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環(3)

ー/ー



 昼になっても、つむぎは戻らなかった。同じく、朝飯を持ってくると言った(しょう)も姿を見せず、緊張した時間が続く。
――早朝に見た遠方の煙、やはりあれが元凶なのだろう。
 たまきも、狼煙(のろし)という連絡手段があることは知っていた。この空気から察するに、良くない報せに決まっている。
 子供ながら色々考えつつ、林の中で(まき)を拾う。
 何か食事を作るから、火をくべるのに良さそうな木を拾ってきてくれと、(みを)に頼まれたのだ。
 気を紛らわせたいのもあって、幼児たちを一緒に連れてきた。
 六歳のよなげは、(ただ)ひとりの男という気負いがあるのか、落ちている木ならなんでも拾う。年の近いあまねともえぎは、そのうち飽きて可愛らしい遊びに夢中になった。それを見てよなげが――さすがに本家のあまねへ手は出せず、そのぶん、妹のもえぎを「つとめをなせ」と言ってぶつ。
 こら、乱暴はならぬとたまきが仲裁に入れば、よなげがやけに偉ぶって反抗的で、思わず投げ飛ばしてしまった。子供のうちは四歳の違いが圧倒的なうえ、自他ともに認めるおてんばだ。
「たまきなんか()家の人間じゃないくせに!」
 悔しまぎれによなげが涙目で叫ぶも、従兄(あに)うえ、そういうことをゆってはダメ、ごめんなさいして? あまねが、二歳上の少年を(さと)す。えてして女の子の方がませているものだが、或いは既に本家の自覚があるのか。
 たまきも、大人げなさを自覚して「さ、みんなでお勤めを果たそうね」と、白々しい顔で結束を促した。

 子供たちが(まき)拾いから戻ると、澪も火床(ひどこ)の準備を終えていた。
 澪は、慣れた手つきで藁束(わらたば)をほぐして鳥の巣のように丸め、火打石を打つ。閃光が走り、藁の奥に赤い芯が生まれた。ゆっくり息を吹きかけつつ、小枝をくべて火を育てる。さながら、魔術のようである。
 子供たちは皆、興味深く見入った。
 その時である。
「おい拝殿の中へ戻れ!」
 武装した二人の足軽が、ぬっと石段の下から姿を現すや、物凄い剣幕で怒鳴った。
 たまきは(いぶか)しんだが、圧に押されて皆で拝殿へ入るほかなかった。
 せっかくおこした火が、ふいになってしまった。

「どうやら私らは人質にされたようだねえ」
 (みを)が、たまきにしゃがむよう促すと、耳元へ顔を寄せ、しわがれた声で(ささや)いた。
「は?」
 あいつら、裏切ったんですか。国を守る、女を守る、子を守る。それを笠に着て、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に振る舞っておいて、なくないですか。
 たまきは憤懣(ふんまん)やるかたない。
「つむぎさまは、ご無事なんでしょうか。ひどいことされてない?」
「安心せい、(しょう)たちもついておる。とはいえ、おひいさまは忠義の心を諭しに行ったと思うが……察せ」
 言われてたまきは、相手の目を見られず、下を向きながら、杓子(しゃくし)定規な理屈を棒読みで訥々(とつとつ)と述べる、赤い目をした能面を思い起こした。
 なるほど、これに忠義を啓発される人間がいるとしたら、よほどの好事家(こうずか)だろう。
 たまきは、つむぎを止めなかった己の不明を恥じた。
「……まあ、いろいろご不自由な方ではあるのだが、厚い殻に包まれた、あの方の中には」
 澪は、両手で胸を抑えた。
――暖かいものしか入っていない。
 お婆さん渾身(こんしん)のドヤりだったが、余裕のない若輩(じゃくはい)は聞いていないのが常で、何か脱出する方法はないかと狼狽(うろた)えていた。やれやれ。

