勝負は、決した。善吉が拵えた対英雄武器を携えた、流浪の獣における現状の残存勢力の四割。大部分を投入しての戦いであったのにも拘らず、百喰は陥落せず。満身創痍になりながらも、そしてこのアリーナを駄目にしながらも、勝利を収めたのだ。
「――なるほど。これは……私のミスですね。こんな端役にやらせたのが間違いだった」
「……まだ、やろうってのか」
目元の頭部装甲が完全に割れ、頭部から出血している百喰の恨みがましい視線が、善吉に深々と突き刺さる。それは、「約束を反故にして自身を殺すのか」と言いたげなもの。山梨の子供にまつわるビジネスから始まり、千葉県ではネットで募った
ならず者を顎で扱いながら
流浪の獣を完全掌握、千葉支部を情報操作によって潰し、我がものにしようとしていた。
その中でも、なりふり構わず攻め入ることは可能。自分がかつてビジネスマンとして無能の下に就いていた時も、口酸っぱく言われてきたことは今の善吉の胸中に残っている。
いたって普通のことではあった。「報連相はしっかりしろ」「約束は守れ」「身だしなみはきちんと」など、場合によっては小学生でも言われそうなことであったのだが――それをやれていない存在が多すぎたのだ。
何も、それは新卒の人間だけではない。よりにもよって、上に立つ人間ほどその傾向が強い。だからこそ、善吉は無能を酷く嫌う。自分は良い、自分は正義……そう宣う存在程無能が多い。自分はそうではない確信があるからこそ、少なくともただ立場上、仕方なく下に就いているだけで、実力は自分の方が上であると自負している。
将来的に上に立つ者として、そういった下らない
蟠りは排除すべきだと、二十年前の若き善吉はそう考えたのだ。その流れは今も変わらずである。
「――いや、もう君とその女には『飽きまして』。特効のかかる一般人数十名ごときで敵うと考えた私が愚かでした。反省こそ、現状を打破するためには必須ですから」
「……そうかよ」
「勝手に野垂れ死ぬのなら結構。憔悴しきった
貴様を殺して力を奪うのは訳ない話ですが……それで得た力で強くなったところで、約束を反故にした力で強くなったところで、それで得られる余地などたかが知れていますから。好きにしてください」
百喰のことを一瞥もせず、そして散っていった流浪の獣構成員すら事後処理をすることなく、手を乱雑にひらひらと振ってアリーナを後にする。
少しの間、警戒心を解くことは無くその場に立ちはだかっていたが、追手が一切やってこないことを確認した百喰は、膝から崩れ落ちるように強制変身解除されるのだった。
目に光は宿っておらず、ただ剣を支えにして何とかこの世に居座っているだけ。搦め手によって生命力を根こそぎ奪われたために、非常に弱弱しい灯であった。
それでも――百喰にはやるべきことがあったのだ。
傍で気を失ってしまっている一人の少女の頬を、優しく撫でる。内に眠る『因子』と共鳴する、実に奇妙な少女であった。
「瀧本礼安も、加賀美陽も。――実に奇妙な縁で繋がっているものだ……同じ物語の縁は、より強く感じられ惹かれやすいものだが……まさか、このように守って戦うことになるとは」
次第に、視界がぼやけ、別の世界へ飛び立とうとしている中。百喰は、自信なさげな振る舞いを多く見せていた加賀美に、心からの手向けを送りたいと考えたのだ。
「――自身の内に眠る、著名な因子。その強みを活かしきれない、まるで力に振り回されているような傾向がある場合……当人には自信なんて傲慢は許されない。だが……君は随分弱気すぎる。中の英雄が泣いているぞ」
自身の剣である、異聖剣アロンダイトを、自分の胸に深く突き立てる。しかし、不思議なことに出血はしない。自分の力を譲渡するためのものであるため、百喰の内に眠るランスロットが気を利かせたのだ。
「この力は……きっと君でも扱いきれない。再び目覚めるのははるか先になりそうではあるが……君の、加賀美陽と言う女のこれからを、俺の命を持って未来を祝福しよう」
彼女にも、彼女の内に眠る『英雄』にも言い聞かせるように、力を全て異聖剣に乗せていく。再び、ここにもし戻ってきたとき……決まった存在以外が手を触れられないように、小細工を施して。
「――『血沸き肉躍る闘争』。叶わない夢になってしまったが……きっと、一度でも形式上裏切った者には、当然なんだろうな。英雄は英雄らしく……英雄的思考を胸に生きるべきだったんだな」
死ぬ間際、それを数年がかりではあるものの間接的に教えた信一郎に、心からの感謝を心に留めながら、僅かに笑って見せるのだった。
「さようならだ、英雄諸君。涙なんぞ……俺のためになんて、決して流すんじゃあない。俺の、ランスロット卿の剣を手に、進め。進め、進め。振り返ることなく……千葉県の安寧を取り戻してくれ」
そう言い残すと、百喰は剣に全ての力を吸収させ、静かに倒れ込む。残された微細な闇の魔力にて、剣を宙へ隠し……本人は静かに光の粒となり消えていく。「死にたくない」と泣き叫ぶことも、派手に笑うこともせず。起こすことの無いよう静かに死んでいったのだ。