宇佐美先生が、生物心理学研究会に持ち込んできた日から数日後―――。
ネコ先輩たちが所属する2年1組の教室には、1年から3年の生徒、合計45名の被験者が集まっていた。
2年生の担任である宇佐美先生が他学年の先生たちにも協力を呼びかけたためなのだろうか、今回の実験には、各学年の成績上位者20名のうちから、都合のつく生徒各15名ずつが参加してくれることになったのだ。
受験を控えた時期の3年生の先輩たちには申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、テストの内容が、実際のダニング・クルーガー効果の実験を行った際の英文法と論理的思考に関するもので、ネコ先輩が告げた、
「もちろん、参加の可否は任意ですが、今回の2つのテストは、将来の受験に向けた成績上位者に対する特典でもあります」
という、半分くらい詐欺のような誘い文句が功を奏してのか、参加者から不満の声は聞こえてこなかったそうだ。
なお、ネコ先輩が語るところによると、実際のダニング・クルーガー効果のテストでは、上記の2種類のテストの他に、ユーモアに関するテストという項目があったそうなんだけど、学業との関連付けが難しく、今回の被験者から協力を得ることが難しそうだ、ということで、この項目は除外している。
さて、自分で言うのは恐縮してしまうのだけど……。
実は、私自身も学年の成績上位20人に入っていた。ただ、多少なりとも、今回の実験のモデルになったダニング・クルーガー効果のテスト内容についての情報を得てしまったので、公正な受験者にはならないだろう、と被験者になることを辞退し、ネコ先輩も「その方が良いだろう」と、私の考えに賛成してくれた。
そのことよりも、個人的に意外だったのは、ケンタが1年の成績上位者のリストに中に入っていて、今回も被験者として参加してきたことだ。
一学期の定期試験のときは、たしか、総合成績は、半分より下の方だったと思うんだけど……。
どうやら、ケンタは夏休み明けの実力テストで大幅に成績を上昇させたらしい。そう言えば、中学の時にケンタの勉強の面倒を見てあげたときも、短期間で成績を伸ばして、國際高校にも合格したんだっけ?
今回も、被験者として参加している佳衣子や日辻先輩とともに筆記試験を受けようとしている幼なじみの姿を見ながら、私は野球部の活動を続けながら、生徒側に大したメリットがあるようにも思えない生心研のテストに協力する彼の気持ちを不思議に感じていた。
そんなことを考えながら、筆記試験の監督係として、私は被験者の生徒たちに試験用紙の配布を始める。
さっきも説明したように、今回の筆記試験では、2種類のテストが用意されている。
1つは、各学年の習熟度に応じた英文法のテストで、これは、被験者が成績上位者のため、通常の定期テストの問題の中でも比較的難易度が高い問題が出題されているらしい。
一方の論理的思考に関する問題は、私たちにとって、あまり馴染みのないもので、例えばこんな問題が出題されていた。
問題1:以下の2つの前提が正しいと仮定します。
前提1:すべてのバラは花である。
前提2:すべての花は美しい。
この2つの前提から、論理的に導き出せる結論として最も適切なものはどれか。
A:美しいものはすべてバラである。
B:美しいものはすべて花である。
C:すべてのバラは美しい。
D:バラの中には美しくないものもある。
【答え】
C:すべてのバラは美しい。
【解説】
この問題(演繹的推論)では、一般的なルール(前提1と2)を組み合わせて、特定の対象(バラ)に適用することで、必ず成り立つ結論を導き出す。
問題2:以下の事例から、論理的に最も可能性が高い結論はどれか。
事例1:私が試した赤いリンゴはすべて甘かった。
事例2:私が試した赤いリンゴはすべて新鮮だった。
事例3:私が試した赤いリンゴはすべて丸い形をしていた。
この3つの事例から、論理的に最も可能性が高い結論はどれか?
A:すべてのリンゴは赤い。
B:赤いリンゴはすべて甘い。
C:この農園で作られたリンゴはすべて赤い。
D:私の故郷で育ったリンゴはすべて赤い。
【答え】
B:赤いリンゴはすべて甘い。
【解説】
この問題(帰結的推論)は、過去の経験や観察に基づき、未来や未知の事柄について推測する。この事例では、試した赤いリンゴがすべて甘かったという事実から、「赤いリンゴは甘い」という一般的な傾向を導き出すのが最も妥当な推論となる。
問題3:以下の文章を読み、この主張の論理的な欠陥を指摘しなさい。
「最近、私の家の近くにある公園でゴミが増えている。その公園では、週末になると多くの若者たちが集まっている。したがって、この公園のゴミの増加は、若者たちが原因であるに違いない。」
【答え】
ゴミの増加と若者の存在の間に、直接的な因果関係があると断定している点が論理的な欠陥である。
【解説】
この文章は、「相関関係」(公園のゴミと若者が同じ場所で増えている)を「因果関係」(若者がゴミを増やした原因だ)だと誤って結論付けている。ゴミが増えている原因は、他にもゴミ箱の設置数の不足や管理体制の問題など、さまざまな可能性が考えられる。
こうした論理的思考に関する問題は合計10問出題されていて、こちらは、英文法のテストと違って、全学年で同じ問題となっている。
私も事前に2年生用の問題を解いてみたけど、やや難易度の高い英文法のテストもそうだけど、筆記試験の後半に設定された論理的思考に関する問題には、頭を悩まされた。
(ケンタ、大丈夫かな……?)
いつも、飄々としている同性の親友の佳衣子については、さほど心配していなかったけど……。
自分の中では、勉強が苦手なイメージのある幼なじみのことが心配になりながら、私は、筆記試験と、その後に控える最も重要なアンケートが終了するのを待つことにした。