私たちの間では、ひそかな流行がある。
ブランドでも、宝石でもない。
いかに“特別な革製品”を持っているか——それだけが価値だ。
「まあ、見てちょうだい。今夜の新作よ」
夫人がテーブルに置いたバッグは、光を吸い込むような滑らかな艶を放っていた。
薄いベージュに、なめらかな手触り。
どこに売っているのか尋ねる者は誰もいない。
それが、こちらの作法だから。
「すてきねえ。まさか、そんなに柔らかいなんて」
隣の紳士が、そっと指先で撫でる。
皮の表面には、かすかに細い皺が走っている。
けれど、牛でも豚でもない。
この“均一で細かい”質感は、滅多に手に入らない。
「奥さん、どこで?」
「まあ、内緒ですわ。紹介制ですもの」
みんな笑う。
この集まりでは、名刺よりも革製品のほうが信用になる。
誰もが最高の素材を手に入れようと躍起になっている。
中には、決定的な“証”を残すものもいる。
今日の会には、その一つがあった。
「見てください。この財布。模様がね、珍しいでしょう?」
男は誇らしげに財布を開く。
内部の薄皮に、小さな黒子の跡があった。
それを見た瞬間、周囲の空気が変わる。
「まあ……! 本物ね」
声を潜めた称賛が漏れる。
誰も大声を出さない。
ここでは、わかる者だけがわかればよい。
欲望はゆっくり伝染する。
仲間より上の品を持つこと——
それが、彼らにとっての“勝利”なのだ。
「どなたに頼んだの?」
夫人が問うと、男は意味深に笑った。
「紹介してくれる人がいるんですよ。
客の望みに合う“皮”を用意してくれる方がね」
ざわりと背筋を撫でるような沈黙。
それが何の皮か、誰も口にしない。
けれど、理解している。
上質で、柔らかく、傷がなく、よく伸びる。
それを手に入れるには——
同じ街に、同じ数だけ“材料”が必要だ。
夜会は静かに続き、シャンパンの泡がはじける音だけが響く。
テーブルに並んだバッグも財布もベルトも、
どれもこの世にひとつだけの「オーダーメイド」。
そして誰もが、次の品を欲しがっている。
自分より劣る革を身につけたくない。
仲間より、良いものが欲しい。
そのためなら、金でも、人でも、かまわない。
——この街には、まだまだ材料がいる。