パワハラでメンタルがボロボロになり、会社をやめた。
お金もないので辺鄙なところにある古びたアパートに引っ越し、引き篭もった。
が、夜になったら出た。
窓に落ち武者の生首が浮かび、ニヤニヤと俺を見ていた。
いつまでたっても消えずにこちらを見ている。
でも俺のメンタルは完全に壊れていた。
怒鳴り散らして威圧してくるでもない生首なら別に怖くはない。
何もする気がないので、こちらもぼんやりと生首を見つめ続けた。
そう言えば昔、こういう頭だけのものをずっと見つめていた気がする。
そして思い出した。
昔、俺は美術部で、無邪気に絵描きになる事を夢見ていた。
それを思い出し、おもむろにその辺の紙にスケッチを始める。
はじめはニチャァと笑っていた生首も意外だったのか戸惑っている。
「……動かないで。」
どうしたものだろうとふらふらする生首にそう声をかける。
頭が空っぽでも、体は覚えているものだ。
握ったペンが紙の上を走る。
一日目のスケッチは褒められたものではなかった。
しかし生首は毎日現れた。
その度に俺は一晩かけて生首をスケッチする。
何日も続けていると感覚を取り戻し、なかなかの出来になってきた。
俺的には納得できるスケッチになってきたのだが、それを見た落ち武者は渋い顔をする。
最近では描き上がる頃には部屋の中に入ってきて、出来をチェックしてくるのだ。
真横からスケッチをチェックする落ち武者の生首。
「……何?どこが気に入らないんよ??」
そう言うと生首は自分の髪の毛を気にしたように見えた。
なるほど。
身だしなみが整ってない姿をスケッチされて気に入らないのか……。
次の晩、俺は現れた落ち武者の生首を部屋に招いた。
髪を櫛で梳いてやり、油で撫でつけて輪ゴムで束ねた。
それを鏡で見せてやる。
ちょっと嬉しそうだ。
なのでその姿をスケッチしてやった。
その晩から髪などを整えてからスケッチするようになった。
ただ整えるのもつまらないので、色々な髪型にしてみた。
時にはアフロ等のカツラも被せてやった。
意外と好評だった。
ただ髪を漉いてみて気づいたが、落ち武者だけに汚い。
なのでドライシャンプー等で綺麗に拭いてやったり、禿げているところに育毛剤を塗ってみたりした。
死んでいるから効果がないかと思ったが、思い込み効果なのかハゲ部分に毛が生え始めた。
それを芝生を育てるように大事に育てた。
丁寧に洗って、育毛剤を塗って頭皮マッサージする。
この頃には落ち武者もだいぶ顔色が良くなり、よく笑うようになっていた。
俺もその顔を見て笑顔になる。
二人で最近のトレンドを研究し、それに近くなるように整え、スケッチする。
芝生みたいだったハゲの毛も随分伸びてきた。
それをモヒカンみたいに立てて、横の毛をドレッド風に編み込んでみたら、すっかり落ち武者じゃなくなってしまって、二人で大笑いした。
そんなこんなで、すっかり落ち武者と言えなくなってしまったお洒落生首をスケッチする。
スケッチのレベルも随分と上がってきた。
出来上がりをのぞき込んだ落ち武者が、うんうんとわかった風に頷くものだから笑ってしまった。
ある晩。
いつものように落ち武者を待っていると、部屋の中に着物姿のイケメンが現れた。
古めかしい着物を着ているのに、頭だけが現代風にお洒落だった。
「……あれ??今日は体もついてるんだな??」
『其方のお陰で、新しく生き直してみるのも面白かろうと思えてきてな。長い間、過去の憎しみを抱え拘ってきたが、拙者も前に進もうと思う。』
初めて落ち武者が喋った。
その顔は凛としていて、しっかりとした意志があった。
そうか、成仏する気になったのか……。
俺は少し……いや、かなり寂しい気持ちになった。
そんな俺を落ち武者だった彼は真っ直ぐに見つめる。
『其方ももう前に進む時ではないか?』
「でも……。」
『自信を持て。其方は成長した。その手にある絵が何よりの証拠だろう?違うか?』
そう言われ、まとめていたスケッチを見つめる。
はじめはたどたどしかったそれは、今ではしっかりとしたものになっている。
『其方はもう大丈夫だ。挫けても、きっとまた、その絵のように一歩ずつ前に進んで行ける。』
「…………。」
『辛くなったら、また絵を描くが良い。それが其方を支えてくれる。』
「……うん。」
『好きな事があるというのは、とても幸せな事だ。拙者はそう思う。』
「……うん。」
『冥土の土産に、一番上手く描けた絵をくれぬか?』
そう言われ、俺は一番気に入っていたスケッチをあげた。
それを手にし、落ち武者だったその人はにっこりと笑う。
そしてすっと影が薄くなるように消えた。
俺の部屋にはもう落ち武者の生首は出なくなった。
でも相変わらず俺は絵を書き続けている。