一通り飯を食べ終わった後、丙良は漁師の許可を取り、周りの目があまりない埠頭まで移動、そこで二人に状況の説明を行うことにした。時刻としては、昼が迫っていた。
まず、丙良は英雄学園の『裏切者』として作戦開始前に伝えられていた件について。
実際、丙良と信玄に関しては新生山梨支部の手先どころか、それ以上の『大幹部』として襲来していた。礼安の首を取るべく、率先して行動していたのは信玄であったが、敵対行動を取ったとして二人ともオペレーターから要注意人物として語られていた。
しかしそうなると、ここに丙良がいることに説明がつかない。
この結論は、案外すぐに導き出される。
「――まず、僕に関しては最初から二重スパイとして動いていたんだ」
「に、二重スパイ……? この間の合同演習会みたいなものですか」
「似たようなものだけど、今回は『対象』が違う」
真剣な面持ちの丙良がデバイス画面にて提示したのは、何と時期とタイミングが指定された上で『千葉支部所属』とする旨が書かれた重要書類であったのだ。下部には、ご丁寧に信一郎のサインが記されている。
「嘘、つまり……」
「そう、今の僕は『千葉支部所属かつ英雄学園所属』っていう、過去の諸先輩方が行ってきたかのような
工作員になっているのさ」
表向きは新生山梨支部の大幹部として。しかしそれ以外の時は英雄学園から遣わされている千葉支部の存在として。その理由は、信一郎が山梨で経験した事が理由となっている。
「……学園長、あの山梨の一件から……何となく元気がなくなっているんだ。何を経験したかは本人の口から語ってもらうしかないけれど……きっとあの人は弱いところを見せたがらないから喋ってもくれないだろうね」
それに、きっと語った上で得られる反応は芳しくないものであることくらいは、当時部外者であった英雄学園側の存在でも容易に理解できる。まず、山梨旅行から帰ってきた学園長たちの表情は、非常に重苦しいものであった。
「それに、それ以前から新生山梨支部大幹部への推薦状は届いていた。皆が旅行から帰ってくる一日前に匿名で手紙が来てね。それを帰ってくる前の学園長に打診したら……既に味方側に回った百喰さんと共同で、今回の作戦を考え付いたんだ」
山梨支部同様、穏健派である千葉支部との共同作戦。信一郎にとっては、レイジーの弔い合戦のプロモーターとして、千葉支部の頂点である百喰としては、基本的に目の上の瘤同然である善吉の排除、及び英雄学園との提携を結ぶべく、双方の利をメインとしたものであった。
実際、百喰はもとより、英雄学園から教会に長い年月をかけ入り込んだ工作員であるため、そんな百喰に従っている存在は英雄学園の利になりうる。これからも教会の脅威はやってくる。そんな中で戦力に幅を持たせたいことも事実であった。
さらに、信一郎にとって現状最も欲しい情報というものは、来栖善吉にまつわる支部の情報であった。
「――結果的に、情報は得られた。でも……正直常軌を逸した存在だよ、アイツは。人間としての倫理が欠片も無い存在といっていい。山梨での一件では……どうやら子供を扱って悪逆非道なことを網羅するほど行っていたらしい。しかも……それは現在進行形で準備段階まで進行済みだ。その癖元ビジネスマンらしく
常識は弁えている。実に面倒な存在そのものだよ」
直接手を下すのではなく、その配下となるトクリュウや地域の半グレ、完全に乗っ取った流浪の獣を用いて、ありとあらゆる子供にまつわるビジネスを、土地を変え行っているのだ。今はまだ施設等が整っていないために、千葉支部で一部感情を喪失した子供や大人を抱え込んで、邪魔者である礼安たちを攻撃させている。
施設等が出来上がるであろうタイムリミットは、一週間後。しかし試験動作も行うために、事実残された日数が片手で収まってしまう。
「――つまり、この一件は……ちょっと前にニュースであったことの地続きの話……って事なの? 一般人目線としては、当事者ではないから正直話が飛躍しているというか……」
「正直そう考えてもおかしくはないです。世界のどこかで紛争が起こっただなんてニュースがあったところで、対岸の火事程度にしか部外者が思わないことは当然ですから」
