最後の核戦争からゆうに千年の時を経たが、人類は地上に安寧を取り戻せていない。既に何世代も代替わりしたことで、地上に住む必要性も見出だせなくなっている。人種と国境を越えてもたらされた文明は、あたかも蛹が蝶になる過程を具現化したようであり、地域差はあれど、誰もが飢えることのない社会を築くことに成功していた。
にも関わらず、あらゆるリスクを冒してまで地上を渡り歩くプラントハントが生業として成り立つ理由はただ一つ。好事家の需要に応じるためだ。時に破格の買い取り金額がつくこともあるため、夢見る若者や大人たちはこぞって旅に出るのだった。ネオも夢を叶えるため、あえてその日暮らしのつらい旅に身を転じた一人だが、後悔はない。知らない街を訪れる時はいつもワクワクしている。
橙色の石畳とガス灯が街に入る目印。ネオははしゃぎながら一歩前に飛び出したが、ふいに大変なことを思い出した。
ネオはあわててミッテを抱えて走り出す。いざとなれば少年のヒューマノイドロボット一体を運ぶことくらい、十八歳のネオにとっては朝飯前である。
給油スタンドのモニターに提示された金額を前払いしてから、ミッテの右耳を前方に倒した。小さな給油口に備え付けのストローを差し込み、給油を開始。そのあいだに、まじまじとミッテを点検する。
「あら、耳のパッキン変えたばっかなのにもう傷んでない? よく見たら髪のツヤも微妙だし。こないだの整備士に文句言ってやろ!」
ミッテはミッテで、遠慮なく愚痴をこぼした。
「ここの油、品質最悪だな」
「そう?」
ネオは適当にとぼけると、燃料満タンになったミッテをふたたび抱えて小走りした。
「おい、俺はもう自力で歩けるぞ」
「善は急げ。早く木を査定してもらわなくちゃ」
どの街でも『地上植物鑑定所』は盛況なので、探さなくてもすぐに見つかった。ネオは一番最初に目についた店のなかに、勢いよく飛び込んだ。
小脇に少年を抱えた人物が息を切らしながらやってきたものだから、鑑定待ちのプラントハンターたちは誰もが驚き、そちらに注目した。
カラフルな髪留めを散りばめた短い赤毛、焦げ茶色と空色のマーブル模様をした大きな瞳、ツンととがった小さな鼻、桜色の唇。質素な身なりと大きなリュックサックを背負っていることからわかることは、彼女が旅人だということだ。そして見るからに人間離れした真っ青な髪の少年は、明らかにヒューマノイドロボットである。
若人に希少種が採取できるとは思えない。プラントハンターたちは一様に彼らを小者と見なし、興味を失った。ネオは不服そうなミッテを地上に降ろすと、空きカウンターで手を挙げた鑑定士の元へ向かった。
「いらっしゃいませ。どうぞおかけください」
下卑た笑みを浮かべる鑑定士である。気にはなるが、促された椅子に二人並んで腰を下ろし、さっそく採取したものを差し出した。
長さは三十センチほどだ。幹周りも枝も丁重に扱わなければ折れてしまいそうである。しかし特徴的なシワが寄った深緑色の葉から、事前に調べていた古代茶の若木に間違いなさそうだった。ネオは年齢より幼く見られるため、低く落ち着いた声色を作って切り出した。