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第二百六十六話

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 そして、話は最初に戻る。礼安とエヴァが、善吉を退却させた。これまでにないほどの礼安の『怒り』に、エヴァは委縮していたのだが。
 少し遅れて、別場所の対処に追われていた和井内が、二人の元に走ってやってくる。御年三十であるはずなのに、善吉のせいで肉体年齢を盛大に増やされた結果、ちょっと小走りしただけで息切れするほどに。現実の六十代よりも衰えていたのだ。
「だ、大丈夫……でしたか……」
「こ、こちらは平気です。あのクソ男相手でしたが……使い物にならない私の代わりに、礼安さんが何とか……」
「そんな、エヴァちゃん……」
 これまでになかった距離間の取り方に、悲しげな表情を浮かべる礼安。しかし、それで靡けないほどにまで、礼安に心から畏怖の感情を抱いていたのだ。
 エヴァは、これでも歩み寄ろうとしているのだ。誠心誠意、敵わないと評された強敵にすら立ち向かい、引き分けにまで持ち込んだ礼安を、心から労おうとしているのだ。だが、それを許さないのが根底に存在する恐怖心であったのだ。
 あらゆる感情を押さえつけ、何とか絞り出そうとした。それでも、あそこまでの狂気を孕んだ殺意を初めて目撃したことに、動機が抑えられないのだ。
「……ごめんなさい、ちょっと……頭を冷やしてきます」
 和井内も礼安も、エヴァも一切悪くない。この状況を招いたのは、まごうことなき来栖善吉その人。この場の誰かを特定して責めることなど、誰にも出来やしなかったのだ。

 しばらくして、東京デスティニーアイランドに来訪者が複数名。それは他でもなく、これまで別場所にて別行動を余儀なくされていた、灰崎たちであった。
 まず、一行が取った行動はこれまでの情報整理であった。
 来栖善吉が従えている存在、『流浪の獣(リウラン・ショウ)』。
 そしてそれ以外にも、インターネットやSNSを通じやり取りを行ったトクリュウや半グレ、そして半ば暴徒と化した千葉県民たち。
 山梨の一件だけでなく、千葉県の純真無垢な子供たちすら食い物にしようとしていること。
 丙良、信玄が裏切っていたとされていた中で、丙良は実際千葉支部からのスパイ扱いであったこと。
 最後に伝えられたのは――百喰正明(モグ マサハル)の、死。
 一行の間には、先ほどの礼安とエヴァの間にあったような、暗く湿っぽい空気感であった。例え一般人代表ともいえる千尋がいようとも、それは不変であった。それもそのはず、本来の作戦人員から一人いなくなったうえに、現状の盤面は合同演習会以上の最悪の盤面。本当の意味で相手方から寝返るような存在はおらず、例え丙良が戻ってきたとしても絶体絶命と言わざるを得ない。
「――正直、現状だと……エヴァちゃんが戦力にならないのは痛すぎる。学園長も何かしらのきっかけでメンタルの不調から立ち直ってくれれば、と今回の面子に入れたらしいけれど……今回ばかりは厳しすぎる」
「――正直、無理もねえだろ。俺みたいに……ある程度身近な人間の『死』に割り切れるような奴ばかりじゃあねえのは……百も承知だ。元々の稼業上……仕方ねえことではあるんだけどよ」
「でも……逆に何でそこまでして……パパは『エヴァちゃんを戦力とみなした』の? 難しいことは百も承知だろうけれど……」
 その礼安の問いに、彼女の『当時』を知る数少ない人物である、丙良と加賀美が口を開くのだった。
「――エヴァ・クリストフと言う存在は……元々、礼安ちゃんのように変身して戦う珍しい存在でもあったんだ。武器を作る、お手入れする以外に、ね」
「礼安ちゃんがこの学校に来る前……一年次だったころ、エヴァちゃんとその相方である……先代山梨支部支部長、レイジーちゃんは大の仲良しだった。その子と共に……『戦乙女(ヴァルキリー)タッグ』と称して、英雄科に匹敵する武器科の人間として、非常に希少な存在だったの」
 現在、彼女がその当時の姿に変身しない理由は……他でもなく、レイジーの影響。レイジーの隣で戦うための力であり、当時の英雄科の下の位の生徒からやっかまれる原因でもあった。
 レイジーを喪った今、多くの人の反感を買った力だからこそ、彼女は二度とその姿には変身しないと誓い、礼安たちの前でも披露した、疑似変身機構を備えた『デュアルムラマサ』を開発したのだ。
