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第二百五十四話

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 時間として、灰崎が目覚める一日前のこと。加賀美はある場所で目が覚めた。その場所こそ、『LuLu arena TOKYO-BAY』。時期としては二千二十四年の四月半ばに竣工、現在が二千五十年七月であるため、実に二十六年もの間その土地に根付く、大型多目的アリーナとして多くの人の営みを見守っている。
 最初は一万人規模の大規模キャパシティであったが、『原初の英雄』と教会の前身団体の戦いによって半壊した結果、申し訳なく思った現在の英雄学園東京本校、その主であり学園長である瀧本信一郎が事件を収めた後に、実費によって復興及び増設。現在では五万人を収容できるほどの、超巨大な多目的アリーナとして知名度を上げている。
 夜遅くで、何かしらの催し事も無かったために、無人のアリーナに辿り着いた二人。
 そこで、加賀美は閉ざしていた口を開いたのだ。
「――思えば、ちょっと不自然でした。あそこから……私は来栖善吉と言う男に騙され続けてたんです」

 一日前。何かしらの催し事が行われていない中、加賀美はアリーナ中央にて目を覚ます。周りにはなぜだか血の臭いが充満しており、加賀美は起きて早々不快な気持ちに陥っていた。
 しかも、嫌がらせ目的で死肉や臓物をばらまいているのではなく、何かしらの戦いでもあったのかと言わんばかりに、荒れていたのだ。座席も、地面も。それほどの衝撃があれば、どれほど深淵に意識を吸い込まれていても気づくはずなのに。
 総じて、彼女が目覚めた後、不快感と共にあったのは疑念であった。
「――一体、何があったんだろう」
 思い起こすは、昨日のことのように感じてしまう『合同演習会』。多くの被害を出しながら、英雄学園陣営が無事勝利を収めた時のこと。『なぜか』一部の記憶が欠落しているのだが、その『なぜか』が分からない上に、『何を』忘れたのかすらも分からない。あの案件だけでなく、色々な危険ごとに首を突っ込んでいる盟友、礼安に聞こうにもめぼしい反応は無い。
 でも、これだけは彼女でも理解できるのだ。その失った記憶は、とても大切なことなのだと。大したことの無い記憶ならば、忘れたことにすら気付かないはずだからこそ、注視しているのだ。
「……とりあえず連絡を……って、通信不可……? 敵の妨害でも――入っているのかな」
「――その通りだ、加賀美」
 その場にいたのは、百喰――の姿をした善吉。目立った傷は負っていないものの、だいぶ疲弊している様子であった。今考えるならば、これも信用させるための演技なのだろう。しかしなぜか、不明瞭な感覚ではあるが――その彼の様子に、表現できないほど何かしらの違和感を、加賀美は抱いたのだ。
「君が気絶している間、追手が数名現れてね。武器もドライバーも失いはしたが……この通り、無事だ。この千葉県にいるであろう仲間たちと合流したいところだが……当てはあるかな」
「――いえ、特には……」
 何かしらの疑念が、彼女の内にある。誰の目から見ても明らかである反応の鈍さを勘付かれ、周辺で倒れ伏す教会構成員と思われる男の手元から、ナイフを一本加賀美に手渡す。それは、善吉なりの溶け込むための策の一つであった。
「……もし、俺が信頼できないのなら、ここで殺してくれても構わない。これは……ある種の俺の覚悟の表れだ」
 その言葉と見た目から発せられる圧に、負けてしまった加賀美は、そのナイフを受け取った後、圧し折った上ですぐさまどこかへ投げ捨てる。それが、気絶している状態でも助けてくれた恩を返す、数少ない方法だと考えたからこそである。
「――信じてくれて、頭が上がらない。ありがとう」
