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第二百五十二話

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 事態は風雲急を告げる。ニューアルマホテルから一行が脱出せんとするとき、これまでの常識が裏返ったのだ。昇降機内のボーイを気絶させ、奪取したIDカードで下層に降りていく中、灰崎たちは頭を抱えていた。
「どういうことだよ加賀美!? 百喰が偽物だって気付かなかったのか!?」
「私も……何が何だか……」
 礼安がこの場にいない中、真偽を確認するには少々面倒なアリバイ確認作業をしなければならないため、ただの手間である。しかも、現状確認するにもカメラの映像を確認するか誰かに聞かなければならない中で、千尋と灰崎が千葉県全域で指名手配中に行動を起こすべきではない。
「――ひとまず、この面子で現在行方不明の瀧本礼安、エヴァ・クリストフの二名を探す。事態は面倒極まりないものになってきた」
 本作戦の隊長を担っていた百喰が現在生死不明の状態にある上に、元々作戦に関わらなかったものの、灰崎たちの助けとなっていた京は足止めを食らっている。
 現状、ある程度このような混沌とした状況に多少なり慣れており、周りよりも年が上である存在、灰崎がどうにかこの状況をまとめる以外になかった。
(――畜生、あの野郎……前回の案件から狡猾さのレベルが上がってやがる! 負けず嫌いなのは良いことだが……いい大人がそこまで俺らを潰すのにムキになるかよ、全く!!)
 次なる一手を考えながら、アタッシュケースのタッチパネル画面を凝視する灰崎。この絶望的状況を打開するには、何かしらの突飛な策が必要だと考え、それぞれのモードの取扱説明書を速読で読んでいたのだ。
(『香車』はバイク、『歩兵』はある程度の爆発物、『桂馬』は重散弾銃(ヘヴィー・ショットガン)……『飛車』は現状スカ、『角行』もおそらく現状スカ……残るは『金将』『銀将』『王将』の三択だが……)
 『王将』は超高性能カメラ。状況を把握するために、一挙手一投足すべて見逃すことは無いカメラである。どんな暗所であっても、どんな障害物があろうと、全てを見抜く。優れた大局眼と言うところから性能の発案があったのだろう。
 『金将』は攻防一体の盾。よくテレビで見られるような、機動隊のタワーシールドを思わせる盾に、各所変形ギミックを搭載した盤石の盾である。ある時は詰みの一手を決める攻撃性十分の駒として、ある時は王をまだ見ぬ王手から守るための盾として見た時から、性能が決まったのだろう。
 『銀将』はある程度変則的な戦いが可能な、脚部強化部分装甲(レッグアーマー)。高速移動も蹴り技も、応用の幅が利かせやすいもの。将棋の駒において、少々珍しい斜め後ろに動かせる駒の一つとして、『斜め駒』という呼称もあるため、ある程度バイクよりも逃げの一手が利きやすいように設計されたのだろう。
 しかし。この危機的状況でどうにかするには、どれも総合力が足らない。
(外に出た時点で、絶対に俺らの首を欲しがる野次馬が大量に居やがる。それに一千万も懸かっていたら……血相抱えて来るぞ)
 色々思案するも、どうも決め手に欠ける。
 そんな中で、加賀美もアタッシュケースを持っていたため、焦る灰崎の肩を叩く。
「――灰崎さん。二手に分かれるのはどうでしょう。灰崎さん単独と、私と千尋さんで。あらかじめ緊急時集合場所を決めつつ、分散して礼安ちゃんたちを見つけにかかれば、少ない確率でも二組分でまだ現実的な範囲まで持っていけます。そしてあの二人と合流出来たら……この事態もきっと打開できます」
「……なら、千尋。そっち側の運転手、願えるか? 財布パクられたとはいえ、俺みたいな逸れ者が無免許ならまだ話は分かるが、流石に英雄サマには無免許なんて似つかわしくねえだろ」
「それに関しては心配無用です。私……学園内講習会できっちり取得しているので。財布も無事だったので、とりあえずは」
「OK、それなら安心だ」