千尋にとって、裏の社会と関わりがあることで、表に見える世界であってもどれほど闇が傍にあるか、だなんてことは重々理解していた。しかし、こう話を聞く限り、まるで創作作品のような異常犯罪がそこまで遠くない距離で起こり始めている事実が、恐怖でしかなかったのだ。
「千葉支部では……どうやら何かしらの動きがあるようですが……表立って通常時は連絡をしないようにしています。千葉支部が感情の研究を行った結果、銚子市の人々のように幸せそうな一般人が千葉県内で生まれているようですが」
その言葉を聞いた瞬間、加賀美には一つの答えが生まれた。それは、それだけ幸せそうな人々を生んでいく環境でありながら、大規模な研究施設を内包でき、『千葉支部』と銘打てるような場所が。
「――もしかして、千葉支部って……『東京デスティニーアイランド』にあるの、丙良くん?」
「ご明察、その通りさ」
長年千葉県に住んでいた千尋は、口をぽかんと開けて衝撃の事実を受け止めきれずにいた。実に百余年もの間、千葉県は浦安市に鎮座し続けた大規模エンターテイメント施設がそうだなんてこと、そう簡単に受け止めきれないだろう。
「う、嘘でしょ」
「――申し訳ありませんが、これも事実です。でも、他の教会支部と異なり、現在の千葉支部は、長いこと人に危害を加えない穏健派として活動しています。それに、百喰支部長といい和井内支部長代理といい……僕も認めた人格者ばかりです」
いまいち信じられない様子の千尋であったが、どうにかして説得を試みる丙良だったが、その時遠くの方で地鳴りと稲光が奔る。その場の三人、唐突に天候が変わった夕立でも起こるのか、と宙を眺めた。
しかし、そんな暢気していた三人は、自分の常識を疑うほどの光景を目の当たりにしたのだ。
先ほど話題にしたばかりの東京デスティニーアイランドの直上から、そこに信じられないほどの雷の塊が、まるで避雷針がそこにあったかのように叩き落ちたのだ。
最初は、ただの落雷のように感じていた千尋。しかし、そんな暢気しているような発想をすぐに捨てなければならない、そうでなければ命の危機を感じ取るほどの強烈な『何か』を感じ取ったのだ。
誰彼構わず、心を刺し殺すほどの『怒り』。
どんな手誰であっても底冷えするほどの『恐怖』。
徹底的にあらゆるものを圧し潰さんとする、猛烈な『殺意』。
あらゆる負の感情が、波状攻撃のように。夏場であるはずなのに、まるで業務用冷凍庫に迷い込んでしまったかのような、芯まで冷えた空気と共に襲い掛かってくるのだ。
「――何が、起こってるの」
「……もしかして、この魔力反応……礼安ちゃんじゃあないか!? 以前共に戦ったときには、ここまで歪なものを感じ取りはしなかったけれど……これは異常だ!!」
その言葉で、確信に変わった加賀美は、すぐさまアタッシュケースをバイクに変形。自分たちの目的を達するためでもあるが、その先に待つ存在を今すぐにでも助けなければならない、という確信があったのだ。
「――丙良くん、バイクあるかな」
「……ある。返答は聞かないけれど……同行していいかな」
その間に奔るのは、心を締め付けるような圧倒的緊張感。それは千尋も同様であり、その先に待つものは一般人が触れてはならないものであることは、何となく理解した。それでも、自分の命が今ここにあるのは、英雄学園の関係者によるものであると理解しているからこそ、絶対に『関わらなければならない』という強迫観念に似た使命感が、千尋を突き動かしていたのだ。
「すぐ、かっ飛ばしにかかるけれど……準備はいい?」
「無論です」「OKです!」
覚悟を決め、浦安市に向かってアクセルを全開にする二組。丙良が周りに黙って工作活動をしていたことに関して、問い質したかったのは事実。信一郎にも、説明責任を果たしてほしかったのだが、今はそれ以上にその先にて戦う存在が――とにかく気になって仕方が無かったのだ。
心のどこかで、当人に対してこれまで見せたことの無い表情が「分かってしまった」ことに、『彼女』への底知れなさに慄然としながら。