 やがて日が西に傾くと、極度の緊張と空腹に耐えかね、三人の幼児が泣き始めた。
 つむぎの兵糧丸(ひょうろうがん)も既にない。
 幼子たちは、おばうえはどこじゃ、と赤い目をした誰かを大声で呼び始める。たまきも一緒になって(わめ)きたかったが、立場上そうもいかぬ。必死にあやし、澪にも助け船を求めるが、こっくりこっくり、(くろ)で夢の船を漕いでいた。この期に及んで、どこへ行くつもりなのか。
 まったく、大人どもは頼りにならぬ。
「――ここに石伏(せきふく)の家の者がいると聞いたが!」
 うるさいと怒鳴られると思いきや、さにあらず。
 拝殿の外から響いてきた野太い声に、たまきは怪訝(けげん)な表情を浮かべる。
 おそるおそる、御扉(みとびら)を開けた。
「はい、私が、孫のたまきです。伏は、祖父ですが……」
「オオ、姫様おひさしゅう。お迎えにあがりましたぞ」
 野太い声の武士は、髭面(ひげづら)を緩ませた。
 顔に見覚えはなかったが、普段は奥向(おくむき)にいるわけだから、それも道理といえようか。
「お迎えって、義父上(ちちうえ)がおいでなのですか?」
 家の者だと分かると、たまきは呼称を言い直す。血縁的には祖父だが、実父が戦死し、祖父の養子になっているのだった。()家への人質なのだから、孫娘では価値が下がる。怒られてしまう。
 武士は黙って頷き、ついてこいとばかりに(きびす)を返した。
 拝殿を見張る二人の足軽にも、既に話がついているのか、何やら見て見ぬふりだ。
 表裏比興(ひょうりひきょう)は戦国の常。
 特に石家のような辺境の六合衆(くにしゅう)は、常に強い方へ味方して生き残ってきた。
 それでも、後ろ髪をひかれないかと言えば、嘘になる。特に、あまねとは主従の関係ではあるが、妹のようにも思っている――が、昼によなげから言われた悪口が、脳裏をよぎる。
 そう、私は別に戈家の人間ではない。
「……ごめんね」
 小さく呟いて、幼子たちの泣き声を背中に聞きながら、髭面の武士の歩く跡についていった。


