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第3節 死線を越えるプラン/ §3

ー/ー



   ―セクション3―

 須藤(すどう)勝巳(かつみ)は、ブラックキーマンの所有するヘリの上空から、広い敷地を見渡した。

 飛行機に乗ったことはなく、こうやって上空から眼下を眺める日が来るなんて思いもしなかった。

 この先も病院通いを続けながら、惨めな生活を送るのだろうと思っていた。大学にはかろうじて通っているが、入退院を繰り返すばかりで、一体いつ卒業できるかわからない。離婚した両親は体の弱い息子に寄り添わず、二人ともどこにいるのかもわからない有りさまだ。

 惨めだった。この弱い体さえなければ、何者にでもなり得たはずなのに――と悔しくて仕方なかった。

 だがそんなある日、松宮研矢に出会った。

 松宮は、クローン研究をしていると言った。その被験者を探しているのだと――。

 彼の研究はクローン技術で複製を作るのではなく、クローン育成された体に脳を移植し全神経を繋ぐ研究だった。映画の世界のような信じられない話だったが、研究の一部を見せてもらい、信じることができた。

 覚悟を決め、被験者になることを了承した。この体ではどうせ大した人生は送れない。それならば賭けてみるのも悪くない、と。

「病気に縁のない体になれるさ」

 松宮はそう言った。その部分だけを抜き出せば嘘ではない。

 だが、彼がやったのは改造だ。生体のクローンとロボット技術を融合させたハイブリッド。そのハイブリッドの体に脳が移された。技術の話だけで言えば、松宮は凄まじいことをやってのけたのだろう。だが、自分にはそんなことは関係ない。

(俺にだって人としての尊厳ぐらいあるんだ!)

 だがその言葉に、松宮は不思議そうな顔をする。

 ――あんたの細胞ではどうせクローンは作れない。長生きできるんだから上等じゃないか。

 彼は本気でそう思っているようだった。

 生体の部分を維持するには食事が必要だが、胃も腸もない。経口接種はできず、体を維持するには専用の溶液が必要だ。

 皮膚感覚はあるがそこには感情に結びつく心地よさや快感、痛みなどはない。ただ意識としてこれは痛いということだな、などとわかると言った程度だ。

 こんな体のどこが人なのか――。

 悔しさに気が狂いそうだった。腹いせにこの研究を告発しようとしたが、そんな折、松宮のクローンが存在していることを知った。

(成功しているんじゃないか!)

 偶然、裏社会の人間と知り合うこともできた。新しい技術を主な収入源にしていると言うその組織は、クローンとTTPの研究を提供すれば願望を叶えてやる上に生涯遊んで暮らせる金を提供すると言ってきた。

(――やっと機運が巡ってきたんだ)

 そう思った。
「逃してなるものか……」

「――おい、上手くいくんだろうな?」

 パイロットの男が不安そうに聞いた。組織のメンバーだが、おそらく下っ端なのだろうと須藤は見ていた。

(奴らは俺を試してるんだ。この件が上手くいけば、願いが叶う)

 組織に言われた通り、須藤は南波記念病院の研究室に忍び込み、クローン研究データと、TTP技術で作られたと見られるマウスを盗み出した。TTPデータを見つけ出せなかったことには焦ったが、組織の研究者が、マウスから技術をコピーし解決した。

 そして最後、須藤に課せられた仕事が、TTP技術のキモである、指示を与える端末のデータだった。

 須藤はそれを持っていた。何度か研究室に招かれていた時に、ゴールドの見た目で金目になると思って盗んでいたイヤーカフが、調べていく中でこれこそが端末だと気付いたのだ。

 しかし組織の研究者はこれでは不十分だと言う。他にもあるはずだ、と。

 松宮の周囲を調べるしかないと思っていた最中、松宮が警察に捕まった。

 組織から聞かされた時、須藤は耳を疑った。あの男が……世界を手に入れていると言わんばかりに自信に満ち溢れたヤツが、と。

 ざまぁみろとも思ったが、素直に喜ぶことはできなかった。松宮がいなければ、研究を手に入れることができなくなってしまう。

 組織との約束が果たせなくなっては、これまでの苦労が水の泡だ。そしてなにより、自分はこの姿で生きていかなければいけなくなる。

 須藤は組織に知恵を求めた。

 そうして今、ここにいるのだ。この工場に裏の顔があることを、組織の連中は察していた。だから、ここを利用しろと言った。

 須藤はハイブリッド犬を数匹工場内に放ち、内部の人間とここの秘密を脅しの材料にしようとした。

 が、自身の端末でハイブリッド犬をコントロールした際に、業務ロボットが反応し、判明したのだ。――ここにいるヒューマン型ロボットのいくつかには、TTPシステムが組み込まれている――。

