第14話_誘い
ー/ー田中は駅構内を歩き始めた。
そこにあるはずの人々のざわめきも、アナウンスの声もない。
耳に響くのは、自分の革靴がタイルを踏みしめる乾いた音だけだった。
頭上の電光掲示板を見上げる。
到着時刻や行き先が表示されているはずのそれは、「22:33」で止まったまま。
解読不能な文字列が羅列され、利用者を導くどころか混乱させるだけのものになっていた。
田中の首筋に冷たい汗が伝う。
(見ても無駄だよな……わかってはいたけど……)
乾いた喉を潤そうと自販機へ向かう。
だが、受け取り口には前と同じ黒い液体が溜まっていた。
ぬらりと光を反射し、不気味な模様を床に映している。
ほんの一瞬、それを飲もうと考えてしまった自分に寒気が走る。
生臭さと粘性の気配が鼻を刺し、胃が嫌悪と空腹で同時にきしんだ。
さらに進むと、かつて見慣れたキオスクが目に入る。
菓子や雑誌、飲料が棚に並んでいる。
だが、どれも空間に固定されているかのように動かず、田中が力を込めても氷に貼りついたように剥がれない。
「くそっ……なんなんだよ、これ……」
声が駅構内に虚しく反響する。
それに対する返答はない。
そのとき――ブレーキ音。
金属を擦る甲高い音が、駅全体を震わせる。
田中の心臓が跳ねた。
「電車が……来たのか?」
自然と足が音のする方へ向かう。
通路を抜け、階段を降りると視界が開けた。
ホームには電車が止まっていた。
ドアは誘うように口を開けているが、乗客の姿は一人もない。
よどんだ空気が漂い、動き出す気配はない。
まるで罠を張って獲物を待つ獣のように、ただそこに在った。
田中は喉を鳴らし、一歩を踏み出す。
ホームと車両の隙間を越え、重たい空気の中に足を踏み入れる。
中は、見慣れた通勤電車と変わらなかった。
ただ一つ、異様なものが混じっていた。
つり革の列に交じり、黒電話の受話器が吊り下がっていた。
揺れるたびにコードが軋み、きしむ音が車内に広がる。
――まるで、彼が再び取るのを待っているかのように。
そこにあるはずの人々のざわめきも、アナウンスの声もない。
耳に響くのは、自分の革靴がタイルを踏みしめる乾いた音だけだった。
頭上の電光掲示板を見上げる。
到着時刻や行き先が表示されているはずのそれは、「22:33」で止まったまま。
解読不能な文字列が羅列され、利用者を導くどころか混乱させるだけのものになっていた。
田中の首筋に冷たい汗が伝う。
(見ても無駄だよな……わかってはいたけど……)
乾いた喉を潤そうと自販機へ向かう。
だが、受け取り口には前と同じ黒い液体が溜まっていた。
ぬらりと光を反射し、不気味な模様を床に映している。
ほんの一瞬、それを飲もうと考えてしまった自分に寒気が走る。
生臭さと粘性の気配が鼻を刺し、胃が嫌悪と空腹で同時にきしんだ。
さらに進むと、かつて見慣れたキオスクが目に入る。
菓子や雑誌、飲料が棚に並んでいる。
だが、どれも空間に固定されているかのように動かず、田中が力を込めても氷に貼りついたように剥がれない。
「くそっ……なんなんだよ、これ……」
声が駅構内に虚しく反響する。
それに対する返答はない。
そのとき――ブレーキ音。
金属を擦る甲高い音が、駅全体を震わせる。
田中の心臓が跳ねた。
「電車が……来たのか?」
自然と足が音のする方へ向かう。
通路を抜け、階段を降りると視界が開けた。
ホームには電車が止まっていた。
ドアは誘うように口を開けているが、乗客の姿は一人もない。
よどんだ空気が漂い、動き出す気配はない。
まるで罠を張って獲物を待つ獣のように、ただそこに在った。
田中は喉を鳴らし、一歩を踏み出す。
ホームと車両の隙間を越え、重たい空気の中に足を踏み入れる。
中は、見慣れた通勤電車と変わらなかった。
ただ一つ、異様なものが混じっていた。
つり革の列に交じり、黒電話の受話器が吊り下がっていた。
揺れるたびにコードが軋み、きしむ音が車内に広がる。
――まるで、彼が再び取るのを待っているかのように。
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