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猫に文

ー/ー



 最近、行きつけのカフェができました。
 カフェと言っても猫カフェです。
 いつからあったのかははっきりしませんが、『猫に(ふみ)』という店名で、駅近くのビルの中に店を構えています。
 初めてそこを訪れたのが今年の九月。それからというもの、多い時には週に四回ほど、ひっきりなしに通っています。
 最初こそ、ただの暇つぶしで、手慰(てなぐさ)み程度に考えていたのですが、そこに勤めている一匹の猫に、心を奪われてしまいました。
 名前は「げんまい」。明るい茶色と白色の毛並みのメインクーンの男の子。
 その魅力と言えば、ふわふわの長い毛と大きな体です。
 猫は小さくて触るのが怖い(触れたら壊してしまいそう)というイメージがあり、若干の苦手意識があったのですが、げんまい君の大きな体なら安心して触ることができます。
 それに特筆すべき点がもうひとつ。
 普段はつんとすましていて、客である私になびくことは絶対にないのですが、おやつのカリカリを手にした途端、目の色を変えて、というか目の形を変えて、べたべたに甘えてくるのです。
 なんて現金なやつなんだ、と。
 そう思う気持ちがないわけではありませんが、それが逆に、素直でまっすぐな感じがして、飾らない感じがして、大変愛おしく感じるのです。
 人間もこのくらい正直だったらいいのに。
 そんなわけで、私はその猫カフェのげんまい君にぞっこんなのですが、二週間前のことです、私はげんまい君にファンレターを書いてしまいました。
 猫に手紙を書くなんてとち狂っているという声はもっともなのですが、酒にひどく酔っていたのでしょうがないと思ってください。
 手紙の内容は次の通りです。

 げんまい君へ
 いつもお世話になっております。佐々木と申します。
 私はげんまい君の大ファンで、げんまい君に会うことを目的に、お店に通っています。
 げんまい君は、私のことを覚えているでしょうか。
 もし、覚えていてくれたら嬉しいです。
 それから、ひとつ質問があります。
 げんまい君はいつもクールで、一匹狼のような雰囲気を(かも)していますが、おやつを見せると途端に甘え上手になって、まさしく猫なで声で()びてきます。
 その様子が、まるで人間の子供のようだと思いました。
 子供の頃、私の妹はそうやって母親におやつをねだっていました。
 猫の慣用句に「猫にもなれば虎にもなる」なんて言葉がありますが、案外、人間にもなれたりするのでしょうか。
 もしなれたとしたら、げんまい君は三歳だから、甘え上手な賢い男の子でしょうか。
 そんなげんまい君も見てみたいです。

――といった具合です。
 控えめに言っても気色の悪い文章で、手紙を書こうと決めた私をグーで殴ってやりたいですが、とにかく私は、そんな手紙を書いてしまったのです。そして、もうお店に送ってしまったのです。
 今更なかったことにはできないのです。
 だから、その過ちと向き合いました。
 向き合って。
 普通に凹みました。
 今頃、人間のスタッフに痛い客だと笑われている。
 いや、笑われていればまだいい方だ。私がスタッフだったら、正直笑えない。
 恥ずかしくてもうお店に行けない。
 そう思って、本気で落ち込んでいました。
 しかし、そんなときでした。
 手紙を送ってから、数日が経った頃、私のもとに手紙が届いたのです。
 その手紙は「猫に文」から送られてきたものでした。
 そうです、お返事が返ってきたのです。
 私は、にわかに元気になりました。
 肝心の内容ですが、そこにはこう書かれていました。

 元来、猫は被るものです。

――と、そのひとことだけ。
 含蓄のある粋な返事だと思いました。
 まさか猫が手紙を書けるわけがありませんので、きっと人間のスタッフの方が代わりに書いてくれたのでしょう。しかし、お返事が返ってきた事実に私は舞い上がってしまって、反省することを知らず、また手紙を書いてしまいました。
 その内容は以下の通りです。

 お返事ありがとうございます。
 げんまい君との距離が縮まったように感じられて、とても嬉しいです。
 今度、お店に行ったときに、お返事のお礼におやつを食べさせてあげようと思います。
 いつものカリカリです。
 げんまい君に色々なおやつを食べさせてあげましたが、その中でもカリカリが一番嬉しそうに食べてくれます。
 その姿を想像するだけで、私も嬉しくなります。

――といった具合です。
 反省が全く活きない、気持ち悪い文章です。
 でも、仕方ありません。
 車とキモオタは急には止まれないのです。
 もちろん、その日のうちに手紙をポストに投函しました。
 そして、また数日が経って、昨日です。
 私のもとに、また手紙が届きました。
 送り主は「猫に文」。
 お返事のお返事のお返事です。
 そこにはこう書かれていました。

