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第二百七十五話

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 肩をぐるぐると回しながら、灰崎は場の面子に語り掛ける。
「――さて、これで最終目的地は出来上がったわけだが……どうする、今すぐ行かねえと……一般人は怖いもの見たさにここに絶対押しかけて来るだろ。俺はそれを止める手立てがねえと言うか……」
「そこに関しては……どうしましょう!?」
 急に慌てふためく和井内。何かしらの策があるのか、と少しでも期待していた一行は古典的バラエティ番組のようにずっこけてしまう。
「どっどどどどうするんですか和井内さん!! 流石に我々洗脳を受けたとはいえ一般人は攻撃できないですよ!?」
「落ち着いて加賀美ちゃん!! まずは深呼吸して!! ヒッヒッフー!!」
「それはラマーズ法だよねエヴァちゃん!?」
 皆が慌てふためく中、何台かの黒塗りの高級車が、入り口を派手にぶち抜いてやってくる。その車から出てきたのは、涙目の学園長秘書である明石と、車から出てこない信一郎であった。
『やあやあ皆、お出迎えに来たよ!』
「がっががが学園長……入口までこんなおしゃかにして大丈夫でしょうか……」
『大丈夫そこん所は『コレ』で何とかするから』
 実に『汚い』サインを交えながら、最も頼もしい存在のお出ましであった――と思いきや。学園長の方はなんと顔だけ本人の映像が映っているものの、肉体はただの機械であった。
「パパ、今どこにいるの?」
『んー? ああ単純に学園よ。今日も可愛いね全く愛娘はこれだから最高だ』
 最初に述べられた結論以外は、実に余計な文言ばかりであったが、これには理由があった。それは……山梨県での事件の後始末だったり、今回の件の『動員』に関して、本人が学園内で仕事があったりするために、全く抜け出せなかったのだ。
『本当は私がワンパンチで終わらせてもいいかなとは思ったんだ。んですぐ仕事に戻ればいいじゃん、って。でも――』
「そうなると、日々を真っ当に生きている学生諸君の学びにならねえから、でしょう」
『流石灰崎君。監督役その二として同行させた甲斐ありだねぇ』
 ささ、乗って乗ってと軽くジェスチャーをすると、皆それに従う形で高級車に乗り込んでいく。そして、非常に不服そうな表情を浮かべた、この千葉支部の主に白紙の小切手を渡し、舌を出していた。とても大人の謝り方ではない。
 しかし、いくらでもふんだくれるだろうに、和井内は手元にあったペンで「0」とだけ記して、信一郎に突っ返したのだ。非常に呆れた表情ではあった。何ならば、大人がやるべきことではないと言いたげな怒りは滲み出ていた。
「――いくら原初の英雄だろうと、流石に故意の器物損壊だったらしょっ引けるでしょうが……私はしませんし、修理費もいりません」
 その理由こそ、こうなってしまった和井内自身にあった。先ほどのようなお茶らけた雰囲気ではなく、至極真面目な表情で、学園にいる信一郎に向け、語り始めた。
「……私は、非常に無力な存在です。こうなる前でも……正直副支部長としては貧弱な存在です。そんな私に手を差し伸べてくださった、百喰元支部長の仇を取りたい……その旨を知らせた後、迅速に動いてくださり……それだけで私は嬉しかったんです」
 少なくとも、和井内だけではない。元暴の受け皿になるべく尽力した百喰は、千葉支部構成員である元暴たちに心から慕われている。進んでその道を選んだものばかりではない中で、全員同様に白眼視される中、それを受け止めてくれた百喰に、大恩を感じていたのだ。
 ヤクザの絆は、血よりも濃いとよく言われているのだが、実際はそこまでのものではない。内ゲバや裏切りが常套手段であるために、あくまで昔のもの、それこそそんな話がまかり通るのは戦前の極道だけだ、と言われ続けていた。そんな疑心暗鬼な中で、人を信じるきっかけをくれた元支部長の存在は、限りなく大きいものであったのだ。
「我々も……後で向かいます。百喰元支部長の仇を討つために……東京デスティニーアイランド従業員総出で、ストライキをかましてやります。だから……小切手は要りません。奴らは金だ何だと汚れた結束でありますが……我々は――違いますから」
