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第4章~第14話 ダニング・クルーガー効果⑦~

ー/ー



 その後、ネコ先輩は、宇佐美先生に対して、『インポスター効果』についてのレクチャーを行うことになったようだ。
 
 先輩によると、この聞き慣れない言葉は、個人が自身の能力や成功を正当に評価できず、自分自身を「詐欺師(インポスター)」のように感じることだそうだ。高い能力を持ち、成功を収めている人が、自分の成功を運や偶然によるものだと考え、無能であると信じ込む傾向があることを指すという。

 もう、今日の本題は終わったのかと思って、ネコ先輩の言葉を聞くともなしに聞いていた私の耳に入ってきたのは、こんな内容だった。

 この現象が単なる自信の欠如や謙遜とは異なる点は重要だという。高い能力を持ち、成功を収めているにもかかわらず、自己評価と他者からの評価の間に乖離がある。

 研究によると、インポスター現象は様々な職種や年齢層で観察されるが、特に高学歴者や専門職、リーダーシップの立場にある人々に多く見られる。また、女性や少数民族など、社会的にマイノリティとされる集団において顕著にあらわれるという。

 そして、ネコ先輩は、最後に、こう結んでいた。
 
 インポスター現象を理解し、適切に対処することは、個人の成長と組織の発展にとって重要で、自己認識を改善し、客観的な成功と主観的な自己評価のギャップを埋めることができる。そして、その個人はより自信を持って能力を発揮し、キャリアを前進させることができるだろう、と。

 ホワイトボードを使って、自分のクラスの担任に講義を行う先輩の姿を眺めながら、私は、

(なんだか、以前(まえ)にも聞いたことがあるような内容だな……蛙化現象のときにも、こんなことを話してなかったっけ―――?)
 
と、過去の思い出に浸る。

 自己評価の低さが、身近な人と関係性や自分のスキルやキャリアに影響を与えるのだとすれば、やはり、それは克服するべきものなのだろうか……?

 ネコ先輩が、スキル開発やキャリア形成などの内容について語っていたからか、私の思考もついつい、お固いものになってしまう。そんな私の表情を観察していたのか、ともに先輩の講義を流し聞きしていたはずの親友が不意に私にたずねる。

「ところで、音寿子(ねずこ)。さっきの話の続きだけどさ……」

 意識を他に向けていたため、急に声をかけられた私は、焦りながら問い返す。

「えっ!? なに、さっきの話って?」

「なにって、犬太(けんた)くんのことだよ。やっぱり、音寿子(ねずこ)も気になってるんじゃん、彼のこと」

「べ、別に気にしてないし……ただ、ちょっと、佳衣子たちテスト成績上位の中に入ってきてたから、ケンタの筆記試験の成績が、最下位じゃなければいいな……って思ってただけ」

「ふ〜ん、そんなこと言ってて大丈夫なの? 犬太くんさ、3年の先輩たちが引退してから、野球部でレギュラーを獲りそうだし、成績も上がってるしで、1年の女子からの注目度が、めちゃ上がってるんだよね。この前も、隣のクラスの女子が、『今度、勉強を教えてって、言いに行こうかな?』なんて話してたよ」

 ニヤニヤと笑いそうになるのをこらえながら、佳衣子は、そんなことを聞いてくる。

「へ、へぇ〜。そうなんだ。他の子から『勉強を教えてって』言われるなんて、ケンタもずいぶんと成長したんだね〜。幼なじみとしても、ちょっと、誇らしいかも」

「ほお〜、あくまでも無関係を装いますか? まあ、どんな結果になっても音寿子が気にしないなら、別に良いけどね……」

 そんな風に第二理科室の片隅で、コソコソと話し込んでいると、年上の女性二人が、会話に加わってきた。

「あら、ここでも恋バナ? 生徒の人間関係に立ち入るつもりは無いけど、男子と総理大臣の座は、取れるときに取っておかないとダメよ。それじゃ、私は資料をまとめるから、もう行くわね」

 さっきまで、年下の彼氏との関係改善について、真剣にアドバイスを求めていた女性教師は、無責任なことを言って去って行く。一方のネコ先輩は、不思議な生き物を見るような目でたずねてくる。

「幼なじみの男子に告白までされているのに、それを断るとは……いったい、どんな風に育ったら、そんな贅沢な選択ができるんだい?」

「そんな風に未知の生物の生態を観察するような目で見るのは止めてください! 私とケンタは、日辻先輩とネコ先輩のような関係じゃないんですよ!」

 そう言って、反論すると、ネコ先輩は、やれやれ……といった感じで肩をすくめつつも釘をさすように持論を語る。

「ただ、本当にただの幼なじみから関係を変えるつもりがないのだとしても、そろそろ、戌井くんの気持ちを解放してあげてはどうだい?」

 上級生の言葉に、親友の佳衣子は、うんうん、と大きくうなずく。
 二人の反応に、私は、「ハァ……」と、ため息をつきながら反論する。
 
「そう言うネコ先輩は、日辻先輩から、『自分たちの関係性をハッキリさせよう』と言われたら、受け入れるんですか?」

「ワ、ワタシのことは関係ないだろう! 恋とは想いを秘めて忍ぶものだ……」

 いや、ネコ先輩の恋愛感情は、ダダ漏れなんですけど……。

 そんなことを感じつつ、先輩たちの言葉に影響されたわけでもないけれど、私は、
 
(そろそろ、ケンタに対する自分の気持ちに向き合わないといけないか…)