 カリカリにほんだしをかけてください。

――と、またしてもひとことだけ。
 多くは語らないスタイル、素敵です。
 それにしても「ほんだし」ってあの調味料のことだよね? そんなおやつ、カフェで売ってたっけ?
 と、疑問に思って、「猫に文」のホームページを調べてみましたが、やはり「ほんだし」は販売していません。
 となると、外から私が持ち込むしかありませんが、もちろん食べ物の持ち込みは禁止されています。
 どうしたものかと、結構な時間をかけて悩みましたが、結局「げんまい君に頼まれたんだからやるしかない」と思い、「ほんだし」を持ち込むことにしました。
 そして、今日。
「ほんだし」をバッグに忍ばせて「猫に文」に来たわけなのですが……。
 肝心のげんまい君はお休みをしていました。
 代わりに、初めてみる人間のスタッフの方がいました。
 明るい茶髪で、落ち着いた雰囲気の男性。
 年頃は二十代後半。
 とにかく背が高い人でした。
 私ははしたなく、その人に見蕩(みと)れてしまいました。
 そして、猫じゃなくてその人ばかり見て歩いていたら、足元に猫がいることに気が付けませんでした――。
「きゃっ!」
 私は派手に転んでしまいました。
 大きな音にびっくりした猫たちは、パニックになって部屋の中を駆け回ります。
 そんな中、その男性スタッフが駆けつけてくれました。
「大丈夫ですか?」
 私は、その人の差し出した手に引かれる形で起き上がりました。
 そのときでした。
 転んだ弾みにバッグから「ほんだし」の小瓶が飛び出してしまっていたようで、身体を起こしたときに、床に落ちてしまいました。
「何か落ちましたよ……って、これ、ほんだしじゃないですか。食べ物の持ち込みは禁止していると、受付でも説明したはずですよね」
「す、すみません……」
「本当に気を付けてくださいね。次、こんにゃことがあったら出禁ですからね」
「……にゃ?」
「あ、いえ……なんでもありません。とにかく、これはこちらで預かります」
 そう言って、その男性スタッフは「ほんだし」を持って、バックヤードへと入っていきました。
 猫にも怯えられ、なにもできない私は、部屋の端にある椅子に座って呆然(ぼうぜん)としました。
 男性スタッフはなかなか戻ってきません。
 中で休憩中の猫にご飯でもあげているのでしょうか。
 かりかりと、キャットフードを咀嚼する音が小さく響いていました。





