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第4章~第5話 ネズミの楽園・ユニバース25⑤~

ー/ー



 翌日の放課後、私は生物心理学研究会に相談を持ちかけてきた九院さんや親友の佳衣子と一緒に、ネコ先輩が指定した第三会議室に向かった。

 会議室とは言っても、そこは、ほとんど物置代わりに使われている空き教室で、普段は会議用の長机も教室の後方に折りたたまれて仕舞われている。

 ネコ先輩は、そんな一室の空きスペースに真ん中で、なにやら作業をしていた。そばには、子供が、いくつものダンボール箱をつなぎ合わせて作った秘密基地のような大型の工作物が置かれている。

「キミたちに、こ《・》()()()()()()()姿()を見せてあげるよ」

 という彼女の一言に、美食家たちをも唸らせる()()()()寿()()が食べれるんじゃないか? くらいの期待に胸を踊らせながら第三会議室に入った私は、その3メートル弱四方の大きさの工作物を目にして、いぶかしむ。

「こんにちは、ネコ先輩。なんですか、このダンボールで作られた大きな箱は?」

 私が声をかけると、四畳半ほどの広さのダンボールハウスの中に何かのオブジェを設置していた彼女は顔を上げて返答した。

「やあ、キミたち。良く来たね。昨日、こ《・》()()()()()()()姿()を見せてあげる、と言っただろう? ご覧のとおりさ」

「いや、ご覧のとおり、って言われても……」

 ネコ先輩の言葉に困惑する九院さんの一方で、佳衣子は、なにかに気づいたようだ。

「この大きさ……もしかして、昨日、話してた『ネズミの楽園』の実験室の大きさですか? たしか、博士が作った実験部屋は、2.7メートル四方の大きさって言ってましたよね?」

 下級生の言葉に、先輩は満足気にうなずきながら、手を叩く。

「素晴らしい記憶力だ! そのとおりだよ。壁の高さも1.4メートルと実物大に合わせておいた。良ければ、中も覗いてくれたまえ」

 ネコ先輩の言葉にうながされた私たちは、言われたとおり自分の目線より少しだけ低い壁越しに、ダンボールハウスを覗き込む。
 その中には、動物用の給水ペットボトルが何本も設置され、さらに、リアルな形状の8匹分のネズミのフィギュアが置かれていた。

「中のマウスも、実験に使われたドブネズミの平均的な大きさを模したものを用意した」

 私たちが、ダンボールハウスから目を離し、ふたたび、ネコ先輩の話に耳を傾けると、彼女はこう問いかけてきた。

「さて、この中では、実験開始時と同じく、オス・メス四組のマウスが暮らしている訳だが……キミたちは、中を覗いて、率直にどう感じた?」

「いや……どう感じたって言われても……ぶっちゃけ、狭すぎじゃね? この中に、たしか、何百匹とか、下手すりゃ何千匹も暮らすんだよね?」

 率直に……と言われたとおり、九院さんが素直な感想を口にする。

「ですよね……ホントに、こんな大きさの部屋で実験したんですか?」

 私が疑問を呈すると、ネコ先輩は、ボリボリとボサボサの髪の毛を掻きながら、

「ネズコくん、キミは疑り深いなあ」

と言いながらスマホを取り出し、画像検索を行う。

 先輩が提示した画像は、白黒の写真で正方形の小さな部屋の中に大柄な白人男性が立っている。おそらく、この男性が、『ユニバース25』実験を行ったカルフーン博士だ。
 画像の部屋はかなり小さく、大人の男性が3人も入れば手狭になってしまうほどの面積しか無いように見える。

「ネズミ同士、密室、一年間。何も起きないはずがなく……これが、実際のユニバース25の実験室だ。これで、納得がいっただろう?」

 ニヤリと笑うネコ先輩の言葉に、私が渋々うなずくと、隣で親友が口を開く。

「じゃあ、どうして、こんな小さな部屋が『楽園』なんですか? こんなの誰が見たって、人口密度過剰で、ストレスがたまっておかしくなるに決まってるじゃないですか?」

 佳衣子が早口でまくしたてると、私も九院さんも、我が意を得たり、と首を縦に振る。
 その疑問に、ネコ先輩は、その質問を待っていたとばかりに、したり顔で語りだした。

「あぁ、たしかにカルフーン博士は、実験レポートに、この環境を『Utopian enviroment = ユートピア的な環境』と記している。しかし、これは動物生態学で言うところの『ユートピア』なのだ。野生の生物にとっては、食料・水・住む家・外敵から身を守る場所などの条件が揃えば、理想郷(ユートピア)とされるからね」