『――オーケー。やっぱりTDIのラストは……毎度おなじみ煌びやか(エレクトリカル)なパレードに花火だしね。私の方でも既に準備は整えてあるから……共にこの勝負、勝とう。勇気ある和井内支部長』
 信一郎から出された拳に、涙ながらも合わせる。本人の温もりは、そこにはない。しかし、拳に秘められた思いは機械の肉体越しでも伝わる。
 拳を放し、不敵な笑みでひらひらと手を振る信一郎。それとともに、皆を乗せた二台の高級車は急速発進。目的地である海ほまれパーキングエリアへ、車を走らせるのだった。

 一方、別場所。ある場所から、何台かの車が走る。そろそろ日も落ちるかと言わんばかりのタイミングで、これほどの大移動はそうなかった。要人でも載せていない限り、こんな並びは有り得ない。そう言わんばかりに大挙して一つの目的地へ向かっていたのだ。
 一人は、後部座席で『こんな時』であるのにも拘らず、片手に百キロのダンベルともう片手に愛用のプロテインシェイカーを握る『漢』がいたのだ。傍で支える若衆(わかしゅう)は、基本的にスマートフォンで、東京都並びに千葉県の様子をリアルタイムで映す映像をじっくりと眺めさせていた。
 さらに別の車には、小柄な体躯ながら和装をしており、ロケットペンダント内の写真を眺める子供が一人。そしてまた別の車には、なにやら落ち着かない様子で、胸元のネクタイを弄る女が一人。
 他は全て、いかにもと言わんばかりの厳つい風貌の、黒スーツの男たちが千葉県へ向け、車を走らせていたのだ。
 更なる別場所からは――たった二台ほどの車も。真剣そうな表情など一切せず、実に楽観的な表情ばかりであったが、彼らの向かう先もまた……千葉県であった。
 善吉の弄する策か、信一郎・和井内が現在進行形で推し進める策か。どちらの策が上を行くのか。
 それもこれも、あと数時間後に決まること。千葉県の命運も、これからの日本の行き先も。

 あらゆる情報が錯綜する中、山梨県の欲望の坩堝(グレープ)から始まった、全ての決着が付こうとしていたのだ。



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 肩をぐるぐると回しながら、灰崎は場の面子に語り掛ける。
「――さて、これで最終目的地は出来上がったわけだが……どうする、今すぐ行かねえと……一般人は怖いもの見たさにここに絶対押しかけて来るだろ。俺はそれを止める手立てがねえと言うか……」
「そこに関しては……どうしましょう!?」
 急に慌てふためく和井内。何かしらの策があるのか、と少しでも期待していた一行は古典的バラエティ番組のようにずっこけてしまう。
「どっどどどどうするんですか和井内さん!! 流石に我々洗脳を受けたとはいえ一般人は攻撃できないですよ!?」
「落ち着いて加賀美ちゃん!! まずは深呼吸して!! ヒッヒッフー!!」
「それはラマーズ法だよねエヴァちゃん!?」
 皆が慌てふためく中、何台かの黒塗りの高級車が、入り口を派手にぶち抜いてやってくる。その車から出てきたのは、涙目の学園長秘書である明石と、車から出てこない信一郎であった。
『やあやあ皆、お出迎えに来たよ!』
「がっががが学園長……入口までこんなおしゃかにして大丈夫でしょうか……」
『大丈夫そこん所は『コレ』で何とかするから』
 実に『汚い』サインを交えながら、最も頼もしい存在のお出ましであった――と思いきや。学園長の方はなんと顔だけ本人の映像が映っているものの、肉体はただの機械であった。
「パパ、今どこにいるの?」
『んー? ああ単純に学園よ。今日も可愛いね全く愛娘はこれだから最高だ』
 最初に述べられた結論以外は、実に余計な文言ばかりであったが、これには理由があった。それは……山梨県での事件の後始末だったり、今回の件の『動員』に関して、本人が学園内で仕事があったりするために、全く抜け出せなかったのだ。
『本当は私がワンパンチで終わらせてもいいかなとは思ったんだ。んですぐ仕事に戻ればいいじゃん、って。でも――』