 ホテルを出た瞬間から、二つのアタッシュケースをバイクに変換、それぞれ別方向へ逃げることで監視の目を分散させる。この状況を打破するには、礼安たち主力組の手がどうしても必要であることに変わりは無いため、何とか動かなければならない。
「……悪いな、千尋。こんなごたごたに巻き込んじまって」
「――いいんだ。正直、アタシが教会なんぞに……一時でも関わり持ってたのが悪かったんだ」
「加賀美も……平気か?」
「だ、大丈夫です! 仮にも私だって……英雄学園の人間ですから」
 しかし、その心強い文言とは裏腹に、語気は弱かった。どこか、気負いしている様子を見受けた灰崎は、加賀美の肩を優しく掴み、伏目がちかつ弱気な彼女の目と合わせるように、この中で最も年長者であるからこその心ばかりの発破をかける。
「大丈夫だ、加賀美。正直、俺は少し前までお前と関わったことはねえ。だから深いことは言えねえが……合同演習会の時、どれほど努力していたかは……『画面』の向こう側で知っている。努力ってもんを忘れちまったような(けんりょく)だけのジジイ共は、たった少数で立ち向かうアンタらを嗤ったが……俺は違う。前組長(オヤジ)を殺されたのもあって……本心はずっとアンタらと同じだったからよ」
 カルマに王漣を殺害されてから。ずっと「これでいいのか」と考えていたからこそ、清志郎に教会の好きにさせていたことを、場所を提供しているだけとはいえ、自分の罪を明かした。
 さらに、自分が目を瞑っていたことが『悪事』だと分かっていたからこそ、少しでも罪を償おうという殊勝な姿勢を見せていた。自分の心が真に許せなかったのもあるが、本当の理由は教会と言う巨悪に、大勢の裏切り者がいた影響で少数になりながらも、懸命に勝利に向かいあらゆる策を講じ立ち向かう、勇敢な英雄(ヒーロー)の姿があったからこそであった。
 二十五歳で、そう言ったものに夢を見ることを、世間は「幼稚だ」「現実を見ろ」だなんて宣うかもしれない。しかし、真に英雄的(ヒロイック)な精神を持つことに、遅いも早いもないのだ。世の闇に塗れ汚れていった結果、元々いたような『真っ当』な場所に戻ることを億劫だと考える、実に怠惰な存在こそ、難癖を付けたがる。
 こういった救いようのない輩は、一切関わりの無い外野から、傷つくことすらないような温室から、自分たちと異なる存在が羨ましくて憎たらしくて、敗北感からヤジを飛ばしているだけなのだ。
 灰崎は、画面の向こうで戦う英雄たちに、現状(いま)に反逆する勇気を貰った。だからこそ、元極道だろうと、胸に英雄的思考を宿しながら行動するのだ。少しでも、逸れた道から元に戻れるように。
「――っ」
「俺は……まあ大丈夫だ。アンタら、英雄学園の生徒みたいな……優れたなにかが俺にある訳じゃあないが、手前(テメェ)の身くらいは十分に守れる。あまり堅気の皆さんの前では出せねえが……拳銃(チャカ)もアタッシュケースもある。堅気でありながら、懸命に生きる加賀美の凄さには……俺みたいなゴミは、敵わねえけどよ」
「そ、そんなことないです! でも……ありがとうございます、灰崎さん。お陰様で……勇気を貰いました。困難に立ち向かう――強固(かた)い意志を」
 灰崎はよく分かっていない様子であったが、少しでも不安がる子供を勇気づけられたのなら何よりだ、と後方に二人の女子を下がらせ、先陣を切ろうとしていた。
 おそらく、あれだけの情報が流れ、あまつさえこのホテルの最上階に善吉がいるのならば……打つ手は一つ。入り口(エントランス)付近に来るであろう灰崎たちを、洗脳した子供たちやならず者含めて袋叩きにする。外道の考えることは奇抜ではあるが、その分読みやすい。この状況における、『最悪』を常に思考しておけば、案外ワケは無いのだ。
「いいか、作戦はこうだ。――――」
 その場の二人に耳打ちで作戦を伝え、加賀美にアタッシュケースを構えさせる。灰崎も今か今かとその時を待ち……遂に昇降機のドアが――開いた。
 夜の明かり灯るホテルの入り口、その自動ドアだけではなくサイドのガラスすら馬鹿力で破り、灰崎たちに向け走り出す善吉の追手たち。子供だけではなく、真っ当な堅気だけではなく半グレの連中も何十名か混ざっている。