「……」
 自分の命を大胆にもベットした策。なぜ生かしたのか、そしてなぜ生かされたのか……加賀美にとっての、大きな謎であったのだ。

「――あれだけ、多くの悪事を行ってきた人が、なぜ私なんかの命だけは助けたのでしょう」
「加賀美ちゃん……」
 無人のLuLu arena TOKYO-BEYの中に入りながら、己の内に眠る疑問を振り返っていく加賀美。いざという時、自分で身を守れるようにアタッシュケースを持っている千尋は、当事者でないために何も語ることはできない。
「……あ、ごめんなさい神崎さん。私が、一般人である貴女を絶対に守りますので。武器(ウエポン)科は劣等科と呼ばれてはいますが……それでも、自分の誇りにかけて――――」
「――なんで、自分を蔑むのさ、加賀美ちゃん」
「え……?」
 千尋は短い間ではあるが、加賀美自身、自信が無さげであったことを見抜いていた。自分よりもはるかに優れた存在が、なぜそこまで卑下するのか。根がそこまで消極的(ネガティブ)な人間ではない千尋にとって、不可解であったのだ。
「――加賀美ちゃんさ、周りがおかしい強さな存在ばかりで感覚麻痺しているのかもしれないけれどさ。アタシとかにとっては……十分凄い存在なんだよ。だって、アタシただの一般人だよ? それからしてみたら……英雄って、武器(ウエポン)科ってすごいんだなあって思えるよ」
 アタッシュケースを抱きしめる千尋。今まで共に戦ってきた灰崎は、一般人の皮を被った英雄的(ヒロイック)思考を持つ存在、所謂逸般人(いっぱんじん)。京に関しては、醸し出す気迫からして『それ以上』の存在であることくらいは、一般人目線であっても理解できる。
 皆の会話の中に出てきた『礼安』も『エヴァ』も、彼女にとってはまだ見ぬ存在だが、それほど頼りになる存在である。自分よりも上の存在である加賀美がこれほどに太鼓判を押す存在であるからこそ、まだ見ぬ存在であっても、そしてこの絶望的状況であっても、まだ勝利の目を期待している。
「自信持ちなって、加賀美ちゃん。アタシだけじゃあどうしようもないけれど……加賀美ちゃんがいることでこの作戦が成り立ってる。一般人のアタシを守ってくれるだけじゃあなくて……護身用の武器もくれたし」
「――私なんて、大したことないですって」
 どれほど元気づけようとしても、加賀美の陰鬱な感情は変わらないようで。千尋もこれ以上の手立てが無いために、どうも場の空気が気まずく感じてしまったのだ。
 そんな中で、ようやくたどり着いたアリーナエリア。未だ、血生臭い状況は変わらずであり、千尋をこんな場に連れてきたことを少々後悔していた。
 しかし千尋は、具合を悪そうにしていたものの、加賀美の知らないところでより酷い惨劇を目の当たりにしている影響もあり、まだ平気そうであった。
「――ねえ、あれって」
 指を差した先は、このアリーナのVIP席――と言うよりは、アリーナ中央から垂直かつほんの少し上がった宙。そこに、一般人でも分かるような靄が見えたのだ。そこに何かを隠している、そうとしか思えないものであった。しかも、これはスモークによる物理的なものではなく、ある種の障壁(バリア)と化していたのだ。
「……千尋さんは、後方に待機していてください。アレは……私が処理します」
 これほどの濃度であっても、なぜ気づかなかったのかと自分を内心叱責しながら、そして一般人である千尋を下げながら、その靄に手を伸ばす。
 すると、突如として加賀美の手とそれとの間に、雷光(スパーク)が起こったのだ。まるで、この先に手を伸ばすことを『何か』が堰き止めているような。それでも、手を伸ばさなければならないような気がして、痛みを堪えながらも手を伸ばし続ける。
 ただの雷光が、次第に黒みを帯び、黒雷へ。ただの靄も、黒い霧へ。
(あと少しで、届きそう――!!)
