昼間の街は、騒がしいほど平和だ。
子どもが走り、老人が縁側に座り、店には笑い声があふれている。
だからこそ、わたしの仕事は昼にやる。
——人の顔を見るために。
店先で依頼人が言った。
「新品みたいに、柔らかいバッグを。触った瞬間に分かるような、特別なものを」
客はみな、同じように曖昧な言葉で注文する。
だが、わたしには分かる。
求めているのは、ただの革製品ではない。
「お任せください。手触りの良い素材を探します」
そう言って頭を下げたとき、客はホッとした顔をした。
わたしは依頼の数だけ、この街を歩く。
革の匂いを嗅ぎ分けるのと同じように、わたしは“素材”を選ぶ。
その日の街角に、ちょうど良い若者がいた。
陽に灼けた肌、傷のない背中、よく笑う素直そうな性格。
バッグにすれば、軽くて丈夫だろう。
「すみません、落とし物をしてますよ」
声をかければ、人は簡単に振り向く。
あとは静かな場所へ連れていくだけだ。
仕事は慣れたものだ。
取り扱いが少々乱暴でも、後で職人が綺麗に整えてくれる。
日が落ちたころ、わたしは素材を袋に詰めて歩き出した。
港の倉庫街は、夜になると風が強い。
誰の声も届かない。
袋の重みが腕に食い込む。
やがて、小さな工房に辿り着く。
看板も出ていない、古い建物だ。
ガラガラガラ。
戸を開けると、ミシンの音が止まった。
仕立て屋は振り返りもせず、言う。
「今日のは?」
「柔らかいですよ。若いです」
そう告げると、仕立て屋は満足そうに頷いた。
床に袋を置き、前金を渡す。
ここまで来れば、もうわたしの仕事はほとんど終わりだ。
「また、良い素材を頼む」
仕立て屋の声は機械油のように低い。
ミシンが再び動き出す。
わたしは工房を出た。
夜風が頬を撫でる。
街の灯りを遠くに見ながら、次の依頼のことを考える。
特別な財布、丈夫なベルト、しっとりした手袋。
客の望みは様々だ。
けれど——どれもちゃんと叶えてあげられる。
この街には、良い“皮”がいくらでもある。