 全員が全員、善吉の催眠術により正気を失っているようで、涎を垂らし、目を血走らせ、獲物を追う獣のように、たった三人に走り出していたのだ。
 しかしこれは、灰崎にとっての『最悪』ではなかった。
 善吉がアタッシュケースを、瞬時に『香車』形態へ変形させたと思いきや、その後ろに乗せるは千尋。あと一人のアタッシュケース所持者である加賀美は、別の形態へアタッシュケースを変形させるのだ。しかも、瞬時に『二度も』。
「今だ加賀美、『飛べ』!!」
 最終的な変形先は、『銀将』。脚部強化装甲を付けた加賀美が、灰崎と千尋の乗る超高性能バイクの尻を、思い切り持ち上げた状態でその場を力一杯蹴り飛ばしたのだ。
 あまりの高次元的動作に、大理石の床は踏み込んだだけで思い切り砕け散り、無機質なコンクリートが覗くばかりであったが、効果は抜群であった。
 あの一瞬で、加賀美は二形態変化させたのだ。それは、『桂馬』→『銀将』の順である。
 灰崎は流浪の獣構成員と拳を交えた際に、『桂馬』にて重散弾銃を支えるサポートとして、強化腕部装甲を確認した。しかも、その装甲は他形態であっても出力は落ちるものの併用が可能なことも知っている。
 そうでないと、灰崎は今頃『歩兵』の連続爆裂によって、腕が圧し曲がっているだろう。
 さらに、そこに脚部強化装甲を併せる≪アンサンブル≫。『香車』の弱点は、後世の迂闊スピードは出るのだが、車体が重い影響でろくにジャンプアクションができないことにあった。
 普通、そんなことはまずしないためにマイナスにすらならないのだが、今回ばかりは別。
 大勢押し寄せる軍勢の完全後方に何とか着地し、そのままアクセル全開で発進。その際に、灰崎の後ろから千尋は離れ、すぐさま『銀将』形態から『香車』形態へ変更した加賀美の後ろへ。
「灰崎さん!! ご武運を!!」
 ヘルメットを着けている途中なため、全ては聞こえていないだろうが……無言でサムズアップを送る灰崎。
 不器用な灰崎を見送ると、手元のワンボタンでヘルメットを着用する加賀美と千尋の二人。追手を振り切るべく、灰崎と同様アクセルを全開に。
「――これから、私たちは……私の目覚めた場所である、LuLu arena TOKYO-BAYに戻ります」
「何で、そんな船橋の海岸沿いに……?」
 その千尋の問いに、黙ってしまう加賀美。咄嗟に「言えないなら別にいい」と助け舟を出そうとしたが、心はとうに決まっていた。
 あれだけ、灰崎に背中を押してもらって、今更日和(ひよ)るだなんて……彼女の中に存在する『因子』が許せない上に、今の彼女自身も許せなかった。

「――恐らくですが、百喰さんは私を庇って死にました。だからせめて……あの場に残されているかもしれない置き土産を……取らなければならない。そんな気がするんです。私のためにも、この現状の打破のためにも……そして、私なんかを庇ってくれた、百喰さんのためにも」



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「どういうことだよ加賀美!? 百喰が偽物だって気付かなかったのか!?」
「私も……何が何だか……」
 礼安がこの場にいない中、真偽を確認するには少々面倒なアリバイ確認作業をしなければならないため、ただの手間である。しかも、現状確認するにもカメラの映像を確認するか誰かに聞かなければならない中で、千尋と灰崎が千葉県全域で指名手配中に行動を起こすべきではない。
「――ひとまず、この面子で現在行方不明の瀧本礼安、エヴァ・クリストフの二名を探す。事態は面倒極まりないものになってきた」
 本作戦の隊長を担っていた百喰が現在生死不明の状態にある上に、元々作戦に関わらなかったものの、灰崎たちの助けとなっていた京は足止めを食らっている。
 現状、ある程度このような混沌とした状況に多少なり慣れており、周りよりも年が上である存在、灰崎がどうにかこの状況をまとめる以外になかった。
(――畜生、あの野郎……前回の案件から狡猾さのレベルが上がってやがる! 負けず嫌いなのは良いことだが……いい大人がそこまで俺らを潰すのにムキになるかよ、全く!!)