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 昼になっても、つむぎは戻らなかった。同じく、朝飯を持ってくると言った|宵《しょう》も姿を見せず、緊張した時間が続く。
――早朝に見た遠方の煙、やはりあれが元凶なのだろう。
 たまきも、|狼煙《のろし》という連絡手段があることは知っていた。この空気から察するに、良くない報せに決まっている。
 子供ながら色々考えつつ、林の中で|薪《まき》を拾う。
 何か食事を作るから、火をくべるのに良さそうな木を拾ってきてくれと、|澪《みを》に頼まれたのだ。
 気を紛らわせたいのもあって、幼児たちを一緒に連れてきた。
 六歳のよなげは、|唯《ただ》ひとりの男という気負いがあるのか、落ちている木ならなんでも拾う。年の近いあまねともえぎは、そのうち飽きて可愛らしい遊びに夢中になった。それを見てよなげが――さすがに本家のあまねへ手は出せず、そのぶん、妹のもえぎを「つとめをなせ」と言ってぶつ。
 こら、乱暴はならぬとたまきが仲裁に入れば、よなげがやけに偉ぶって反抗的で、思わず投げ飛ばしてしまった。子供のうちは四歳の違いが圧倒的なうえ、自他ともに認めるおてんばだ。
「たまきなんか|戈《か》家の人間じゃないくせに!」
 悔しまぎれによなげが涙目で叫ぶも、|従兄《あに》うえ、そういうことをゆってはダメ、ごめんなさいして? あまねが、二歳上の少年を|諭《さと》す。えてして女の子の方がませているものだが、或いは既に本家の自覚があるのか。
 たまきも、大人げなさを自覚して「さ、みんなでお勤めを果たそうね」と、白々しい顔で結束を促した。
 子供たちが|薪《まき》拾いから戻ると、澪も|火床《ひどこ》の準備を終えていた。
 澪は、慣れた手つきで|藁束《わらたば》をほぐして鳥の巣のように丸め、火打石を打つ。閃光が走り、藁の奥に赤い芯が生まれた。ゆっくり息を吹きかけつつ、小枝をくべて火を育てる。さながら、魔術のようである。
 子供たちは皆、興味深く見入った。
 その時である。
「おい拝殿の中へ戻れ!」
 武装した二人の足軽が、ぬっと石段の下から姿を現すや、物凄い剣幕で怒鳴った。
 たまきは|訝《いぶか》しんだが、圧に押されて皆で拝殿へ入るほかなかった。
 せっかくおこした火が、ふいになってしまった。
「どうやら私らは人質にされたようだねえ」
 |澪《みを》が、たまきにしゃがむよう促すと、耳元へ顔を寄せ、しわがれた声で|囁《ささや》いた。
「は?」
 あいつら、裏切ったんですか。国を守る、女を守る、子を守る。それを笠に着て、|傍若無人《ぼうじゃくぶじん》に振る舞っておいて、なくないですか。
 たまきは|憤懣《ふんまん》やるかたない。
「つむぎさまは、ご無事なんでしょうか。ひどいことされてない?」
「安心せい、|宵《しょう》たちもついておる。とはいえ、おひいさまは忠義の心を諭しに行ったと思うが……察せ」
 言われてたまきは、相手の目を見られず、下を向きながら、|杓子《しゃくし》定規な理屈を棒読みで|訥々《とつとつ》と述べる、赤い目をした能面を思い起こした。
 なるほど、これに忠義を啓発される人間がいるとしたら、よほどの|好事家《こうずか》だろう。
 たまきは、つむぎを止めなかった己の不明を恥じた。
「……まあ、いろいろご不自由な方ではあるのだが、厚い殻に包まれた、あの方の中には」
 澪は、両手で胸を抑えた。
――暖かいものしか入っていない。
 お婆さん渾身《こんしん》のドヤりだったが、余裕のない|若輩《じゃくはい》は聞いていないのが常で、何か脱出する方法はないかと|狼狽《うろた》えていた。やれやれ。
 やがて日が西に傾くと、極度の緊張と空腹に耐えかね、三人の幼児が泣き始めた。
 つむぎの|兵糧丸《ひょうろうがん》も既にない。
 幼子たちは、おばうえはどこじゃ、と赤い目をした誰かを大声で呼び始める。たまきも一緒になって|喚《わめ》きたかったが、立場上そうもいかぬ。必死にあやし、澪にも助け船を求めるが、こっくりこっくり、|隅《くろ》で夢の船を漕いでいた。この期に及んで、どこへ行くつもりなのか。
 まったく、大人どもは頼りにならぬ。
「――ここに|石伏《せきふく》の家の者がいると聞いたが!」
 うるさいと怒鳴られると思いきや、さにあらず。
 拝殿の外から響いてきた野太い声に、たまきは|怪訝《けげん》な表情を浮かべる。
 おそるおそる、|御扉《みとびら》を開けた。
「はい、私が、孫のたまきです。伏は、祖父ですが……」
「オオ、姫様おひさしゅう。お迎えにあがりましたぞ」
 野太い声の武士は、|髭面《ひげづら》を緩ませた。
 顔に見覚えはなかったが、普段は|奥向《おくむき》にいるわけだから、それも道理といえようか。
「お迎えって、|義父上《ちちうえ》がおいでなのですか?」
 家の者だと分かると、たまきは呼称を言い直す。血縁的には祖父だが、実父が戦死し、祖父の養子になっているのだった。|戈《か》家への人質なのだから、孫娘では価値が下がる。怒られてしまう。
 武士は黙って頷き、ついてこいとばかりに|踵《きびす》を返した。
 拝殿を見張る二人の足軽にも、既に話がついているのか、何やら見て見ぬふりだ。
 |表裏比興《ひょうりひきょう》は戦国の常。
 特に石家のような辺境の|六合衆《くにしゅう》は、常に強い方へ味方して生き残ってきた。
 それでも、後ろ髪をひかれないかと言えば、嘘になる。特に、あまねとは主従の関係ではあるが、妹のようにも思っている――が、昼によなげから言われた悪口が、脳裏をよぎる。
 そう、私は別に戈家の人間ではない。
「……ごめんね」
 小さく呟いて、幼子たちの泣き声を背中に聞きながら、髭面の武士の歩く跡についていった。