 松宮には何か野望のようなものがあるようだったが、もしかするとこのロボットたちのことだったのかもしれない。

 そして須藤は思う。

「やっぱり機運が巡ってきた――こんな偶然あると思うか?」

 笑いが止まらない。

 そうして今、須藤は工場内にいたヒューマン型のロボットを従え、国からの返答を待っていた。




 約束の時間は刻々と迫っていたが、須藤は心配していなかった。

 要求はのまれるはずだという自信があったからだ。こんな事態を、世間に公表できるはずがない。

「須藤、天気が悪くなってきたぞ」

 パイロットに声を掛けられて、思いに耽っていた須藤は我に返った。

「ああ……そうだな」

 黒い雲が近づいていた。ひどい雨が降りそうだな空だ。視界不良に陥れば、地上に降りなければいけなくなるかもしれない。

「嫌な天気だな。降水確率は低かったはずなのに」

 思考を制御する端末は、視認する必要がある。視界が悪いのは問題だ。

「あと三十分か――天気が保つかどうか、際どいところだな……」

 須藤が呟く。

「なぁ……本当に、マツミヤケンヤを引き渡すと思うか?」

 パイロットの男が聞く。さっきからビクビクとした様子なのが勘に障り、須藤は声を荒げた。

「渡すに決まってる! だいたい今更ビクビクしても仕方ねぇだろ!」

 パイロットの男は首をすくめる。

「なぁ雨が降ってきたぞ。……風も強い。稲光が見えた……。このヘリは小さいから、簡単に風に煽られる」

「くそっ、ゲリラ豪雨ってやつか」

 墜落は避けたいが、地上に降りるのは不安だ。

「けどまぁ警察が妙な行動に出れば、見える範囲のロボットを使って、攻撃に転じればいいわけだし……」

 天候が悪いのなら、なおのこと、使えるロボットが見える場所にいる方が安全かもしれないと思い直し、須藤はパイロットに、降りるよう指示を出す。

 脅しが効いているためか、ヘリが降下しても、近くで滞空している警官ロボットは動かなかった。

 ヘリは何事もなく地上に降り、須藤はほっとした。――が。

「……は?」

 ヘリが着陸した先に、少年が一人、俯いて立っているのが見えた。

 明るい色の髪の、小柄な――中学生か、高校生といった印象だ。

 黒っぽいシャツとズボンを身につけているが、ずぶ濡れで、元の色合いはよくわからない。

「なんだ、あのガキ! ――お前、どこから入ってきた⁉︎」

 ゆっくりと回っているメインローターの回転音と雨風の音で周囲はうるさく、須藤の声が届かなかったのか、少年は俯いているだけだ。

 侵入者を阻止するように指示してあった警備ロボットが、彼を侵入者としてみなさず、すんなりと通したと言うことだろうかと須藤は考えた。

「この工場のヒューマンタイプの業務ロボットか? しかし、随分の小柄な機体だな」

 武器を持っているようには見えないし、何より警備向けとも、製造向けとも思えないボディだ。

(事務的な業務を行う種類か?)

