数時間後、エヴァは家から程離れた場所にいた。それなりの人の往来があるために、寂しさは無かった。ただ、後ろ指をさされるだけ。自分の家に関係することで、誹謗中傷を受けるだけであった。言葉の力と言うものは恐ろしいもので、どれほど正論で言い返しても相手はそれを意に介すことなく、相手をただ自分の言葉で倒すまでマウントを取りづ付けるばかり。
言い返せば、「効いている」「疚しいことがあるんだ」とつけあがられ、言い返さなければ、どんなに根も葉もない噂だろうと「本当だ」と信じられてしまう。ただネットの海でしか生きられないような矮小な存在が、誰かを罵倒し殴られないことに慣れてしまったような
蛆虫風情が、エヴァを、エヴァの家族を言葉の刃で刺していく。
外には居場所がない。でもあんな物言いをしたから、家にも居場所はない。八方塞がりな中、そんな強情なエヴァをも動かす、最悪の事件が動き出そうとしていたのだ。
ふと見上げると、そこは家電量販店の店先ウィンドウ。多くのテレビが置かれ、そのテレビの映像性を訴えようとしているのだが、そこで訴えられていたニュースが、エヴァにとって動かざるをえないものであったのだ。
『――ただいま入った速報です。テキサス州にある『
武器の匠』の工房が、何者か数名によって襲撃を受けたようです。クリストフ家は以前から、ネット上や実際の家に複数名から誹謗中傷を受けていたとされており、襲撃犯はその中の数名とされています――』
多くの野次馬をかき分け、なんとか家に辿り着いたエヴァ。そこでは、まさか家出した本人がいるとは思っていない両親が、その眼前に立つ英雄もどきを相手取っていた。自分の前に銃すら突きつけられているというのに、いたって冷静であったのだ。
(――俺のリボルバーを、何故ここまで大したこともないような出来にしやがった? 俺を誰だと思ってんだよ)
(……知るか、それは私の作り上げた作品の一つだ。作品になんの不備もある訳が無い。世の芸術家には、ある程度の粗も不備も、自分を表現する一つの味のようにするが……私はそうは思わない。本当の意味で出来上がった存在こそが、自分の誇れる作品なんだ)
(じゃあなんだ、それを扱えない俺様はゴミだって言いたいのか!? アァ!?)
(銃に不備が無いのなら……それは貴様の落ち度だ。技量もセンスもないくせに、人にケチをつける前に、自分を改めたらどうだ。今の貴様は……漫画の中で強く輝いていたスーパーマンやアイアンマン、さらにはキャプテン・アメリカのような
英雄とはかけ離れた……ただの外道同然だ)
ここまで、父親が口調を荒らげるのは初めてであった。例え横柄な輩が相手でも、そうでなくとも、ここまで口を出すだなんてことは無かった。それもこれも、エヴァがあの時父親に怒鳴った結果であったのだ。
自分に誇りがあるのなら、自分に一切の非が無いのなら、言い返しても当然。これまで何も言わないことが美徳だと思っていた父の、意識改革であったのだ。
実の娘に、あそこまで言われてしまったことを、恥じていたのだ。自分自身、効いていないふりを貫いていたが、それは家族を犠牲にしてまで貫くような頑固さではなかった。
最も大切にしていた娘である、エヴァ。彼女の誇りであるために、少しでも強く見せていただけ。本当は、こうした難癖をつける輩がどうも苦手であった彼だが、それでも立ち向かう理由は単純、エヴァのためであったのだ。
自分の名など、正直どうだっていい。この名に憧れてくれているのなら結構。ただ、これ以上ださい姿を子供の前で見せるのは、教育上よくない。『武器の匠』としてではなく、親としての使命を果たすために、遂に誹謗中傷に立ち向かったのだ。
それに逆上した男は、遂に
撃鉄を起こす。眼前の不愉快な存在を消そうと、たった一時の激情で考え付いたのだ。同種を殺める覚悟もないくせに、自尊心だけは一丁前な存在だったからこそ、退くに退けなかったのだ。
遂に叫びながら、男はその銃を撃った。無抵抗であったために、エヴァの父の眉間を直撃した。少しでも異論を唱えようとする母も、ただ一時の感情に振り回されるままに銃撃。その銃弾は心臓を捉え、致命の一撃と成り果てた。辺りに鮮血が飛び散った結果、男にも返り血が付着するほどの大惨事が生まれてしまったのだ。
男は思わず人を殺めてしまったことに
恐怖しながら、何度も死体に向かい銃撃してしまった後に、その場にへたり込んでしまう。震え上がり、眼前の死体同然の人間に畏怖していたのだ。
だが、父は負けなかった。脳に致命の一撃を貰った後にも、何発も貰ったはずなのに、ただ誇りだけで体を動かし、不敵に笑んで見せたのだ。
(――どうだ。ケチなど付けようもない……私の……自慢の作品の……一つは)
最期の最期まで、父は自分の仕立てた銃の出来が優れているだろうと、自慢げに笑っていたのだ。何の証拠も無しに、自分の銃を貶していた相手であるのにも拘らず。笑ったまま、命を落としたのだ。
そしてついに、銃殺現場を目撃してしまったエヴァは、壊れてしまったのだ。音もせず、気配も感じさせず近寄って、男の後方に立つ。
彼女に気づいた殺人犯は、あまりにも気が動転していたために、照準も何もあっていない銃で彼女を狙うも、何発か掠るか足に二発ほど貰ったものの、致命の一撃にはなり得なかった。
(何で――殺したの)
到底、小学生の醸し出す雰囲気ではなく、癇癪などの軽いものではなく、純度の高い怒りを露わにしていたために、男は身震いがした。齢として、二回りも下の人間に、ここまで恐怖することなど、経験するわけがない。
遂に反動にやられた男の右手から、銃が零れ落ちる。一切の抵抗なく、犯人がさんざ貶していた銃を手に取り、一切の抵抗なしに男を何発も銃撃。最初から、一切の容赦なしに心臓を狙っていた。
あまりのことに、男は最初その痛みを理解できなかった。だが、時間が過ぎるたびに値は滴り落ち、痛みは増幅していく。そして、自分の愚かさを、痛みを以って叫びと共に痛感するのだ。
(お父さんを、お母さんを――何で殺したの)
叫ぶことは無い。ただ、静かに涙を流し、怒りを滲ませるエヴァ。そこに、正義感もクソもない。たった今『りょうしん』を失った少女に、高説など出来る訳はない。
そこに居たのは、小さい体躯でありながら、ただの復讐鬼。
(お前が、お前みたいな『男』がァァァァッ!!)
小学生でありながら、正当防衛にはなるのだが、エヴァは初めての殺人を犯したのだ。そこに達成感も何もない、復讐心に身を任せた結果生まれた惨劇のど真ん中に、彼女は立っていた。
ぼろぼろと、大粒の涙を流しながら、血だまりの中に立つ。間抜けな顔をして死亡した犯人を見下しながら、ただ出血するほどの強さで、唇を噛み締めていた。
そしてその瞬間、鼓動が跳ね――因子が目覚めるのだった。