 生物学の知見を存分に感じさせる隙の無い回答に耳を傾ける私たちは、口を開いたまま、

「なるほど……そうなんだ」

と、声を揃えるよりほかはない。ただ、私は、先輩の話の中でひとつだけ気になったことをたずねてみる。

「でも……それじゃあ、どうして、こんな過密状態が『楽園』だなんて伝わったんですか?」

「フフ……良い質問だ。それはね……この実験を報じた当時の新聞報道のせいだ。この画像を見たまえ」

 ふたたび、ネコ先輩が提示した画像には、英語で書かれた古い新聞紙面が表示されていた。

 ・ネズミの『ユートピア』過密で破滅
 The Miami Herald 1973/1/6

 ・『ユートピア』のネズミが人口過剰で死亡
 The Miami News 1973/3/2

 ・過密がネズミの『楽園』をダメにする
 The Oshkosh Northenwestern 1973/3/14

 紙面にはいずれも、さっき見たカルフーン博士と思われる男性が、実験室の中央にかがむような姿勢で写っている写真が掲載されていた。

「一般の人々が考える楽園とは、誰でも何でも願いが叶う、夢のようで安全な場所のことだ。ただ、新聞記者の立場に立ってみれば、そんな楽園のようなユートピアが破滅に至るというストーリーは、人々の関心を引くという意味で理想的だったんだろうね」

