シダ植物の群生地を目指したのは、視界をさえぎる木々がないからだ。
想像よりかなり早く到着した洋司は、さっそく持ってきた自作のワイヤーアンテナとバッテリー、無線機を並べ、セッティングに入った。
不安はあったものの、いざやってみるとすんなり作業が進む。初めてにしては上出来だと、気分が高揚するのがわかる。
やがて三十分後には、洋司は悠々と折りたたみ椅子に腰を下ろし、周波数を探っていた。するとそれは、唐突にスピーカーから流れてきた。
たとえるなら、洞窟の奥深く、密かに大岩を穿つ地下水。細やかに儚げに旋律を刻み、空気を震わせている。振動は規則正しく、一定のリズムで波打っている。
洋司は宙の一点をみつめた。美しい音色にとらわれ、その場に縫い止められたかのように身体と思考の自由を奪われた。次第に煩わしいすべての出来事が洋司のなかでシャットダウンし、多幸感に包まれていった。
夢幻の境地にいながら、洋司は自分を見守るなにものかの存在を感じていた。不思議と恐れはなかった。むしろそのまなざしには無限の愛が含まれているように思えた。
どこからか今にも消え入りそうなほどちいさな声が響いてくる。まるで分厚い辞書をめくり、当てはめるのに適した声を選び出すように。しかしあるときを境にクリアになり、洋司の耳に、「誰かいますか?」と聞こえるようになった。
洋司は急いで与えられた名前を素直に名乗ったが、どうやら相手には届いていないらしい。何度同じやり取りを繰り返しても、会話は成り立たなかった。
焦りともどかしさが、受信周波数の調節ダイヤルに添えた指を動かす。束縛から解き放たれたのは、その次の瞬間のことだ。まるで二度寝していたことに気づき、飛び起きるかのように立ち上がり、洋司は声を絞り出した。
「まさか君たちなのか?」
シダ植物は風もないのにいっせいにざわめいた。
無線機を通じ、彼らとの交信を試みたものの、結果は同じで、うっすら声を聞き取ることができても、質問に対する回答が伝わることはなかった。自分が作ったシステムに不足があるか、致命的な欠陥があるのかもしれない。
洋司が必死になるのには、彼らに興味を持ったからだけではなく、現地踏査のボランティアをしている以上、報告義務があるからだ。意志を持った植物が存在するとなれば、まず間違いなく研究対象として保護されるだろうし、里山ニュータウン計画の候補対象地からも外れることになる。だからこそ確実な証拠が欲しいのだが、これ以上ひとりで粘っても無駄なことはよくわかった。
いずれにしても、情報は共有しておくべきだろうと思案しながら撤退の準備をしていると、遠くから人間の話し声が聞こえてきた。町役場の職員か、ボランティアかもしれない。ふいに洋司は、ここから離れなければと思った。彼らはまだみつかってはならない、かくまわなくては、と。
持ってきた機材をリュックサックのなかへ乱雑に詰め込み、杖も持たずに早足で逃げ出す。自分でもなぜ考えとは真逆の行動に走ったのかわけがわからなかったが、気づけば道なき道を分け入り、山の斜面を転がり落ちていたのだった。