冬の
名残が、まだ街の
角々に
留まっている。
朝の光は柔らかく、風はまだ少し冷たいけれど、その中に小さな温もりの予感があった。
公園の池の
畔には幾つかのベンチが並んでいる。
とても古びた木製のベンチ。
その一つに座り時間を潰すのが、俺の休日の癒しとなっている。
日曜日のこの時間、いつも隣のベンチには同じ女性が座っていた。
彼女は手に小さなスケッチブックを持っている。
ページをめくるたびに、季節が少しずつ進んでいく。
枯れ木の枝は、昨日より少し多く芽が見える。
水面に、朝の光が跳ね。
鳥たちの声が、空気を震わせる。
やがて彼女の横にもう一人、少し年下と思われる少女がやってくる。
ゆっくりとした足取りで、手には温かい紙コップを二つ。
一つをベンチの右側に置き、もう一つを自分の手で包みこむ。
彼女たちは言葉を交わさない。
ただ、風の音と鳥の声とを、一つの音楽のように聴いている。
スケッチブックの上では、線が踊っていた。
淡い色が重なり、ベンチと池と空が少しずつ形を持ちはじめ。
描かれる世界の中でも、二人は仲良く寄り添っていた。
それは現実のようでもあり……夢のようでもある。
やがて、線を踊らせる手が止まり。
鉛筆を握る指先が、ほんのわずかに震える。
隣の少女が気付き、そっと自分の手を差し出す。
何も言わず、その手が包まれる。
それだけで、指先の冷たさが溶けていってるように見えた。
彼女たちは空を見上げる。
冬の青は透き通っていて、どこまでも深い。
その空の向こうに、春の気配がある。
まだ遠く……けれど確かにそこに。
午後になり、光が
和らぐ頃、池の水面に一枚の花びらが舞い落ちる。
どこからともなく運ばれてきた、小さな小さな早咲きの桜。
それを見た瞬間、二人の間に静かな笑みが
灯る。
声は無いけれど、笑顔の形がすべてを語っていた。
彼女は、その笑顔をスケッチブックに閉じ込めようとする。
けれど、どんなに線を重ねても、少女の笑顔の柔らかさを描くことは出来ない。
それでいい……。
描けない美しさが、世界にはあり。
言葉にできない優しさが、心の中にはある。
太陽が傾き、目に映る全ての影が長くなっていく。
風が少し強くなり、ページの端がめくれそうになっていた。
そのたびに、少女の手が伸び、そっと押さえる。
その光景は、今日の光よりも確かなものとして、俺の心に残る。
やがて、二人はベンチから立ち上がる。
スケッチブックを閉じ、温かい紙コップを手に取り。
もう中身は冷めてしまっているが、不思議と心は満たされているのだろう。
彼女たちは並んで歩き出す。
そこに言葉は必要なく、歩幅は自然と揃っている。
通り抜ける風が、二人の髪を揺らす。
遠くで子ども達の笑い声が響き、犬が駆けて行く。
世界は動いている。
季節も、心も、少しずつ……。
春は、すぐそこまで来ている。
そのことを、彼女たちはもう知っているのだろう。
そう、言葉ではなく、心で感じているように。
ベンチが夕陽を受けて金色に光っている。
そこには、俺以外誰もいない。
けれど彼女達の居た場所に、確かに今日の温かさが残っている。
「ありがとう……」
俺は誰に言うでもなく、静かに呟いていた。
良い休日を過ごせたと帰り支度を始めたが、どこからか無粋なサイレンの音が近付いてくる。
『お巡りさん! あの人です!』
『ずっと私達をニヤニヤしながら見てたんです!』
遠くから、
微かに彼女達の声が聞こえ、俺の休日は終わった……。