「おい、所属を言え‼︎」

 須藤が再度叫ぶと、やっと少年が顔を上げた。

「――所属?」

 少年は首を傾げてから、ぼそりと呟いた。

「高次犯罪対策室」

 雨風で、きちんとは聞き取れない。

 須藤は顔をしかめ、

「こう……じ……はん……し?」

 聞き取れた箇所を呟くと、パイロットが声を上げた。

「こうじ――高次犯罪対策室か! バカやろう、警察だ! 警官ロボット隊だぞ‼︎」

「なに⁉︎」

 須藤は慌てて、一番近くにいる端末が仕込まれたヒューマン型の警備ロボットを見やった。

 少年は須藤の視線の先を確認した瞬間、その警備ロボットに向かってダッシュしながら、叫んだ。

「広域干渉警戒‼︎」

「ちっ!」

 須藤は舌打ちして、イヤーカフを外し額に当てた。

 警備ロボットを視界に捉えたまま『そいつは敵だ、殺せ』と意識を送る。

 警備ロボットはすぐに短機関銃を構えた。

 少年――大杜の胸に銃口がついたのと、大杜の手がロボットの手の甲に触れた瞬間は、ほぼ同時だった。

 ――直後、大杜の両膝が地面についた。

「大杜‼︎」

 武朗が物陰から飛び出してくるのを、須藤が驚き、叫ぶ。

「早くそいつも殺せ!!」

 だが、警備ロボットは動かなかった。

「……?」

 須藤とパイロットの男が怪訝そうに見やった瞬間、上空にいたはずの飛行タイプの警官ロボットが、いつのまにか忍び寄ってきていて、彼らを拘束していた。

「現行犯逮捕だ」

 ケリアとダスティの言葉に、須藤は鼻で笑った。

「ふん、いいのか。俺を拘束すれば、武器を持ったロボットどもが派手にぶっ放すぞ」

「よく周りを見ろ」

 ケリアが言う。

「全員、お休み中だ」

 見渡す限り、銃器を持った警備ロボットが、停止していた。

 武朗は、両膝をついて俯いた状態の大杜の顔を覗き込んだ。不自然な態勢で目を閉じているが、呼吸の乱れはない。顔色は青白いが、頸動脈に手を当てると、遅めだが脈は診て取れた。

 武朗は大きく息を吐くと、意識を失っているだけらしい大杜を背負った。




 武器を構えていたヒューマン型の警備ロボットが停止したのを確認したあと、アイビーは鉄格子の門を力ずくで開け、中へ入った。

 普段であれば、この程度の鉄格子は容易(たやす)く開くのだが、今は両腕が痙攣していて、開けるのに時間が掛かってしまう。

 どれだけのロボットが対象かわからない状況だったから、大杜は現時点で使える限りの広域及び最大値で干渉能力を発動させたのだ。

 お陰で、チップの制御下にあった機体はもとより、普通の業務ロボットも多数エラーを起こしたようで、あちこちで変な動きをしたり、停止したりしている。

 武朗が繋いでいた通信から、大杜の声が聞こえ、干渉の影響に備えたのだが、それでもアイビーは四肢が痙攣してフラつき、アキレアに至っては、硬直してしばらく動けそうになかった。

 上空の二体は、大杜の言葉を聞いた瞬間、最速で一旦上空高く避難したため、大きな影響はなかったが、大杜の事前の言葉がなければ、墜落していたかもしれない。

 やがて武朗に背負われて正面入り口に戻ってきた大杜を見た瞬間、アイビーは言った。

「無理をさせるなと言ったはずだ」

「本人が勝手にする分までは保証できないぞ、と言っただろ。――本当に考えられない無茶をする」

 中学に入った頃ぐらいから、口外できないグレーな任務を与えられる事も増え、そこそこ修羅場を経験してきた武朗だったが、正直初めて恐怖を感じていた。

 悪天候により、ヘリを地上に下ろす。須藤がチップの仕込まれた機体を目視したら、その機体に向けて走り出す。思考の制御を行う瞬間に機体に触れることで分析し、停止させるためシステムへの干渉を行う――

 それが大杜の『策』だった。

「分析には接触が必要なんだ。でも干渉は、細かいコントロールを行うときは警棒を使って伝達するけど、本来は非接触で広範囲に伝えることのできる能力。分析とほぼ同時に発動できるから、大丈夫、間に合うよ」

 大杜はそう言って、走りやすいようにと、装備を全て脱いで、薄いシャツ姿になった。

 あの距離で撃たれれば、防弾チョッキなど意味はなさないだろう。
 とはいえ、

(サブマシンガンの正面に、シャツ姿で駆け寄るなんて、正気の沙汰じゃないだろ……)

