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第18話 イメイア家 ①日傘の少女 -2/2-

ー/ー



「すみません! 治療して下さい!」
アルスは最後の階段を駆け上がり、ナダと共に教会の敷地に駆け込んだ。巫女長はまだ庭にいて、既にプレートを持っていた。駆け寄ってくる。風の精霊がいて、紅玉鳥も隣で羽ばたいている。
「ここに寝かせてちょうだい、息はある?」
「はい」
ナダがその場に寝かせて、巫女長が治療する。
「――ル・フィーラ!」
『アルマティラ』の体が光に包まれ、血が止まって、傷がふさがる。
アルマティラが呻いて、呼吸が落ち着いた。
アルスはほっとした。
「良かった、アルマティラ、しっかり! もう大丈夫よ! どうしてこんな……!」
アルマティラは血まみれで、気を失っている。
さっき偶然会って、いつも通り険悪な感じになって帰ったばかりなのに。途中で誰かが助けてくれなかったのだろうか。苦手な子だけれど、こんなのは酷い。
「落ち着いて、安静が必要です。下は大丈夫ですか」
巫女長のお婆さんが階段の方向を見て言った。名前は確か、パトリ様だったと思う。
「はい、プラグが行ったので大丈夫です」
「マドレ、お助けして。そっと、中へ運びましょう。――精霊さん、お願いします」
「はい」
ナダがそっと横抱きにして、礼拝堂に向かった。
マドレと呼ばれた風の精霊が階段の降り口に向かおうとした時、プラグが上がってきた。
「アルス、大丈夫――!?」
「ええ、何とか。治療して頂いたわ、そっちは?」
「大丈夫。近衛が来てくれた」
振り返ると、近衛兵が三名上がってきていた。
「良かった、彼女はもう中よ」
アルスはほっと息を吐いた。

アルマティラは礼拝堂に入ってすぐ、右側の長椅子に寝かされていた。

「アルマティラ様ッ!」「ご無事ですか!?」「大丈夫ですか!」
近衛達が駆け寄って膝を突いた。
彼等は近衛の青い騎士服を着て、赤いマントを羽織っている。

この教会の礼拝堂は、長椅子が左右に十列ずつある程度であまり広く無い。正面に聖樹を描いたステンドグラスが飾られていて、紅玉鳥の止まり木がある。床は石造りになっている。壁も外壁そのままの、白っぽい石壁だ。向かって左側に暖炉があり、右側には机が置かれている。花を描いた天窓が並んでいて、色彩豊かな光が降り注いでいる。目立つのは正面上にある丸窓のピンク色の花模様だった。

巫女長のパトリが彼女の手を握りながら頷く。
「大丈夫です、出血は止まりましたし、傷もふさがりましたが、当分は安静に。彼女のご家族は?」
「それが、御者と護衛は殺されてしまって。彼女は一人でした。ご無事でよかった……」
「街の安全が確認できるまで、こちらの教会で預かって頂こうか? 手紙で確認しろ」
「はい――」
若い一人が手紙で指示を仰ぐ間に、一番年上で三十歳くらいの、金髪青目の近衛兵が巫女長に「ベッドはありますか? あとは着替えをお願いしたいのですが」と言った。アルスは彼に見覚えがあった。
確か、名前はウェイナズ・ラ・ウーラ。城内勤務の近衛兵だ。
巫女長が頷いた。
「はい、巫女の部屋があります。ご案内します」
ウェイナズがアルマティラをそっと抱き上げた。

もう一人、ウェイナズより少し若い、黒髪黒目の近衛兵がアルス達に微笑んで話しかけて来た。彼にも見覚えがある。確か……ベルデン・ル・アータブという名前だ。
彼はウェイナズと違って城外勤務だったと思う。
「ありがとうござい――、ヒッ」
ベルデンはアルスを見て固まった。
「お、王女、様――!」
「え」
アルマティラを抱えていた、ウェイナズが振り返った。
そして彼もアルスを見てぎょっとする。
「王女殿下……ッ!? ――大変失礼致しました!」
今まで気づいていなかったらしい。まさかいるとは思わなかった、という感じだ。
ウェイナズは慌てて膝を突こうとしたが、アルマティラを抱えているので、アルスは「あっ、そのままで」と言って留めた。

「殿下、お怪我はございませんか!?」
ウェイナズが確認してくる。隣でベルデンが絶句して、慌てて膝をついた。
「ええ」

「おっ王女殿下!? 失礼致しました!」
三人目の近衛は淡い茶髪に黒い瞳の青年で、彼も慌てて膝をついて礼を取った。
彼の名前は――確かカシウス・ル・デルフォンだ。

アルスは頷いた。
「私は大丈夫です。それより早く、彼女を休ませてあげてください」
「はっ」
ウェイナズは頭を下げて、巫女長と共に礼拝堂を出て行った。

一瞬、どうするという空気が流れるが、すぐに持ち直し、残った二人は膝を突いたまま、腕を胸に掲げて礼を取り、アルスに話しかけて来た。
「王女殿下、改めまして……お怪我はございませんか」
「先程は本当にご無礼致しました!」
別に無礼は受けていないのだが、常套句だ。
「はい、大丈夫です。怪我はありません。イメイア侯爵令嬢は今、お父様がお城にいらっしゃるはずですが……」
アルマティラの家、イメイア家の領地は、ストラヴェルから三日ほどで着く場所にある。いつもいる訳では無いが、三年に一回の評議員選挙が近い事もあり登城していた。と言うより、アルマティラの父、エンディ・ラ・イメイア侯爵とは、今日、城で出会って軽く挨拶をされたのだ。
「はい、いらっしゃいます。ただ、安全が確認できるまでは、出てこられないと思います。殿下はどうなさいますか? ――ベルデン、外を確認してくれるか?」
「はい。殿下、失礼致します」
「はい」
アルスは頷いた。
たぶん、精霊達と、他にも近衛が来ているなら、外を見張っているはずだ。

アルスは少し考えた。
「そうですね……貴方は確か、カシウス兵士でしたよね。これは選挙がらみの襲撃だったのですか?」
「! ええ、その可能性はあります。ですが、駆け付けた時には既に襲撃されていて、ご令嬢が逃げ出した様子がありました。こちらの方向に、血と、ケープが落ちていたんです。そうしたら、偶然、山を登る男達の姿が見え、我々は追って参りました。間に合わないと思いましたが……助かりました」
カシウスが言った。アルスは胸が締め付けられた。
「そうだったのですね……アルマティラ……恐かったでしょうに……。私は指示に従います。とりあえず、安全が確認できたら、クロスティアの宿舎に戻りたいのですが……今日中に戻れそうですか?」
「はい。そのように取りはからいます。戻る際は護衛を付けますので、ご安心下さい」

そこで、壮年の近衛兵が息せき切って入って来た。
「王女殿下……!」
白髪交じりの、短い、赤い巻き毛――パーレウス小隊長だ。
パーレウス・ラ・レルクリスは『近衛騎士団・第一大隊・第三小隊』の隊長で、主にアルスの警護を担当している。
「小隊長さん!」

ストラヴェル王国の近衛騎士団は五つの大隊に分かれていて、その中でも『第一大隊』は王族の警護を専門とするエリートだ。
第一大隊は約四百人で、第一大隊は四つの小隊に、約百人ずつ分かれている。
『第一大隊・第一小隊』は国王プロノアと王妃ロザリナの警護を担当する。
『第一大隊・第二小隊』は第一王子タスクラデアの警護。
『第一大隊・第三小隊』は第一王女アルスティアの警護。
『第一大隊・第四小隊』は第二王女ミアルカの警護をそれぞれ担当する。

つまり、パーレウス小隊長はアルスにとっては非常に馴染みのある人物なのだ。
アルスの警護の隊長なのだからとても偉い。
アルスの『いつのまにかついている護衛』はこの『パーレウス第三小隊』の兵士であることがほとんどだ。あとは近衛の隠密と言う事もある。

アルスは気合いを入れて暗記した結果、第三、第四小隊の兵士約二百人の顔と名前を覚え、その他、第二大隊所属の兵士もだいたい分かるようになっていた。
第二大隊以降の小隊は続き番号になっていて『第五小隊』『第六小隊』『第七小隊』『第八小隊』『第九小隊』……と続いていき、全部数えると二十一の小隊に分かれている。
普通は大隊ごとに第一小隊、第二小隊、第三小隊、第四小隊と数え直すのだが、ストラヴェルの場合は役割が違っているので、通し番号として、『第×小隊』という呼び方をする事が多い。
四小隊ずつ集まって、一大隊になるので、所属小隊を聞けば何大隊所属かはすぐ分かる。
要するに、数が若い小隊がよりエリートだ。

今この場にいるウェイナズは確か、城内の一部と、城外の一部を担当する第七小隊の分隊長だ。分隊長は小隊の中に五人いて、二十人ずつをまとめている。隊長格から覚えていくのが暗記のコツだ。
カシウス、ベルデンは、まだ若いし、城外でしか見かけないので第八小隊だと思う。
二人の顔が分かったのは、街でも良く通る表通りの担当だからだ。
……第七小隊と第八小隊は警備区域が被っているのでややこしい。
ウェイナズは廷内、城内に入れるので急遽、駆け付けた、等かもしれない。

アルスの警護担当、第一大隊・第三小隊隊長、すごく偉いパーレウス・ラ・レルクリスは、現在、五十二歳。
白髪交じりの赤毛の巻き毛と、整えた口ひげを持つ。
アルスと髪の色が似ているので、祖父を知らないアルスは「おじいさんみたい」と思って懐いていた。これには訳があり、彼はアルスの実母、第二王妃レイラのなんとか繋がっているかな……くらいの遠縁にあたるのだ。と言うより貴族は誰もが誰かの遠縁であることが多い。
アルスが生まれて、誰か信頼出来る者を、と言う事で抜擢された。
体格はがっしりしていて、歴戦の強者と言った雰囲気だ。
実際に剣もプレートも強く前国王の時代からいる兵士になる。

パーレウスはものすごく急いだのだろう。はぁはぁと息が上がっている。
「小隊長さん、お水、飲みますか?」
「いえ、殿下、ご無事ですか……!」
「私は大丈夫です、下は大丈夫でしょうか?」
「もうしばらくお待ち下さい。イメイア家に恨みがある者の仕業のようです。侯爵令嬢は安静が解けるまで、しばらくこちらで療養なさって頂く事になりました。彼女のお父様が来るのはもう少し後になります。無事は伝えてありますので。――、一応、事情をお聞かせ願えますか? そちらの候補生さんも、どうぞ、おかけになってください」
ここでようやくプラグが話しかけられた。プラグはずっと無言で立っていたが、勧められた場所に座った。右側最後列にある椅子の右端だ。アルスの座る位置とは真ん中の通路を挟んで隣になる。
ちょうどラ=ヴィアが戻って来て、実体化したままプラグの後ろに控えた。ナダ=エルタもラ=ヴィアの奥に並んだ。

