表示設定
表示設定
目次 目次




第二百七十二話

ー/ー



 東京都郊外にあるレイジーの親戚の家は、温かくエヴァを迎え入れた。過去あった事情も全て知ってはいるが、彼女を迫害などしなかった。父方の両親である日本人の老夫婦であったのだが、精神病を患ったエヴァも、元から血のつながりがある家族のように接したのだ。
「『――アメリカとは、違う』」
「『そりゃあそうだよ。日本の人は温厚な人が多い。おまけに平和な社会を築けている。少なくとも向こうより――何十倍も居心地は良いよ。ご飯も美味しいしね!』」
「『――最後の理由が、レイジーの中で大きい割合を占めているんじゃあないの?』」
 日本でまず行ったことは、レイジーと同じ中学校に入ることであった。既に二人は因子を目覚めさせているために、一般人とは別の特別な中学校へ入ることが出来た。さらには、その中に男子禁制、女子のみの学校もあったために、二人はそこに入ることにした。レイジーの親戚に親の代わりを務めてもらいながら、今まで経験してこなかった本当の青春を味わった。
 一年の間に人の温かさを知り、二年の間に生きる楽しさを知り、そして三年に……エヴァは自分の性的指向(このみ)を知った。男と銃が心から嫌いになる以前から、同性に対してのかすかな意識はあったのだ。それを理解できていなかっただけで、心の中には確かにその萌芽(きざし)は存在した。
 それを、認識した先は、恩人同様のレイジーであったのだ。
 その旨を伝えると、彼女はひどく驚いていた。だが、その表情に嫌悪感は一切なく、寧ろ心から嬉しそうにしていたのだ。
「――そっか。エヴァも……私と同じ気持ちなんだ」
 三年の間に日本語をマスターした二人は、それぞれの熱い思いを、官能的に指を絡め合いながら伝え合った。自分はこれほどに好いていた、あるいはどれほどの熱情であるか、など。そこに中学生後半の健全さはなく、既に成人同性カップルのような、甘く爛れた空気が漂っていたのだ。
「私が伝説の義賊・『石川五右衛門』で、エヴァが伝説の刀工・『千子村正』。時代がニアピンしているのも、そんな存在が同じ異名を背負っているのも……そしてそんな二人が両思いであることも、『運命』で片付けられるのかな」
「――きっと逆だよ、レイジー。私たち……運命だからこそ出会えたのかもしれない。あの東京駅前広場で」
 二人の自室内で、放課後の夕暮れ時が許す限り、深い接吻を交わしたのちに、それで堰が切られたかのように二人で愛を確かめ合った。英雄学園入学前に、二人の関係は出来上がっていたのだ。

 だが、英雄学園入学後、しばらくしてからレイジーの音信は不通となり、行方知らずともなった。山梨支部に潜入したがために、たとえそれが愛する人相手だろうと機密を漏らさぬよう覚悟を決めたのだ。事の顛末は本人から全て聞き質したが、結局は――その思い描く未来を叶えることは無く、レイジーは死亡した。
 あまりにも、彼女の最期は呆気ないものであった。彼女の大切が、彼女を蝕んだ。心も体も殺した結果、全てを諦めた上で道連れまで追い込んだのだ。
 最初は、その仇同然の男である来栖善吉が眼前にいたからこそ、エヴァは復讐の鬼になった。だが、それは彼女のかつて発した言葉に無責任であったことに気づいたことで、酷く恥じたのだ。透にあれだけ高説垂れておきながら、自分もまた大切な人を殺されたことで激情のスイッチが入ってしまった。同じ穴の(むじな)であった。
 酷い自己嫌悪感と、大切な存在を喪った喪失感。それが一挙に押し寄せた結果、今のエヴァが生まれている。戦う以前の話に、戦いを酷く嫌っている。大切な人が去ってしまった要因である『争い』に、自分が怒りでどうにかなってしまうような『責任』に、押しつぶされていたのだ。
 そこに追い打ちをかけるのは、自分が多くを失った『争い』が、『過去』がトリガーとなった結果、礼安が真なる激昂を果たしたこと。極論自分の不甲斐なさで怒らせた挙句、自分が居なくとも世は回っていく――そう確信したのと、そんなあらゆるものが欠けた存在である自分が、英雄の真似事など今更許されない……そう思考した結果であった。
 多くの誹謗中傷が、一人の少女の成長を妨げている。そんな至極当たり前の事実にすら気付けないほどに、今のエヴァは衰弱していたのだ。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第二百七十三話


