現実世界へと帰還した二人を待っていたのは、和井内であった。しかも和井内本人ではなく、東京デスティニーアイランドの各所へ中継を飛ばした、緊急性の高いものであったのだ。
『千葉支部に在留している、英雄学園陣営の皆さん! どうか、足早にサンドリオンの城手前の広場に集まってはいただけませんか!? 新生山梨支部絡みで、追加情報を取得いたしました!!』
それほどに急を要する事態であったのだが、礼安とエヴァに関しては、互いに見合わせて一瞬困ったように笑むと、二人先に待つ戦いに備え指や首を鳴らし、その先へ駆けていくのだった。
広場に集まったのは、礼安とエヴァ、灰崎と千尋と加賀美、そして元から広場で情報を集めていた丙良の六人。そこに息を切らしながら駆け足でやってくるのは、和井内。
「ゼェ……ゼェ……新生……山梨……ゲホェ」
「――流石に無理はさせられないので、続きは僕から。新生山梨支部が、今日の日付が変わるタイミングで……姿を見せるらしいです」
その一言で、一行の空気感が引き締まる。
「何だ、連中がトクリュウけしかけてくんのかい? トクリュウ相手ならどう動いても文句は言われねえだろうから、俺とかが――」
「いや、そうじゃあないんです灰崎さん。新生山梨支部『が』姿を現すんです」
首を傾げる一行であったが、丙良は日本語の難しさを痛感していた。何かしらの証拠写真があれば、一行の度肝を抜くことも可能だろうが……丙良自身も支部の正体を、明確に目の当たりにしていないために、これと言って語ることはできない。
現在時刻は、夕方六時に差し掛かっている。猶予時間はそこまで無い。その中で、正体不明の敵に備えろと言われても、出来るものも出来やしない。
「まあよく分からねえが……援軍はやっぱり見込めねえのか、慎介」
「そうですね、正直現状英雄学園は夏休み休暇中で……現在学園内にいる有力生徒は数少ない状況です。基本は僕たちがどうにかする以外に――――」
「――そこで、私の出番です!」
何とかぎりぎりで息を整えた和井内は、ある場所に電話をかけていく。残り六時間で招集できる戦力に当てがあるようで、鼻息を荒くしながら関係各所に電話をかけ続けていた。
「……まあ、あっちは和井内さんに任せておきましょう。問題はこれからの
特攻部隊に関してなんだけど……」
「ああ、私はもう……大丈夫だよ、丙良くん。礼安さんもいるし――もう私は、簡単には止まらないよ」
これまでにないほどに、強い瞳になったエヴァに、昔以上の気迫を感じていた。感慨深さを感じていたが、ただ微笑するのみで返した。
納得していた一行の中に、一人だけ異論を唱える人物が。それは今この場に居ない存在に窮地を救ってもらった人物である、千尋であった。
「――ああ、千尋さんに関しては、ここで待機していてください。一般人を危険に曝す訳には……」
「それに関しては大丈夫、ここまで首突っ込んでおいて……と言うか、原因の欠片くらいはアタシにもあるの。アタッシュケースはあるし……どうか戦わせてほしいの。と言うか話したい内容はそれじゃあないんだけどね」
千尋が気になっていたのは、今この場にいない存在であり、生存組でもある存在。他でもなく、群馬支部支部長・京のことであった。一行は京がどうなったか、という情報だけは一切得ていないために、心配が勝っていた。
「……それに関して、和井内さん。報告お願いします」
「ええ……京さんに関しては、『群馬県に帰った』そうです」
善吉の干渉によって、京が千葉県から立ち去ることを余儀なくされていたこと。そこで手を出さない上に、善吉をその場から逃がすことが、予定外の面子を攻撃しない約束そのものであったのだ。
予定として備わっていたのは、礼安たちがいる東京デスティニーアイランドへの襲撃、そして自分は直接出向かないものの、LuLu arena TOKYO-BAYへ
流浪の獣構成員をけしかけ、加賀美たちを襲撃すること。それ以外の邪魔は一切しないということを約束していた。
「ただ……以前から京さんを知る私ですが……あの人のことです、これで終わらない気がします。きっと……近いうちに意趣返しをするでしょう」
困ったような笑みではあったが、京への強い信頼を感じるために、それ以上は何も語らなかった。
「では、何かの質問はないかな。直前になって、やっぱり無理ですとかもう言えないからね」