パーレウスは通路の真ん中で、右膝を突いて話し始めた。
「さて、王女殿下、ご無事で何よりです。報告を聞いて心臓が止まりかけましたぞ。で、何があったのでしょうか。こちらの方が駆け付けて下さった、と伺いましたが、今後の調査の為に詳しい経緯を確認しておきたいのです。ああ、ご令嬢には首都の巫女と城の侍女がついていますからご安心ください」
アルスは頷いて、話し始めた。
「分かりました。私は今日、お父様に会った後、こちらの教会に来ました、そうしたらアルマティラが先にいて、いつも通り、ちょっと話して、分かれたんですけれど。その後、プラグが来て、しばらくベンチに座って話していたら……ちょうどプラグが立って下を見たとき、逃げるアルマティラを見つけて、えっと……彼がそのまま飛び降りて助けました」
正直に話すとこうなるが……彼と待ち合わせしました、とは言いにくい。
パーレウスはプラグを見た。
「……ふむ? なるほど。王女殿下は、彼とは待ち合わせをしていましたか?」
「ええ、はい。景色を見ようって」
アルスは内心で苦笑していた。
端折ったところを普通に聞かれてしまった。
パーレウスは小隊長だけあって、とても優秀なのだ。
「ふむ。わかりました。プラグさんですね。すみませんが、今日の事をなるべく詳しくお聞かせ願えますか? お出かけになった時から。何時頃出られましたか?」
プラグは頷いて話し始めた。
「はい。宿舎で昼食を摂った後、ちょうど一時頃に出ました。今日はリズメドル隊長の許可があって、精霊を二体連れて出ました。精霊の気分転換だそうです――」
プラグは道中の事をとても正直に話した。

プラグは、たまに行く八百屋で呼び止められて立ち話をして、屋台で呼び止められてプレッツェルをおまけしてもらって、かまどの近くで精霊達に食べさせていると、通りがかった女性に声をかけられた、と話した。
……聞いたよりも声をかけられていて驚いた。

「――と言う事で、アプリア隊士にお礼を伝えて下さい、とのことでした」
「ほう。なるほど、それで?」
パーレウスが深く頷いた。

「はい。そして山に登って、途中のベンチがある場所で、上から、日傘を差してあの令嬢が降りてきました。階段が狭かったので降りるのを待っていて、その後すれ違おうとしたんですが、話しかけられて……。彼女が俺の名前を知っていて、あれ、と思ったんですが、元候補生のアルマティラさんだと名乗りました。その時、傘を閉じて下さって初めて顔が見えました。確かに見覚えがあったので、しばらく立ち話をしました。あ、彼女は座っていましたが。彼女は候補生を辞めたことを後悔していて、最近、勉強している……近衛の勉強会? があるから、良かったらどうでしょうと言って、俺に手紙を差し出しました。紹介状らしかったです。でもイメイア家と聞いて、とても無理だと思ったので断って、受け取らずに去りました」
アルスはプラグはやっぱり賢いと思った。……思った以上かもしれない。
たぶん、アルマティラとの会話を正直に話すことで、余計な問題を防ごうとしているのだ。

「その後、教会に来てアルス――ティア王女殿下と会って、先に礼拝を済ませて、その後は雑談をしました。途中で下を見たら、ちょうど先程令嬢と会った踊り場で、彼女が逃げているのが見えました。男が三人いて、危ないと思ったので、リズメドル隊長の精霊――あ、こちらの精霊に頼んで飛び降りて、助けました。全部精霊がやってくれて、俺は何もしていません」
プラグはしれっと言ったが、中々凄いと思う。
あと、アルスとの会話は『雑談』で上手く片付けた。
「ほお……飛んだ?」
「ええ、偶然、飛びました」
「ふむ……飛翔で?」
「いえ。精霊が上手く運んでくれました」
「はぁ。なるほど? どこから飛んだんですか?」
「表の塀からです。ベンチのある」
「え、あそこから? ……え? どこに降りました?」
「階段の途中に」
「え? 転びませんでしたか?」
「いえ。精霊が上手く支えてくれましたし。最初は着地せず、手に捕まっていたので」
「はぁ、お怪我は?」
「無いです」
パーレウスが目を丸くした。
アルスもまさか飛び降りるとは思わなかった。今日は『飛翔』を持っていなかったし、中腹の踊り場付近は、確かに上からは良く見えるが、その分、塀の下は崖で、急斜面だ。あの踊り場までは高さが……よく分からないが、十五メルト以上はあって、距離も結構ある。

「……では、その後は?」
「その後はあるすてぃあ王女が、俺の精霊と一緒に降りてきたので、精霊に令嬢を任せて、先に上がってもらい、残りの男達を精霊に頼んでなんとかしてもらいました。その後皆さんが駆け付けて下さって、今、という感じです」
――アルスティア、と言いにくそうだ。
アルスは付け加えた。
「プラグが教会なら治療のプレートがある、って言ってくれたので、それで戻って、巫女長にお願いして、彼女の怪我を治して頂きました」
アルスの言葉に、プラグは小さく頷いた。
プラグに言われなかったら、アルスは迷わずその場で聖女の力を使っていただろう。その場合、アルスにも危険があったかもしれない。これは一番感謝している。
「ふむ。王女殿下、アルマティラ様はどの程度の外傷でしたか?」
パーレウスがアルスに尋ねた。
「ええと、左肩がざっくり切れていて、後は左の肩と、頭からも血が流れていて、たぶん、背中も数カ所刺されていました。ドレスは血だらけでした。私は力を使おうとしたんですけど、プラグに間に合うと言われたので……」
「そんな感じです」
プラグはさらりと言ってのけたが、パーレウスは唸った。
「……うーん……凄いですね。わかりました、もうしばらくお待ち頂いて、そうしたら、お二人とも、部下達がお送りします」
「わかりました」
プラグは静かに言って口を閉じた。大人しげな、見事な『よそ行き』姿勢だ。
大変な美少年なのでただ座っているだけで絵になる。
――アルスはパーレウスに話しかけた。
「小隊長、私、アルマティラを見て来ても良いですか? 心配で……」
「ええ、勿論。ああ、プラグさんもご一緒に」
「いえ、結構です。女性の寝室ですし」
プラグはあっさり断った。
「ああ、そうですな。わかりました」
パーレウスが深く頷いた。

そこで黒髪黒目の、ベルデンが入って来た。右腕を曲げて、拳を胸の前に掲げ、しっかりと敬礼を取る。これはアルスがいるからだ。まあ、いなくても小隊長は偉いので敬礼するのだが。
「王女殿下、以下、小隊長にご報告致します。令嬢が目を覚まされました!」
「おお、そうか。よかった、首の皮が繋がったな……」
パーレウスが太い首を撫でて苦笑した。アルスは笑った。
「小隊長の首の皮って、何枚あるのかしらね? ――良かった、大丈夫なの……?」
「……それが、体は良いようなのですが、泣いて恐がっていて……よほど恐い思いをされたのだと……」
ベルデンが沈痛な面持ちで眉を顰める。
「……そうなの」
無理もないとアルスは思った。御者と護衛が殺されたと言うから、たぶん必死で逃げてきたのだ。ここに行けば少なくとも巫女長はいるし、聖女のアルスもいるし、候補生のプラグもいる。
「それで、助けて下さったそちらの方にお礼が言いたいと……震えて落ち着かない様子で。来て頂けますか?」
「……わかりました」
プラグは静かに頷いた。
アルスも立ち上がった。
「私も声をかけます……大丈夫かしら……」
アルマティラはとても気丈な子なのだが、こんな事は初めてだろう。
アルスでは役に立たないかもしれないが、もしかしたら、少し仲良くなれるかもしれない。

アルスとプラグ、パーレウスはベルデンに案内され、教会の奥棟に入った。
部屋の入り口でパーレウスは、私は待ちます、と言って、プラグとアルスが入った。
アルマティラはベッドの上で震えて、泣いて、ほとんど錯乱していた。
巫女長が側について抱きしめている。
「もう大丈夫ですよ、恐かったわね」
「うううう……! ランバーク……!! うううううーっ……!」
彼女は泣きじゃくっている。アルスは自分ではどうしようもないと思って、部屋の隅に控えた。プラグは静かに進んで、床に両膝を突いた。
「あの……大丈夫ですか?」
「!」
アルマティラがプラグを見て目を丸くする。
「――ああ、ありがとうござます!! ああ! 本当に!! 本当に!」
アルマティラはプラグに抱きついて、しばらく感謝を述べ続けた。

「貴方がいなかったら死んでいました、ありがとうございます……!!」
アルマティラはプラグの手を握って、頭を深く下げた。
プラグは頷いて、微笑んだ。
「いいえ、ご無事でよかった。痛いところは無いですか?」
気遣いにあふれた優しい声色だった。
アルマティラは、はっと息を呑んで、正気を取り戻した。
「あ……はい、もう、ほとんど大丈夫です、パトリ様が治してくださって……」
アルスは今日まで知らなかったが、この教会はアルマティラが良く行く場所だったらしい。
アルマティラが自分の格好を見下ろした。
今は寝間着なので、少し恥ずかしくなった様子だ。真っ赤になってうつむいた。
「よかった、ほっとしました。安静にしてください。お父様が首都にいらっしゃるそうですね」
「あ――はい……すぐ来ると思います……」
「良かった。もう安心ですね」
「はい……あ、あの――なにか、お礼を……!」
「いえ、大丈夫ですよ。言葉だけで充分です。ゆっくり養生なさって下さい」
プラグは微笑んで、そっと立ち上がった。

巫女長が「お嬢様に、何か温かい物をご用意しますね」と言って微笑んだ。
プラグは「お願いします」と言って頷き「では、俺はこれで」と言って、立ち去った。
プラグは優しい顔立ちをしているので、微笑んだように見えた。

――アルスは、アルマティラの切なげな表情を目撃した。

■ ■ ■

――侯爵令嬢アルマティラは泣きじゃくっていた。
慰めたつもりだが、プラグにはどうすることもできない。

「皆様も少し休憩を。奥でお茶をお出しします」
部屋から出た後、若い巫女が声をかけてきて、プラグとアルス、パーレウス小隊長は別の部屋に移動した。
仕事部屋のような小さな部屋で、中央に六人掛けのテーブルがある。
向かう途中で、霊体になったラ=ヴィアとナダ=エルタが合流した。

「こんな所で申し訳ございません。お茶はもうすぐ用意ができます」
巫女長はアルマティラについているので、そのまま若い巫女が対応してくれた。
「いえ、大丈夫ですよ」
アルスは微笑んだ。
間もなく、扉がノックされ、城の侍女が紅茶を持って来た。
侍女は巫女に「こちらは大丈夫です」と微笑んで、下がってもらっていた。
そのまま紅茶を注ぎ、三人に差し出す。
もちろん、アルス、小隊長、プラグの順だ。
「砂糖はいりますか」
「はい」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
プラグは紅茶を受け取ったが。熱そうなのでしばらく置いておく。

