夜の帳が降りると、暖簾を外へ出す。
この店は、夜にしか開かない。
今日の注文は——ハンドバッグだったか。
なめした「皮」を広げる。
手に吸いつくような柔らかさで、指を押し返す弾力がある。
傷一つない、上質な素材だ。
定規をあて、線を引く。
鋏を入れると、静まり返った工房に「ジョキ、ジョキ」とよく響く。
切り口からは、ほのかに温い匂いが立ちのぼる。
仮縫いをし、ミシンで仕上げに入る。
ウィィィン——
針が上下に跳ね、皮を打ち抜くたび、ダダダダダと震える。
ときどき糸を切る霧バサミの音がパチンと混ざる。
この夜の作業だけは、どうしても昼間ではできない。
音も匂いも、街に紛れてしまうから。
代々、我が家は仕立て屋として生計を立ててきた。
みな、腕が良かった。
だが、誰もこの仕事の本当の価値を理解しようとしない。
弟子も取れず、気づけば私ひとりだ。
——ガラガラガラ。
戸が開く。
男が、重そうな布袋を床へ置いた。
「できてるか」
「ああ、もうすぐだ。今日は潔い手触りだ」
「なら、これも頼む。さっきの荷だ」
袋はずしりと重い。
中身を確かめなくても分かる。
新しい“素材”の重さだ。
玄関のベルが、チリンと鳴る。
客は去った。
ミシンを止め、針を抜く。
綺麗なベージュのハンドバッグが一つ、仕上がった。
しっとりとした光沢、細かい皺の模様。
表面には、うっすらと小さな黒子の跡が残っている。
——この世にひとつしかない、完全なオーダーメイドだ。
夜の御用は、どうぞいつでも。
うちは「どんな皮」でも扱えます。