 武朗の心臓は未だに大きく跳ねている。

 寝ているのか倒れているのかよくわからないが、背中で体温と鼓動を感じることができるのは、奇跡だと思った。

「――二度と高犯対の任務には関わらないからな」

 武朗が苦々しく言うと、アイビーは苦笑いを含んだような口調で言う。

「私がどれだけ大変かよく分かっただろう。人間であれば、ストレスで死んでいる」

「そうかもな。――御愁傷様」



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   ―セクション3―
 |須藤《すどう》|勝巳《かつみ》は、ブラックキーマンの所有するヘリの上空から、広い敷地を見渡した。
 飛行機に乗ったことはなく、こうやって上空から眼下を眺める日が来るなんて思いもしなかった。
 この先も病院通いを続けながら、惨めな生活を送るのだろうと思っていた。大学にはかろうじて通っているが、入退院を繰り返すばかりで、一体いつ卒業できるかわからない。離婚した両親は体の弱い息子に寄り添わず、二人ともどこにいるのかもわからない有りさまだ。
 惨めだった。この弱い体さえなければ、何者にでもなり得たはずなのに――と悔しくて仕方なかった。
 だがそんなある日、松宮研矢に出会った。
 松宮は、クローン研究をしていると言った。その被験者を探しているのだと――。
 彼の研究はクローン技術で複製を作るのではなく、クローン育成された体に脳を移植し全神経を繋ぐ研究だった。映画の世界のような信じられない話だったが、研究の一部を見せてもらい、信じることができた。
 覚悟を決め、被験者になることを了承した。この体ではどうせ大した人生は送れない。それならば賭けてみるのも悪くない、と。
「病気に縁のない体になれるさ」
 松宮はそう言った。その部分だけを抜き出せば嘘ではない。
 だが、彼がやったのは改造だ。生体のクローンとロボット技術を融合させたハイブリッド。そのハイブリッドの体に脳が移された。技術の話だけで言えば、松宮は凄まじいことをやってのけたのだろう。だが、自分にはそんなことは関係ない。
(俺にだって人としての尊厳ぐらいあるんだ!)
 だがその言葉に、松宮は不思議そうな顔をする。
 ――あんたの細胞ではどうせクローンは作れない。長生きできるんだから上等じゃないか。
 彼は本気でそう思っているようだった。
 生体の部分を維持するには食事が必要だが、胃も腸もない。経口接種はできず、体を維持するには専用の溶液が必要だ。
 皮膚感覚はあるがそこには感情に結びつく心地よさや快感、痛みなどはない。ただ意識としてこれは痛いということだな、などとわかると言った程度だ。
 こんな体のどこが人なのか――。
 悔しさに気が狂いそうだった。腹いせにこの研究を告発しようとしたが、そんな折、松宮のクローンが存在していることを知った。
(成功しているんじゃないか!)
 偶然、裏社会の人間と知り合うこともできた。新しい技術を主な収入源にしていると言うその組織は、クローンとTTPの研究を提供すれば願望を叶えてやる上に生涯遊んで暮らせる金を提供すると言ってきた。
(――やっと機運が巡ってきたんだ)
 そう思った。
「逃してなるものか……」
「――おい、上手くいくんだろうな?」
 パイロットの男が不安そうに聞いた。組織のメンバーだが、おそらく下っ端なのだろうと須藤は見ていた。
(奴らは俺を試してるんだ。この件が上手くいけば、願いが叶う)
 組織に言われた通り、須藤は南波記念病院の研究室に忍び込み、クローン研究データと、TTP技術で作られたと見られるマウスを盗み出した。TTPデータを見つけ出せなかったことには焦ったが、組織の研究者が、マウスから技術をコピーし解決した。
 そして最後、須藤に課せられた仕事が、TTP技術のキモである、指示を与える端末のデータだった。
 須藤はそれを持っていた。何度か研究室に招かれていた時に、ゴールドの見た目で金目になると思って盗んでいたイヤーカフが、調べていく中でこれこそが端末だと気付いたのだ。
 しかし組織の研究者はこれでは不十分だと言う。他にもあるはずだ、と。
 松宮の周囲を調べるしかないと思っていた最中、松宮が警察に捕まった。