 その奥に存在する『何か』に手が届き、それを靄からずるりと引き出しにかかる。すると、その瞬間彼女の記憶ではないものが、なだれ込んできたのだった。



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 時間として、灰崎が目覚める一日前のこと。加賀美はある場所で目が覚めた。その場所こそ、『LuLu arena TOKYO-BAY』。時期としては二千二十四年の四月半ばに竣工、現在が二千五十年七月であるため、実に二十六年もの間その土地に根付く、大型多目的アリーナとして多くの人の営みを見守っている。
 最初は一万人規模の大規模キャパシティであったが、『原初の英雄』と教会の前身団体の戦いによって半壊した結果、申し訳なく思った現在の英雄学園東京本校、その主であり学園長である瀧本信一郎が事件を収めた後に、実費によって復興及び増設。現在では五万人を収容できるほどの、超巨大な多目的アリーナとして知名度を上げている。
 夜遅くで、何かしらの催し事も無かったために、無人のアリーナに辿り着いた二人。
 そこで、加賀美は閉ざしていた口を開いたのだ。
「――思えば、ちょっと不自然でした。あそこから……私は来栖善吉と言う男に騙され続けてたんです」
 一日前。何かしらの催し事が行われていない中、加賀美はアリーナ中央にて目を覚ます。周りにはなぜだか血の臭いが充満しており、加賀美は起きて早々不快な気持ちに陥っていた。
 しかも、嫌がらせ目的で死肉や臓物をばらまいているのではなく、何かしらの戦いでもあったのかと言わんばかりに、荒れていたのだ。座席も、地面も。それほどの衝撃があれば、どれほど深淵に意識を吸い込まれていても気づくはずなのに。
 総じて、彼女が目覚めた後、不快感と共にあったのは疑念であった。
「――一体、何があったんだろう」
 思い起こすは、昨日のことのように感じてしまう『合同演習会』。多くの被害を出しながら、英雄学園陣営が無事勝利を収めた時のこと。『なぜか』一部の記憶が欠落しているのだが、その『なぜか』が分からない上に、『何を』忘れたのかすらも分からない。あの案件だけでなく、色々な危険ごとに首を突っ込んでいる盟友、礼安に聞こうにもめぼしい反応は無い。
 でも、これだけは彼女でも理解できるのだ。その失った記憶は、とても大切なことなのだと。大したことの無い記憶ならば、忘れたことにすら気付かないはずだからこそ、注視しているのだ。
「……とりあえず連絡を……って、通信不可……? 敵の妨害でも――入っているのかな」
「――その通りだ、加賀美」
 その場にいたのは、百喰――の姿をした善吉。目立った傷は負っていないものの、だいぶ疲弊している様子であった。今考えるならば、これも信用させるための演技なのだろう。しかしなぜか、不明瞭な感覚ではあるが――その彼の様子に、表現できないほど何かしらの違和感を、加賀美は抱いたのだ。
「君が気絶している間、追手が数名現れてね。武器もドライバーも失いはしたが……この通り、無事だ。この千葉県にいるであろう仲間たちと合流したいところだが……当てはあるかな」
「――いえ、特には……」
 何かしらの疑念が、彼女の内にある。誰の目から見ても明らかである反応の鈍さを勘付かれ、周辺で倒れ伏す教会構成員と思われる男の手元から、ナイフを一本加賀美に手渡す。それは、善吉なりの溶け込むための策の一つであった。
「……もし、俺が信頼できないのなら、ここで殺してくれても構わない。これは……ある種の俺の覚悟の表れだ」
 その言葉と見た目から発せられる圧に、負けてしまった加賀美は、そのナイフを受け取った後、圧し折った上ですぐさまどこかへ投げ捨てる。それが、気絶している状態でも助けてくれた恩を返す、数少ない方法だと考えたからこそである。
「――信じてくれて、頭が上がらない。ありがとう」
「……」