「では一応毒味と言う事で。熱ッ」
小隊長は先に口を付けた。
「ああ、気を付けて」
アルスが苦笑した。二人は親しい間柄らしい。
しかし王女は毒味が必要……確かにそうだ。紅茶を用意したのは城の侍女らしいから、小隊長のこれは冗談だろうが、プラグは先程アルスと普通にプレッツェルを食べてしまった。いつも一人で出歩いているし。アルスはこれでいいのだろうかと少し考えた。
さすがに、護衛はどこかにいるはず、と思うのだが……気配を感じたことは無い。
あるとしたら……本職でプラグが気付けないか、プレートを使っているのかもしれない。
プラグは今度、探してみようと思った。
……そう言えば授業で、姿を隠すプレートはこの国がほぼ専有していると教わった。
プレートに限らず、姿を隠す効果のある物は精霊結晶や精霊石も、個人所有は重罪で取り締まっているとも。
(霊体の精霊でも厄介だからな……見つける方法は確立されているのかな?)
プラグは今度リズに聞いてみようと思った。

「あ、そうだ。小隊長さん、一番はじめに来てくれた、ウェイナズさん、ベルデンさん、カシウスさん達を褒めてあげて。落ち込んでいそうだったから。持ち場もバラバラよね。良く駆け付けてくれたわ……」
アルスが言った。
「ええ。カシウスとベルデンは、城の門兵ですよ。だいぶ端っこの。助けを呼びに行った市民がいて、大急ぎで走ったんです。何人かは報告に行って……良く間に合いました。いや間に合ってないんですけど、門兵も精霊は持っているから」
パーレウスが言った。
アルスが首を傾げた。
「どんな状況だったんです? アルマティラ、あの教会に良く行くって言ってましたけど……もしかしてそれで?」
「ええ、結構、大人数で……走り出した馬車を追いかけて、囲んだようでして。護衛は馬車から令嬢を逃がして死んで、御者も死んでしまったそうです。途中、馬車が横転していました」
「! なんてこと……そうだったの。でもまさか、アルマティラが狙われるなんて……あの様子だと、誘拐目的じゃないのよね……? 大変な事だわ」
「ええ、詳しくは調べてから、という感じですな」
「そう。私からもお願いするわ……」
アルスはそこで話を終わらせた。

プラグの側にはまだ、霊体のナダ=エルタとラ=ヴィアがいるのだが、そう言えば話を聞いていいのだろうか、と思って振り返り、プレートにしまう事にした。
「あ。精霊、出したままでした。二人とも、中に入って」
『あ、はい』
『み』
「あら、二人がいたの?」
「ああ。すみません、聞いてしまって」
「構いませんよ。今回の件は目撃者も大勢いましたから」
パーレウスが言った。
「そうですか」
プラグはそれで口を閉じた。
紅茶が冷めたようなので、一口飲んだ。甘くて美味しかった。

アルスも紅茶を飲んで、はぁ、と息を吐いた。
「私、あの子とはあまり親しくないけど、顔見知りだから……複雑だわ……。でも、今日は来て良かったわ。プラグもありがとう」
「うん」
アルスの言葉にプラグは微笑んだ。
そして首を傾げる。
「友達じゃ無いんだ?」
「ええ、私、友達がいないのよ」
「そうなんだ」
プラグはあまり聞かないでおくことにした。アルスは度々、アルマティラに含みを持たせるので、たぶん本当は仲が良くないか、余程仲が悪いのだろう。それはアルスの証言を聞くと小隊長も知っている様子なので――周知の事実であるようだ。……まあ精霊にも相性があるのだから人間にも相性があって当然だ。
「でもそんなに、悪い子には見えなかったけど……?」
プラグは言ってみた。
今の所、アルマティラは大人しそうで、礼儀正しい女の子、と言う印象だ。
「え……ええっとね、うん、そうよ、悪い子じゃないのよ。うん。個性的って言うか、うん……」
アルスが唸るので、さすがにプラグは苦笑した。
「そうなんだ? 小隊長さんも知っているとか?」
プラグは首を傾げてみた。
「さてどうですかな」
パーレウスは苦笑して、素知らぬ顔をした。
国によるが、大抵の王族は人を嫌っていけないと教育をされる。王族、たとえば王女が『あの人が嫌い』などと言ったら大騒ぎになるし、下手したら相手は処刑されてしまう。
「プラグには話したいけど、でも、アルマティラがいるから。悪口になっちゃうわ。もう気にしないで。でもそのうち聞こえてくるわよ……」
アルスが溜息を吐いた。
「わかった。そうする。気にしない」
プラグは頷いた。よく分からないが、女同士の事に、男が関わるとろくな事にならない。知らない振りが一番だ。

「でもアルスも、女の子だったんだな……あ、王女殿下も、女の子だったんですね」
プラグは失礼かと思って言い直したが、やはり失礼な事を言ってしまった。
「どういうこと?」
アルスが首をひねった。
「すごく良くできた王女様だから、ずっと感心していたけど。人間味があってほっとした……という感じ」
「ああ、そうなの? ふぅん……そういう考え方もあるのね……人間味……ふぅん……ねえ、私、今日、アルマティラと仲良くなれるかな、って思ったんだけど、貴方はどう思う? ……でも思った以上に深刻で、そういう感じでも無いから……難しいかしら。そんな事を一瞬でも思った自分が恥ずかしいわ……」
アルスが溜息を吐いた。アルスにはアルスなりの葛藤があったらしい。
「今は、無理することは無いよ。アルマティラさんも疲れているだろうから。そっとしておくのがいいと思う」
言いながらプラグは気付いた。アルスとアルマティラの仲が良かったら、あるいは普通であったなら、アルスは側に付いている事を選んだだろう。そうしないと言う事は、側にいると相手の気が休まらない程、仲が悪いのだ。まあ、気が合わない相手というのは、いる物だろう。
「そうよね、さすがに。うん、そうする。そろそろ帰れるかしら?」
「さて――ああ、君、すまんが、誰か騎士を寄越してくれるか。報告を聞きたい」
パーレウスが侍女に言った。
「はい。畏まりました」
パーレウスの言葉に、侍女が頭を下げて出て行った。
「私は残ってイメイア侯爵を出迎えるので、お二人は先にお戻り下さい」
「そうするわ……プラグも早く逃げた方が良いわよ、すごいお礼をされそうだもの」
アルスが苦笑した。
「そうする」
プラグはしっかり頷いた。するとパーレウスが「おや」と眉を上げた。
「折角なので、お礼を頂いては? ああ、近衛からも後日、お礼をしなければなりませんね」
「いえいえ! 結構です。何もいりません」
プラグは慌てて断った。
『プラグ・カルタ』はこの大陸の神――大精霊カド=ククナの、仮の姿であるから、目立たないように心がけているつもりだ。見た目は派手だが、とても頑張っている。プラグは……ククナよりは目立たないと思う……。少なくとも光らない……。
「そんな、勿体ない」
とパーレウスは少々わざとらしく言うのだが。プラグはパーレウスを見た。
「俺はまだ学生ですし……近衛からもお礼はいりません。頂いても受け取らないでしょう」
パーレウスはアルスと親しく、話の分かりそうな雰囲気なので、一応、意思表示をしておこうと思った。
――ただ単純に優しい小隊長、と言うだけでは無さそうなのがなんとも言えない。
親しげな雰囲気も、あえてそうしてくれているのだろう。王女の為なら命を賭けます顔に書いてある。
すると今度はアルスが首を傾げた。
「変なの。もらえばいいのに。感謝状とか、ちょっとしたお金と記念品くらいよ?」
「いや。受け取れないよ。無理」
「ふぅん……わかったわ、貴方がそう言うなら、仕方無いわね。小隊長さん、悪いけど、そうしてもらえる? いらないって」
「仕方無いですな。わかりました、そうしましょう」
「助かります」
プラグは頭を下げた。アルスがいて本当に良かった。
……アルスの接し方を見ていてもパーレウスが有能だと伝わってくる。アルスはパーレウスを信頼しているようだ。
「でもイメイア家の方は、私ではなんともなりませぬ」
パーレウスが言った。
「それは、……リズメドル隊長を通して頂けると助かります」
プラグは項垂れた。頭の痛い話だ。
「なるほど、ではそう致します」
パーレウスは一応、請け負ってくれた。

そこで近衛兵が入って来て、馬車の用意ができたので、どうぞ、と言った。
「ああ、では下までお見送りします」

――アルス達はぞろぞろと大人数で階段を降り始めた。
まだ日が傾き始めた頃で、夕食には間に合うだろう。

そのまま下まで行くかと思ったら、ついでにと、パーレウスにどの辺りでどう戦ったかと聞かれた。呆れる程優秀というか、実直だ。
プラグはあきらめて正直に話した。しかしラ=ヴィアがやってくれたのであまり何もしていない。
「そこから飛び降りて、精霊に捕まってこの段あたり、ですね、で男を雑に蹴飛ばして、後は勝手に落ちてくれたので、精霊に任せました」
プラグは飛んでいる途中でラ=ヴィアに、手を放さないように、蹴飛ばす、と言ったがその辺りは省略した。飛翔が無いので、降ろしてもらう時も少し慎重にやってもらった。
ラ=ヴィアとプラグは呼吸がぴったりなのだ。
「はあ。よく飛ぶんですか?」
「え? いやまさか」
「精霊に任せたというのは一体何故でしょう?」
「いや、危ないですよ。階段だし……」
「ああ、なるほど。そうですな……ふむ」
そしてパーレウスは駆け付けた近衛三人の話も聞いた。
話が一致しているか確認しているようだ。

「先行させた精霊が言うには、もう刺される、間に合わない、と言う所でしたから、間に合ったのは彼のおかげです」
「ええ、下から少し見えましたが、あっと言う間に片付けてしまって」
「下には水が一気に来ました、凄く強そうな精霊がいて。あ、男達は皆、生きてました」

「……ふむ。その強そうな精霊の話も聞きましょうか」
パーレウスがついに少し困る事を言ってきた。だがもう、リズの精霊と言う事で乗り切るしか無い。
「はい、ラ=ヴィアさん」
プラグは踊り場でプレートを手に持って、ラ=ヴィアを呼んだ。

ラ=ヴィアは貫禄全開で出てきた。
空中に浮いて人間を見下ろし、手には金色の枝を持っている。
古風なドレスが風にゆらめき、羽を広げ、しっかりポーズを決めている。

「愚かな人間共よ――ラ=ヴィアは世界一強く、世界一賢い!」
ラ=ヴィアは堂々と言い放った。

「おお……これは、確かに、強そうな精霊ですね。姿も古い。何の精霊ですか?」
「何の精霊かは知らないんですが、水の精霊らしいです。リズメドル隊長の精霊で、今日は、気晴らしに連れて行ってくれと言われて」
「ほう」
――するとラ=ヴィアが厳かに頷いた。
「ラ=ヴィアは退屈していた。だから外に出た。それだけだ」
「ほう。貴方が男達を倒して下さったのですか?」
「ミ。ラ=ヴィアは世界一強いので、造作もないことだ。人間よ。そこな精霊達にも褒美を取らせるように。甘くて美味しいお菓子が良い」
ラ=ヴィアが優雅に金の枝を動かし、近衛の精霊達を指した。

