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◯ドルカ・スラン視点◯3話前小話

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僕は、元・貴族の家に生まれた。
といっても、誰もが思い描くような裕福な暮らしではなかった。
僕の家には、先代当主――つまり、父さまの兄上がいた。
派手な遊びと浪費を繰り返し、莫大な借金を残して姿を消したらしい。
その借金には、保証人として父さまと母さまの名前が使われていた。
当の本人は逃げ、残されたのは取り立てと請求書、そして僕たち家族だった。
それでも、父さまと母さまは黙って働き続けていた。
貧しいながらも、三人で支え合って暮らしていた。
少しの幸せを大切にして、慎ましく生きていた。
――あの日までは。
その日は、僕が提案したピクニックの日だった。
働き詰めの父さまと母さまに、少しでも休んでほしくて。
「たまには、三人で外に行こうよ」
って言ったら、
母さまがとても嬉しそうに微笑んでくれた。
「そうね。久しぶりに、ちょっとだけ豪華にしましょうか。父さまも、きっと喜ぶわ」
お弁当の材料は、ほんの少しの肉と野菜。
それでも、僕たちにとっては特別なごちそうだった。
そして当日の朝、僕は早起きして、
母さまと一緒にお弁当を作った。
ハンバーグをこねる僕を見て、母さまは言った。
「初めてにしては上手ね」
嬉しかった。胸がいっぱいになった。
ずっと、こんな日々が続けばいいと思っていた。
ドンッ!
玄関の扉を蹴破るような音が響いた。
続けざまに、バンッ――乾いた銃声のような音。
キッチンにいた僕と母さまは、
一瞬動けなかった。
「……今日じゃないはずなのに」
母さまがぽつりと、呟いた。
僕が何か言う前に、母さまはぎこちない笑顔を浮かべ、僕の肩に手を置いた。
「裏口から逃げなさい、ドルカ。怖い人たちが来たの。お願い、早く……。あなたには、生きていてほしいの」
僕は何も言えなかった。
気づけば、裏口から外へ押し出されていた。
茂みに身を潜めると、すぐに男たちの声が聞こえてきた。
「おいおい、借金ある身でのんきにピクニックか? ハンバーグなんて作ってよぉ」
「金、準備できたんだろうなぁ?」
「いえ、まだ……間に合わなくて……」
母さまの震える声。
「間に合ってない? ああ? どれだけ待たせてんだぁ?」
「保証人だろうが何だろうが、借りた金は返してもらわねえと」
「でも……今日は約束の日じゃ――」
「知らねえよ。お頭が“今必要だ”って言ってんだ。逆らえるわけねえだろ」
「皮肉なもんだよな。生きてるより、死体の方が金になるなんてよ……」
バンッ!
耳をつんざくような音。
僕は息を殺したまま、動けずにいた。
声も涙も出なかった。ただ、冷たい何かが胸にこびりついていった。
――全部、僕がピクニックなんて言い出したからだ。
母さまの最後の言葉だけが、頭の奥に残っていた。
「ドルカ……無事でいて……」
気づけば、僕は走っていた。
朝露に濡れた草の上を、裸足のまま。
どこを通ってきたのかもわからない。ただ無我夢中で逃げた。
途中、転んで、泥だらけになって、それでも立ち上がろうとしたとき。
「……大丈夫か?」
誰かの手が差し出された。
見上げると、赤い髪の少年。
僕と同じくらいの歳に見えたけど、瞳はずっと年上のように落ち着いていた。
苦労が滲んでいる手だった。
「……一緒に来るか?」
その手を取った瞬間、ほんの少しだけ、生きていたいと思った。
――それが、カイルとの出会いだった。
今、僕はカイルと、仲間たちと一緒にいる。
もう、あの日のような後悔はしたくない。
誰かを失うくらいなら、僕が支える。守る。
たとえ、この先にどんな現実が待っていても。
「カイル、君は……背負いすぎなくていいよ。僕がそばにいる」
