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第二百六十話

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 記憶の追体験を終えた加賀美は、静かに泣いていた。千尋も近くにいたため、その記憶を辿って行ったのだが、今までの思い入れも出会ったことも無いはずなのに、メイクがはげるほどに泣いていたのだ。
 涙を望まなかった彼であったが、それでは加賀美のために命を懸けた彼が浮かばれない。そしてそういった思惑など、心根の良い彼女らには無用の長物と化す。
「きっと苦しかった……きっと痛かった。私なんかが気を失っている間に……あの人をあの人たらしめる欲望もあったのに……」
「――英雄も、楽なモンじゃあない。それは知っていたけれど……私と同年代なのに、沢山苦しんで……それなのに苦しい顔一つせずに――戦った……ッ」
 加賀美は、魔力を流し込んでいないために、すっかりくすんだ紫色となった異聖剣を強く抱きしめる。自身の内に眠る因子も、そうするべきだと考えた結果の行動であった。涙を流しながら、自分の在り方がいかに不安定な立場であったか、と言うことを痛感した。
 弱気であることは罪ではない。
 軟弱であることは罪ではない。
 痛覚に恐怖することは罪ではない。
 しかし英雄である以上、歯を食いしばりながらも、困難に立ち向かわなければいけないのだ。それは、英雄科だろうが武器科だろうが関係は無く、自分が日和ることで大勢が犠牲になっては笑い話にすらならない。
 加賀美は、弱気な自分なんかが著名な因子を持ち合わせていることに、昔から疑問を抱いていた。そこにこれと言った作為は無く、ただ当人の運が良かっただけなのだが、それゆえに大勢の期待の目が向くものであった。
 しかし、あまりにものプレッシャーに加賀美の心は負けてしまった。
 誰かに怒ることは無い。
 誰かを貶めることは無い。
 常に、誰かの陰で誰かを支え続ける。
 誰の障害にもならず、誰の敵にもならない。
 実に無難な在り方が、彼女にとって最も生きやすいあり方であった。これまで培ってきた渡世術、とでも表現できるだろう。
 だが、それは同時に自分の成長の芽を、自分で摘んでいることと同義であったのだ。
 自分の同期が、欲望を発露してどんどん先へ行く。エヴァや綾部もその一人であったが、加賀美自身それに危機感を抱いていなかったのだ。
 『無害な人』。それであり続けた結果、著名な因子も真なる覚醒を遂げる前に鳴りを潜めてしまった。それを百喰は短時間で見抜いていたのだ。
 加賀美を守る。それでいて加賀美の覚醒を促す。それこそが、百喰の考えであった。本当ならば、礼安たちと新生山梨支部を撃滅することを大目標として据えていたのだが……数少ない頼れる人員が散らばってしまい、あらゆる情報がシャットアウトされた八方ふさがりの状況で、メンバーを狙うよりも裏切り者である自分を狙う追手が現れた。
 二次被害を防ぐためにも、そして自分なりの『ケジメ』を付けるためにも。
 そして――同じ物語の因子を背負った存在を、永い眠りから目覚めさせるために。
 命を張った作戦であったが、それは現在進行形でいい方向に働いていたのだ。
「――ごめんなさい、百喰さん。私が……至らないばかりに」
 涙する加賀美であったが、涙を乱暴に拭き立ち上がった千尋は、月の光に照らされた入口の方を見やる。そこには、残された流浪の獣構成員だけでなく、千葉支部での浄化後に善吉が上書きして洗脳した、大人たちがわらわらと集まり始めていたのだ。
 その数、百人ほど。百喰が戦った人数よりも多かったのだ。
「……確かに、あの時危害を加えないとは言ったけれど、今はその限りじゃあない。嘘は言ってないだけに……本当気に食わない」
「…………見ていてください、百喰さん、いや――百喰先輩。私……もう自分を偽りません。もう怖がりません。覚悟を以って――巨悪と立ち向かいます」
 これまでの弱気な表情から一転、恩人の仇を見据える強い目をした少女へと進化した。それに、横でアタッシュケースを構える千尋も嬉しそうであった。
 抑圧された存在が、何かしらの拍子で解放されたのなら。その存在は、まだ限りを知らない大空へ、大きく飛翔する。ただひたすらに空で輝き続ける太陽、それが照らす日向(ひなた)へ、無謀ではあるだろうが飛び続けるのだ。
「――用件は済んだよね。次……どこ行く、加賀美ちゃん?」
「決まってます。灰崎さんには房総半島の方へ向かってもらってますし……まだ調査の及んでいない銚子や犬吠(いぬぼう)の方まで、一気に駆け抜けます。そのためには……多少の邪魔が入ろうと蹴散らすのみです」
「オーケー。じゃあそのためには……すこーし道開けてもらう必要あるね。助けられっぱなしは性に合わないし……力はないけど、千尋お姉さんもメチャ頑張っちゃおう。一般人(パンピー)には一般人(パンピー)なりの戦いがあるってこと、教えてやらんと」
 すぐさまタッチパネルを起動させ、『桂馬』形態へ変形。一般人であっても、問題なく扱えるように出力を調整しながらも、肩に重散弾銃を担ぐ。少なくとも一般人が持っていいような獲物ではないために、有象無象の血の気が多くなる。

