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第7話_この世界について

ー/ー



管理人は先導するように階段を下りていく。
足元から伝わるのは、静かな振動と、底の知れない深さ。

燈は壁面に等間隔で設置された青白い照明を見つめながら、
これからどこへ連れていかれるのかという不安を押し殺すように息をのんだ。

「さてと、まずはここがどこかって話からだ」
不意に管理人の声が響く。

「何となく察しているだろうが、ここは『冥府』。わかりやすく言えば、死後の世界ってところだな」
その言葉を淡々と放ちながらも、足取りは迷いなく続く。

「死後の世界……」
燈は小さく繰り返した。

「じゃあ、私はどうしてここに……?」

「それについてもこれから説明する。まずは全体の話を聞け」
管理人は片手を上げて制し、続ける。

「で、ここ『つきのみや駅』の役割は、冥府に流れ着いた魂の選別と受け入れ、そして転生へと向かう魂の送り出しだ」

その言葉が胸に引っ掛かる。
「選別……すべて受け入れている訳じゃないんですか?」

「そりゃそうだろ。全部受け入れてたら、とっくにパンクしてる」
呆れたように肩をすくめ、けれど目は冗談ではなかった。

「じゃあ、選ばれなかった魂はどうなるんですか?」

「他の冥府で受け入れてもらう。冥府は何もここだけじゃないし、ここみたいな駅だって複数存在しているよ」

「他の冥府……駅も……」
燈は思わずつぶやく。

脳裏に浮かんだのは、かつて読んだオカルトサイトの記事。
――『異世界駅』。

(『つきのみや駅』だけじゃ……ない?)

まさか、と思いながらも、唇が勝手に動いた。

「あの……そ、それって……例えば『きさらぎ駅』とかそういうのも……?」
自分でも恥ずかしくなるほど小さな声。

管理人は足を止め、振り返る。
「『きさらぎ駅』……?あぁ、確かにあるが――お前、なんで知ってる?」
管理人は燈の顔を覗き込むように首をかしげる。

「すごい、やっぱり……!本当にあるんですね、『きさらぎ駅』!!」
燈は思わず声を上げた。
目が輝き、頬がほんのり赤くなる。
冥府という異世界にいながら、その表情はどこか無邪気だった。

管理人は苦笑し、階段の手すりに軽く肘をかけた。
(変な奴だな……まぁ楽しそうだしいいか)

「じゃ、さっきの質問に答えようか」
軽く咳払いしながら、いつもの落ち着いた声に戻る。

「まず、お前が冥府に来たのは様々な要因が重なって起きた『偶然』だ」

「偶然……?」

「そう。冥府に迷い込む生者の多くは、精神の波が乱れている時に引き寄せられる。――いわゆる『負の感情』ってやつだ」
管理人は指を一本立て、淡々と続けた。

「燈の場合は、現世に対する嫌悪感……それが冥府を漂う魂の波長と合ってしまったんだろうな」

燈はその言葉を聞きながら、俯いた。
胸の奥に、沈殿していた感情が再び浮かび上がる。
学校での孤独、誰にも必要とされていないという思い。
――確かに、現世なんてもうどうでもいいと思っていた。

「そう、ですね……」
小さく頷く。
その声には後悔と罪悪感が入り混じっていた。

それを察したように、管理人はふと歩みを止め、軽く笑いながら言った。
「過ぎたことをうだうだ考えてどうするんだ」

「『今』が楽しいなら、それでいいだろ?」

(今……か)
燈はハッとした。
ずっと過去のことばかり考えて、今この瞬間をちゃんと見ようとしていなかったことに気づく。

管理人は片手をポケットに突っ込みながら、声を弾ませた。
「ほら、説明もしたしとにかくまずは飯だ!久々に私もうまいもん食いたいしな」

燈の手をぐいっと引く。
その勢いに思わず躓きそうになる。

「ちょっ……!ここ階段だからっ、危ないですよっ!!」

「うるさい、とっとと歩け!私だって腹減ってんだ!!」
振り返りもせず、ずんずんと降りていく管理人。

その姿が、わがままを言う子どものように見えて――
燈は思わずくすっと笑ってしまった。

「……そうですね。私も早く、ご飯食べたいです!」

管理人はその声に振り返り、ふんと鼻を鳴らす。
「いい心がけだ」

颯爽と二段飛ばしで降りていく彼女の後ろで、燈の体は半ば宙に浮く。
冥府の階段を滑り落ちながら、少しづつ『生きるとは』という問いに対し、
少しづつ自分なりの答えを見出そうとしていたのだった。