「我らはお菓子が無ければやる気が起きぬ。此度働いた者には、何か食べさせるように……そうしなければ、この国は滅ぶであろう」
精霊達は皆、じっと固まったまま反応しなかったので、ラ=ヴィアが口止めしてくれたのだろう。お菓子は口止め料……かもしれない。
「なるほど。分かりました、そうします。ご協力、感謝致します」
「ミ。良きにはからえ」
ラ=ヴィアはプレートに戻った。プラグは苦笑した。

そしてパーレウスと分かれ、アルスと二人――ではなく、金髪青目の近衛、ウェイナズも一緒に馬車に乗り込んだ。
「ウェイナズさんは確か城内の近衛兵ですよね。所属は……第七小隊の、分隊長さんで合っていたかしら?」
「! ええ、はい、その通りでございます」
アルスはウェイナズに話し掛けていたので、プラグは二人の話を聞いていた。
アルスは今日の事や、駆け付けた経緯を聞いた。
カシウスとベルデンその他数名が報せをもらって、二人はすぐに追って、次に聞いたのが近くにいたウェイナズの分隊で、ウェイナズの分隊は他の門番や近衛兵達が報告する間に令嬢達を追ったのだという。
「本当に、間に合わないところでした。ありがとうございます」
プラグはまた感謝されてしまった。
プラグは首を振った。
「いいえ。侯爵令嬢が頑張ったんだと思います」
「……そうですね。……護衛も……御者も頑張ったでしょう。立派です」
ウェイナズは少し悲しげな顔をした。
アルスが深く頷いた。
「ランバークさんが、アルマティラを守ったのは本当に立派だわ……御者も知っている方かもしれないわ……アルマティラに何て声を掛ければいいのかしら……」
アルスが言ったので、プラグはアルスに尋ねた。
「王女殿下は護衛の方と、面識があったのですか?」
「ええ、護衛のランバークさんは、彼女が来る時はいつも一緒だったから。とても悲しいわ」
ウェイナズが頷いた。
「実は、私もお見かけしたことがあります。まだお若い方なので……残念です」
「そうね。でもアルマティラは助かった。そのことを称えて、喜びましょう……。動いて下さった方にも、感謝します。私の友人を助けて下さって、本当にありがとうございます」
アルスは胸に手を当て、僅かに微笑んだ。
「称えられるべきはこちらの彼です。我々は全力を以て、犯人を捕らえます」
ウェイナズがしっかりと頷いた。

アルスは微笑み、その後、軽い口調でウェイナズに最近はどんな仕事をしているか尋ねた。
プラグは『そんな気軽に聞いて良いんだ?』と思ったが王女だからいいのだろう。
中々聞けない話なので興味深かった。
「星の日が近いので、今はその準備でしょうか」
「ああ、七月七日の礼拝よね。人が多いもの、大変でしょう」
「はい。毎年の事なのですが、今回の事件もあったので、配置が変更されるかもしれません」
「倒れないように頑張って下さいね」
「はい」
アルスがふと思い出したように言った。
「そう言えば近衛の皆様は、選挙の準備って、されているんですか」
「やっていると思いますが。詳しくは申し上げられません」
ウェイナズが言った。アルスが微笑んだ。
「いえ、気にしないで下さい」
ウェイナズが警備を担当していたとしても、今回の件で大幅に見直しになるだろう。
「――その選挙って、評議員の選挙ですよね。七月の終わりの」
プラグは敬語でアルスに尋ねた。アルスが頷いた。
「ええ、今は皆、最後の票集めに忙しいはずよ。今回の件は、近衛に任せておけばなんとかしてくれるはずよ」
「どんな感じなんだろう? 首都は賑やかだって聞いたけど……」
「各領から、領主かその代理人が首都に来るの。馬車が沢山止まって、普段会えない方々に会えるわ。お城は大忙しなの。票数は領主と、くじで当たった貴族合わせて百くらいだから、その日の内に開票されて、お城で発表されるわ。舞踏会もあってね、着飾った貴婦人が沢山来るの。あ、これは投票する人もそうね。プラグのお父様、カルタ伯爵もいらっしゃるんじゃない?」
「あ。うん、そう言ってた。でも忙しいみたいだから、会えないと思うよ。外には出ないつもり。あと、きっと休みじゃないな。確か休みがずらされてた」
プラグは苦笑した。
「そうね、そうかも」
「アルス――ティア王女殿下は、舞踏会に参加されるんですか?」
プラグは言いにくいな、と思いながら尋ねた。
「うーん。勤めではあるんだけど……今年は勉強が優先かも。聞くのを忘れていたわ……。お父様に後で『手紙』しようかしら。何かあったら連絡しろって」
「和解できたんですね?」
プラグは言った。国王はやはりアルスが大事なのだ。鍵もついたし、少しは安心しているといいのだが……。
「ええ、隊長のおかげでね。あ、そろそろ着くわね」
騎馬兵に囲まれた馬車は、市街地から城内に入った。直接宿舎にはつけず、クロスティア騎士団本舎前で停車する。
「――馬車はここまでだそうです。後は宿舎の入り口まで他の者が警護します」
「ありがとうございます。付き合わせてしまって申し訳ありません」
アルスが苦笑する。
「いえとんでもない。さ、どうぞ」
そしてウェイナスに敬礼で見送られ、後は、徒歩の近衛兵と共にぞろぞろ歩き、宿舎の入り口まで送ってもらった。
……プラグはこれが正しい王族の移動だと思った。
一人で身軽に出かけるアルスがおかしいのだ。
プラグは今までアルスの事を『ごく普通の王女様』だと思っていたが、実は、変わっているのかもしれない。
もちろん、候補生達に何事かと聞かれたが『街で事件があって、アルスに迎えが来た』と言って事なきを得た。

■ ■ ■

「疲れたわー! 久しぶりに王女をやったわ!」
アルスは部屋に入るなり、ベッドに寝転がった。
「お疲れ様」
「何かあったんだって? 出かけたやつら、皆すぐ帰ってきてた」
シオウが尋ねてきたので、プラグは今日あったことを説明した。
すると、呆れた、と言う顔をされた。
「お前そのうち素行不良で退舎になるんじゃね?」
「あら、今回は良い事よ」
アルスが言った。しかしプラグは溜息を吐いた。
「俺は今度、星の日を最後に、もう外には出ないようにしようかな……鍛練もしたいし」
「星の日は出るの?」
「うん、礼拝に。一人で行く。絶対。特にアルスとは出かけない……」
「あらら。振られちゃったわ。でもそうね、あ……そうだわ、お見舞いしないと……何が良いかしら」
アルスが溜息を吐いた。
「お見舞いって、彼女の?」
「ええ、一応ね。さっき、馬車で言おうと思ったけど、個人的な事だから」
個人的な事だから控えた、と言う事だろう。
「そう言うのって侍女の仕事じゃないの?」
「いいえ、贈り物は自分で選んでいるわ。こういう物がいい、って伝えるだけなんだけど。貴方からも出す?」
プラグは首を振った。
「やめとく」
「そうね。それが無難よ。私は何が良いと思う?」
「……花? 涸れたら捨てられるし」
「そうね。それが無難ね。そうしましょう。後はお菓子……くらいかしら。いかにも他人行儀だけど……お見舞いはどうしよう……ううん……今回は発見者だし……迷うわ」
アルスは余程悩んでいるらしい。
「そんなに苦手なの?」
プラグは尋ねた。
するとアルスは溜息で答えた。双方、難しいお年頃なのだろう。
「お互いに苦手なら、会わない方が良いと思うよ。特に療養中は気を遣わせるだけだし」
「……そうよね。一言、手紙を添えるくらいで……お菓子もやめておこうかしら……捨てられたら嫌だもの」
「……そこまで?」
プラグは少し驚いた。
「私が悪いんだけどね。色々あったのよ。でも、とりあえず送ろうかしら。好きな物なら捨てられることもない、はずよね。でもやっぱりお見舞い行こうかしら……仲良くなれるかもしれないし……無理かしら……いや、無理よね」
アルスは項垂れてしまった。

「それにそもそも、もう怪我は治っているんだから、数日くらいよね? じゃあお見舞いする前に治っちゃうかも」
アルスの言葉にプラグは賛同できなかった。
『治療』のプレートでは、怪我は治るのだが、怪我を受けた衝撃が残り、痛みを感じたり、疲労感が出たり、後で熱が出たり、痕が治るのに時間が掛かったりする。
「いや、そんな事は無いよ。しばらく痛みが残る場合もあるって言うし。特に今回は、心に傷を負っていると思うから、辛いはずだ。お見舞いは行かなくても、きちんと何か送って、後は……彼女から話しかけて来たら、元気になった、って感じじゃないのかな。急がないでも、ゆっくり頑張れば……いつか仲良くなれる……かも……? 無理ならもう諦めたら?」
プラグの言葉に、アルスは盛大に溜息を吐いて、とりあえず、お見舞いは送るわ、と言った。

■ ■ ■

――翌日。
昼食前、プラグはリズに呼ばれた。

「おいプラグ、お前呼び出し、ちょっと来い」

候補生宿舎、一階の空き教室でリズは溜息を吐いている。
「えー、お前にイメイア家のおっさんが、礼をしたいと言っている……つかお前、なんで外出の度に問題を起こすんだよ! いい加減にしろって!」
頭を叩かれてプラグは項垂れた。
昨日はアルマティラの父が来るより先に宿舎へ送ってもらえたのだが……やはりこうなった。

「すみません……でも、今回は偶然ですし」
するとリズがプラグの頭をバシバシ叩いた。
「あーはいはい。んでどうすんだ? 会うか? 今朝、城で会ったんだが、目茶苦茶すげぇ勢いだったぜ」
「いえ、お礼は無しで結構です、と言っておいて下さい」
リズは深く唸った。
「んんんー、お前、表彰状もんだからな。まじで。断るか……できるかなぁ……」
彼女にしては珍しく歯切れが悪い。
「隊長ならできるでしょう。お礼があるなら、騎士団の教育が良いから、と言うことに……騎士団への献金でも貰ったらどうでしょう?」
「ばっか、お前、二千万だか三千万だか言ってたぞ? いや、だが娘の命はもっと高い、金には換えられないとかなんとか……あそこ、親バカ家族だからな……厄介だぞ」
「だから、献金か、それとなく上手く言って下さい。お願いします。目立ちたく無いんです……!」
プラグは手を合わせて頼み込んだ。
リズは「無理じゃね? ちょっと泳がせてみたらこれだし。アルスとのデートはどうしたんだよ、ちくしょう計算外だ。こいつどうすりゃ良いんだよ。いっそ監禁するか?」と呟いている。
リズは大きく頭を上げ、下げ、溜息を吐いて追い払う仕草をした。

「あー、もう、分かった、なんとか上手く言う。だが令嬢に関しては知らねぇぞ」
「俺も知りません。もう会いませんし……」
「はぁあ。まあ頑張れよ。適当に言っとく」
「ありがとうございます」
プラグは深く深く頭を下げた。

