――チリン。
耳にかすかに響いた鈴の音が、俺の思考を止めた。
俺は思わず後ろを振り向くと、
「ふふっ、みんな、興味あるんだよね?あの村のこと。」
といって怪しげに微笑んだ少女がいた。
その瞬間だけ、時が止まったみたいに時間がゆっくりと感じられた。
「行き方、知ってるよ?でも迷ってるみたいだから、ちょっと待ってあげる。
行き方知りたかったらこの地図の場所に来てね。」
「待ってくれ、君は誰だ?
……どこから――」
「じゃ、バイバイ。ふふっ。」
――チリン。
少女は俺の言葉を遮ってどこかに消えてしまった。
「なあ!待ってくれよ!!」
いない――。
呆然としていると、
「おい、。お前さんたち。ボーっとしてどうしたんじゃ?それに急に叫びよって。疲れとるのか?」
爺さんの声ではっとした。あの少女は一体…?
「爺さん!
今、鈴の音が聞こえた気がして―
それに、白い服の少女が現れたんだ。
確かにここに‥いたんだ。」
「うむ。そんな子はどこにもおらんかったが…はて?カイルよ。
その手に持っとるのはなんじゃ?そんなもの持っとったかのう?」
手を見ると古びた紙を握っていた。
――地図だ。
微かにスズランの香りがする。
夢じゃなかったんだ…。
少しの恐怖が俺を襲う。
いつの間に持っていたのだろう。
「状況が分からぬが、
とりあえずわしの家で話を聞こうかのう。
この村を出るのはいつでもいいといえば、いいのじゃろう?」
確かに状況を整理したほうが良さそうだ。
ここはお言葉に甘えておこう。
「ああ。爺さん、ありがとな。」
―――爺さんの家にて――
「さて、さっそくじゃが、何があったんじゃ?」
爺さんが俺たちの分のハーブティーを淹れながら聞いてくる。
それが、気にせずゆったりと話していいという雰囲気を作り出しているように思えた。
だから、落ち着いてあの時の状況をみんなに伝えることができた。
俺自身あの現象のことがよくわかっていなかったから、
うまく表現できず、言葉に詰まるときもあったが、
みんな真剣に話を聞いてくれた。
「……そっか、そんなことがあったんだ。
うち、カイルが急に叫んだからびっくりしちゃった。
でも……なんか、少し怖いね。」
軽い沈黙を破ったのはファイだ。
小柄で、オーキッドピンクの髪がよく似合う。
一見可憐に見えるけど、14歳のお姉さんで実はうちのまとめ役だ。
いつも、こういう話し合いの場になると助けてもらってばかりだ。
「ふーん。で、カイル続きは?
ファイがせっかく雰囲気作ってくれたからさ。はやく言ってよ?」
次に口を開いたのはルチナだ。
ブルーバイオレットの髪に本をいつも抱えている。
神秘的なオーラを纏って話しかけづらいが、仲のいい人にだけは意外と毒舌家だ。
だから、こういう口調のときは気を許してくれてんだなって毎回思う。
「あの少女は”世界で一番美しい村”の行き方を知っているって言ったんだ。
行ってみる価値はあると思うんだ。孤児院の頃の生活には戻りたくないだろう?
今度こそ、この6人で幸せに暮らせるかもしれないって思ったんだ。」
「でもでも、その子、おかしいね?リンネたちには見えなかったよ?」
「そうそう。カイル、それに変な地図もらってた。」
「ああ、そういえば古い地図みたいなのをカイルは握りしめてたな。」
ドルカはいつものようにメガネをクイッとあげながら言っていた。
「うむ。これ、ちぃとその地図をわしに見せてくれないかのう?」
静かに俺たちの話を聞いていた爺さんが口を開いた。
爺さんに地図を渡すと、爺さんは黙って真剣に見ている。
次第に顔が曇っていく。
しばらく考えるように白いひげを触っていた。
――
「ここにお前さんたちは行きたいのか?
……これは、見なかったことにしようかと思ったくらいじゃが。
そういうわけには行かなそうじゃな。」
その先の言葉は手に取るように分かる。だが、爺さんの言葉を待つ。
「結論を言うと”ここは何も無い”し村があるなんて聞いたことが”ない”
その付近に出かけた者がいなくなって戻ってこくなったこともある。
村の者なら近づくなと昔から言われとる場所じゃ。
これだけじゃないが……。わしは行くのをおすすめしないのう。」
爺さんはもっと行かないほうがいいと思っている理由があるような言い方をしている。
「お爺さん。もっと理由あるんじゃない?そこまで教えて。」
ルチナが意外にも口を開いたからびっくりした。
「実はわしも、そこに行ったきり帰らぬ者を……見送ったことがある。
そのあたりに足を踏み入れて……それっきり戻ってこんかったんじゃ。
名前も、顔も、もう思い出せん。思い出したくないのかもしれんのう。」
爺さんがポツリと呟いた。
「そっか、辛いことなのに話してくれてありがと。」
ルチナは静かにそう言って、そのあとは何も言わなかった。
しばらく沈黙が落ちた。
誰もが、地図を前にして黙っている。
でも、俺の中には、どうしても消せない感情があった。
(それでも、知りたいんだ。
あの少女が
なぜ俺たちに会いに来たのか。
“世界で一番美しい村”が、
本当にあるのか――
それにそろそろ住める場所がないと冬が来たとき俺たちは息絶えてしまうだろう。この6人で今度こそ幸せに暮らしたいんだ!)
「……行こう」
俺が口を開くと、みんなが顔を上げた。
「俺は、行きたい。爺さんが言ったように危険かもしれない。
だけど、あの村がどんな場所なのか、自分の目で確かめたいんだ。」
「あっはは。ほんとにカイルらしいや。」
ファイがふっと笑ってくれた。
「ふーん、だったらあたしも行く。ファイがそう言うなら。」
ルチナがふんっとそっぽ向いて言った。
「うん、リンネも!女の子どこに行ったのか気になる。」
「賛成。……スズランのこ、怖いけど、気になるから。」
ニコッと笑ってリンネとネロンは言った。
あれ、俺はスズランのことは言ってないよな…。
「仕方がない。行くとしよう。
しかし、この責任は一人で背負わないことが条件だ。」
続けてドルカが俺の目をまっすぐ見つめて言った。
「まったく、若いもんは……どこまでも無茶をするのう。
……まあ、それがええところかもしれんが。」
爺さんは困ったように目を細めたが、最後に静かに笑った。
「行くなら気をつけるんじゃぞ。
もう地図を受け取ってしもうた時点で……何かは、始まっとるはずだからのう。」