 自分の命を大胆にもベットした策。なぜ生かしたのか、そしてなぜ生かされたのか……加賀美にとっての、大きな謎であったのだ。
「――あれだけ、多くの悪事を行ってきた人が、なぜ私なんかの命だけは助けたのでしょう」
「加賀美ちゃん……」
 無人のLuLu arena TOKYO-BEYの中に入りながら、己の内に眠る疑問を振り返っていく加賀美。いざという時、自分で身を守れるようにアタッシュケースを持っている千尋は、当事者でないために何も語ることはできない。
「……あ、ごめんなさい神崎さん。私が、一般人である貴女を絶対に守りますので。|武器《ウエポン》科は劣等科と呼ばれてはいますが……それでも、自分の誇りにかけて――――」
「――なんで、自分を蔑むのさ、加賀美ちゃん」
「え……?」
 千尋は短い間ではあるが、加賀美自身、自信が無さげであったことを見抜いていた。自分よりもはるかに優れた存在が、なぜそこまで卑下するのか。根がそこまで|消極的《ネガティブ》な人間ではない千尋にとって、不可解であったのだ。
「――加賀美ちゃんさ、周りがおかしい強さな存在ばかりで感覚麻痺しているのかもしれないけれどさ。アタシとかにとっては……十分凄い存在なんだよ。だって、アタシただの一般人だよ? それからしてみたら……英雄って、|武器《ウエポン》科ってすごいんだなあって思えるよ」
 アタッシュケースを抱きしめる千尋。今まで共に戦ってきた灰崎は、一般人の皮を被った|英雄的《ヒロイック》思考を持つ存在、所謂|逸般人《いっぱんじん》。京に関しては、醸し出す気迫からして『それ以上』の存在であることくらいは、一般人目線であっても理解できる。
 皆の会話の中に出てきた『礼安』も『エヴァ』も、彼女にとってはまだ見ぬ存在だが、それほど頼りになる存在である。自分よりも上の存在である加賀美がこれほどに太鼓判を押す存在であるからこそ、まだ見ぬ存在であっても、そしてこの絶望的状況であっても、まだ勝利の目を期待している。
「自信持ちなって、加賀美ちゃん。アタシだけじゃあどうしようもないけれど……加賀美ちゃんがいることでこの作戦が成り立ってる。一般人のアタシを守ってくれるだけじゃあなくて……護身用の武器もくれたし」
「――私なんて、大したことないですって」
 どれほど元気づけようとしても、加賀美の陰鬱な感情は変わらないようで。千尋もこれ以上の手立てが無いために、どうも場の空気が気まずく感じてしまったのだ。
 そんな中で、ようやくたどり着いたアリーナエリア。未だ、血生臭い状況は変わらずであり、千尋をこんな場に連れてきたことを少々後悔していた。
 しかし千尋は、具合を悪そうにしていたものの、加賀美の知らないところでより酷い惨劇を目の当たりにしている影響もあり、まだ平気そうであった。
「――ねえ、あれって」
 指を差した先は、このアリーナのVIP席――と言うよりは、アリーナ中央から垂直かつほんの少し上がった宙。そこに、一般人でも分かるような靄が見えたのだ。そこに何かを隠している、そうとしか思えないものであった。しかも、これはスモークによる物理的なものではなく、ある種の|障壁《バリア》と化していたのだ。
「……千尋さんは、後方に待機していてください。アレは……私が処理します」
 これほどの濃度であっても、なぜ気づかなかったのかと自分を内心叱責しながら、そして一般人である千尋を下げながら、その靄に手を伸ばす。
 すると、突如として加賀美の手とそれとの間に、|雷光《スパーク》が起こったのだ。まるで、この先に手を伸ばすことを『何か』が堰き止めているような。それでも、手を伸ばさなければならないような気がして、痛みを堪えながらも手を伸ばし続ける。
 ただの雷光が、次第に黒みを帯び、黒雷へ。ただの靄も、黒い霧へ。
(あと少しで、届きそう――!!)
 その奥に存在する『何か』に手が届き、それを靄からずるりと引き出しにかかる。すると、その瞬間彼女の記憶ではないものが、なだれ込んできたのだった。