第3回
ー/ー
それだけに、同僚の女の子たちから由鷹についての情報を忠告として聞かされても、極力考えないようにした。
女と一緒だったとか、しかもその相手の女の特徴が、聞かされるたびに全く違っていたりなど。
動揺はしたけれど、本気で取り上げたりはしなかった。
彼女たちの親切な言葉の出所は多分、私みたいな女にという不満からくる悪意だろうとの見当はついていたし、たとえそれが事実であっても、身も心も震えるような破滅の足音からは目をそむけ、知らぬふりをし、1秒でも長く由鷹とともにいたかったからだ。
……9月に入ってからは特に、由鷹からの連絡は途絶えがちになっていたのだけれど……。
けれど、許せなかった!
あれだけは……あんな、こと、だけは許せない……!
インプットするはずだったプログラムを途中入社した子に手違いで完全消去されるという事態が起き、徹夜明けで戻った部屋。たしかに昨日整えて出たはずのベッドには、人の眠ったあとがあった。どうやらすれ違ってしまったらしい。
最近なかなか会えなくなっていただけに口惜しくて、そのままベッドに倒れこんだ。由鷹を少しでも感じたくて。
なのに。
視界に入ってきたのは、床に転がっていたピアスだった。光沢のある、真珠のピアスの片割れ。
私はピアスなどあけていない。由鷹もだ。ではなぜそれがここに落ちているのか?
考えなくとも明白だった。由鷹に女がいる、その証明。
その女が私の存在を知っての故意か偶然かなどそんなことはどうでもいい。私の部屋で、私のベッドで、由鷹はほかの女と愛しあったのだ!
直後、脳裏を稲妻のように駆け抜けた光景は、すさまじい衝撃となって私を襲った。
鼓動は一瞬で倍以上に跳ね上がり、頭の奥底を直撃したのちどす黒い怒りとなって全身を凍りつかせた。
あふれた涙に喉がつまり、激しく咳こむ。シーツを握りしめ、小さく身を丸めた私の口から出るのは由鷹の名ばかりだった。
いつかこうなるのは分かっていた。分かっていたけれど、でもこれはひどい仕打ちだ。
私の部屋で、私のベッドで。そうやって裏切るのか。もう私のことなど何とも思ってはいないと、そうして私に見せつける!
いっそ、死んでしまいたかった。
私を見つめる由鷹の腕の中で、最後の息を吐きたかった。だがそれももうできない。もう、私を好きだという幻想すら見せてくれない由鷹では。
好きでいてもらえた間にしておくべきだったのだ。そうしたなら私は、こうして訪れる残酷な裏切りも知らず、幸福なままで逝けただろうに……。
裏切られていたと分かっても、それでもまだ由鷹を愛していることがさらに私を嘆かせた。
こんなひどい仕打ちを受けながら、屈辱にまみれながら、私はまだ由鷹を愛しているのだ!
自分が傷つくことには敏感なくせに、相手を傷つけることは一切かまおうとしない、残酷な子どもそのもののような由鷹を。
声も、涙も、枯れるまで泣いたあと、腫れたみじめな顔のまま鏡を覗き、ようやく決めた。別れよう、と。
それが由鷹のためなのだ。初めからこうなると私は知っていたのに、思い切れず今までひきずってしまった、これはその罰を受けただけで、由鷹が悪いわけじゃない。
だれが見てもあきらかだったではないか、この結果は。こうなるのは。
この事態を引き起こしてしまったのは由鷹の投げかけてくれていた兆しから目をつぶっていた愚かな自分で、だから、これ以上由鷹を困らせるのはいけない。
けれど、最後だけはわがままを通させてほしかった。
何かをきっかけとして私とのことをふと思い出したとき。この別れが一番鮮明に浮かび上がるように。
せめて、あれはいい女だったと、思い出してもらえるように。
それが私の、たったひとつの、なけなしの自尊心だった……。
テレビの天気予報の降水確率は80%。
今日ばかりは飾りたてて。朝から美容室へ行き、服も一番上等のものを選んだ。由鷹が似合うと言ってくれた髪飾りやネックレスをつけ、テーブルには花を飾り、由鷹が好きな物ばかりを作って、由鷹が来るのを待つ。
室温は快適。BGMもちょうどいい。
窓に目を向けると、雨はほど良い強さになっていた。
別れ話の材料はすでに用意している。『結婚』だ。事実、先週田舎に帰って見合いをしてきたし、まだ相手の反応待ちの状態とはいえ、まるきり嘘というわけでもない。
まだ由鷹以外を愛せるとはとても思えないから、断りを入れるしかないだろう。彼には申し訳ないことをしてしまった。
いい人だった。しっかりした会社勤めの人で、「こういう場にはなれてないんです」と緊張した様子で浮かべた笑顔が誠実そうで……もし由鷹と同じ仕打ちを受けようとも、あのときほど傷つかずにすむと思えた人。
もしかすると、一生無理かもしれない。終わりにするにはあまりに唐突すぎる。裏切られ、無理矢理断ち切られた記憶は行き場のない想いとなって胸の底に残り、こうして雨が降るたびによみがえってはいつまでも私を苦しめるに違いない。
ああ、それでもいい。これ以上愛する存在が現れるよりは。
そんなことになったら、きっと、いつか裏切られる恐怖におびえて、私は生きていられないだろうから……。
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女と一緒だったとか、しかもその相手の女の特徴が、聞かされるたびに全く違っていたりなど。
動揺はしたけれど、本気で取り上げたりはしなかった。
彼女たちの親切な言葉の出所は多分、私みたいな女にという不満からくる悪意だろうとの見当はついていたし、たとえそれが事実であっても、身も心も震えるような破滅の足音からは目をそむけ、知らぬふりをし、1秒でも長く由鷹とともにいたかったからだ。
……9月に入ってからは特に、由鷹からの連絡は途絶えがちになっていたのだけれど……。
けれど、許せなかった!
