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第15話_満員

ー/ー



田中は、ぶら下がる受話器に目を合わせないように視線を逸らし、歩き出した。
――あれに関われば終わりだ。
直感でそう悟っていた。

それの横を通り過ぎた際、雑音のような、かすかな音が耳に入る
それは車内アナウンス、今度は成人男性の機械的な音声であった

「次…つ………や駅……き…み……出口……上……」

成人男性の機械的な声。
内容は聞き取れず、聞き取ろうとも思わなかった。
どうせまた、適当なノイズに過ぎない。

田中はそのまま連結部分をくぐり、次の車両へ移った。

――そこは、打って変わってメルヘン調の空間だった。
車内全体がピンクを基調に彩られ、天井には花柄の飾り。
遊園地のアトラクションのような装飾が広がっていた。

ただ一つ、異様なものを除いて。

苔の生えた地蔵が、左右の座席にずらりと並んでいた。
均等に間隔を保ち、互いに向かい合わせになるよう座っている。
その存在感は圧迫感に満ち、席を譲る気など毛頭ないように動かない。

(ふざけ……んな……)

田中の背筋に冷たいものが走った瞬間、電車ががくんと大きく揺れた。
急に車体が動き出す。

「……まじかよっ!?」

田中は咄嗟に鉄棒にしがみついた。
ドアは半ば壊れたように、不安定にスライドしたまま閉じ切らず、外の景色が流れ始める。
ホームが横に移動し、視界の端から遠ざかっていく。
車体は加速を増し、床の振動が足元から背骨まで響き渡る。

ガタガタと揺れる中、ふと気づく。
――座席の地蔵のいくつかが、こちらを向いていた。
さっきまで正面を見据えていたはずなのに。
苔に覆われた眼窩が、冷たく田中を見つめる。

(このまま乗ってたら……まずい……!)

田中の脳裏に危険信号が点滅する。
視界の先、ホームの端が迫ってくる。
飛び降りるなら今しかない。

「……っ!」

意を決し、田中はドアへ身を投げ出した。

――衝撃。

体はタイルの上を何度も転がり、背中や肘、膝に痛みが走る。
息が詰まり、喉から苦鳴が漏れる。
ようやく転がるのが止まったとき、全身の節々に焼けつくような痛みが残った。

「ぐっ……うぅ……ってぇな……」

痛みに顔を歪めながら、田中は膝に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。
肘や膝は擦りむけ、背中には鈍い痛みが残っている。
呼吸は浅く、胸の奥でまだ肺が焼けつくように熱かった。

視線を上げると、電車はすでにホームから立ち去っていた。
安堵が胸に広がる。

(……助かった……降りられた……)

短い吐息にわずかな笑みすら混じる。
だが、その一瞬の安堵はすぐに打ち砕かれる。

――カンカンカンカンッ!

けたたましい警笛とともに、次の電車が視界に飛び込んできた。
ただ入線しているのではない。
まるで獲物を見つけた捕食者のように、一直線に田中へ迫ってくる。

「なっ……!」

心臓が喉にせり上がり、背筋が総毛立つ。
思考が追いつく前に、耳をつんざくようなブレーキ音がホーム全体に響き渡った。
鋼鉄の車体が迫り、逃げ場のない狭いホームがぐらりと揺れるように思えた。

田中の足は、すでに無意識に後ずさっていた――。


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田中は、ぶら下がる受話器に目を合わせないように視線を逸らし、歩き出した。
――あれに関われば終わりだ。
直感でそう悟っていた。
それの横を通り過ぎた際、雑音のような、かすかな音が耳に入る
それは車内アナウンス、今度は成人男性の機械的な音声であった
「次…つ………や駅……き…み……出口……上……」
成人男性の機械的な声。
内容は聞き取れず、聞き取ろうとも思わなかった。
どうせまた、適当なノイズに過ぎない。
田中はそのまま連結部分をくぐり、次の車両へ移った。
――そこは、打って変わってメルヘン調の空間だった。
車内全体がピンクを基調に彩られ、天井には花柄の飾り。
遊園地のアトラクションのような装飾が広がっていた。
ただ一つ、異様なものを除いて。
苔の生えた地蔵が、左右の座席にずらりと並んでいた。
均等に間隔を保ち、互いに向かい合わせになるよう座っている。
その存在感は圧迫感に満ち、席を譲る気など毛頭ないように動かない。
(ふざけ……んな……)
田中の背筋に冷たいものが走った瞬間、電車ががくんと大きく揺れた。
急に車体が動き出す。
「……まじかよっ!?」
田中は咄嗟に鉄棒にしがみついた。
ドアは半ば壊れたように、不安定にスライドしたまま閉じ切らず、外の景色が流れ始める。
ホームが横に移動し、視界の端から遠ざかっていく。
車体は加速を増し、床の振動が足元から背骨まで響き渡る。
ガタガタと揺れる中、ふと気づく。
――座席の地蔵のいくつかが、こちらを向いていた。
さっきまで正面を見据えていたはずなのに。
苔に覆われた眼窩が、冷たく田中を見つめる。
(このまま乗ってたら……まずい……!)
田中の脳裏に危険信号が点滅する。
視界の先、ホームの端が迫ってくる。
飛び降りるなら今しかない。
「……っ!」
意を決し、田中はドアへ身を投げ出した。
――衝撃。
体はタイルの上を何度も転がり、背中や肘、膝に痛みが走る。
息が詰まり、喉から苦鳴が漏れる。
ようやく転がるのが止まったとき、全身の節々に焼けつくような痛みが残った。
「ぐっ……うぅ……ってぇな……」
痛みに顔を歪めながら、田中は膝に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。
肘や膝は擦りむけ、背中には鈍い痛みが残っている。
呼吸は浅く、胸の奥でまだ肺が焼けつくように熱かった。
視線を上げると、電車はすでにホームから立ち去っていた。
安堵が胸に広がる。
(……助かった……降りられた……)
短い吐息にわずかな笑みすら混じる。
だが、その一瞬の安堵はすぐに打ち砕かれる。
――カンカンカンカンッ!
けたたましい警笛とともに、次の電車が視界に飛び込んできた。
ただ入線しているのではない。
まるで獲物を見つけた捕食者のように、一直線に田中へ迫ってくる。
「なっ……!」
心臓が喉にせり上がり、背筋が総毛立つ。
思考が追いつく前に、耳をつんざくようなブレーキ音がホーム全体に響き渡った。
鋼鉄の車体が迫り、逃げ場のない狭いホームがぐらりと揺れるように思えた。
田中の足は、すでに無意識に後ずさっていた――。