〈おわり〉


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「すみません! 治療して下さい!」
アルスは最後の階段を駆け上がり、ナダと共に教会の敷地に駆け込んだ。巫女長はまだ庭にいて、既にプレートを持っていた。駆け寄ってくる。風の精霊がいて、紅玉鳥も隣で羽ばたいている。
「ここに寝かせてちょうだい、息はある?」
「はい」
ナダがその場に寝かせて、巫女長が治療する。
「――ル・フィーラ!」
『アルマティラ』の体が光に包まれ、血が止まって、傷がふさがる。
アルマティラが呻いて、呼吸が落ち着いた。
アルスはほっとした。
「良かった、アルマティラ、しっかり! もう大丈夫よ! どうしてこんな……!」
アルマティラは血まみれで、気を失っている。
さっき偶然会って、いつも通り険悪な感じになって帰ったばかりなのに。途中で誰かが助けてくれなかったのだろうか。苦手な子だけれど、こんなのは酷い。
「落ち着いて、安静が必要です。下は大丈夫ですか」
巫女長のお婆さんが階段の方向を見て言った。名前は確か、パトリ様だったと思う。
「はい、プラグが行ったので大丈夫です」
「マドレ、お助けして。そっと、中へ運びましょう。――精霊さん、お願いします」
「はい」
ナダがそっと横抱きにして、礼拝堂に向かった。
マドレと呼ばれた風の精霊が階段の降り口に向かおうとした時、プラグが上がってきた。
「アルス、大丈夫――!?」
「ええ、何とか。治療して頂いたわ、そっちは?」
「大丈夫。近衛が来てくれた」
振り返ると、近衛兵が三名上がってきていた。
「良かった、彼女はもう中よ」
アルスはほっと息を吐いた。
アルマティラは礼拝堂に入ってすぐ、右側の長椅子に寝かされていた。
「アルマティラ様ッ!」「ご無事ですか!?」「大丈夫ですか!」
近衛達が駆け寄って膝を突いた。
彼等は近衛の青い騎士服を着て、赤いマントを羽織っている。
この教会の礼拝堂は、長椅子が左右に十列ずつある程度であまり広く無い。正面に聖樹を描いたステンドグラスが飾られていて、紅玉鳥の止まり木がある。床は石造りになっている。壁も外壁そのままの、白っぽい石壁だ。向かって左側に暖炉があり、右側には机が置かれている。花を描いた天窓が並んでいて、色彩豊かな光が降り注いでいる。目立つのは正面上にある丸窓のピンク色の花模様だった。
巫女長のパトリが彼女の手を握りながら頷く。
「大丈夫です、出血は止まりましたし、傷もふさがりましたが、当分は安静に。彼女のご家族は?」
「それが、御者と護衛は殺されてしまって。彼女は一人でした。ご無事でよかった……」
「街の安全が確認できるまで、こちらの教会で預かって頂こうか? 手紙で確認しろ」
「はい――」
若い一人が手紙で指示を仰ぐ間に、一番年上で三十歳くらいの、金髪青目の近衛兵が巫女長に「ベッドはありますか? あとは着替えをお願いしたいのですが」と言った。アルスは彼に見覚えがあった。
確か、名前はウェイナズ・ラ・ウーラ。城内勤務の近衛兵だ。
巫女長が頷いた。
「はい、巫女の部屋があります。ご案内します」
ウェイナズがアルマティラをそっと抱き上げた。
もう一人、ウェイナズより少し若い、黒髪黒目の近衛兵がアルス達に微笑んで話しかけて来た。彼にも見覚えがある。確か……ベルデン・ル・アータブという名前だ。
彼はウェイナズと違って城外勤務だったと思う。
「ありがとうござい――、ヒッ」
ベルデンはアルスを見て固まった。
「お、王女、様――!」
「え」
アルマティラを抱えていた、ウェイナズが振り返った。
そして彼もアルスを見てぎょっとする。
「王女殿下……ッ!? ――大変失礼致しました!」
今まで気づいていなかったらしい。まさかいるとは思わなかった、という感じだ。
ウェイナズは慌てて膝を突こうとしたが、アルマティラを抱えているので、アルスは「あっ、そのままで」と言って留めた。
「殿下、お怪我はございませんか!?」
ウェイナズが確認してくる。隣でベルデンが絶句して、慌てて膝をついた。
「ええ」
「おっ王女殿下!? 失礼致しました!」
三人目の近衛は淡い茶髪に黒い瞳の青年で、彼も慌てて膝をついて礼を取った。
彼の名前は――確かカシウス・ル・デルフォンだ。
アルスは頷いた。
「私は大丈夫です。それより早く、彼女を休ませてあげてください」
「はっ」
ウェイナズは頭を下げて、巫女長と共に礼拝堂を出て行った。
一瞬、どうするという空気が流れるが、すぐに持ち直し、残った二人は膝を突いたまま、腕を胸に掲げて礼を取り、アルスに話しかけて来た。
「王女殿下、改めまして……お怪我はございませんか」
「先程は本当にご無礼致しました!」
別に無礼は受けていないのだが、常套句だ。
「はい、大丈夫です。怪我はありません。イメイア侯爵令嬢は今、お父様がお城にいらっしゃるはずですが……」
アルマティラの家、イメイア家の領地は、ストラヴェルから三日ほどで着く場所にある。いつもいる訳では無いが、三年に一回の評議員選挙が近い事もあり登城していた。と言うより、アルマティラの父、エンディ・ラ・イメイア侯爵とは、今日、城で出会って軽く挨拶をされたのだ。
「はい、いらっしゃいます。ただ、安全が確認できるまでは、出てこられないと思います。殿下はどうなさいますか? ――ベルデン、外を確認してくれるか?」
「はい。殿下、失礼致します」
「はい」
アルスは頷いた。
たぶん、精霊達と、他にも近衛が来ているなら、外を見張っているはずだ。
アルスは少し考えた。
「そうですね……貴方は確か、カシウス兵士でしたよね。これは選挙がらみの襲撃だったのですか?」
「! ええ、その可能性はあります。ですが、駆け付けた時には既に襲撃されていて、ご令嬢が逃げ出した様子がありました。こちらの方向に、血と、ケープが落ちていたんです。そうしたら、偶然、山を登る男達の姿が見え、我々は追って参りました。間に合わないと思いましたが……助かりました」
カシウスが言った。アルスは胸が締め付けられた。
「そうだったのですね……アルマティラ……恐かったでしょうに……。私は指示に従います。とりあえず、安全が確認できたら、クロスティアの宿舎に戻りたいのですが……今日中に戻れそうですか?」
「はい。そのように取りはからいます。戻る際は護衛を付けますので、ご安心下さい」
そこで、壮年の近衛兵が息せき切って入って来た。
「王女殿下……!」
白髪交じりの、短い、赤い巻き毛――パーレウス小隊長だ。
パーレウス・ラ・レルクリスは『近衛騎士団・第一大隊・第三小隊』の隊長で、主にアルスの警護を担当している。
「小隊長さん!」
ストラヴェル王国の近衛騎士団は五つの大隊に分かれていて、その中でも『第一大隊』は王族の警護を専門とするエリートだ。
第一大隊は約四百人で、第一大隊は四つの小隊に、約百人ずつ分かれている。
『第一大隊・第一小隊』は国王プロノアと王妃ロザリナの警護を担当する。
『第一大隊・第二小隊』は第一王子タスクラデアの警護。
『第一大隊・第三小隊』は第一王女アルスティアの警護。
『第一大隊・第四小隊』は第二王女ミアルカの警護をそれぞれ担当する。
つまり、パーレウス小隊長はアルスにとっては非常に馴染みのある人物なのだ。
アルスの警護の隊長なのだからとても偉い。
アルスの『いつのまにかついている護衛』はこの『パーレウス第三小隊』の兵士であることがほとんどだ。あとは近衛の隠密と言う事もある。
アルスは気合いを入れて暗記した結果、第三、第四小隊の兵士約二百人の顔と名前を覚え、その他、第二大隊所属の兵士もだいたい分かるようになっていた。
第二大隊以降の小隊は続き番号になっていて『第五小隊』『第六小隊』『第七小隊』『第八小隊』『第九小隊』……と続いていき、全部数えると二十一の小隊に分かれている。
普通は大隊ごとに第一小隊、第二小隊、第三小隊、第四小隊と数え直すのだが、ストラヴェルの場合は役割が違っているので、通し番号として、『第×小隊』という呼び方をする事が多い。
四小隊ずつ集まって、一大隊になるので、所属小隊を聞けば何大隊所属かはすぐ分かる。
要するに、数が若い小隊がよりエリートだ。
今この場にいるウェイナズは確か、城内の一部と、城外の一部を担当する第七小隊の分隊長だ。分隊長は小隊の中に五人いて、二十人ずつをまとめている。隊長格から覚えていくのが暗記のコツだ。
カシウス、ベルデンは、まだ若いし、城外でしか見かけないので第八小隊だと思う。
二人の顔が分かったのは、街でも良く通る表通りの担当だからだ。
……第七小隊と第八小隊は警備区域が被っているのでややこしい。
ウェイナズは廷内、城内に入れるので急遽、駆け付けた、等かもしれない。
アルスの警護担当、第一大隊・第三小隊隊長、すごく偉いパーレウス・ラ・レルクリスは、現在、五十二歳。
白髪交じりの赤毛の巻き毛と、整えた口ひげを持つ。
アルスと髪の色が似ているので、祖父を知らないアルスは「おじいさんみたい」と思って懐いていた。これには訳があり、彼はアルスの実母、第二王妃レイラのなんとか繋がっているかな……くらいの遠縁にあたるのだ。と言うより貴族は誰もが誰かの遠縁であることが多い。
アルスが生まれて、誰か信頼出来る者を、と言う事で抜擢された。
体格はがっしりしていて、歴戦の強者と言った雰囲気だ。
実際に剣もプレートも強く前国王の時代からいる兵士になる。
パーレウスはものすごく急いだのだろう。はぁはぁと息が上がっている。
「小隊長さん、お水、飲みますか?」
「いえ、殿下、ご無事ですか……!」
「私は大丈夫です、下は大丈夫でしょうか?」
「もうしばらくお待ち下さい。イメイア家に恨みがある者の仕業のようです。侯爵令嬢は安静が解けるまで、しばらくこちらで療養なさって頂く事になりました。彼女のお父様が来るのはもう少し後になります。無事は伝えてありますので。――、一応、事情をお聞かせ願えますか? そちらの候補生さんも、どうぞ、おかけになってください」
ここでようやくプラグが話しかけられた。プラグはずっと無言で立っていたが、勧められた場所に座った。右側最後列にある椅子の右端だ。アルスの座る位置とは真ん中の通路を挟んで隣になる。
ちょうどラ=ヴィアが戻って来て、実体化したままプラグの後ろに控えた。ナダ=エルタもラ=ヴィアの奥に並んだ。
パーレウスは通路の真ん中で、右膝を突いて話し始めた。
「さて、王女殿下、ご無事で何よりです。報告を聞いて心臓が止まりかけましたぞ。で、何があったのでしょうか。こちらの方が駆け付けて下さった、と伺いましたが、今後の調査の為に詳しい経緯を確認しておきたいのです。ああ、ご令嬢には首都の巫女と城の侍女がついていますからご安心ください」