無論、そんな無粋なことは誰も口にしない。ふざける時ではないことは重々理解している上に、それぞれが既に覚悟を決めている。軟弱者はこの場におらず、大衆を脅かす未曽有の巨悪を打倒するべく集った、それぞれ相手に因縁があり、奇妙な出会いによって縁が生まれ……運命と言う不確かなものを信じてしまうほどに、それぞれに繋がりがある。
「――正直に言うならば、この作戦は戦力の問題で……誰がいつ死んでもおかしくありません。ですが……絶対成功すると思っています。この世を舐め腐った外道を、そして醜悪な計画を……僕たちの手で、叩き潰しましょう」
すると、そこで唐突に、千葉県全域にホログラムが映し出され、善吉本人が映し出される。その傍には、礼安たちの知らない女性を始めとして、洗脳を受けた信玄の大幹部二人、複数の幹部連中すら善吉の後ろに並び立ち、画面の向こう側でこれを見ている英雄陣営を威嚇していた。
『えー、唐突ではありますが……ここで我々、新生『千葉』支部が……懸命に世を生きている皆様のために特大スクープを持ち出してきました。愛田さん、資料を願います』
一行の聞き間違いではなく、明らかに新生山梨支部の善吉が……新生『千葉』支部を名乗った。これだけで、一行の思考は統一される。来栖善吉の小目標の一つに、「千葉支部を打倒し、乗っ取ること」が含まれていたのだ。そして――それが今、現在進行形で進んでいる計画であると、実感した。
愛田と呼ばれた女性は、すぐさま小脇に抱えているビジネスバッグからタブレット端末を取り出し、すぐさま善吉に差し出す。少しの操作の後、新たなホログラムが生成され、ありとあらゆるデータを流布したのだ。
『――皆さんが、千葉県の誇りとして長年愛されてきた東京デスティニーアイランド……そこは、現在巷を騒がせている教会の支部であります。私共はその教会の横暴を――少しでも止めたいと有志を募り結成された、言わば
対抗軍……山梨での一件から続く負の連鎖を、私たちが止めようと考えたのです』
善吉は、恐らく山梨の時に御庭番衆含め、表の顔を利用されたことで世論を動かされたことに酷く腹を立てたのか、礼安たちに同じようなことをやり返す目的であったのだ。
「――つまるところ、アイツは今大分おかんむり、ってことか。良いじゃあねえの」
『私たちは……現行の千葉支部の悪事を事細かにリストアップ、どんな方でも分かるように纏め上げてきました。それがこちらです』
ホログラムに映し出されていくのは、流浪の獣に関する出来事と、あらゆる破壊行為。これら全てを、あろうことか千葉支部に全て擦り付け、自分たちの汚れを濯ごうとしていたのだ。
その内容は、基本的に汚職と金にまつわるもの。さらには身内の殺人など、ありとあらゆることがでっち上げられ伝えられた。あらゆるニュースを鵜呑みにしてきた大衆は、御庭番衆が変装し大衆を導いたとされる、山梨での功績を踏まえはするが、誰もかれもが千葉支部を目の敵にし始めたのだ。
しかも、それぞれの事件や事故、それらの証拠もそれっぽいものを取り揃えていたため、一旦情報を整理し精査しようとする者は誰もいなかった。
図らずも、御庭番衆が利用した清廉潔白な偽者のイメージを、薄汚れたヘドロのような心を持つ本物が偽りの怒りを交えながら利用したのだ。
「――これで、私のような真実を知る一般人以外は……皆敵になった、って事……上等じゃあない」
これまでと状況が逆転しながらも、一行は信じていた。この作戦が上手くいった暁には、山梨から続く悪夢のような状況は終わる。子供を食い物にする外道の終わりが、やってくるのだ。
『きっとこれほどに言われちゃあならないと……あちらは元暴五年条項に抵触するような、元ヤクザを嗾けて来るでしょうが――我々は屈しません。今夜、丁度日付が変わるタイミングで……是非とも、二つの支部がぶつかってどちらが正しいかを……決めようではありませんか。海ほまれパーキングエリアに、深夜零時お越しください』
最後にこれまでにないほどの不敵な笑みを浮かべ、善吉たちの映るホログラムは消え去った。その笑みに何が込められているかなど、部外者同然の大衆には理解のしようがない。それよりも、長年信頼してきた場所が、『そういう』場所なのだと知ったことに、皆ヒステリーを起こしていたのだ。