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第4章~第12話 ダニング・クルーガー効果⑤~

ー/ー



 実際の大学入試共通テストの理科や社会の一科目選択時の試験時間と同じく60分の制限時間で行われたテストが終わると、監督役の私は、続けて、被験者の生徒たちにアンケート用紙を配布する。

 アンケートの質問内容は、以下の2つだった。

 質問1:あなたは、このテストを受けた他の参加者と比べて、どのくらいの成績だったと思いますか? 1学年あたり15人中の順位で答えてください。

 回答: ◯◯番目/15人中

 質問1は、相対的自己評価(ピア比較)を問うもので、自身の能力を他者と比較して評価させるものだそうだ。
被験者の実際のテスト結果と自己評価の順位(本当はパーセンタイルという統計学で用いる単位で回答する)を比較することで、自己評価のずれ(過大評価や過小評価)が明らかになるという。 

 質問2:あなたは、このテストで出された全20問のうち、何問に正解したと思いますか? 正解したと思う問題数を答えてください。

 回答: ◯◯問/20問中

 質問2は、実際の正答数と自己採点(認識)の正答数を比較するために用いられる。
 
 この実験で重要なのは、いつものように、筆記試験そのものではなく、最後に行ったアンケートの回答結果だ。

 デビッド・ダニングとジャスティン・クルーガーが行ったテストでは、筆記試験の点数の低い参加者が、質問1で平均を大きく上回る順位であると自己評価し、質問2でも自身のパフォーマンスを過大評価する傾向が示されたという。

 実験終了後―――。

 國際高校が導入したばかりの自動採点システムに掛けられた回答は、45人分の解答用紙が20分程度で採点終了し、採点結果が表計算ソフトに出力された。

 3学年それぞれのデータをまとめ、筆記試験の実際の点数とアンケートの回答から得られた自己認識の順位および自己採点のアンケート結果と一緒にグラフ化して、そのデータをネコ先輩、宇佐美先生、佳衣子の三人で一緒に確認する。

 すると、一部の例外をのぞいて、3学年ともに、筆記試験の成績下位者は、実際の順位や正答数よりも自身を高く評価し、筆記試験の成績上位者は、実際の順位や正答数よりも少しだけ自身を過小評価している傾向があることがわかった。

「ふむ……我が校の成績上位者は、アイビーリーグの名門校と同様の自己認識を持っているらしい」

 ネコ先輩は、グラフを眺めながら、クスリと笑みを浮かべている。

 一方、全体の結果やアンケートの回答内容よりも、ケンタの筆記試験の成績が気になっていた私は、幼なじみの試験成績が、1年生の中で10番目だったことにホッとしていた。

(ケンタの得点が、ダントツの最下位だったらどうしよう、と思っていたけど……本当に良かった……)

 どうやら、私は、幼なじみの男子生徒のことを過小評価していたようだ。
 そんな私の個人的な想いをよそに、グラフが表示されたディスプレイから目を離して宣言する。

「さて、必要なデータはすべて出揃ったようだ」

「えっ? たったこれだけのことで良いの? もっと、多くのサンプルを集めたり、今回、筆記試験を受けた生徒たちの成績が、このあと、どんな風に変化するとか調査しないの?」

 私やネコ先輩と一緒に第二理科準備室に待機していた宇佐美先生が意外そうにたずねた。

「たったこれだけもなにも、実際にダニングとクルーガーが行った実験は、これだけなのですから、もう十分でしょう?」

「そうなんですか?」

 佳衣子が先生と同じように疑問を呈すると、ネコ先輩は、ニヤリと笑って、宇佐美先生の表情を見すえながら、返答する。

「先生は、どうやら、この俗説の問題点に気づいたようですね?」

 そう言って、先輩は手元のPCを操作して、ダニング・クルーガー効果の曲線と呼ばれるグラフを表示させた。

 以前も目にしたように、このグラフは、左から順に急角度の山と緩やかな坂道のような曲線を描いている。

 その象徴的な箇所には、それぞれ、

 ・少しの知恵を得て自信に満ちている「馬鹿の山」
 ・知恵の深さに気づいて絶望している「絶望の谷」
 ・成長を感じて自信を持ち始めている「啓蒙の坂」
 ・成熟して正確な自己認識を行える「継続の大地」

 という名前が付けられていた。

「これって、人の能力の成長段階や、その時々の心情をあらわしているんでしょうけど……たった一回のテストだけじゃ、その人の能力が、どんな風に成長するのか、あるいは成長してきたのか、なんてわかりませんよね?」

 グラフを見て、私が感じたことを率直につぶやくと、ネコ先輩は、満足したようにうなずく。

「ようやく気づいたようだね。そのとおりだよ、ネズコくん。キミが感じたとおり、一般的に、ダニング・クルーガー効果の一例として紹介される、このグラフは、ダニングとクルーガーが行った実験の実態をあらわしたものではないんだ」

「「「な、なんだって〜〜〜!」」」

 平成初期の頃に、コミックが大ヒットしたというミステリー研究班のメンバーのように、私と先生と佳衣子の三人は声を揃える。

「そ、それじゃあ、実際にダニングさんとクルーガーさんが行った実験では、どんな結果が出たんですか?」

 気になった私が質問を重ねると、ネコ先輩は、ふたたび、ニヤッと笑って、英文で書かれた論文を提示した。

「見たまえ、これが、実際のダニング・クルーガー効果の論文に掲載されているグラフだ」

「「「あっ!」」」

 またもや、声を揃えた私たち三人の目に入ってきたのは、國際高校で、さっきまで行われていた筆記試験とアンケートの回答をグラフ化したデータと、そっくりな折れ線を描くグラフだった。