アルスは頷いて、話し始めた。
「分かりました。私は今日、お父様に会った後、こちらの教会に来ました、そうしたらアルマティラが先にいて、いつも通り、ちょっと話して、分かれたんですけれど。その後、プラグが来て、しばらくベンチに座って話していたら……ちょうどプラグが立って下を見たとき、逃げるアルマティラを見つけて、えっと……彼がそのまま飛び降りて助けました」
正直に話すとこうなるが……彼と待ち合わせしました、とは言いにくい。
パーレウスはプラグを見た。
「……ふむ? なるほど。王女殿下は、彼とは待ち合わせをしていましたか?」
「ええ、はい。景色を見ようって」
アルスは内心で苦笑していた。
端折ったところを普通に聞かれてしまった。
パーレウスは小隊長だけあって、とても優秀なのだ。
「ふむ。わかりました。プラグさんですね。すみませんが、今日の事をなるべく詳しくお聞かせ願えますか? お出かけになった時から。何時頃出られましたか?」
プラグは頷いて話し始めた。
「はい。宿舎で昼食を摂った後、ちょうど一時頃に出ました。今日はリズメドル隊長の許可があって、精霊を二体連れて出ました。精霊の気分転換だそうです――」
プラグは道中の事をとても正直に話した。
プラグは、たまに行く八百屋で呼び止められて立ち話をして、屋台で呼び止められてプレッツェルをおまけしてもらって、かまどの近くで精霊達に食べさせていると、通りがかった女性に声をかけられた、と話した。
……聞いたよりも声をかけられていて驚いた。
「――と言う事で、アプリア隊士にお礼を伝えて下さい、とのことでした」
「ほう。なるほど、それで?」
パーレウスが深く頷いた。
「はい。そして山に登って、途中のベンチがある場所で、上から、日傘を差してあの令嬢が降りてきました。階段が狭かったので降りるのを待っていて、その後すれ違おうとしたんですが、話しかけられて……。彼女が俺の名前を知っていて、あれ、と思ったんですが、元候補生のアルマティラさんだと名乗りました。その時、傘を閉じて下さって初めて顔が見えました。確かに見覚えがあったので、しばらく立ち話をしました。あ、彼女は座っていましたが。彼女は候補生を辞めたことを後悔していて、最近、勉強している……近衛の勉強会? があるから、良かったらどうでしょうと言って、俺に手紙を差し出しました。紹介状らしかったです。でもイメイア家と聞いて、とても無理だと思ったので断って、受け取らずに去りました」
アルスはプラグはやっぱり賢いと思った。……思った以上かもしれない。
たぶん、アルマティラとの会話を正直に話すことで、余計な問題を防ごうとしているのだ。
「その後、教会に来てアルス――ティア王女殿下と会って、先に礼拝を済ませて、その後は雑談をしました。途中で下を見たら、ちょうど先程令嬢と会った踊り場で、彼女が逃げているのが見えました。男が三人いて、危ないと思ったので、リズメドル隊長の精霊――あ、こちらの精霊に頼んで飛び降りて、助けました。全部精霊がやってくれて、俺は何もしていません」
プラグはしれっと言ったが、中々凄いと思う。
あと、アルスとの会話は『雑談』で上手く片付けた。
「ほお……飛んだ?」
「ええ、偶然、飛びました」
「ふむ……飛翔で?」
「いえ。精霊が上手く運んでくれました」
「はぁ。なるほど? どこから飛んだんですか?」
「表の塀からです。ベンチのある」
「え、あそこから? ……え? どこに降りました?」
「階段の途中に」
「え? 転びませんでしたか?」
「いえ。精霊が上手く支えてくれましたし。最初は着地せず、手に捕まっていたので」
「はぁ、お怪我は?」
「無いです」
パーレウスが目を丸くした。
アルスもまさか飛び降りるとは思わなかった。今日は『飛翔』を持っていなかったし、中腹の踊り場付近は、確かに上からは良く見えるが、その分、塀の下は崖で、急斜面だ。あの踊り場までは高さが……よく分からないが、十五メルト以上はあって、距離も結構ある。
「……では、その後は?」
「その後はあるすてぃあ王女が、俺の精霊と一緒に降りてきたので、精霊に令嬢を任せて、先に上がってもらい、残りの男達を精霊に頼んでなんとかしてもらいました。その後皆さんが駆け付けて下さって、今、という感じです」
――アルスティア、と言いにくそうだ。
アルスは付け加えた。
「プラグが教会なら治療のプレートがある、って言ってくれたので、それで戻って、巫女長にお願いして、彼女の怪我を治して頂きました」
アルスの言葉に、プラグは小さく頷いた。
プラグに言われなかったら、アルスは迷わずその場で聖女の力を使っていただろう。その場合、アルスにも危険があったかもしれない。これは一番感謝している。
「ふむ。王女殿下、アルマティラ様はどの程度の外傷でしたか?」
パーレウスがアルスに尋ねた。
「ええと、左肩がざっくり切れていて、後は左の肩と、頭からも血が流れていて、たぶん、背中も数カ所刺されていました。ドレスは血だらけでした。私は力を使おうとしたんですけど、プラグに間に合うと言われたので……」
「そんな感じです」
プラグはさらりと言ってのけたが、パーレウスは唸った。
「……うーん……凄いですね。わかりました、もうしばらくお待ち頂いて、そうしたら、お二人とも、部下達がお送りします」
「わかりました」
プラグは静かに言って口を閉じた。大人しげな、見事な『よそ行き』姿勢だ。
大変な美少年なのでただ座っているだけで絵になる。
――アルスはパーレウスに話しかけた。
「小隊長、私、アルマティラを見て来ても良いですか? 心配で……」
「ええ、勿論。ああ、プラグさんもご一緒に」
「いえ、結構です。女性の寝室ですし」
プラグはあっさり断った。
「ああ、そうですな。わかりました」
パーレウスが深く頷いた。
そこで黒髪黒目の、ベルデンが入って来た。右腕を曲げて、拳を胸の前に掲げ、しっかりと敬礼を取る。これはアルスがいるからだ。まあ、いなくても小隊長は偉いので敬礼するのだが。
「王女殿下、以下、小隊長にご報告致します。令嬢が目を覚まされました!」
「おお、そうか。よかった、首の皮が繋がったな……」
パーレウスが太い首を撫でて苦笑した。アルスは笑った。
「小隊長の首の皮って、何枚あるのかしらね? ――良かった、大丈夫なの……?」
「……それが、体は良いようなのですが、泣いて恐がっていて……よほど恐い思いをされたのだと……」
ベルデンが沈痛な面持ちで眉を顰める。
「……そうなの」
無理もないとアルスは思った。御者と護衛が殺されたと言うから、たぶん必死で逃げてきたのだ。ここに行けば少なくとも巫女長はいるし、聖女のアルスもいるし、候補生のプラグもいる。
「それで、助けて下さったそちらの方にお礼が言いたいと……震えて落ち着かない様子で。来て頂けますか?」
「……わかりました」
プラグは静かに頷いた。
アルスも立ち上がった。
「私も声をかけます……大丈夫かしら……」
アルマティラはとても気丈な子なのだが、こんな事は初めてだろう。
アルスでは役に立たないかもしれないが、もしかしたら、少し仲良くなれるかもしれない。
アルスとプラグ、パーレウスはベルデンに案内され、教会の奥棟に入った。
部屋の入り口でパーレウスは、私は待ちます、と言って、プラグとアルスが入った。
アルマティラはベッドの上で震えて、泣いて、ほとんど錯乱していた。
巫女長が側について抱きしめている。
「もう大丈夫ですよ、恐かったわね」
「うううう……! ランバーク……!! うううううーっ……!」
彼女は泣きじゃくっている。アルスは自分ではどうしようもないと思って、部屋の隅に控えた。プラグは静かに進んで、床に両膝を突いた。
「あの……大丈夫ですか?」
「!」
アルマティラがプラグを見て目を丸くする。
「――ああ、ありがとうござます!! ああ! 本当に!! 本当に!」
アルマティラはプラグに抱きついて、しばらく感謝を述べ続けた。
「貴方がいなかったら死んでいました、ありがとうございます……!!」
アルマティラはプラグの手を握って、頭を深く下げた。
プラグは頷いて、微笑んだ。
「いいえ、ご無事でよかった。痛いところは無いですか?」
気遣いにあふれた優しい声色だった。
アルマティラは、はっと息を呑んで、正気を取り戻した。
「あ……はい、もう、ほとんど大丈夫です、パトリ様が治してくださって……」
アルスは今日まで知らなかったが、この教会はアルマティラが良く行く場所だったらしい。
アルマティラが自分の格好を見下ろした。
今は寝間着なので、少し恥ずかしくなった様子だ。真っ赤になってうつむいた。
「よかった、ほっとしました。安静にしてください。お父様が首都にいらっしゃるそうですね」
「あ――はい……すぐ来ると思います……」
「良かった。もう安心ですね」
「はい……あ、あの――なにか、お礼を……!」
「いえ、大丈夫ですよ。言葉だけで充分です。ゆっくり養生なさって下さい」
プラグは微笑んで、そっと立ち上がった。
巫女長が「お嬢様に、何か温かい物をご用意しますね」と言って微笑んだ。
プラグは「お願いします」と言って頷き「では、俺はこれで」と言って、立ち去った。
プラグは優しい顔立ちをしているので、微笑んだように見えた。
――アルスは、アルマティラの切なげな表情を目撃した。
■ ■ ■
――侯爵令嬢アルマティラは泣きじゃくっていた。
慰めたつもりだが、プラグにはどうすることもできない。
「皆様も少し休憩を。奥でお茶をお出しします」
部屋から出た後、若い巫女が声をかけてきて、プラグとアルス、パーレウス小隊長は別の部屋に移動した。
仕事部屋のような小さな部屋で、中央に六人掛けのテーブルがある。
向かう途中で、霊体になったラ=ヴィアとナダ=エルタが合流した。
「こんな所で申し訳ございません。お茶はもうすぐ用意ができます」
巫女長はアルマティラについているので、そのまま若い巫女が対応してくれた。
「いえ、大丈夫ですよ」
アルスは微笑んだ。
間もなく、扉がノックされ、城の侍女が紅茶を持って来た。
侍女は巫女に「こちらは大丈夫です」と微笑んで、下がってもらっていた。
そのまま紅茶を注ぎ、三人に差し出す。
もちろん、アルス、小隊長、プラグの順だ。
「砂糖はいりますか」
「はい」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
プラグは紅茶を受け取ったが。熱そうなのでしばらく置いておく。
「では一応毒味と言う事で。熱ッ」
小隊長は先に口を付けた。