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 東京都郊外にあるレイジーの親戚の家は、温かくエヴァを迎え入れた。過去あった事情も全て知ってはいるが、彼女を迫害などしなかった。父方の両親である日本人の老夫婦であったのだが、精神病を患ったエヴァも、元から血のつながりがある家族のように接したのだ。
「『――アメリカとは、違う』」
「『そりゃあそうだよ。日本の人は温厚な人が多い。おまけに平和な社会を築けている。少なくとも向こうより――何十倍も居心地は良いよ。ご飯も美味しいしね!』」
「『――最後の理由が、レイジーの中で大きい割合を占めているんじゃあないの?』」
 日本でまず行ったことは、レイジーと同じ中学校に入ることであった。既に二人は因子を目覚めさせているために、一般人とは別の特別な中学校へ入ることが出来た。さらには、その中に男子禁制、女子のみの学校もあったために、二人はそこに入ることにした。レイジーの親戚に親の代わりを務めてもらいながら、今まで経験してこなかった本当の青春を味わった。
 一年の間に人の温かさを知り、二年の間に生きる楽しさを知り、そして三年に……エヴァは自分の|性的指向《このみ》を知った。男と銃が心から嫌いになる以前から、同性に対してのかすかな意識はあったのだ。それを理解できていなかっただけで、心の中には確かにその|萌芽《きざし》は存在した。
 それを、認識した先は、恩人同様のレイジーであったのだ。
 その旨を伝えると、彼女はひどく驚いていた。だが、その表情に嫌悪感は一切なく、寧ろ心から嬉しそうにしていたのだ。
「――そっか。エヴァも……私と同じ気持ちなんだ」
 三年の間に日本語をマスターした二人は、それぞれの熱い思いを、官能的に指を絡め合いながら伝え合った。自分はこれほどに好いていた、あるいはどれほどの熱情であるか、など。そこに中学生後半の健全さはなく、既に成人同性カップルのような、甘く爛れた空気が漂っていたのだ。
「私が伝説の義賊・『石川五右衛門』で、エヴァが伝説の刀工・『千子村正』。時代がニアピンしているのも、そんな存在が同じ異名を背負っているのも……そしてそんな二人が両思いであることも、『運命』で片付けられるのかな」
「――きっと逆だよ、レイジー。私たち……運命だからこそ出会えたのかもしれない。あの東京駅前広場で」
 二人の自室内で、放課後の夕暮れ時が許す限り、深い接吻を交わしたのちに、それで堰が切られたかのように二人で愛を確かめ合った。英雄学園入学前に、二人の関係は出来上がっていたのだ。
 だが、英雄学園入学後、しばらくしてからレイジーの音信は不通となり、行方知らずともなった。山梨支部に潜入したがために、たとえそれが愛する人相手だろうと機密を漏らさぬよう覚悟を決めたのだ。事の顛末は本人から全て聞き質したが、結局は――その思い描く未来を叶えることは無く、レイジーは死亡した。
 あまりにも、彼女の最期は呆気ないものであった。彼女の大切が、彼女を蝕んだ。心も体も殺した結果、全てを諦めた上で道連れまで追い込んだのだ。
 最初は、その仇同然の男である来栖善吉が眼前にいたからこそ、エヴァは復讐の鬼になった。だが、それは彼女のかつて発した言葉に無責任であったことに気づいたことで、酷く恥じたのだ。透にあれだけ高説垂れておきながら、自分もまた大切な人を殺されたことで激情のスイッチが入ってしまった。同じ穴の|狢《むじな》であった。
 酷い自己嫌悪感と、大切な存在を喪った喪失感。それが一挙に押し寄せた結果、今のエヴァが生まれている。戦う以前の話に、戦いを酷く嫌っている。大切な人が去ってしまった要因である『争い』に、自分が怒りでどうにかなってしまうような『責任』に、押しつぶされていたのだ。
 そこに追い打ちをかけるのは、自分が多くを失った『争い』が、『過去』がトリガーとなった結果、礼安が真なる激昂を果たしたこと。極論自分の不甲斐なさで怒らせた挙句、自分が居なくとも世は回っていく――そう確信したのと、そんなあらゆるものが欠けた存在である自分が、英雄の真似事など今更許されない……そう思考した結果であった。
 多くの誹謗中傷が、一人の少女の成長を妨げている。そんな至極当たり前の事実にすら気付けないほどに、今のエヴァは衰弱していたのだ。