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 実際の大学入試共通テストの理科や社会の一科目選択時の試験時間と同じく60分の制限時間で行われたテストが終わると、監督役の私は、続けて、被験者の生徒たちにアンケート用紙を配布する。
 アンケートの質問内容は、以下の2つだった。
 質問1:あなたは、このテストを受けた他の参加者と比べて、どのくらいの成績だったと思いますか? 1学年あたり15人中の順位で答えてください。
 回答: ◯◯番目/15人中
 質問1は、相対的自己評価(ピア比較)を問うもので、自身の能力を他者と比較して評価させるものだそうだ。
被験者の実際のテスト結果と自己評価の順位(本当はパーセンタイルという統計学で用いる単位で回答する)を比較することで、自己評価のずれ(過大評価や過小評価)が明らかになるという。 
 質問2:あなたは、このテストで出された全20問のうち、何問に正解したと思いますか? 正解したと思う問題数を答えてください。
 回答: ◯◯問/20問中
 質問2は、実際の正答数と自己採点(認識)の正答数を比較するために用いられる。
 この実験で重要なのは、いつものように、筆記試験そのものではなく、最後に行ったアンケートの回答結果だ。
 デビッド・ダニングとジャスティン・クルーガーが行ったテストでは、筆記試験の点数の低い参加者が、質問1で平均を大きく上回る順位であると自己評価し、質問2でも自身のパフォーマンスを過大評価する傾向が示されたという。
 実験終了後―――。
 國際高校が導入したばかりの自動採点システムに掛けられた回答は、45人分の解答用紙が20分程度で採点終了し、採点結果が表計算ソフトに出力された。
 3学年それぞれのデータをまとめ、筆記試験の実際の点数とアンケートの回答から得られた自己認識の順位および自己採点のアンケート結果と一緒にグラフ化して、そのデータをネコ先輩、宇佐美先生、佳衣子の三人で一緒に確認する。
 すると、一部の例外をのぞいて、3学年ともに、筆記試験の成績下位者は、実際の順位や正答数よりも自身を高く評価し、筆記試験の成績上位者は、実際の順位や正答数よりも少しだけ自身を過小評価している傾向があることがわかった。
「ふむ……我が校の成績上位者は、アイビーリーグの名門校と同様の自己認識を持っているらしい」
 ネコ先輩は、グラフを眺めながら、クスリと笑みを浮かべている。
 一方、全体の結果やアンケートの回答内容よりも、ケンタの筆記試験の成績が気になっていた私は、幼なじみの試験成績が、1年生の中で10番目だったことにホッとしていた。
(ケンタの得点が、ダントツの最下位だったらどうしよう、と思っていたけど……本当に良かった……)
 どうやら、私は、幼なじみの男子生徒のことを過小評価していたようだ。
 そんな私の個人的な想いをよそに、グラフが表示されたディスプレイから目を離して宣言する。
「さて、必要なデータはすべて出揃ったようだ」
「えっ? たったこれだけのことで良いの? もっと、多くのサンプルを集めたり、今回、筆記試験を受けた生徒たちの成績が、このあと、どんな風に変化するとか調査しないの?」
 私やネコ先輩と一緒に第二理科準備室に待機していた宇佐美先生が意外そうにたずねた。
「たったこれだけもなにも、実際にダニングとクルーガーが行った実験は、これだけなのですから、もう十分でしょう?」
「そうなんですか?」
 佳衣子が先生と同じように疑問を呈すると、ネコ先輩は、ニヤリと笑って、宇佐美先生の表情を見すえながら、返答する。
「先生は、どうやら、この俗説の問題点に気づいたようですね?」
 そう言って、先輩は手元のPCを操作して、ダニング・クルーガー効果の曲線と呼ばれるグラフを表示させた。
 以前も目にしたように、このグラフは、左から順に急角度の山と緩やかな坂道のような曲線を描いている。
 その象徴的な箇所には、それぞれ、
 ・少しの知恵を得て自信に満ちている「馬鹿の山」
 ・知恵の深さに気づいて絶望している「絶望の谷」
 ・成長を感じて自信を持ち始めている「啓蒙の坂」
 ・成熟して正確な自己認識を行える「継続の大地」
 という名前が付けられていた。
「これって、人の能力の成長段階や、その時々の心情をあらわしているんでしょうけど……たった一回のテストだけじゃ、その人の能力が、どんな風に成長するのか、あるいは成長してきたのか、なんてわかりませんよね?」
 グラフを見て、私が感じたことを率直につぶやくと、ネコ先輩は、満足したようにうなずく。
「ようやく気づいたようだね。そのとおりだよ、ネズコくん。キミが感じたとおり、一般的に、ダニング・クルーガー効果の一例として紹介される、このグラフは、ダニングとクルーガーが行った実験の実態をあらわしたものではないんだ」
「「「な、なんだって〜〜〜!」」」
 平成初期の頃に、コミックが大ヒットしたというミステリー研究班のメンバーのように、私と先生と佳衣子の三人は声を揃える。
「そ、それじゃあ、実際にダニングさんとクルーガーさんが行った実験では、どんな結果が出たんですか?」
 気になった私が質問を重ねると、ネコ先輩は、ふたたび、ニヤッと笑って、英文で書かれた論文を提示した。
「見たまえ、これが、実際のダニング・クルーガー効果の論文に掲載されているグラフだ」
「「「あっ!」」」
 またもや、声を揃えた私たち三人の目に入ってきたのは、國際高校で、さっきまで行われていた筆記試験とアンケートの回答をグラフ化したデータと、そっくりな折れ線を描くグラフだった。