「ああ、気を付けて」
アルスが苦笑した。二人は親しい間柄らしい。
しかし王女は毒味が必要……確かにそうだ。紅茶を用意したのは城の侍女らしいから、小隊長のこれは冗談だろうが、プラグは先程アルスと普通にプレッツェルを食べてしまった。いつも一人で出歩いているし。アルスはこれでいいのだろうかと少し考えた。
さすがに、護衛はどこかにいるはず、と思うのだが……気配を感じたことは無い。
あるとしたら……本職でプラグが気付けないか、プレートを使っているのかもしれない。
プラグは今度、探してみようと思った。
……そう言えば授業で、姿を隠すプレートはこの国がほぼ専有していると教わった。
プレートに限らず、姿を隠す効果のある物は精霊結晶や精霊石も、個人所有は重罪で取り締まっているとも。
(霊体の精霊でも厄介だからな……見つける方法は確立されているのかな?)
プラグは今度リズに聞いてみようと思った。
「あ、そうだ。小隊長さん、一番はじめに来てくれた、ウェイナズさん、ベルデンさん、カシウスさん達を褒めてあげて。落ち込んでいそうだったから。持ち場もバラバラよね。良く駆け付けてくれたわ……」
アルスが言った。
「ええ。カシウスとベルデンは、城の門兵ですよ。だいぶ端っこの。助けを呼びに行った市民がいて、大急ぎで走ったんです。何人かは報告に行って……良く間に合いました。いや間に合ってないんですけど、門兵も精霊は持っているから」
パーレウスが言った。
アルスが首を傾げた。
「どんな状況だったんです? アルマティラ、あの教会に良く行くって言ってましたけど……もしかしてそれで?」
「ええ、結構、大人数で……走り出した馬車を追いかけて、囲んだようでして。護衛は馬車から令嬢を逃がして死んで、御者も死んでしまったそうです。途中、馬車が横転していました」
「! なんてこと……そうだったの。でもまさか、アルマティラが狙われるなんて……あの様子だと、誘拐目的じゃないのよね……? 大変な事だわ」
「ええ、詳しくは調べてから、という感じですな」
「そう。私からもお願いするわ……」
アルスはそこで話を終わらせた。
プラグの側にはまだ、霊体のナダ=エルタとラ=ヴィアがいるのだが、そう言えば話を聞いていいのだろうか、と思って振り返り、プレートにしまう事にした。
「あ。精霊、出したままでした。二人とも、中に入って」
『あ、はい』
『み』
「あら、二人がいたの?」
「ああ。すみません、聞いてしまって」
「構いませんよ。今回の件は目撃者も大勢いましたから」
パーレウスが言った。
「そうですか」
プラグはそれで口を閉じた。
紅茶が冷めたようなので、一口飲んだ。甘くて美味しかった。
アルスも紅茶を飲んで、はぁ、と息を吐いた。
「私、あの子とはあまり親しくないけど、顔見知りだから……複雑だわ……。でも、今日は来て良かったわ。プラグもありがとう」
「うん」
アルスの言葉にプラグは微笑んだ。
そして首を傾げる。
「友達じゃ無いんだ?」
「ええ、私、友達がいないのよ」
「そうなんだ」
プラグはあまり聞かないでおくことにした。アルスは度々、アルマティラに含みを持たせるので、たぶん本当は仲が良くないか、余程仲が悪いのだろう。それはアルスの証言を聞くと小隊長も知っている様子なので――周知の事実であるようだ。……まあ精霊にも相性があるのだから人間にも相性があって当然だ。
「でもそんなに、悪い子には見えなかったけど……?」
プラグは言ってみた。
今の所、アルマティラは大人しそうで、礼儀正しい女の子、と言う印象だ。
「え……ええっとね、うん、そうよ、悪い子じゃないのよ。うん。個性的って言うか、うん……」
アルスが唸るので、さすがにプラグは苦笑した。
「そうなんだ? 小隊長さんも知っているとか?」
プラグは首を傾げてみた。
「さてどうですかな」
パーレウスは苦笑して、素知らぬ顔をした。
国によるが、大抵の王族は人を嫌っていけないと教育をされる。王族、たとえば王女が『あの人が嫌い』などと言ったら大騒ぎになるし、下手したら相手は処刑されてしまう。
「プラグには話したいけど、でも、アルマティラがいるから。悪口になっちゃうわ。もう気にしないで。でもそのうち聞こえてくるわよ……」
アルスが溜息を吐いた。
「わかった。そうする。気にしない」
プラグは頷いた。よく分からないが、女同士の事に、男が関わるとろくな事にならない。知らない振りが一番だ。
「でもアルスも、女の子だったんだな……あ、王女殿下も、女の子だったんですね」
プラグは失礼かと思って言い直したが、やはり失礼な事を言ってしまった。
「どういうこと?」
アルスが首をひねった。
「すごく良くできた王女様だから、ずっと感心していたけど。人間味があってほっとした……という感じ」
「ああ、そうなの? ふぅん……そういう考え方もあるのね……人間味……ふぅん……ねえ、私、今日、アルマティラと仲良くなれるかな、って思ったんだけど、貴方はどう思う? ……でも思った以上に深刻で、そういう感じでも無いから……難しいかしら。そんな事を一瞬でも思った自分が恥ずかしいわ……」
アルスが溜息を吐いた。アルスにはアルスなりの葛藤があったらしい。
「今は、無理することは無いよ。アルマティラさんも疲れているだろうから。そっとしておくのがいいと思う」
言いながらプラグは気付いた。アルスとアルマティラの仲が良かったら、あるいは普通であったなら、アルスは側に付いている事を選んだだろう。そうしないと言う事は、側にいると相手の気が休まらない程、仲が悪いのだ。まあ、気が合わない相手というのは、いる物だろう。
「そうよね、さすがに。うん、そうする。そろそろ帰れるかしら?」
「さて――ああ、君、すまんが、誰か騎士を寄越してくれるか。報告を聞きたい」
パーレウスが侍女に言った。
「はい。畏まりました」
パーレウスの言葉に、侍女が頭を下げて出て行った。
「私は残ってイメイア侯爵を出迎えるので、お二人は先にお戻り下さい」
「そうするわ……プラグも早く逃げた方が良いわよ、すごいお礼をされそうだもの」
アルスが苦笑した。
「そうする」
プラグはしっかり頷いた。するとパーレウスが「おや」と眉を上げた。
「折角なので、お礼を頂いては? ああ、近衛からも後日、お礼をしなければなりませんね」
「いえいえ! 結構です。何もいりません」
プラグは慌てて断った。
『プラグ・カルタ』はこの大陸の神――大精霊カド=ククナの、仮の姿であるから、目立たないように心がけているつもりだ。見た目は派手だが、とても頑張っている。プラグは……ククナよりは目立たないと思う……。少なくとも光らない……。
「そんな、勿体ない」
とパーレウスは少々わざとらしく言うのだが。プラグはパーレウスを見た。
「俺はまだ学生ですし……近衛からもお礼はいりません。頂いても受け取らないでしょう」
パーレウスはアルスと親しく、話の分かりそうな雰囲気なので、一応、意思表示をしておこうと思った。
――ただ単純に優しい小隊長、と言うだけでは無さそうなのがなんとも言えない。
親しげな雰囲気も、あえてそうしてくれているのだろう。王女の為なら命を賭けます顔に書いてある。
すると今度はアルスが首を傾げた。
「変なの。もらえばいいのに。感謝状とか、ちょっとしたお金と記念品くらいよ?」
「いや。受け取れないよ。無理」
「ふぅん……わかったわ、貴方がそう言うなら、仕方無いわね。小隊長さん、悪いけど、そうしてもらえる? いらないって」
「仕方無いですな。わかりました、そうしましょう」
「助かります」
プラグは頭を下げた。アルスがいて本当に良かった。
……アルスの接し方を見ていてもパーレウスが有能だと伝わってくる。アルスはパーレウスを信頼しているようだ。
「でもイメイア家の方は、私ではなんともなりませぬ」
パーレウスが言った。
「それは、……リズメドル隊長を通して頂けると助かります」
プラグは項垂れた。頭の痛い話だ。
「なるほど、ではそう致します」
パーレウスは一応、請け負ってくれた。
そこで近衛兵が入って来て、馬車の用意ができたので、どうぞ、と言った。
「ああ、では下までお見送りします」
――アルス達はぞろぞろと大人数で階段を降り始めた。
まだ日が傾き始めた頃で、夕食には間に合うだろう。
そのまま下まで行くかと思ったら、ついでにと、パーレウスにどの辺りでどう戦ったかと聞かれた。呆れる程優秀というか、実直だ。
プラグはあきらめて正直に話した。しかしラ=ヴィアがやってくれたのであまり何もしていない。
「そこから飛び降りて、精霊に捕まってこの段あたり、ですね、で男を雑に蹴飛ばして、後は勝手に落ちてくれたので、精霊に任せました」
プラグは飛んでいる途中でラ=ヴィアに、手を放さないように、蹴飛ばす、と言ったがその辺りは省略した。飛翔が無いので、降ろしてもらう時も少し慎重にやってもらった。
ラ=ヴィアとプラグは呼吸がぴったりなのだ。
「はあ。よく飛ぶんですか?」
「え? いやまさか」
「精霊に任せたというのは一体何故でしょう?」
「いや、危ないですよ。階段だし……」
「ああ、なるほど。そうですな……ふむ」
そしてパーレウスは駆け付けた近衛三人の話も聞いた。
話が一致しているか確認しているようだ。
「先行させた精霊が言うには、もう刺される、間に合わない、と言う所でしたから、間に合ったのは彼のおかげです」
「ええ、下から少し見えましたが、あっと言う間に片付けてしまって」
「下には水が一気に来ました、凄く強そうな精霊がいて。あ、男達は皆、生きてました」
「……ふむ。その強そうな精霊の話も聞きましょうか」
パーレウスがついに少し困る事を言ってきた。だがもう、リズの精霊と言う事で乗り切るしか無い。
「はい、ラ=ヴィアさん」
プラグは踊り場でプレートを手に持って、ラ=ヴィアを呼んだ。
ラ=ヴィアは貫禄全開で出てきた。
空中に浮いて人間を見下ろし、手には金色の枝を持っている。
古風なドレスが風にゆらめき、羽を広げ、しっかりポーズを決めている。
「愚かな人間共よ――ラ=ヴィアは世界一強く、世界一賢い!」
ラ=ヴィアは堂々と言い放った。
「おお……これは、確かに、強そうな精霊ですね。姿も古い。何の精霊ですか?」
「何の精霊かは知らないんですが、水の精霊らしいです。リズメドル隊長の精霊で、今日は、気晴らしに連れて行ってくれと言われて」
「ほう」
――するとラ=ヴィアが厳かに頷いた。
「ラ=ヴィアは退屈していた。だから外に出た。それだけだ」
「ほう。貴方が男達を倒して下さったのですか?」
「ミ。ラ=ヴィアは世界一強いので、造作もないことだ。人間よ。そこな精霊達にも褒美を取らせるように。甘くて美味しいお菓子が良い」