 次なる一手を考えながら、アタッシュケースのタッチパネル画面を凝視する灰崎。この絶望的状況を打開するには、何かしらの突飛な策が必要だと考え、それぞれのモードの取扱説明書を速読で読んでいたのだ。
(『香車』はバイク、『歩兵』はある程度の爆発物、『桂馬』は|重散弾銃《ヘヴィー・ショットガン》……『飛車』は現状スカ、『角行』もおそらく現状スカ……残るは『金将』『銀将』『王将』の三択だが……)
 『王将』は超高性能カメラ。状況を把握するために、一挙手一投足すべて見逃すことは無いカメラである。どんな暗所であっても、どんな障害物があろうと、全てを見抜く。優れた大局眼と言うところから性能の発案があったのだろう。
 『金将』は攻防一体の盾。よくテレビで見られるような、機動隊のタワーシールドを思わせる盾に、各所変形ギミックを搭載した盤石の盾である。ある時は詰みの一手を決める攻撃性十分の駒として、ある時は王をまだ見ぬ王手から守るための盾として見た時から、性能が決まったのだろう。
 『銀将』はある程度変則的な戦いが可能な、|脚部強化部分装甲《レッグアーマー》。高速移動も蹴り技も、応用の幅が利かせやすいもの。将棋の駒において、少々珍しい斜め後ろに動かせる駒の一つとして、『斜め駒』という呼称もあるため、ある程度バイクよりも逃げの一手が利きやすいように設計されたのだろう。
 しかし。この危機的状況でどうにかするには、どれも総合力が足らない。
(外に出た時点で、絶対に俺らの首を欲しがる野次馬が大量に居やがる。それに一千万も懸かっていたら……血相抱えて来るぞ)
 色々思案するも、どうも決め手に欠ける。
 そんな中で、加賀美もアタッシュケースを持っていたため、焦る灰崎の肩を叩く。
「――灰崎さん。二手に分かれるのはどうでしょう。灰崎さん単独と、私と千尋さんで。あらかじめ緊急時集合場所を決めつつ、分散して礼安ちゃんたちを見つけにかかれば、少ない確率でも二組分でまだ現実的な範囲まで持っていけます。そしてあの二人と合流出来たら……この事態もきっと打開できます」
「……なら、千尋。そっち側の運転手、願えるか? 財布パクられたとはいえ、俺みたいな逸れ者が無免許ならまだ話は分かるが、流石に英雄サマには無免許なんて似つかわしくねえだろ」
「それに関しては心配無用です。私……学園内講習会できっちり取得しているので。財布も無事だったので、とりあえずは」
「OK、それなら安心だ」
 ホテルを出た瞬間から、二つのアタッシュケースをバイクに変換、それぞれ別方向へ逃げることで監視の目を分散させる。この状況を打破するには、礼安たち主力組の手がどうしても必要であることに変わりは無いため、何とか動かなければならない。
「……悪いな、千尋。こんなごたごたに巻き込んじまって」
「――いいんだ。正直、アタシが教会なんぞに……一時でも関わり持ってたのが悪かったんだ」
「加賀美も……平気か?」
「だ、大丈夫です! 仮にも私だって……英雄学園の人間ですから」
 しかし、その心強い文言とは裏腹に、語気は弱かった。どこか、気負いしている様子を見受けた灰崎は、加賀美の肩を優しく掴み、伏目がちかつ弱気な彼女の目と合わせるように、この中で最も年長者であるからこその心ばかりの発破をかける。
「大丈夫だ、加賀美。正直、俺は少し前までお前と関わったことはねえ。だから深いことは言えねえが……合同演習会の時、どれほど努力していたかは……『画面』の向こう側で知っている。努力ってもんを忘れちまったような|位《けんりょく》だけのジジイ共は、たった少数で立ち向かうアンタらを嗤ったが……俺は違う。|前組長《オヤジ》を殺されたのもあって……本心はずっとアンタらと同じだったからよ」
 カルマに王漣を殺害されてから。ずっと「これでいいのか」と考えていたからこそ、清志郎に教会の好きにさせていたことを、場所を提供しているだけとはいえ、自分の罪を明かした。
 さらに、自分が目を瞑っていたことが『悪事』だと分かっていたからこそ、少しでも罪を償おうという殊勝な姿勢を見せていた。自分の心が真に許せなかったのもあるが、本当の理由は教会と言う巨悪に、大勢の裏切り者がいた影響で少数になりながらも、懸命に勝利に向かいあらゆる策を講じ立ち向かう、勇敢な|英雄《ヒーロー》の姿があったからこそであった。
 二十五歳で、そう言ったものに夢を見ることを、世間は「幼稚だ」「現実を見ろ」だなんて宣うかもしれない。しかし、真に|英雄的《ヒロイック》な精神を持つことに、遅いも早いもないのだ。世の闇に塗れ汚れていった結果、元々いたような『真っ当』な場所に戻ることを億劫だと考える、実に怠惰な存在こそ、難癖を付けたがる。
 こういった救いようのない輩は、一切関わりの無い外野から、傷つくことすらないような温室から、自分たちと異なる存在が羨ましくて憎たらしくて、敗北感からヤジを飛ばしているだけなのだ。