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 最近、行きつけのカフェができました。
 カフェと言っても猫カフェです。
 いつからあったのかははっきりしませんが、『猫に|文《ふみ》』という店名で、駅近くのビルの中に店を構えています。
 初めてそこを訪れたのが今年の九月。それからというもの、多い時には週に四回ほど、ひっきりなしに通っています。
 最初こそ、ただの暇つぶしで、|手慰《てなぐさ》み程度に考えていたのですが、そこに勤めている一匹の猫に、心を奪われてしまいました。
 名前は「げんまい」。明るい茶色と白色の毛並みのメインクーンの男の子。
 その魅力と言えば、ふわふわの長い毛と大きな体です。
 猫は小さくて触るのが怖い(触れたら壊してしまいそう)というイメージがあり、若干の苦手意識があったのですが、げんまい君の大きな体なら安心して触ることができます。
 それに特筆すべき点がもうひとつ。
 普段はつんとすましていて、客である私になびくことは絶対にないのですが、おやつのカリカリを手にした途端、目の色を変えて、というか目の形を変えて、べたべたに甘えてくるのです。
 なんて現金なやつなんだ、と。
 そう思う気持ちがないわけではありませんが、それが逆に、素直でまっすぐな感じがして、飾らない感じがして、大変愛おしく感じるのです。
 人間もこのくらい正直だったらいいのに。
 そんなわけで、私はその猫カフェのげんまい君にぞっこんなのですが、二週間前のことです、私はげんまい君にファンレターを書いてしまいました。
 猫に手紙を書くなんてとち狂っているという声はもっともなのですが、酒にひどく酔っていたのでしょうがないと思ってください。
 手紙の内容は次の通りです。
 げんまい君へ
 いつもお世話になっております。佐々木と申します。
 私はげんまい君の大ファンで、げんまい君に会うことを目的に、お店に通っています。
 げんまい君は、私のことを覚えているでしょうか。
 もし、覚えていてくれたら嬉しいです。
 それから、ひとつ質問があります。
 げんまい君はいつもクールで、一匹狼のような雰囲気を|醸《かも》していますが、おやつを見せると途端に甘え上手になって、まさしく猫なで声で|媚《こ》びてきます。
 その様子が、まるで人間の子供のようだと思いました。
 子供の頃、私の妹はそうやって母親におやつをねだっていました。
 猫の慣用句に「猫にもなれば虎にもなる」なんて言葉がありますが、案外、人間にもなれたりするのでしょうか。
 もしなれたとしたら、げんまい君は三歳だから、甘え上手な賢い男の子でしょうか。
 そんなげんまい君も見てみたいです。
――といった具合です。
 控えめに言っても気色の悪い文章で、手紙を書こうと決めた私をグーで殴ってやりたいですが、とにかく私は、そんな手紙を書いてしまったのです。そして、もうお店に送ってしまったのです。
 今更なかったことにはできないのです。
 だから、その過ちと向き合いました。
 向き合って。
 普通に凹みました。
 今頃、人間のスタッフに痛い客だと笑われている。
 いや、笑われていればまだいい方だ。私がスタッフだったら、正直笑えない。
 恥ずかしくてもうお店に行けない。
 そう思って、本気で落ち込んでいました。
 しかし、そんなときでした。
 手紙を送ってから、数日が経った頃、私のもとに手紙が届いたのです。
 その手紙は「猫に文」から送られてきたものでした。
 そうです、お返事が返ってきたのです。
 私は、にわかに元気になりました。
 肝心の内容ですが、そこにはこう書かれていました。
 元来、猫は被るものです。
――と、そのひとことだけ。
 含蓄のある粋な返事だと思いました。
 まさか猫が手紙を書けるわけがありませんので、きっと人間のスタッフの方が代わりに書いてくれたのでしょう。しかし、お返事が返ってきた事実に私は舞い上がってしまって、反省することを知らず、また手紙を書いてしまいました。
 その内容は以下の通りです。
 お返事ありがとうございます。
 げんまい君との距離が縮まったように感じられて、とても嬉しいです。
 今度、お店に行ったときに、お返事のお礼におやつを食べさせてあげようと思います。
 いつものカリカリです。
 げんまい君に色々なおやつを食べさせてあげましたが、その中でもカリカリが一番嬉しそうに食べてくれます。
 その姿を想像するだけで、私も嬉しくなります。
――といった具合です。
 反省が全く活きない、気持ち悪い文章です。
 でも、仕方ありません。
 車とキモオタは急には止まれないのです。
 もちろん、その日のうちに手紙をポストに投函しました。
 そして、また数日が経って、昨日です。
 私のもとに、また手紙が届きました。
 送り主は「猫に文」。
 お返事のお返事のお返事です。
 そこにはこう書かれていました。
 カリカリにほんだしをかけてください。
――と、またしてもひとことだけ。
 多くは語らないスタイル、素敵です。
 それにしても「ほんだし」ってあの調味料のことだよね? そんなおやつ、カフェで売ってたっけ?
 と、疑問に思って、「猫に文」のホームページを調べてみましたが、やはり「ほんだし」は販売していません。
 となると、外から私が持ち込むしかありませんが、もちろん食べ物の持ち込みは禁止されています。
 どうしたものかと、結構な時間をかけて悩みましたが、結局「げんまい君に頼まれたんだからやるしかない」と思い、「ほんだし」を持ち込むことにしました。
 そして、今日。
「ほんだし」をバッグに忍ばせて「猫に文」に来たわけなのですが……。
 肝心のげんまい君はお休みをしていました。
 代わりに、初めてみる人間のスタッフの方がいました。
 明るい茶髪で、落ち着いた雰囲気の男性。
 年頃は二十代後半。
 とにかく背が高い人でした。
 私ははしたなく、その人に|見蕩《みと》れてしまいました。
 そして、猫じゃなくてその人ばかり見て歩いていたら、足元に猫がいることに気が付けませんでした――。
「きゃっ!」
 私は派手に転んでしまいました。
 大きな音にびっくりした猫たちは、パニックになって部屋の中を駆け回ります。
 そんな中、その男性スタッフが駆けつけてくれました。
「大丈夫ですか?」
 私は、その人の差し出した手に引かれる形で起き上がりました。
 そのときでした。
 転んだ弾みにバッグから「ほんだし」の小瓶が飛び出してしまっていたようで、身体を起こしたときに、床に落ちてしまいました。
「何か落ちましたよ……って、これ、ほんだしじゃないですか。食べ物の持ち込みは禁止していると、受付でも説明したはずですよね」
「す、すみません……」
「本当に気を付けてくださいね。次、こんにゃことがあったら出禁ですからね」
「……にゃ?」
「あ、いえ……なんでもありません。とにかく、これはこちらで預かります」
 そう言って、その男性スタッフは「ほんだし」を持って、バックヤードへと入っていきました。
 猫にも怯えられ、なにもできない私は、部屋の端にある椅子に座って|呆然《ぼうぜん》としました。
 男性スタッフはなかなか戻ってきません。
 中で休憩中の猫にご飯でもあげているのでしょうか。
 かりかりと、キャットフードを咀嚼する音が小さく響いていました。