仕事に疲れ果てた私は休日にその廃村を訪れた。
そこは私の祖母がかつて暮らしていた村だった。
その村に至るまでの道路は一応あるにはあるが、整備もろくにされていない悪路であった。
何年も誰も訪れていないのであろうその村は廃墟だらけで不気味であった。
ただ、ここには人はいない。
誰にも会いたくない私にとってそれだけが救いであった。
村の近くの空き地に車を停めて、私は中に入る。もちろん、とがめる者は誰もいない。
夏の暑い陽射しだけが私を出迎えた。じんわりと額に流れる汗をタオルで拭く。
そう言えば祖母が言っていた言葉を思いだした。それは私がまだ小学生でこの村にもわずかではあるが人が住んでいたときの話だ。
外で遊び疲れた私に祖母は手招きをする。
「今日みたいな暑い日には部屋に冬石を置くと涼しくなるよ」
祖母は蔵から青い小さな石をもってきて、窓辺に置いた。
するとどうだろうか窓から冷たい風が入ってくる。真冬のときの風のように冷たい。
「もう冬石も残り少ないんだけどね。真奈ちゃんがきてくれたから特別だよ。ほら、触ってごらん」
祖母に促されて私はその青くて、小さな石を指の腹でなでる。するとどうだろう、その石は氷のように冷たいのだ。
不思議がる私に祖母はにこやかに微笑みかける。
「それはね、妖精が作った石なんだよ」
妖精ってあの絵本やおとぎ話に出てくるあの妖精のことだろうか。
「冬のあいだに石に冬の冷たさを妖精は閉じ込めるんだよ。逆に夏の暑さも石に閉じ込めるんだね」
と祖母は説明した。
その妖精によって作られた石を夏の暑さを閉じ込めたものを夏石と言い、冬の寒さを閉じ込めたのを冬石と呼ぶ。
電気のない時代はそうやって暖を取り、涼を楽しんでいたという。
「妖精さんは何処にいるの?」
私が訊くと祖母は首を横にふった。
もうこの村にはいないのだという。
祖母の祖母が子供の頃はまだ妖精がいたという。
夏石や冬石をつくってもらうのに人間は妖精に蜂蜜や砂糖菓子、お団子なんかをあげたという。
そうやって夏石と冬石をつくってもらっていた。
しかし、村に電気が通るようになって妖精は何処かに消えてしまったという。
祖母は私にそんな話を聞かせてくれた。
私は記憶をたよりに祖母が住んでいた家に向かう。かなり古くはなっていたが、昔の面影のある家を見つけた。
さらにその奥に蔵を見つけた。
まだ、その夏石や冬石は残っているのだろうか。
興味がわいた私は蔵に入る。
そこで私はみつけたのだ。
人形用のベッドで寝ている妖精を。
人の手のひらほどの大きさで、おかっぱ頭の可愛らしい女の子だ。浴衣をきていて、背中にトンボの羽を生やしている。
「はーよく寝たわ。おかえりなさい真奈ちゃん」
妖精は私のことを知っていた。
「どうして?」
「だって昔よく遊んだじゃないの。はい、これ冬石だよ」
妖精は私の手のひらに冷たい石を乗せた。
終わり