 灰崎は、画面の向こうで戦う英雄たちに、|現状《いま》に反逆する勇気を貰った。だからこそ、元極道だろうと、胸に英雄的思考を宿しながら行動するのだ。少しでも、逸れた道から元に戻れるように。
「――っ」
「俺は……まあ大丈夫だ。アンタら、英雄学園の生徒みたいな……優れたなにかが俺にある訳じゃあないが、|手前《テメェ》の身くらいは十分に守れる。あまり堅気の皆さんの前では出せねえが……|拳銃《チャカ》もアタッシュケースもある。堅気でありながら、懸命に生きる加賀美の凄さには……俺みたいなゴミは、敵わねえけどよ」
「そ、そんなことないです! でも……ありがとうございます、灰崎さん。お陰様で……勇気を貰いました。困難に立ち向かう――|強固《かた》い意志を」
 灰崎はよく分かっていない様子であったが、少しでも不安がる子供を勇気づけられたのなら何よりだ、と後方に二人の女子を下がらせ、先陣を切ろうとしていた。
 おそらく、あれだけの情報が流れ、あまつさえこのホテルの最上階に善吉がいるのならば……打つ手は一つ。|入り口《エントランス》付近に来るであろう灰崎たちを、洗脳した子供たちやならず者含めて袋叩きにする。外道の考えることは奇抜ではあるが、その分読みやすい。この状況における、『最悪』を常に思考しておけば、案外ワケは無いのだ。
「いいか、作戦はこうだ。――――」
 その場の二人に耳打ちで作戦を伝え、加賀美にアタッシュケースを構えさせる。灰崎も今か今かとその時を待ち……遂に昇降機のドアが――開いた。
 夜の明かり灯るホテルの入り口、その自動ドアだけではなくサイドのガラスすら馬鹿力で破り、灰崎たちに向け走り出す善吉の追手たち。子供だけではなく、真っ当な堅気だけではなく半グレの連中も何十名か混ざっている。
 全員が全員、善吉の催眠術により正気を失っているようで、涎を垂らし、目を血走らせ、獲物を追う獣のように、たった三人に走り出していたのだ。
 しかしこれは、灰崎にとっての『最悪』ではなかった。
 善吉がアタッシュケースを、瞬時に『香車』形態へ変形させたと思いきや、その後ろに乗せるは千尋。あと一人のアタッシュケース所持者である加賀美は、別の形態へアタッシュケースを変形させるのだ。しかも、瞬時に『二度も』。
「今だ加賀美、『飛べ』!!」
 最終的な変形先は、『銀将』。脚部強化装甲を付けた加賀美が、灰崎と千尋の乗る超高性能バイクの尻を、思い切り持ち上げた状態でその場を力一杯蹴り飛ばしたのだ。
 あまりの高次元的動作に、大理石の床は踏み込んだだけで思い切り砕け散り、無機質なコンクリートが覗くばかりであったが、効果は抜群であった。
 あの一瞬で、加賀美は二形態変化させたのだ。それは、『桂馬』→『銀将』の順である。
 灰崎は流浪の獣構成員と拳を交えた際に、『桂馬』にて重散弾銃を支えるサポートとして、強化腕部装甲を確認した。しかも、その装甲は他形態であっても出力は落ちるものの併用が可能なことも知っている。
 そうでないと、灰崎は今頃『歩兵』の連続爆裂によって、腕が圧し曲がっているだろう。
 さらに、そこに脚部強化装甲を併せる≪アンサンブル≫。『香車』の弱点は、後世の迂闊スピードは出るのだが、車体が重い影響でろくにジャンプアクションができないことにあった。
 普通、そんなことはまずしないためにマイナスにすらならないのだが、今回ばかりは別。
 大勢押し寄せる軍勢の完全後方に何とか着地し、そのままアクセル全開で発進。その際に、灰崎の後ろから千尋は離れ、すぐさま『銀将』形態から『香車』形態へ変更した加賀美の後ろへ。
「灰崎さん!! ご武運を!!」
 ヘルメットを着けている途中なため、全ては聞こえていないだろうが……無言でサムズアップを送る灰崎。
 不器用な灰崎を見送ると、手元のワンボタンでヘルメットを着用する加賀美と千尋の二人。追手を振り切るべく、灰崎と同様アクセルを全開に。
「――これから、私たちは……私の目覚めた場所である、LuLu arena TOKYO-BAYに戻ります」
「何で、そんな船橋の海岸沿いに……?」
 その千尋の問いに、黙ってしまう加賀美。咄嗟に「言えないなら別にいい」と助け舟を出そうとしたが、心はとうに決まっていた。
 あれだけ、灰崎に背中を押してもらって、今更|日和《ひよ》るだなんて……彼女の中に存在する『因子』が許せない上に、今の彼女自身も許せなかった。
「――恐らくですが、百喰さんは私を庇って死にました。だからせめて……あの場に残されているかもしれない置き土産を……取らなければならない。そんな気がするんです。私のためにも、この現状の打破のためにも……そして、私なんかを庇ってくれた、百喰さんのためにも」