「――私の今持てる、最大限の全力で、貴方がた外道を撥ね退け……押し通ります。今の私は……少々『怒って』いますので、加減は効きませんよ」

 二人の乙女が、新しく携えた翼を背に、戦場を駆けていく。



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 記憶の追体験を終えた加賀美は、静かに泣いていた。千尋も近くにいたため、その記憶を辿って行ったのだが、今までの思い入れも出会ったことも無いはずなのに、メイクがはげるほどに泣いていたのだ。
 涙を望まなかった彼であったが、それでは加賀美のために命を懸けた彼が浮かばれない。そしてそういった思惑など、心根の良い彼女らには無用の長物と化す。
「きっと苦しかった……きっと痛かった。私なんかが気を失っている間に……あの人をあの人たらしめる欲望もあったのに……」
「――英雄も、楽なモンじゃあない。それは知っていたけれど……私と同年代なのに、沢山苦しんで……それなのに苦しい顔一つせずに――戦った……ッ」
 加賀美は、魔力を流し込んでいないために、すっかりくすんだ紫色となった異聖剣を強く抱きしめる。自身の内に眠る因子も、そうするべきだと考えた結果の行動であった。涙を流しながら、自分の在り方がいかに不安定な立場であったか、と言うことを痛感した。
 弱気であることは罪ではない。
 軟弱であることは罪ではない。
 痛覚に恐怖することは罪ではない。
 しかし英雄である以上、歯を食いしばりながらも、困難に立ち向かわなければいけないのだ。それは、英雄科だろうが武器科だろうが関係は無く、自分が日和ることで大勢が犠牲になっては笑い話にすらならない。
 加賀美は、弱気な自分なんかが著名な因子を持ち合わせていることに、昔から疑問を抱いていた。そこにこれと言った作為は無く、ただ当人の運が良かっただけなのだが、それゆえに大勢の期待の目が向くものであった。
 しかし、あまりにものプレッシャーに加賀美の心は負けてしまった。
 誰かに怒ることは無い。
 誰かを貶めることは無い。
 常に、誰かの陰で誰かを支え続ける。
 誰の障害にもならず、誰の敵にもならない。
 実に無難な在り方が、彼女にとって最も生きやすいあり方であった。これまで培ってきた渡世術、とでも表現できるだろう。
 だが、それは同時に自分の成長の芽を、自分で摘んでいることと同義であったのだ。
 自分の同期が、欲望を発露してどんどん先へ行く。エヴァや綾部もその一人であったが、加賀美自身それに危機感を抱いていなかったのだ。
 『無害な人』。それであり続けた結果、著名な因子も真なる覚醒を遂げる前に鳴りを潜めてしまった。それを百喰は短時間で見抜いていたのだ。
 加賀美を守る。それでいて加賀美の覚醒を促す。それこそが、百喰の考えであった。本当ならば、礼安たちと新生山梨支部を撃滅することを大目標として据えていたのだが……数少ない頼れる人員が散らばってしまい、あらゆる情報がシャットアウトされた八方ふさがりの状況で、メンバーを狙うよりも裏切り者である自分を狙う追手が現れた。
 二次被害を防ぐためにも、そして自分なりの『ケジメ』を付けるためにも。
 そして――同じ物語の因子を背負った存在を、永い眠りから目覚めさせるために。
 命を張った作戦であったが、それは現在進行形でいい方向に働いていたのだ。
「――ごめんなさい、百喰さん。私が……至らないばかりに」
 涙する加賀美であったが、涙を乱暴に拭き立ち上がった千尋は、月の光に照らされた入口の方を見やる。そこには、残された流浪の獣構成員だけでなく、千葉支部での浄化後に善吉が上書きして洗脳した、大人たちがわらわらと集まり始めていたのだ。
 その数、百人ほど。百喰が戦った人数よりも多かったのだ。
「……確かに、あの時危害を加えないとは言ったけれど、今はその限りじゃあない。嘘は言ってないだけに……本当気に食わない」
「…………見ていてください、百喰さん、いや――百喰先輩。私……もう自分を偽りません。もう怖がりません。覚悟を以って――巨悪と立ち向かいます」
 これまでの弱気な表情から一転、恩人の仇を見据える強い目をした少女へと進化した。それに、横でアタッシュケースを構える千尋も嬉しそうであった。
 抑圧された存在が、何かしらの拍子で解放されたのなら。その存在は、まだ限りを知らない大空へ、大きく飛翔する。ただひたすらに空で輝き続ける太陽、それが照らす|日向《ひなた》へ、無謀ではあるだろうが飛び続けるのだ。
「――用件は済んだよね。次……どこ行く、加賀美ちゃん?」
「決まってます。灰崎さんには房総半島の方へ向かってもらってますし……まだ調査の及んでいない銚子や|犬吠《いぬぼう》の方まで、一気に駆け抜けます。そのためには……多少の邪魔が入ろうと蹴散らすのみです」
「オーケー。じゃあそのためには……すこーし道開けてもらう必要あるね。助けられっぱなしは性に合わないし……力はないけど、千尋お姉さんもメチャ頑張っちゃおう。|一般人《パンピー》には|一般人《パンピー》なりの戦いがあるってこと、教えてやらんと」
 すぐさまタッチパネルを起動させ、『桂馬』形態へ変形。一般人であっても、問題なく扱えるように出力を調整しながらも、肩に重散弾銃を担ぐ。少なくとも一般人が持っていいような獲物ではないために、有象無象の血の気が多くなる。
「――私の今持てる、最大限の全力で、貴方がた外道を撥ね退け……押し通ります。今の私は……少々『怒って』いますので、加減は効きませんよ」
 二人の乙女が、新しく携えた翼を背に、戦場を駆けていく。