昼になっても、つむぎは戻らなかった。同じく、朝飯を持ってくると言った宵も姿を見せず、緊張した時間が続く。
――早朝に見た遠方の煙、やはりあれが元凶なのだろう。
たまきも、狼煙という連絡手段があることは知っていた。この空気から察するに、良くない報せに決まっている。
子供ながら色々考えつつ、林の中で薪を拾う。
何か食事を作るから、火をくべるのに良さそうな木を拾ってきてくれと、澪に頼まれたのだ。
気を紛らわせたいのもあって、幼児たちを一緒に連れてきた。
六歳のよなげは、唯ひとりの男という気負いがあるのか、落ちている木ならなんでも拾う。年の近いあまねともえぎは、そのうち飽きて可愛らしい遊びに夢中になった。それを見てよなげが――さすがに本家のあまねへ手は出せず、そのぶん、妹のもえぎを「つとめをなせ」と言ってぶつ。
こら、乱暴はならぬとたまきが仲裁に入れば、よなげがやけに偉ぶって反抗的で、思わず投げ飛ばしてしまった。子供のうちは四歳の違いが圧倒的なうえ、自他ともに認めるおてんばだ。
「たまきなんか戈家の人間じゃないくせに!」
悔しまぎれによなげが涙目で叫ぶも、従兄うえ、そういうことをゆってはダメ、ごめんなさいして? あまねが、二歳上の少年を諭す。えてして女の子の方がませているものだが、或いは既に本家の自覚があるのか。
たまきも、大人げなさを自覚して「さ、みんなでお勤めを果たそうね」と、白々しい顔で結束を促した。
子供たちが薪拾いから戻ると、澪も火床の準備を終えていた。
澪は、慣れた手つきで藁束をほぐして鳥の巣のように丸め、火打石を打つ。閃光が走り、藁の奥に赤い芯が生まれた。ゆっくり息を吹きかけつつ、小枝をくべて火を育てる。さながら、魔術のようである。
子供たちは皆、興味深く見入った。
その時である。
「おい拝殿の中へ戻れ!」
武装した二人の足軽が、ぬっと石段の下から姿を現すや、物凄い剣幕で怒鳴った。
たまきは訝しんだが、圧に押されて皆で拝殿へ入るほかなかった。
せっかくおこした火が、ふいになってしまった。
「どうやら私らは人質にされたようだねえ」
澪が、たまきにしゃがむよう促すと、耳元へ顔を寄せ、しわがれた声で囁いた。
「は?」
あいつら、裏切ったんですか。国を守る、女を守る、子を守る。それを笠に着て、傍若無人に振る舞っておいて、なくないですか。
たまきは憤懣やるかたない。
「つむぎさまは、ご無事なんでしょうか。ひどいことされてない?」
「安心せい、宵たちもついておる。とはいえ、おひいさまは忠義の心を諭しに行ったと思うが……察せ」
言われてたまきは、相手の目を見られず、下を向きながら、杓子定規な理屈を棒読みで訥々と述べる、赤い目をした能面を思い起こした。
なるほど、これに忠義を啓発される人間がいるとしたら、よほどの好事家だろう。
たまきは、つむぎを止めなかった己の不明を恥じた。
「……まあ、いろいろご不自由な方ではあるのだが、厚い殻に包まれた、あの方の中には」
澪は、両手で胸を抑えた。
――暖かいものしか入っていない。
お婆さん渾身のドヤりだったが、余裕のない若輩は聞いていないのが常で、何か脱出する方法はないかと狼狽えていた。やれやれ。
やがて日が西に傾くと、極度の緊張と空腹に耐えかね、三人の幼児が泣き始めた。
つむぎの兵糧丸も既にない。
幼子たちは、おばうえはどこじゃ、と赤い目をした誰かを大声で呼び始める。たまきも一緒になって喚きたかったが、立場上そうもいかぬ。必死にあやし、澪にも助け船を求めるが、こっくりこっくり、隅で夢の船を漕いでいた。この期に及んで、どこへ行くつもりなのか。
まったく、大人どもは頼りにならぬ。
「――ここに石伏の家の者がいると聞いたが!」
うるさいと怒鳴られると思いきや、さにあらず。
拝殿の外から響いてきた野太い声に、たまきは怪訝な表情を浮かべる。
おそるおそる、御扉を開けた。
「はい、私が、孫のたまきです。伏は、祖父ですが……」
「オオ、姫様おひさしゅう。お迎えにあがりましたぞ」
野太い声の武士は、髭面を緩ませた。
顔に見覚えはなかったが、普段は奥向にいるわけだから、それも道理といえようか。
「お迎えって、義父上がおいでなのですか?」
家の者だと分かると、たまきは呼称を言い直す。血縁的には祖父だが、実父が戦死し、祖父の養子になっているのだった。戈家への人質なのだから、孫娘では価値が下がる。怒られてしまう。
武士は黙って頷き、ついてこいとばかりに踵を返した。
拝殿を見張る二人の足軽にも、既に話がついているのか、何やら見て見ぬふりだ。
表裏比興は戦国の常。
特に石家のような辺境の六合衆は、常に強い方へ味方して生き残ってきた。
それでも、後ろ髪をひかれないかと言えば、嘘になる。特に、あまねとは主従の関係ではあるが、妹のようにも思っている――が、昼によなげから言われた悪口が、脳裏をよぎる。
そう、私は別に戈家の人間ではない。
「……ごめんね」
小さく呟いて、幼子たちの泣き声を背中に聞きながら、髭面の武士の歩く跡についていった。