 しかし、ここでエヴァの『恐怖心』が効いてくる。彼女は元来『男嫌い』であるのだが、彼女たちに薄汚い嫉妬心を向けた存在こそ――男であったのだ。丙良や信玄も名を落とさないために、そして数少ない異性の友人であったがために全力で止めたのだが、嫌がらせは日に日に度を超えていたのだ。

(黙って劣等科らしく武器をこさえていろ)
(英雄科の真似事なんてみっともない真似をするな)
(お前らが俺らの立場を奪うな)

 聞くに堪えない、ただの戯言。しかし当時のエヴァは、ただそういう風に受け流せなかった。その理由こそ、そのタイミングでレイジーの離脱、及び山梨支部への潜入が丁度重なってしまったのだ。レイジーは傷つけ、傷つく現状に憂いた結果、そしてエヴァを『武器の匠』と言う重責から解放するべく動いた良心の結果なのだが――タイミングが悪すぎたのだ。
 大抵自分の努力を怠った結果であるはずなのに、みっともなく優れた存在に他責した結果、レイジーのいない状況で、そして誰かからとやかく言われる状況で、エヴァは心が折れた結果……英雄の姿に変身することをやめたのだ。
「――これ、本人からは口止めされているんだ。礼安さんに見苦しい姿を見せたくない、って言ってね。でも……これ以上は無理だ。隠し立てできない」
 ここまで心が折れた上に、また変身して貢献しろ、だなんて言えるはずが無かったのだ。当時を知る丙良や加賀美にとっては、特にである。だからこそ、丙良は無理やり動かそうとしているのか、疑心暗鬼になった結果……信一郎の采配が気に食わなかった。
「……これ以上は、彼女を酷使するのは厳しい。だからせめて学園に戻すしか……」
 そう思案していると、和井内のデバイスが鳴る。本人は目を丸くすると、一行の前にそのデバイスを見せたのだ。そこに書かれていたのは、他でもなく現在話題にしていた信一郎その人であった。
 すぐさまそのテレビ通話を受け取ると、スピーカー状態にして語気を強め現状を話す丙良。その中で信一郎は何度か頷くと、実に冷静な態度で皆に言い渡すのだった。
『――とりあえず、現状のままで小隊は平気だよ。現状動かせる自由戦力の中でだと、現状は最適と言わざるを得ないね』
「……ちょっと待ってください、エヴァちゃんが憔悴している状況の……どこに最適さがあるんですか? 彼女は少し前に……大切な人を喪っているんですよ。それなのに動かそうとするだなんて……貴方は鬼畜か何かですか」
『ワオ、大分厳しい意見だこと。でも今回は――エヴァちゃんの慰安が目的の一つではあるけれど……それ以上に荒療治が必要なんじゃあないかな、と思ってね』
「どういう、事ですか……学園長」
 画面の向こう側で考える素振りをする信一郎は、あるものを手に取る。それは、当事者でなければ回収が出来ない、あるものであった。
 それは、他でもないレイジー・アルゴノーツの遺品の一つである、レイジーの変身用デバイスと『石川五右衛門』のライセンスであった。
「それは……!」
『今回、あらゆることを経験したうえで、また皆の精神がやられるだろうと思ってね。特に、元から傷ついている子に関しては猶更だ。でも――へこたれ続けていて、本当にそれでいいのかな、と思った次第さ』
 そのデバイスを起動させ、破損したデータファイル群からサルベージできた、ある音声データを見せる。
『――このデバイスとライセンスを、今からなるはやでエヴァちゃんに送る。それでも治らなかったら……その時はその時、『緊急戦力』を身内から出すさ』
 明石に二種のアイテムを紙袋付きで手渡し、一行に向き直る信一郎。その表情は重かったが、瞳は死んでいなかった。艱難辛苦を乗り越え続けた漢だからこそ、簡単なことで心を折って欲しくなかったのだ。それで挫折した、多くの生徒を目の当たりにしてきたからでもあるだろうが。
『――この私の采配が、荒っぽいことは何となく理解はしている。私が他者に対する共感性が多少なり薄いことも……十分に理解しているとも。何せ、私一番苦手な学生の教科『道徳』だからね。それでも――私はこの作戦をやり遂げた後で、君たちの成長が著しいものであることも、エヴァちゃんが立ち直ってくれるであろうことも……理解しているつもりだ』
 時々、「人の心が無い」「道徳心が欠如している」と評される信一郎であるが、基本的にその根底には、生徒を成長させたい親心のようなものが渦巻いている。深いことを最初に語らないのは、主には『そうするに至った理由を考えさせ、自主性を促したい』教職者としての考えが常時あるのだ。
『……約一時間後、あのデバイスたちは届く。最初に……今この場にいないエヴァちゃんに聞かせてあげるといいさ』