 組織から聞かされた時、須藤は耳を疑った。あの男が……世界を手に入れていると言わんばかりに自信に満ち溢れたヤツが、と。
 ざまぁみろとも思ったが、素直に喜ぶことはできなかった。松宮がいなければ、研究を手に入れることができなくなってしまう。
 組織との約束が果たせなくなっては、これまでの苦労が水の泡だ。そしてなにより、自分はこの姿で生きていかなければいけなくなる。
 須藤は組織に知恵を求めた。
 そうして今、ここにいるのだ。この工場に裏の顔があることを、組織の連中は察していた。だから、ここを利用しろと言った。
 須藤はハイブリッド犬を数匹工場内に放ち、内部の人間とここの秘密を脅しの材料にしようとした。
 が、自身の端末でハイブリッド犬をコントロールした際に、業務ロボットが反応し、判明したのだ。――ここにいるヒューマン型ロボットのいくつかには、TTPシステムが組み込まれている――。
 松宮には何か野望のようなものがあるようだったが、もしかするとこのロボットたちのことだったのかもしれない。
 そして須藤は思う。
「やっぱり機運が巡ってきた――こんな偶然あると思うか?」
 笑いが止まらない。
 そうして今、須藤は工場内にいたヒューマン型のロボットを従え、国からの返答を待っていた。
 約束の時間は刻々と迫っていたが、須藤は心配していなかった。
 要求はのまれるはずだという自信があったからだ。こんな事態を、世間に公表できるはずがない。
「須藤、天気が悪くなってきたぞ」
 パイロットに声を掛けられて、思いに耽っていた須藤は我に返った。
「ああ……そうだな」
 黒い雲が近づいていた。ひどい雨が降りそうだな空だ。視界不良に陥れば、地上に降りなければいけなくなるかもしれない。
「嫌な天気だな。降水確率は低かったはずなのに」
 思考を制御する端末は、視認する必要がある。視界が悪いのは問題だ。
「あと三十分か――天気が保つかどうか、際どいところだな……」
 須藤が呟く。
「なぁ……本当に、マツミヤケンヤを引き渡すと思うか?」
 パイロットの男が聞く。さっきからビクビクとした様子なのが勘に障り、須藤は声を荒げた。
「渡すに決まってる! だいたい今更ビクビクしても仕方ねぇだろ!」
 パイロットの男は首をすくめる。
「なぁ雨が降ってきたぞ。……風も強い。稲光が見えた……。このヘリは小さいから、簡単に風に煽られる」
「くそっ、ゲリラ豪雨ってやつか」
 墜落は避けたいが、地上に降りるのは不安だ。
「けどまぁ警察が妙な行動に出れば、見える範囲のロボットを使って、攻撃に転じればいいわけだし……」
 天候が悪いのなら、なおのこと、使えるロボットが見える場所にいる方が安全かもしれないと思い直し、須藤はパイロットに、降りるよう指示を出す。
 脅しが効いているためか、ヘリが降下しても、近くで滞空している警官ロボットは動かなかった。
 ヘリは何事もなく地上に降り、須藤はほっとした。――が。
「……は?」
 ヘリが着陸した先に、少年が一人、俯いて立っているのが見えた。
 明るい色の髪の、小柄な――中学生か、高校生といった印象だ。
 黒っぽいシャツとズボンを身につけているが、ずぶ濡れで、元の色合いはよくわからない。
「なんだ、あのガキ! ――お前、どこから入ってきた⁉︎」
 ゆっくりと回っているメインローターの回転音と雨風の音で周囲はうるさく、須藤の声が届かなかったのか、少年は俯いているだけだ。
 侵入者を阻止するように指示してあった警備ロボットが、彼を侵入者としてみなさず、すんなりと通したと言うことだろうかと須藤は考えた。
「この工場のヒューマンタイプの業務ロボットか? しかし、随分の小柄な機体だな」
 武器を持っているようには見えないし、何より警備向けとも、製造向けとも思えないボディだ。
(事務的な業務を行う種類か?)
「おい、所属を言え‼︎」
 須藤が再度叫ぶと、やっと少年が顔を上げた。
「――所属?」
 少年は首を傾げてから、ぼそりと呟いた。
「高次犯罪対策室」
 雨風で、きちんとは聞き取れない。
 須藤は顔をしかめ、
「こう……じ……はん……し?」
 聞き取れた箇所を呟くと、パイロットが声を上げた。
「こうじ――高次犯罪対策室か! バカやろう、警察だ! 警官ロボット隊だぞ‼︎」