 前日に、キミたちに、()()()()()()()()姿()を見せてあげるよ、と言った言葉どおりの隙の無い解説に、私たちは、

「はえ〜」

と感嘆の声を上げるしかなかった。


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 翌日の放課後、私は生物心理学研究会に相談を持ちかけてきた九院さんや親友の佳衣子と一緒に、ネコ先輩が指定した第三会議室に向かった。
 会議室とは言っても、そこは、ほとんど物置代わりに使われている空き教室で、普段は会議用の長机も教室の後方に折りたたまれて仕舞われている。
 ネコ先輩は、そんな一室の空きスペースに真ん中で、なにやら作業をしていた。そばには、子供が、いくつものダンボール箱をつなぎ合わせて作った秘密基地のような大型の工作物が置かれている。
「キミたちに、こ《・》|の《・》|実《・》|験《・》|の《・》|本《・》|当《・》|の《・》|姿《・》を見せてあげるよ」
 という彼女の一言に、美食家たちをも唸らせる|本《・》|物《・》|の《・》|お《・》|寿《・》|司《・》が食べれるんじゃないか? くらいの期待に胸を踊らせながら第三会議室に入った私は、その3メートル弱四方の大きさの工作物を目にして、いぶかしむ。
「こんにちは、ネコ先輩。なんですか、このダンボールで作られた大きな箱は?」
 私が声をかけると、四畳半ほどの広さのダンボールハウスの中に何かのオブジェを設置していた彼女は顔を上げて返答した。
「やあ、キミたち。良く来たね。昨日、こ《・》|の《・》|実《・》|験《・》|の《・》|本《・》|当《・》|の《・》|姿《・》を見せてあげる、と言っただろう? ご覧のとおりさ」
「いや、ご覧のとおり、って言われても……」
 ネコ先輩の言葉に困惑する九院さんの一方で、佳衣子は、なにかに気づいたようだ。
「この大きさ……もしかして、昨日、話してた『ネズミの楽園』の実験室の大きさですか? たしか、博士が作った実験部屋は、2.7メートル四方の大きさって言ってましたよね?」
 下級生の言葉に、先輩は満足気にうなずきながら、手を叩く。
「素晴らしい記憶力だ! そのとおりだよ。壁の高さも1.4メートルと実物大に合わせておいた。良ければ、中も覗いてくれたまえ」
 ネコ先輩の言葉にうながされた私たちは、言われたとおり自分の目線より少しだけ低い壁越しに、ダンボールハウスを覗き込む。
 その中には、動物用の給水ペットボトルが何本も設置され、さらに、リアルな形状の8匹分のネズミのフィギュアが置かれていた。
「中のマウスも、実験に使われたドブネズミの平均的な大きさを模したものを用意した」
 私たちが、ダンボールハウスから目を離し、ふたたび、ネコ先輩の話に耳を傾けると、彼女はこう問いかけてきた。
「さて、この中では、実験開始時と同じく、オス・メス四組のマウスが暮らしている訳だが……キミたちは、中を覗いて、率直にどう感じた?」
「いや……どう感じたって言われても……ぶっちゃけ、狭すぎじゃね? この中に、たしか、何百匹とか、下手すりゃ何千匹も暮らすんだよね?」
 率直に……と言われたとおり、九院さんが素直な感想を口にする。
「ですよね……ホントに、こんな大きさの部屋で実験したんですか?」
 私が疑問を呈すると、ネコ先輩は、ボリボリとボサボサの髪の毛を掻きながら、
「ネズコくん、キミは疑り深いなあ」
と言いながらスマホを取り出し、画像検索を行う。
 先輩が提示した画像は、白黒の写真で正方形の小さな部屋の中に大柄な白人男性が立っている。おそらく、この男性が、『ユニバース25』実験を行ったカルフーン博士だ。
 画像の部屋はかなり小さく、大人の男性が3人も入れば手狭になってしまうほどの面積しか無いように見える。
「ネズミ同士、密室、一年間。何も起きないはずがなく……これが、実際のユニバース25の実験室だ。これで、納得がいっただろう?」
 ニヤリと笑うネコ先輩の言葉に、私が渋々うなずくと、隣で親友が口を開く。
「じゃあ、どうして、こんな小さな部屋が『楽園』なんですか? こんなの誰が見たって、人口密度過剰で、ストレスがたまっておかしくなるに決まってるじゃないですか?」
 佳衣子が早口でまくしたてると、私も九院さんも、我が意を得たり、と首を縦に振る。
 その疑問に、ネコ先輩は、その質問を待っていたとばかりに、したり顔で語りだした。
「あぁ、たしかにカルフーン博士は、実験レポートに、この環境を『Utopian enviroment = ユートピア的な環境』と記している。しかし、これは動物生態学で言うところの『ユートピア』なのだ。野生の生物にとっては、食料・水・住む家・外敵から身を守る場所などの条件が揃えば、|理想郷《ユートピア》とされるからね」
 生物学の知見を存分に感じさせる隙の無い回答に耳を傾ける私たちは、口を開いたまま、
「なるほど……そうなんだ」
と、声を揃えるよりほかはない。ただ、私は、先輩の話の中でひとつだけ気になったことをたずねてみる。
「でも……それじゃあ、どうして、こんな過密状態が『楽園』だなんて伝わったんですか?」
「フフ……良い質問だ。それはね……この実験を報じた当時の新聞報道のせいだ。この画像を見たまえ」
 ふたたび、ネコ先輩が提示した画像には、英語で書かれた古い新聞紙面が表示されていた。
 ・ネズミの『ユートピア』過密で破滅
 The Miami Herald 1973/1/6
 ・『ユートピア』のネズミが人口過剰で死亡
 The Miami News 1973/3/2
 ・過密がネズミの『楽園』をダメにする
 The Oshkosh Northenwestern 1973/3/14
 紙面にはいずれも、さっき見たカルフーン博士と思われる男性が、実験室の中央にかがむような姿勢で写っている写真が掲載されていた。
「一般の人々が考える楽園とは、誰でも何でも願いが叶う、夢のようで安全な場所のことだ。ただ、新聞記者の立場に立ってみれば、そんな楽園のようなユートピアが破滅に至るというストーリーは、人々の関心を引くという意味で理想的だったんだろうね」
 前日に、キミたちに、|こ《・》|の《・》|実《・》|験《・》|の《・》|本《・》|当《・》|の《・》|姿《・》を見せてあげるよ、と言った言葉どおりの隙の無い解説に、私たちは、
「はえ〜」
と感嘆の声を上げるしかなかった。