 信一郎はしみじみと語った後に、その通話を切ったのだった。



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 そして、話は最初に戻る。礼安とエヴァが、善吉を退却させた。これまでにないほどの礼安の『怒り』に、エヴァは委縮していたのだが。
 少し遅れて、別場所の対処に追われていた和井内が、二人の元に走ってやってくる。御年三十であるはずなのに、善吉のせいで肉体年齢を盛大に増やされた結果、ちょっと小走りしただけで息切れするほどに。現実の六十代よりも衰えていたのだ。
「だ、大丈夫……でしたか……」
「こ、こちらは平気です。あのクソ男相手でしたが……使い物にならない私の代わりに、礼安さんが何とか……」
「そんな、エヴァちゃん……」
 これまでになかった距離間の取り方に、悲しげな表情を浮かべる礼安。しかし、それで靡けないほどにまで、礼安に心から畏怖の感情を抱いていたのだ。
 エヴァは、これでも歩み寄ろうとしているのだ。誠心誠意、敵わないと評された強敵にすら立ち向かい、引き分けにまで持ち込んだ礼安を、心から労おうとしているのだ。だが、それを許さないのが根底に存在する恐怖心であったのだ。
 あらゆる感情を押さえつけ、何とか絞り出そうとした。それでも、あそこまでの狂気を孕んだ殺意を初めて目撃したことに、動機が抑えられないのだ。
「……ごめんなさい、ちょっと……頭を冷やしてきます」
 和井内も礼安も、エヴァも一切悪くない。この状況を招いたのは、まごうことなき来栖善吉その人。この場の誰かを特定して責めることなど、誰にも出来やしなかったのだ。
 しばらくして、東京デスティニーアイランドに来訪者が複数名。それは他でもなく、これまで別場所にて別行動を余儀なくされていた、灰崎たちであった。
 まず、一行が取った行動はこれまでの情報整理であった。
 来栖善吉が従えている存在、『|流浪の獣《リウラン・ショウ》』。
 そしてそれ以外にも、インターネットやSNSを通じやり取りを行ったトクリュウや半グレ、そして半ば暴徒と化した千葉県民たち。
 山梨の一件だけでなく、千葉県の純真無垢な子供たちすら食い物にしようとしていること。
 丙良、信玄が裏切っていたとされていた中で、丙良は実際千葉支部からのスパイ扱いであったこと。
 最後に伝えられたのは――|百喰正明《モグ マサハル》の、死。
 一行の間には、先ほどの礼安とエヴァの間にあったような、暗く湿っぽい空気感であった。例え一般人代表ともいえる千尋がいようとも、それは不変であった。それもそのはず、本来の作戦人員から一人いなくなったうえに、現状の盤面は合同演習会以上の最悪の盤面。本当の意味で相手方から寝返るような存在はおらず、例え丙良が戻ってきたとしても絶体絶命と言わざるを得ない。
「――正直、現状だと……エヴァちゃんが戦力にならないのは痛すぎる。学園長も何かしらのきっかけでメンタルの不調から立ち直ってくれれば、と今回の面子に入れたらしいけれど……今回ばかりは厳しすぎる」
「――正直、無理もねえだろ。俺みたいに……ある程度身近な人間の『死』に割り切れるような奴ばかりじゃあねえのは……百も承知だ。元々の稼業上……仕方ねえことではあるんだけどよ」
「でも……逆に何でそこまでして……パパは『エヴァちゃんを戦力とみなした』の? 難しいことは百も承知だろうけれど……」
 その礼安の問いに、彼女の『当時』を知る数少ない人物である、丙良と加賀美が口を開くのだった。
「――エヴァ・クリストフと言う存在は……元々、礼安ちゃんのように変身して戦う珍しい存在でもあったんだ。武器を作る、お手入れする以外に、ね」
「礼安ちゃんがこの学校に来る前……一年次だったころ、エヴァちゃんとその相方である……先代山梨支部支部長、レイジーちゃんは大の仲良しだった。その子と共に……『|戦乙女《ヴァルキリー》タッグ』と称して、英雄科に匹敵する武器科の人間として、非常に希少な存在だったの」
 現在、彼女がその当時の姿に変身しない理由は……他でもなく、レイジーの影響。レイジーの隣で戦うための力であり、当時の英雄科の下の位の生徒からやっかまれる原因でもあった。
 レイジーを喪った今、多くの人の反感を買った力だからこそ、彼女は二度とその姿には変身しないと誓い、礼安たちの前でも披露した、疑似変身機構を備えた『デュアルムラマサ』を開発したのだ。