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管理人は先導するように階段を下りていく。
足元から伝わるのは、静かな振動と、底の知れない深さ。
燈は壁面に等間隔で設置された青白い照明を見つめながら、
これからどこへ連れていかれるのかという不安を押し殺すように息をのんだ。
「さてと、まずはここがどこかって話からだ」
不意に管理人の声が響く。
「何となく察しているだろうが、ここは『冥府』。わかりやすく言えば、死後の世界ってところだな」
その言葉を淡々と放ちながらも、足取りは迷いなく続く。
「死後の世界……」
燈は小さく繰り返した。
「じゃあ、私はどうしてここに……?」
「それについてもこれから説明する。まずは全体の話を聞け」
管理人は片手を上げて制し、続ける。
「で、ここ『つきのみや駅』の役割は、冥府に流れ着いた魂の選別と受け入れ、そして転生へと向かう魂の送り出しだ」
その言葉が胸に引っ掛かる。
「選別……すべて受け入れている訳じゃないんですか?」
「そりゃそうだろ。全部受け入れてたら、とっくにパンクしてる」
呆れたように肩をすくめ、けれど目は冗談ではなかった。
「じゃあ、選ばれなかった魂はどうなるんですか?」
「他の冥府で受け入れてもらう。冥府は何もここだけじゃないし、ここみたいな駅だって複数存在しているよ」
「他の冥府……駅も……」
燈は思わずつぶやく。
脳裏に浮かんだのは、かつて読んだオカルトサイトの記事。
――『異世界駅』。
(『つきのみや駅』だけじゃ……ない?)
まさか、と思いながらも、唇が勝手に動いた。
「あの……そ、それって……例えば『きさらぎ駅』とかそういうのも……?」
自分でも恥ずかしくなるほど小さな声。
管理人は足を止め、振り返る。
「『きさらぎ駅』……?あぁ、確かにあるが――お前、なんで知ってる?」
管理人は燈の顔を覗き込むように首をかしげる。
「すごい、やっぱり……!本当にあるんですね、『きさらぎ駅』!!」
燈は思わず声を上げた。
目が輝き、頬がほんのり赤くなる。
冥府という異世界にいながら、その表情はどこか無邪気だった。
管理人は苦笑し、階段の手すりに軽く肘をかけた。
(変な奴だな……まぁ楽しそうだしいいか)
「じゃ、さっきの質問に答えようか」
軽く咳払いしながら、いつもの落ち着いた声に戻る。
「まず、お前が冥府に来たのは様々な要因が重なって起きた『偶然』だ」
「偶然……?」
「そう。冥府に迷い込む生者の多くは、精神の波が乱れている時に引き寄せられる。――いわゆる『負の感情』ってやつだ」
管理人は指を一本立て、淡々と続けた。
「燈の場合は、現世に対する嫌悪感……それが冥府を漂う魂の波長と合ってしまったんだろうな」
燈はその言葉を聞きながら、俯いた。
胸の奥に、沈殿していた感情が再び浮かび上がる。
学校での孤独、誰にも必要とされていないという思い。
――確かに、現世なんてもうどうでもいいと思っていた。
「そう、ですね……」
小さく頷く。
その声には後悔と罪悪感が入り混じっていた。
それを察したように、管理人はふと歩みを止め、軽く笑いながら言った。
「過ぎたことをうだうだ考えてどうするんだ」
「『今』が楽しいなら、それでいいだろ?」
(今……か)
燈はハッとした。
ずっと過去のことばかり考えて、今この瞬間をちゃんと見ようとしていなかったことに気づく。
管理人は片手をポケットに突っ込みながら、声を弾ませた。
「ほら、説明もしたしとにかくまずは飯だ!久々に私もうまいもん食いたいしな」
燈の手をぐいっと引く。
その勢いに思わず躓きそうになる。
「ちょっ……!ここ階段だからっ、危ないですよっ!!」
「うるさい、とっとと歩け!私だって腹減ってんだ!!」
振り返りもせず、ずんずんと降りていく管理人。
その姿が、わがままを言う子どものように見えて――
燈は思わずくすっと笑ってしまった。
「……そうですね。私も早く、ご飯食べたいです!」
管理人はその声に振り返り、ふんと鼻を鳴らす。
「いい心がけだ」
颯爽と二段飛ばしで降りていく彼女の後ろで、燈の体は半ば宙に浮く。
冥府の階段を滑り落ちながら、少しづつ『生きるとは』という問いに対し、
少しづつ自分なりの答えを見出そうとしていたのだった。