「そうなると、日々を真っ当に生きている学生諸君の学びにならねえから、でしょう」
『流石灰崎君。監督役その二として同行させた甲斐ありだねぇ』
 ささ、乗って乗ってと軽くジェスチャーをすると、皆それに従う形で高級車に乗り込んでいく。そして、非常に不服そうな表情を浮かべた、この千葉支部の主に白紙の小切手を渡し、舌を出していた。とても大人の謝り方ではない。
 しかし、いくらでもふんだくれるだろうに、和井内は手元にあったペンで「0」とだけ記して、信一郎に突っ返したのだ。非常に呆れた表情ではあった。何ならば、大人がやるべきことではないと言いたげな怒りは滲み出ていた。
「――いくら原初の英雄だろうと、流石に故意の器物損壊だったらしょっ引けるでしょうが……私はしませんし、修理費もいりません」
 その理由こそ、こうなってしまった和井内自身にあった。先ほどのようなお茶らけた雰囲気ではなく、至極真面目な表情で、学園にいる信一郎に向け、語り始めた。
「……私は、非常に無力な存在です。こうなる前でも……正直副支部長としては貧弱な存在です。そんな私に手を差し伸べてくださった、百喰元支部長の仇を取りたい……その旨を知らせた後、迅速に動いてくださり……それだけで私は嬉しかったんです」
 少なくとも、和井内だけではない。元暴の受け皿になるべく尽力した百喰は、千葉支部構成員である元暴たちに心から慕われている。進んでその道を選んだものばかりではない中で、全員同様に白眼視される中、それを受け止めてくれた百喰に、大恩を感じていたのだ。
 ヤクザの絆は、血よりも濃いとよく言われているのだが、実際はそこまでのものではない。内ゲバや裏切りが常套手段であるために、あくまで昔のもの、それこそそんな話がまかり通るのは戦前の極道だけだ、と言われ続けていた。そんな疑心暗鬼な中で、人を信じるきっかけをくれた元支部長の存在は、限りなく大きいものであったのだ。
「我々も……後で向かいます。百喰元支部長の仇を討つために……東京デスティニーアイランド従業員総出で、ストライキをかましてやります。だから……小切手は要りません。奴らは金だ何だと汚れた結束でありますが……我々は――違いますから」
『――オーケー。やっぱりTDIのラストは……毎度おなじみ|煌びやか《エレクトリカル》なパレードに花火だしね。私の方でも既に準備は整えてあるから……共にこの勝負、勝とう。勇気ある和井内支部長』
 信一郎から出された拳に、涙ながらも合わせる。本人の温もりは、そこにはない。しかし、拳に秘められた思いは機械の肉体越しでも伝わる。
 拳を放し、不敵な笑みでひらひらと手を振る信一郎。それとともに、皆を乗せた二台の高級車は急速発進。目的地である海ほまれパーキングエリアへ、車を走らせるのだった。
 一方、別場所。ある場所から、何台かの車が走る。そろそろ日も落ちるかと言わんばかりのタイミングで、これほどの大移動はそうなかった。要人でも載せていない限り、こんな並びは有り得ない。そう言わんばかりに大挙して一つの目的地へ向かっていたのだ。
 一人は、後部座席で『こんな時』であるのにも拘らず、片手に百キロのダンベルともう片手に愛用のプロテインシェイカーを握る『漢』がいたのだ。傍で支える|若衆《わかしゅう》は、基本的にスマートフォンで、東京都並びに千葉県の様子をリアルタイムで映す映像をじっくりと眺めさせていた。
 さらに別の車には、小柄な体躯ながら和装をしており、ロケットペンダント内の写真を眺める子供が一人。そしてまた別の車には、なにやら落ち着かない様子で、胸元のネクタイを弄る女が一人。
 他は全て、いかにもと言わんばかりの厳つい風貌の、黒スーツの男たちが千葉県へ向け、車を走らせていたのだ。
 更なる別場所からは――たった二台ほどの車も。真剣そうな表情など一切せず、実に楽観的な表情ばかりであったが、彼らの向かう先もまた……千葉県であった。
 善吉の弄する策か、信一郎・和井内が現在進行形で推し進める策か。どちらの策が上を行くのか。
 それもこれも、あと数時間後に決まること。千葉県の命運も、これからの日本の行き先も。
 あらゆる情報が錯綜する中、山梨県の|欲望の坩堝《グレープ》から始まった、全ての決着が付こうとしていたのだ。