの!?」
 顔立ちは美しくボディラインも以前までのだらしないものではなくなっていたが……私のコンプレックスは依然としてそこにあった。
「なんでと言われましても……それはあなたの魂から生成されたものです。ですからあなたの特徴を多少は引き継いでいるものでしょう」
 確かに身長は同じっぽい……顔がちょっとかわいくなってもソバカスがあったらなんか……。
「慣れていただく他ありませんな」
「わかったわよ……」
 多少の問題は残したままだけど私はもう諦めることにした。
「さあ、これに乗ってくだされ」
 辿り着いた道の先でシンバが示したのは漆黒の馬車だった。そして馬車を引く馬も漆黒の毛並み。そして何より大きな翼を持っていた。
「うわあ……本物の飛空馬車だ……!」
 そう。飛空馬車!グリぐりに登場する大天使御用達の高級移動手段!これに乗れるのは大天使に関連した者だけだ。文字通り雲の上の人であるメロウ様から使命を授かる者なんてこの世界の天使たちの中でも数える程しかいない。搭乗の機会は滅多にないのだ。
「天使さまたちは翼を持ちますがやはり移動で疲れさせるわけにはいきませんのでね。もちろんお嬢さんにもございますよ」
「え、ほんと?」
 服で押さえつけられているが確かに背中に力を入れると何やら今まで感じたことの無い感覚があった。
「使い方は後ほど天使さまに訊くといいでしょう。私はわかりかねますので」
「よーし!やっとハートに会えるんだね!」
「あなたはハート様のことをよく知っているようですがハート様とは初対面なのですからね。失礼のないように」
 釘を刺すようにシンバが言う。もちろんこのシンバも私のことを知らないわけなのだからあまり馴れ馴れしくしては失礼だろうか……。
 とはいえもともと執事でもあるし私は招かれた存在なわけだし今更変に気を遣うこともないだろう。
「はーい……と、そういえばシンバのことを知ってたから私は名乗ってなかったかしら」
「小百合様ですよね」
 シンバが私の名を呼ぶ。
「あら、知ってたの」
「了承は得ておりましたので。……しかし、ここではその名は使わないことに致しましょうか」
「あー、確かに。登場人物と名前が違いすぎるもんね」
「そうですな……キューティ・リリィなんかどうですか?」
 シンバの口から出てきた提案は、なんだか女児向けアニメに出てきそうなほどの浮ついた名前だった。
「なんか……恥ずかしいわね……」
「小百合様のお名前から小さくて可愛らしいユリ、という意味を持たせました」
「そうきくとちょっと悪くない気もするけど……」
「そのかわいらしいそばかすもユリのようですしね」
「ぶんなぐるわよ」
「あぁ、失礼致しました」
 そう言いながらもにこやかに笑うシンバを見て私も少しだけ気が緩んだ。
「まあいいわ。気に入ったからリリィにする。これからはリリィね」
「かしこまりました。リリィ様」
「うん!なんかほんとにグリぐりの登場人物になったみたい!」
「これからは天使様なのですから、他人事ではいけませんぞ」
「はぁい」
「さて、そろそろ着く頃ですからしっかり心の準備をしておいてくだされ」
 眼下には大きな学校が見えた。何度も何度も見た、あの建物は……!
「おおー!ほんとだ!第3天使アカデミー!え、もしかしてあそこに通うの!?」
「そうです。ですから本当に留学のようなものです。まぁ……習うことはそちらの世界とは違うでしょうが……」
「ううん!こっちの世界の勉強できるならすごく楽しみかも!」
「それは良かったです」
 あぁ……なんだかどうなることかと思ったけど……希望に満ちた学生生活は、ここにもありそう。それもグリぐりの世界なんだもの!
 元の世界に戻っても後が保証されてるっていうなら、もう楽しんじゃおう!
 漆黒の飛空馬車はゆっくりと第3天使アカデミーの前に降り立つのだった。