ラ=ヴィアが優雅に金の枝を動かし、近衛の精霊達を指した。
「我らはお菓子が無ければやる気が起きぬ。此度働いた者には、何か食べさせるように……そうしなければ、この国は滅ぶであろう」
精霊達は皆、じっと固まったまま反応しなかったので、ラ=ヴィアが口止めしてくれたのだろう。お菓子は口止め料……かもしれない。
「なるほど。分かりました、そうします。ご協力、感謝致します」
「ミ。良きにはからえ」
ラ=ヴィアはプレートに戻った。プラグは苦笑した。
そしてパーレウスと分かれ、アルスと二人――ではなく、金髪青目の近衛、ウェイナズも一緒に馬車に乗り込んだ。
「ウェイナズさんは確か城内の近衛兵ですよね。所属は……第七小隊の、分隊長さんで合っていたかしら?」
「! ええ、はい、その通りでございます」
アルスはウェイナズに話し掛けていたので、プラグは二人の話を聞いていた。
アルスは今日の事や、駆け付けた経緯を聞いた。
カシウスとベルデンその他数名が報せをもらって、二人はすぐに追って、次に聞いたのが近くにいたウェイナズの分隊で、ウェイナズの分隊は他の門番や近衛兵達が報告する間に令嬢達を追ったのだという。
「本当に、間に合わないところでした。ありがとうございます」
プラグはまた感謝されてしまった。
プラグは首を振った。
「いいえ。侯爵令嬢が頑張ったんだと思います」
「……そうですね。……護衛も……御者も頑張ったでしょう。立派です」
ウェイナズは少し悲しげな顔をした。
アルスが深く頷いた。
「ランバークさんが、アルマティラを守ったのは本当に立派だわ……御者も知っている方かもしれないわ……アルマティラに何て声を掛ければいいのかしら……」
アルスが言ったので、プラグはアルスに尋ねた。
「王女殿下は護衛の方と、面識があったのですか?」
「ええ、護衛のランバークさんは、彼女が来る時はいつも一緒だったから。とても悲しいわ」
ウェイナズが頷いた。
「実は、私もお見かけしたことがあります。まだお若い方なので……残念です」
「そうね。でもアルマティラは助かった。そのことを称えて、喜びましょう……。動いて下さった方にも、感謝します。私の友人を助けて下さって、本当にありがとうございます」
アルスは胸に手を当て、僅かに微笑んだ。
「称えられるべきはこちらの彼です。我々は全力を以て、犯人を捕らえます」
ウェイナズがしっかりと頷いた。
アルスは微笑み、その後、軽い口調でウェイナズに最近はどんな仕事をしているか尋ねた。
プラグは『そんな気軽に聞いて良いんだ?』と思ったが王女だからいいのだろう。
中々聞けない話なので興味深かった。
「星の日が近いので、今はその準備でしょうか」
「ああ、七月七日の礼拝よね。人が多いもの、大変でしょう」
「はい。毎年の事なのですが、今回の事件もあったので、配置が変更されるかもしれません」
「倒れないように頑張って下さいね」
「はい」
アルスがふと思い出したように言った。
「そう言えば近衛の皆様は、選挙の準備って、されているんですか」
「やっていると思いますが。詳しくは申し上げられません」
ウェイナズが言った。アルスが微笑んだ。
「いえ、気にしないで下さい」
ウェイナズが警備を担当していたとしても、今回の件で大幅に見直しになるだろう。
「――その選挙って、評議員の選挙ですよね。七月の終わりの」
プラグは敬語でアルスに尋ねた。アルスが頷いた。
「ええ、今は皆、最後の票集めに忙しいはずよ。今回の件は、近衛に任せておけばなんとかしてくれるはずよ」
「どんな感じなんだろう? 首都は賑やかだって聞いたけど……」
「各領から、領主かその代理人が首都に来るの。馬車が沢山止まって、普段会えない方々に会えるわ。お城は大忙しなの。票数は領主と、くじで当たった貴族合わせて百くらいだから、その日の内に開票されて、お城で発表されるわ。舞踏会もあってね、着飾った貴婦人が沢山来るの。あ、これは投票する人もそうね。プラグのお父様、カルタ伯爵もいらっしゃるんじゃない?」
「あ。うん、そう言ってた。でも忙しいみたいだから、会えないと思うよ。外には出ないつもり。あと、きっと休みじゃないな。確か休みがずらされてた」
プラグは苦笑した。
「そうね、そうかも」
「アルス――ティア王女殿下は、舞踏会に参加されるんですか?」
プラグは言いにくいな、と思いながら尋ねた。
「うーん。勤めではあるんだけど……今年は勉強が優先かも。聞くのを忘れていたわ……。お父様に後で『手紙』しようかしら。何かあったら連絡しろって」
「和解できたんですね?」
プラグは言った。国王はやはりアルスが大事なのだ。鍵もついたし、少しは安心しているといいのだが……。
「ええ、隊長のおかげでね。あ、そろそろ着くわね」
騎馬兵に囲まれた馬車は、市街地から城内に入った。直接宿舎にはつけず、クロスティア騎士団本舎前で停車する。
「――馬車はここまでだそうです。後は宿舎の入り口まで他の者が警護します」
「ありがとうございます。付き合わせてしまって申し訳ありません」
アルスが苦笑する。
「いえとんでもない。さ、どうぞ」
そしてウェイナスに敬礼で見送られ、後は、徒歩の近衛兵と共にぞろぞろ歩き、宿舎の入り口まで送ってもらった。
……プラグはこれが正しい王族の移動だと思った。
一人で身軽に出かけるアルスがおかしいのだ。
プラグは今までアルスの事を『ごく普通の王女様』だと思っていたが、実は、変わっているのかもしれない。
もちろん、候補生達に何事かと聞かれたが『街で事件があって、アルスに迎えが来た』と言って事なきを得た。
■ ■ ■
「疲れたわー! 久しぶりに王女をやったわ!」
アルスは部屋に入るなり、ベッドに寝転がった。
「お疲れ様」
「何かあったんだって? 出かけたやつら、皆すぐ帰ってきてた」
シオウが尋ねてきたので、プラグは今日あったことを説明した。
すると、呆れた、と言う顔をされた。
「お前そのうち素行不良で退舎になるんじゃね?」
「あら、今回は良い事よ」
アルスが言った。しかしプラグは溜息を吐いた。
「俺は今度、星の日を最後に、もう外には出ないようにしようかな……鍛練もしたいし」
「星の日は出るの?」
「うん、礼拝に。一人で行く。絶対。特にアルスとは出かけない……」
「あらら。振られちゃったわ。でもそうね、あ……そうだわ、お見舞いしないと……何が良いかしら」
アルスが溜息を吐いた。
「お見舞いって、彼女の?」
「ええ、一応ね。さっき、馬車で言おうと思ったけど、個人的な事だから」
個人的な事だから控えた、と言う事だろう。
「そう言うのって侍女の仕事じゃないの?」
「いいえ、贈り物は自分で選んでいるわ。こういう物がいい、って伝えるだけなんだけど。貴方からも出す?」
プラグは首を振った。
「やめとく」
「そうね。それが無難よ。私は何が良いと思う?」
「……花? 涸れたら捨てられるし」
「そうね。それが無難ね。そうしましょう。後はお菓子……くらいかしら。いかにも他人行儀だけど……お見舞いはどうしよう……ううん……今回は発見者だし……迷うわ」
アルスは余程悩んでいるらしい。
「そんなに苦手なの?」
プラグは尋ねた。
するとアルスは溜息で答えた。双方、難しいお年頃なのだろう。
「お互いに苦手なら、会わない方が良いと思うよ。特に療養中は気を遣わせるだけだし」
「……そうよね。一言、手紙を添えるくらいで……お菓子もやめておこうかしら……捨てられたら嫌だもの」
「……そこまで?」
プラグは少し驚いた。
「私が悪いんだけどね。色々あったのよ。でも、とりあえず送ろうかしら。好きな物なら捨てられることもない、はずよね。でもやっぱりお見舞い行こうかしら……仲良くなれるかもしれないし……無理かしら……いや、無理よね」
アルスは項垂れてしまった。
「それにそもそも、もう怪我は治っているんだから、数日くらいよね? じゃあお見舞いする前に治っちゃうかも」
アルスの言葉にプラグは賛同できなかった。
『治療』のプレートでは、怪我は治るのだが、怪我を受けた衝撃が残り、痛みを感じたり、疲労感が出たり、後で熱が出たり、痕が治るのに時間が掛かったりする。
「いや、そんな事は無いよ。しばらく痛みが残る場合もあるって言うし。特に今回は、心に傷を負っていると思うから、辛いはずだ。お見舞いは行かなくても、きちんと何か送って、後は……彼女から話しかけて来たら、元気になった、って感じじゃないのかな。急がないでも、ゆっくり頑張れば……いつか仲良くなれる……かも……? 無理ならもう諦めたら?」
プラグの言葉に、アルスは盛大に溜息を吐いて、とりあえず、お見舞いは送るわ、と言った。
■ ■ ■
――翌日。
昼食前、プラグはリズに呼ばれた。
「おいプラグ、お前呼び出し、ちょっと来い」
候補生宿舎、一階の空き教室でリズは溜息を吐いている。
「えー、お前にイメイア家のおっさんが、礼をしたいと言っている……つかお前、なんで外出の度に問題を起こすんだよ! いい加減にしろって!」
頭を叩かれてプラグは項垂れた。
昨日はアルマティラの父が来るより先に宿舎へ送ってもらえたのだが……やはりこうなった。
「すみません……でも、今回は偶然ですし」
するとリズがプラグの頭をバシバシ叩いた。
「あーはいはい。んでどうすんだ? 会うか? 今朝、城で会ったんだが、目茶苦茶すげぇ勢いだったぜ」
「いえ、お礼は無しで結構です、と言っておいて下さい」
リズは深く唸った。
「んんんー、お前、表彰状もんだからな。まじで。断るか……できるかなぁ……」
彼女にしては珍しく歯切れが悪い。
「隊長ならできるでしょう。お礼があるなら、騎士団の教育が良いから、と言うことに……騎士団への献金でも貰ったらどうでしょう?」
「ばっか、お前、二千万だか三千万だか言ってたぞ? いや、だが娘の命はもっと高い、金には換えられないとかなんとか……あそこ、親バカ家族だからな……厄介だぞ」
「だから、献金か、それとなく上手く言って下さい。お願いします。目立ちたく無いんです……!」
プラグは手を合わせて頼み込んだ。
リズは「無理じゃね? ちょっと泳がせてみたらこれだし。アルスとのデートはどうしたんだよ、ちくしょう計算外だ。こいつどうすりゃ良いんだよ。いっそ監禁するか?」と呟いている。
リズは大きく頭を上げ、下げ、溜息を吐いて追い払う仕草をした。
「あー、もう、分かった、なんとか上手く言う。だが令嬢に関しては知らねぇぞ」
「俺も知りません。もう会いませんし……」
「はぁあ。まあ頑張れよ。適当に言っとく」
「ありがとうございます」
プラグは深く深く頭を下げた。
〈おわり〉