あれだけは……あんな、こと、だけは許せない……!
インプットするはずだったプログラムを途中入社した子に手違いで完全消去されるという事態が起き、徹夜明けで戻った部屋。たしかに昨日整えて出たはずのベッドには、人の眠ったあとがあった。どうやらすれ違ってしまったらしい。
最近なかなか会えなくなっていただけに口惜しくて、そのままベッドに倒れこんだ。由鷹を少しでも感じたくて。
なのに。
視界に入ってきたのは、床に転がっていたピアスだった。光沢のある、真珠のピアスの片割れ。
私はピアスなどあけていない。由鷹もだ。ではなぜそれがここに落ちているのか?
考えなくとも明白だった。由鷹に女がいる、その証明。
その女が私の存在を知っての故意か偶然かなどそんなことはどうでもいい。私の部屋で、私のベッドで、由鷹はほかの女と愛しあったのだ!
直後、脳裏を稲妻のように駆け抜けた光景は、すさまじい衝撃となって私を襲った。
鼓動は一瞬で倍以上に跳ね上がり、頭の奥底を直撃したのちどす黒い怒りとなって全身を凍りつかせた。
あふれた涙に喉がつまり、激しく咳こむ。シーツを握りしめ、小さく身を丸めた私の口から出るのは由鷹の名ばかりだった。
いつかこうなるのは分かっていた。分かっていたけれど、でもこれはひどい仕打ちだ。
私の部屋で、私のベッドで。そうやって裏切るのか。もう私のことなど何とも思ってはいないと、そうして私に見せつける!
いっそ、死んでしまいたかった。
私を見つめる由鷹の腕の中で、最後の息を吐きたかった。だがそれももうできない。もう、私を好きだという幻想すら見せてくれない由鷹では。
好きでいてもらえた間にしておくべきだったのだ。そうしたなら私は、こうして訪れる残酷な裏切りも知らず、幸福なままで逝けただろうに……。
裏切られていたと分かっても、それでもまだ由鷹を愛していることがさらに私を嘆かせた。
こんなひどい仕打ちを受けながら、屈辱にまみれながら、私はまだ由鷹を愛しているのだ!
自分が傷つくことには敏感なくせに、相手を傷つけることは一切かまおうとしない、残酷な子どもそのもののような由鷹を。
声も、涙も、枯れるまで泣いたあと、腫れたみじめな顔のまま鏡を覗き、ようやく決めた。別れよう、と。
それが由鷹のためなのだ。初めからこうなると私は知っていたのに、思い切れず今までひきずってしまった、これはその罰を受けただけで、由鷹が悪いわけじゃない。
だれが見てもあきらかだったではないか、この結果は。こうなるのは。
この事態を引き起こしてしまったのは由鷹の投げかけてくれていた兆しから目をつぶっていた愚かな自分で、だから、これ以上由鷹を困らせるのはいけない。
けれど、最後だけはわがままを通させてほしかった。
何かをきっかけとして私とのことをふと思い出したとき。この別れが一番鮮明に浮かび上がるように。
せめて、あれはいい女だったと、思い出してもらえるように。
それが私の、たったひとつの、なけなしの|自尊心《プライド》だった……。
テレビの天気予報の降水確率は80%。
今日ばかりは飾りたてて。朝から美容室へ行き、服も一番上等のものを選んだ。由鷹が似合うと言ってくれた髪飾りやネックレスをつけ、テーブルには花を飾り、由鷹が好きな物ばかりを作って、由鷹が来るのを待つ。
室温は快適。BGMもちょうどいい。
窓に目を向けると、雨はほど良い強さになっていた。
別れ話の材料はすでに用意している。『結婚』だ。事実、先週田舎に帰って見合いをしてきたし、まだ相手の反応待ちの状態とはいえ、まるきり嘘というわけでもない。
まだ由鷹以外を愛せるとはとても思えないから、断りを入れるしかないだろう。彼には申し訳ないことをしてしまった。
いい人だった。しっかりした会社勤めの人で、「こういう場にはなれてないんです」と緊張した様子で浮かべた笑顔が誠実そうで……もし由鷹と同じ仕打ちを受けようとも、あのときほど傷つかずにすむと思えた人。
もしかすると、一生無理かもしれない。終わりにするにはあまりに唐突すぎる。裏切られ、無理矢理断ち切られた記憶は行き場のない想いとなって胸の底に残り、こうして雨が降るたびによみがえってはいつまでも私を苦しめるに違いない。
ああ、それでもいい。これ以上愛する存在が現れるよりは。
そんなことになったら、きっと、いつか裏切られる恐怖におびえて、私は生きていられないだろうから……。