「なに⁉︎」
 須藤は慌てて、一番近くにいる端末が仕込まれたヒューマン型の警備ロボットを見やった。
 少年は須藤の視線の先を確認した瞬間、その警備ロボットに向かってダッシュしながら、叫んだ。
「広域干渉警戒‼︎」
「ちっ!」
 須藤は舌打ちして、イヤーカフを外し額に当てた。
 警備ロボットを視界に捉えたまま『そいつは敵だ、殺せ』と意識を送る。
 警備ロボットはすぐに短機関銃を構えた。
 少年――大杜の胸に銃口がついたのと、大杜の手がロボットの手の甲に触れた瞬間は、ほぼ同時だった。
 ――直後、大杜の両膝が地面についた。
「大杜‼︎」
 武朗が物陰から飛び出してくるのを、須藤が驚き、叫ぶ。
「早くそいつも殺せ!!」
 だが、警備ロボットは動かなかった。
「……?」
 須藤とパイロットの男が怪訝そうに見やった瞬間、上空にいたはずの飛行タイプの警官ロボットが、いつのまにか忍び寄ってきていて、彼らを拘束していた。
「現行犯逮捕だ」
 ケリアとダスティの言葉に、須藤は鼻で笑った。
「ふん、いいのか。俺を拘束すれば、武器を持ったロボットどもが派手にぶっ放すぞ」
「よく周りを見ろ」
 ケリアが言う。
「全員、お休み中だ」
 見渡す限り、銃器を持った警備ロボットが、停止していた。
 武朗は、両膝をついて俯いた状態の大杜の顔を覗き込んだ。不自然な態勢で目を閉じているが、呼吸の乱れはない。顔色は青白いが、頸動脈に手を当てると、遅めだが脈は診て取れた。
 武朗は大きく息を吐くと、意識を失っているだけらしい大杜を背負った。
 武器を構えていたヒューマン型の警備ロボットが停止したのを確認したあと、アイビーは鉄格子の門を力ずくで開け、中へ入った。
 普段であれば、この程度の鉄格子は|容易《たやす》く開くのだが、今は両腕が痙攣していて、開けるのに時間が掛かってしまう。
 どれだけのロボットが対象かわからない状況だったから、大杜は現時点で使える限りの広域及び最大値で干渉能力を発動させたのだ。
 お陰で、チップの制御下にあった機体はもとより、普通の業務ロボットも多数エラーを起こしたようで、あちこちで変な動きをしたり、停止したりしている。
 武朗が繋いでいた通信から、大杜の声が聞こえ、干渉の影響に備えたのだが、それでもアイビーは四肢が痙攣してフラつき、アキレアに至っては、硬直してしばらく動けそうになかった。
 上空の二体は、大杜の言葉を聞いた瞬間、最速で一旦上空高く避難したため、大きな影響はなかったが、大杜の事前の言葉がなければ、墜落していたかもしれない。
 やがて武朗に背負われて正面入り口に戻ってきた大杜を見た瞬間、アイビーは言った。
「無理をさせるなと言ったはずだ」
「本人が勝手にする分までは保証できないぞ、と言っただろ。――本当に考えられない無茶をする」
 中学に入った頃ぐらいから、口外できないグレーな任務を与えられる事も増え、そこそこ修羅場を経験してきた武朗だったが、正直初めて恐怖を感じていた。
 悪天候により、ヘリを地上に下ろす。須藤がチップの仕込まれた機体を目視したら、その機体に向けて走り出す。思考の制御を行う瞬間に機体に触れることで分析し、停止させるためシステムへの干渉を行う――
 それが大杜の『策』だった。
「分析には接触が必要なんだ。でも干渉は、細かいコントロールを行うときは警棒を使って伝達するけど、本来は非接触で広範囲に伝えることのできる能力。分析とほぼ同時に発動できるから、大丈夫、間に合うよ」
 大杜はそう言って、走りやすいようにと、装備を全て脱いで、薄いシャツ姿になった。
 あの距離で撃たれれば、防弾チョッキなど意味はなさないだろう。
 とはいえ、
(サブマシンガンの正面に、シャツ姿で駆け寄るなんて、正気の沙汰じゃないだろ……)
 武朗の心臓は未だに大きく跳ねている。
 寝ているのか倒れているのかよくわからないが、背中で体温と鼓動を感じることができるのは、奇跡だと思った。
「――二度と高犯対の任務には関わらないからな」
 武朗が苦々しく言うと、アイビーは苦笑いを含んだような口調で言う。
「私がどれだけ大変かよく分かっただろう。人間であれば、ストレスで死んでいる」
「そうかもな。――御愁傷様」