 しかし、ここでエヴァの『恐怖心』が効いてくる。彼女は元来『男嫌い』であるのだが、彼女たちに薄汚い嫉妬心を向けた存在こそ――男であったのだ。丙良や信玄も名を落とさないために、そして数少ない異性の友人であったがために全力で止めたのだが、嫌がらせは日に日に度を超えていたのだ。
(黙って劣等科らしく武器をこさえていろ)
(英雄科の真似事なんてみっともない真似をするな)
(お前らが俺らの立場を奪うな)
 聞くに堪えない、ただの戯言。しかし当時のエヴァは、ただそういう風に受け流せなかった。その理由こそ、そのタイミングでレイジーの離脱、及び山梨支部への潜入が丁度重なってしまったのだ。レイジーは傷つけ、傷つく現状に憂いた結果、そしてエヴァを『武器の匠』と言う重責から解放するべく動いた良心の結果なのだが――タイミングが悪すぎたのだ。
 大抵自分の努力を怠った結果であるはずなのに、みっともなく優れた存在に他責した結果、レイジーのいない状況で、そして誰かからとやかく言われる状況で、エヴァは心が折れた結果……英雄の姿に変身することをやめたのだ。
「――これ、本人からは口止めされているんだ。礼安さんに見苦しい姿を見せたくない、って言ってね。でも……これ以上は無理だ。隠し立てできない」
 ここまで心が折れた上に、また変身して貢献しろ、だなんて言えるはずが無かったのだ。当時を知る丙良や加賀美にとっては、特にである。だからこそ、丙良は無理やり動かそうとしているのか、疑心暗鬼になった結果……信一郎の采配が気に食わなかった。
「……これ以上は、彼女を酷使するのは厳しい。だからせめて学園に戻すしか……」
 そう思案していると、和井内のデバイスが鳴る。本人は目を丸くすると、一行の前にそのデバイスを見せたのだ。そこに書かれていたのは、他でもなく現在話題にしていた信一郎その人であった。
 すぐさまそのテレビ通話を受け取ると、スピーカー状態にして語気を強め現状を話す丙良。その中で信一郎は何度か頷くと、実に冷静な態度で皆に言い渡すのだった。
『――とりあえず、現状のままで小隊は平気だよ。現状動かせる自由戦力の中でだと、現状は最適と言わざるを得ないね』
「……ちょっと待ってください、エヴァちゃんが憔悴している状況の……どこに最適さがあるんですか? 彼女は少し前に……大切な人を喪っているんですよ。それなのに動かそうとするだなんて……貴方は鬼畜か何かですか」
『ワオ、大分厳しい意見だこと。でも今回は――エヴァちゃんの慰安が目的の一つではあるけれど……それ以上に荒療治が必要なんじゃあないかな、と思ってね』
「どういう、事ですか……学園長」
 画面の向こう側で考える素振りをする信一郎は、あるものを手に取る。それは、当事者でなければ回収が出来ない、あるものであった。
 それは、他でもないレイジー・アルゴノーツの遺品の一つである、レイジーの変身用デバイスと『石川五右衛門』のライセンスであった。
「それは……!」
『今回、あらゆることを経験したうえで、また皆の精神がやられるだろうと思ってね。特に、元から傷ついている子に関しては猶更だ。でも――へこたれ続けていて、本当にそれでいいのかな、と思った次第さ』
 そのデバイスを起動させ、破損したデータファイル群からサルベージできた、ある音声データを見せる。
『――このデバイスとライセンスを、今からなるはやでエヴァちゃんに送る。それでも治らなかったら……その時はその時、『緊急戦力』を身内から出すさ』
 明石に二種のアイテムを紙袋付きで手渡し、一行に向き直る信一郎。その表情は重かったが、瞳は死んでいなかった。艱難辛苦を乗り越え続けた漢だからこそ、簡単なことで心を折って欲しくなかったのだ。それで挫折した、多くの生徒を目の当たりにしてきたからでもあるだろうが。
『――この私の采配が、荒っぽいことは何となく理解はしている。私が他者に対する共感性が多少なり薄いことも……十分に理解しているとも。何せ、私一番苦手な学生の教科『道徳』だからね。それでも――私はこの作戦をやり遂げた後で、君たちの成長が著しいものであることも、エヴァちゃんが立ち直ってくれるであろうことも……理解しているつもりだ』
 時々、「人の心が無い」「道徳心が欠如している」と評される信一郎であるが、基本的にその根底には、生徒を成長させたい親心のようなものが渦巻いている。深いことを最初に語らないのは、主には『そうするに至った理由を考えさせ、自主性を促したい』教職者としての考えが常時あるのだ。
『……約一時間後、あのデバイスたちは届く。最初に……今この場にいないエヴァちゃんに聞かせてあげるといいさ』
 信一郎はしみじみと語った後に、その通話を切ったのだった。