アーサーはあの化け物たちから距離を取ろうと、来た方向とは逆に進んだ。しばらくすると、また右肩に違和感があった。痛みではない。患部を見てみると、さっきまで赤く腫れていた個所に絵の具がついていた。
(なんだこれ……?)
アーサーは左手で、右肩を摩ってみた。
「……あまり刺激しないほうが良いですよ」
アーサーが驚いて顔をあげると、そこには斧を持ったオリバーが立ちはだかっていた。
「お前、どうしてこんなところに……。っつーか、やっぱりやりやがったな!!!! お前には、絶対裏があると思ってたぜ」
アーサーはオリバーを睨みつけた。
「ははっ!!! やられる方が悪いんですよ。この理屈、あの坊ちゃんには通じなくても、貧民街で育った旦那なら分かりますよね?」
オリバーはにっこりと笑った。
「……刺激しないほうが良いっていうのは、どういうことだ?」
「あぁ、そのことですか。いいですよ、冥途の土産に教えてあげます。見てください」
とオリバーは自身の右手を前に出した。アーサーの記憶が正しければ、彼の右手は人差し指がないはずだった。
しかしその見せられた右手はさらにひどい状態になっていた。彼の右手の親指は、絵の具のようにどろりと溶け落ちて、半分以上無くなっていた。
「そんなに驚かないでくださいよ……。いいですか、旦那」
オリバーの顔から笑顔が消えた。
「この世界に来ると、普通の人間は自身の姿を保てなくなるんですよ。俺らはこの世界の住人じゃないですからね」
オリバーは続けた。
「まぁ、そういわれても分からんでしょうから、旦那、右肩をよく見てみてください。あまり触ることはお勧めしませんよ、崩れちゃいますからね」
オリバーは淡々と言った。
アーサーが恐る恐る右肩を見ると、肌色の液体が一本の筋になって指先まで流れていた。普段は筋肉で多少ふくらみのある肩が、落ちくぼんでいた。
「これは……」
アーサーは驚きと恐怖のあまり、声が出なかった。
「いずれは全身がドロドロに溶けちまいますよ。……もうこれは必要ないですね」
そういうとオリバーは斧を地面に放り投げた。
「お前、いったい」
「状況を呑み込めていないようですね、旦那。あんたはここで俺らの身代わりになって死ぬんですよ」
(身体が絵の具に変わっていく……!? じゃあさっき蹴っ飛ばしたあいつは、この絵の中に入り込んだ人間っていうことか!!?)
アーサーは混乱しながらも、オリバーに尋ねた。
「……俺らってどういうことだ?」
「そんなこと、もうどうでもいいじゃありませんか。ほら、あの女、来ましたよ」
アーサーが振り向くと一メートルほど後ろに、彼女は立っていた。その瞳は深海のように深く青い。
「もう溶け始めちゃったのね……」
金髪の女は実に残念そうにそう言い、右手で髪をくるくるといじっていた。
「もういいでしょう? はやく俺らを元の世界に返してください」
オリバーは多少苛ついているように見えた。
「それなんだけどね」
オリバーとは対照的に、彼女はのんきな声を出した。
「あなた、連れてくる人を間違っちゃったのよ」
「……どういうことです? 誰でもいいって言ったのはあんただろう?」
そういうオリバーの語気は荒く、顔は怒りで真っ赤だった。