第8話_ナースステーション
ー/ー
田中は廊下を進んでいくうちに、やがて広めのスペースに出た。
そこは――ナースステーション。
L字型のカウンターの内側には、いくつもの椅子と机が並んでいた。
カウンターの奥には、古びたデスクトップPCが鎮座している。
分厚いブラウン管のディスプレイは電源が入っており、ぼんやりと白い光を放っていた。
机の上にはカルテの束が散乱し、数本のボールペンが蓋を外されたまま転がっている。
まるで、つい数分前まで人がここで作業していたような有様だ。
だが、肝心の人影はどこにもなかった。
「急に、人だけ……いなくなったみたいだ……」
声は震えていた。
誰もいないのに、椅子がわずかに揺れているように見える。
その違和感に耐え切れず、田中は机上のカルテを一枚手に取った。
そこには、見慣れない文字がびっしりと書き込まれていた。
「仮想空間依存症」
「時空転移不全」
「人格転移症候群」
どれも意味をなさない、作り物めいた病名ばかりだった。
読むほどに、頭の奥がじんじんと痛む。
「ふざけんな…なんだよ……これ」
カルテを乱暴に閉じ、田中はブラウン管の前に座った。
マウスを握ると、手に嫌な汗がにじむ。
恐る恐るカーソルを動かそうとすると――
画面の中のアイコンは、彼の操作とは逆の方向へ逃げるように動いた。
クリックしても、ボタンは押される前にスッとずれ、文字はぐにゃりと歪んで読めなくなる。
(拒んでいる……?俺が…操作することを)
息が詰まり、背筋が冷たくなる。
そのとき――
「ピンッ!ピンッ!ピンッ!」
ナースコールの鋭い音が、静寂を切り裂いた。
田中はびくっと反射的に立ち上がる
壁に設置されたパネルの赤ランプが点滅し、「44」の数字が点灯する。
その光は他の暗がりを押しのけるように強烈で、田中の目を焼いた。
「44番室……どこだ」
無意識に呟く。
どの部屋かわからないのに、足はすでに廊下の奥へと向かっていた。
引き寄せられるように。
呼吸は浅く、胸の奥が重い。
それでも止まれない。
たどり着いた先に、何がいるのかもわからない。
ただ、その44番室が――自分を待っている。そう思えて仕方がなかった。
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分厚いブラウン管のディスプレイは電源が入っており、ぼんやりと白い光を放っていた。
机の上にはカルテの束が散乱し、数本のボールペンが蓋を外されたまま転がっている。
まるで、つい数分前まで人がここで作業していたような有様だ。
だが、肝心の人影はどこにもなかった。
「急に、人だけ……いなくなったみたいだ……」
声は震えていた。
誰もいないのに、椅子がわずかに揺れているように見える。
その違和感に耐え切れず、田中は机上のカルテを一枚手に取った。
そこには、見慣れない文字がびっしりと書き込まれていた。
「仮想空間依存症」
「時空転移不全」
「人格転移症候群」
どれも意味をなさない、作り物めいた病名ばかりだった。
読むほどに、頭の奥がじんじんと痛む。
「ふざけんな…なんだよ……これ」
カルテを乱暴に閉じ、田中はブラウン管の前に座った。
マウスを握ると、手に嫌な汗がにじむ。
恐る恐るカーソルを動かそうとすると――
画面の中のアイコンは、彼の操作とは逆の方向へ逃げるように動いた。
クリックしても、ボタンは押される前にスッとずれ、文字はぐにゃりと歪んで読めなくなる。
(拒んでいる……?俺が…操作することを)
息が詰まり、背筋が冷たくなる。
そのとき――
「ピンッ!ピンッ!ピンッ!」
ナースコールの鋭い音が、静寂を切り裂いた。
田中はびくっと反射的に立ち上がる
壁に設置されたパネルの赤ランプが点滅し、「44」の数字が点灯する。
その光は他の暗がりを押しのけるように強烈で、田中の目を焼いた。
「44番室……どこだ」
無意識に呟く。
どの部屋かわからないのに、足はすでに廊下の奥へと向かっていた。
引き寄せられるように。
呼吸は浅く、胸の奥が重い。
それでも止まれない。
たどり着いた先に、何がいるのかもわからない。
ただ、その44番室が――自分を待っている。そう思えて仕方がなかった。