そう思って、僕はあのとき、あの言葉を口にしたんだ。
                                                    


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僕は、元・貴族の家に生まれた。
といっても、誰もが思い描くような裕福な暮らしではなかった。
僕の家には、先代当主――つまり、父さまの兄上がいた。
派手な遊びと浪費を繰り返し、莫大な借金を残して姿を消したらしい。
その借金には、保証人として父さまと母さまの名前が使われていた。
当の本人は逃げ、残されたのは取り立てと請求書、そして僕たち家族だった。
それでも、父さまと母さまは黙って働き続けていた。
貧しいながらも、三人で支え合って暮らしていた。
少しの幸せを大切にして、慎ましく生きていた。
――あの日までは。
その日は、僕が提案したピクニックの日だった。
働き詰めの父さまと母さまに、少しでも休んでほしくて。
「たまには、三人で外に行こうよ」
って言ったら、
母さまがとても嬉しそうに微笑んでくれた。
「そうね。久しぶりに、ちょっとだけ豪華にしましょうか。父さまも、きっと喜ぶわ」
お弁当の材料は、ほんの少しの肉と野菜。
それでも、僕たちにとっては特別なごちそうだった。
そして当日の朝、僕は早起きして、
母さまと一緒にお弁当を作った。
ハンバーグをこねる僕を見て、母さまは言った。
「初めてにしては上手ね」
嬉しかった。胸がいっぱいになった。
ずっと、こんな日々が続けばいいと思っていた。
ドンッ!
玄関の扉を蹴破るような音が響いた。
続けざまに、バンッ――乾いた銃声のような音。
キッチンにいた僕と母さまは、
一瞬動けなかった。
「……今日じゃないはずなのに」
母さまがぽつりと、呟いた。
僕が何か言う前に、母さまはぎこちない笑顔を浮かべ、僕の肩に手を置いた。
「裏口から逃げなさい、ドルカ。怖い人たちが来たの。お願い、早く……。あなたには、生きていてほしいの」
僕は何も言えなかった。
気づけば、裏口から外へ押し出されていた。
茂みに身を潜めると、すぐに男たちの声が聞こえてきた。
「おいおい、借金ある身でのんきにピクニックか? ハンバーグなんて作ってよぉ」
「金、準備できたんだろうなぁ?」
「いえ、まだ……間に合わなくて……」
母さまの震える声。
「間に合ってない? ああ? どれだけ待たせてんだぁ?」
「保証人だろうが何だろうが、借りた金は返してもらわねえと」
「でも……今日は約束の日じゃ――」
「知らねえよ。お頭が“今必要だ”って言ってんだ。逆らえるわけねえだろ」
「皮肉なもんだよな。生きてるより、死体の方が金になるなんてよ……」
バンッ!
耳をつんざくような音。
僕は息を殺したまま、動けずにいた。
声も涙も出なかった。ただ、冷たい何かが胸にこびりついていった。
――全部、僕がピクニックなんて言い出したからだ。
母さまの最後の言葉だけが、頭の奥に残っていた。
「ドルカ……無事でいて……」
気づけば、僕は走っていた。
朝露に濡れた草の上を、裸足のまま。
どこを通ってきたのかもわからない。ただ無我夢中で逃げた。
途中、転んで、泥だらけになって、それでも立ち上がろうとしたとき。
「……大丈夫か?」
誰かの手が差し出された。
見上げると、赤い髪の少年。
僕と同じくらいの歳に見えたけど、瞳はずっと年上のように落ち着いていた。
苦労が滲んでいる手だった。
「……一緒に来るか?」
その手を取った瞬間、ほんの少しだけ、生きていたいと思った。
――それが、カイルとの出会いだった。
今、僕はカイルと、仲間たちと一緒にいる。
もう、あの日のような後悔はしたくない。
誰かを失うくらいなら、僕が支える。守る。
たとえ、この先にどんな現実が待っていても。
「カイル、君は……背負いすぎなくていいよ。僕がそばにいる」
そう思って、僕はあのとき、あの言葉を口にしたんだ。