と自分自身でも感じ始めていた。


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 その後、ネコ先輩は、宇佐美先生に対して、『インポスター効果』についてのレクチャーを行うことになったようだ。 
 先輩によると、この聞き慣れない言葉は、個人が自身の能力や成功を正当に評価できず、自分自身を「詐欺師(インポスター)」のように感じることだそうだ。高い能力を持ち、成功を収めている人が、自分の成功を運や偶然によるものだと考え、無能であると信じ込む傾向があることを指すという。
 もう、今日の本題は終わったのかと思って、ネコ先輩の言葉を聞くともなしに聞いていた私の耳に入ってきたのは、こんな内容だった。
 この現象が単なる自信の欠如や謙遜とは異なる点は重要だという。高い能力を持ち、成功を収めているにもかかわらず、自己評価と他者からの評価の間に乖離がある。
 研究によると、インポスター現象は様々な職種や年齢層で観察されるが、特に高学歴者や専門職、リーダーシップの立場にある人々に多く見られる。また、女性や少数民族など、社会的にマイノリティとされる集団において顕著にあらわれるという。
 そして、ネコ先輩は、最後に、こう結んでいた。
 インポスター現象を理解し、適切に対処することは、個人の成長と組織の発展にとって重要で、自己認識を改善し、客観的な成功と主観的な自己評価のギャップを埋めることができる。そして、その個人はより自信を持って能力を発揮し、キャリアを前進させることができるだろう、と。
 ホワイトボードを使って、自分のクラスの担任に講義を行う先輩の姿を眺めながら、私は、
(なんだか、|以前《まえ》にも聞いたことがあるような内容だな……蛙化現象のときにも、こんなことを話してなかったっけ―――?)
と、過去の思い出に浸る。
 自己評価の低さが、身近な人と関係性や自分のスキルやキャリアに影響を与えるのだとすれば、やはり、それは克服するべきものなのだろうか……?
 ネコ先輩が、スキル開発やキャリア形成などの内容について語っていたからか、私の思考もついつい、お固いものになってしまう。そんな私の表情を観察していたのか、ともに先輩の講義を流し聞きしていたはずの親友が不意に私にたずねる。
「ところで、|音寿子《ねずこ》。さっきの話の続きだけどさ……」
 意識を他に向けていたため、急に声をかけられた私は、焦りながら問い返す。
「えっ!? なに、さっきの話って?」
「なにって、|犬太《けんた》くんのことだよ。やっぱり、|音寿子《ねずこ》も気になってるんじゃん、彼のこと」
「べ、別に気にしてないし……ただ、ちょっと、佳衣子たちテスト成績上位の中に入ってきてたから、ケンタの筆記試験の成績が、最下位じゃなければいいな……って思ってただけ」
「ふ〜ん、そんなこと言ってて大丈夫なの? 犬太くんさ、3年の先輩たちが引退してから、野球部でレギュラーを獲りそうだし、成績も上がってるしで、1年の女子からの注目度が、めちゃ上がってるんだよね。この前も、隣のクラスの女子が、『今度、勉強を教えてって、言いに行こうかな?』なんて話してたよ」
 ニヤニヤと笑いそうになるのをこらえながら、佳衣子は、そんなことを聞いてくる。
「へ、へぇ〜。そうなんだ。他の子から『勉強を教えてって』言われるなんて、ケンタもずいぶんと成長したんだね〜。幼なじみとしても、ちょっと、誇らしいかも」
「ほお〜、あくまでも無関係を装いますか? まあ、どんな結果になっても音寿子が気にしないなら、別に良いけどね……」
 そんな風に第二理科室の片隅で、コソコソと話し込んでいると、年上の女性二人が、会話に加わってきた。
「あら、ここでも恋バナ? 生徒の人間関係に立ち入るつもりは無いけど、男子と総理大臣の座は、取れるときに取っておかないとダメよ。それじゃ、私は資料をまとめるから、もう行くわね」
 さっきまで、年下の彼氏との関係改善について、真剣にアドバイスを求めていた女性教師は、無責任なことを言って去って行く。一方のネコ先輩は、不思議な生き物を見るような目でたずねてくる。
「幼なじみの男子に告白までされているのに、それを断るとは……いったい、どんな風に育ったら、そんな贅沢な選択ができるんだい?」
「そんな風に未知の生物の生態を観察するような目で見るのは止めてください! 私とケンタは、日辻先輩とネコ先輩のような関係じゃないんですよ!」
 そう言って、反論すると、ネコ先輩は、やれやれ……といった感じで肩をすくめつつも釘をさすように持論を語る。
「ただ、本当にただの幼なじみから関係を変えるつもりがないのだとしても、そろそろ、戌井くんの気持ちを解放してあげてはどうだい?」
 上級生の言葉に、親友の佳衣子は、うんうん、と大きくうなずく。
 二人の反応に、私は、「ハァ……」と、ため息をつきながら反論する。
「そう言うネコ先輩は、日辻先輩から、『自分たちの関係性をハッキリさせよう』と言われたら、受け入れるんですか?」
「ワ、ワタシのことは関係ないだろう! 恋とは想いを秘めて忍ぶものだ……」
 いや、ネコ先輩の恋愛感情は、ダダ漏れなんですけど……。
 そんなことを感じつつ、先輩たちの言葉に影響されたわけでもないけれど、私は、
(そろそろ、ケンタに対する自分の気持ちに向き合わないといけないか…)
と自分自身でも感じ始めていた。