―セクション2―
武朗が先導し、大杜はその後ろを進む。壁にピッタリと沿って進んでいることや、正門前にアイビーとアキレアがいることで、須藤たちは大杜たちに気付いていないようだった。
やがて通用門のような小さな鉄製扉が出現した。
「よく知ってたね。こんな扉があるって」
「八技の施設はどこも一度は足を運んだことがあるからな。――で常なら、この扉の向こうには警備ロボットが一体。今も多分。――お前、身軽だよな?」
MatsuQビルのエントランスで繰り広げられた星矢と一戦を、武朗は役員会議室で見ていた。それを踏まえての発言だ。
塀の高さは尖った忍び返しを含めると五メートルはある。一見、扉を通るしかなさそうだが、武朗の視線は塀の上を向いている。
「まぁ、身長の倍ぐらいまでなら乗り越えられるけど……でもこれはさすがに跳び越えられないよ」
「俺がサポートしてもか?」
「武朗は170センチぐらい?」
「正確には178だな。」
「……嫌味」
「お前は160ぐらいか」
「163!」
「思ったよりあるな」
「なんか腹立つ……」
「ともかく、足せばなんとか行けそうだな。行け。そして中の警備ロボットを止めて、扉を開けろ」
「……」
忍び返しのせいで、飛び越えた瞬間に体勢を整え直す場所はなく、越えた体勢のまま向こう側に落ちるだろう。
「肋骨が折れていて、首も鞭打ちなんだけど。――さっきアイビーに無理させるなって言われてなかった?」
「各々が得意な分野を活かすって、俺は言ったはずだが」
「――言ったね」
大杜は溜め息を吐く。
「一発で成功しないと、向こう側の警備ロボットが応援を呼ぶかもしれない。チャンスは一度か……」
「ちなみに、俺からもサポートはする。――信じて行け」
武朗は力強く言う。
「わかった」
大杜は覚悟を決める。
踏み切りの位置と壁に着く足の位置、手をかける場所を何度か心の中でシュミレーションして、武朗の位置を細かに指示すると、駆け出した。
武朗の手の平と肩を地面のつもりで駆け上り、壁を蹴り、塀のてっぺんに向けて手をめいいっぱい伸ばそうとしたとき、強い上昇気流が体を引き上げる。
忍び返しを越え、地面に落下した瞬間も、強い気流に巻き上げられ、大杜は地面に柔らかく着地した。
「シンニュウシャ――」
大杜は地面に着いたときの反動を回転に変えて、一瞬で業務ロボットに近寄り、手を触れた。分析すると同時にシステムに干渉して、動きを止める。そして、大杜も動きを止めた。
このロボットが応援を呼んだかどうかわからなかったからだ。静かに、気配を探る。が、応援は来ない。呼ぶ前に止めることができたらしい。
大杜は体の力を抜いた。体に痛みはあるが、我慢できない程ではない。
扉の鍵を開けて、武朗を迎え入れると、
「コントロールできなかったんじゃないの?」
大杜は怪訝そうに聞いた。
武朗の風が体を押し上げ、そしてクッションになってくれたからだ。
武朗はふんと少し自慢げに鼻を鳴らす。
「一度できたことだからな。次からは無意識にできる。一度自転車に乗れたら、そのあとは乗れるだろ。あれと同じだ」
「なら、最初に風で支援するって教えておいてくれたらいいのに……」
「俺の能力を当てにすると、お前の動きが変わってしまうだろ」
「……まぁそうだけど」
「ほら、行くぞ」
武朗は、大杜の髪についた土を軽くはたき落とすと、歩き出した。
「どこへ?」
「工場エリアだ。TTPチップが仕込まれてるやつがありそうなところ」
「場所はわかる?」
「施設内部の詳細はわからないが、工場エリアはわかる。移動は、通常電動カートや車を使うんだが、警備に見つからないように徒歩で行くとなると、二十分は掛かるな」
その時、大杜のスマートウォッチに、緊急着信の文字が点灯した。
大杜は武朗の歩みを止め、渡してある高犯対専用の通信機を示す。
武朗は頷いて、大杜と同じく通信を繋げた。
イヤホンから紀伊国の緊迫感のある声が聞こえる。
『犯人から要求がありました。拘束中の松宮――いえ秦星矢の身柄の要求です。要求をのまなければ、またはヘリを落とすような素振りを見せたら、武器を外部に向けて使用する、と言っています。犯人は名乗っていませんが――須藤ですか?』
「はい。ダスティが確認しています」
「クローン技術は把握してるだろうし、研究データはなくてもTTPも解析できて量産してるんだろ。なのに奴らはなぜ開発者本人が必要なんだ?」
「さぁ……須藤のもってるリンクが最下位であることに、ブラックキーマンが気付いた、とか?」
「ありえるな」
『燃料の懸念があるからか、須藤の提示した猶予は一時間です。上は、最悪の場合、秦星矢を渡たすことになる、と判断しています。ただし、その後二人が不慮の事故に見舞われる可能性が濃厚です。事態が公になるぐらいなら――とまぁ、なりふり構ってられない状態のようですね』
「どこがなりふり構ってられないんですか?」
『どこもかしこも、ですよ』
大杜は武朗と顔を見合わせた。
この工場の秘密の件はもとより、業務ロボットが暴走する危険が公になれば、世間の業務ロボットへの信頼が失墜しするだけでなく、今後人工知能の使用が制限される恐れもあり、社会が混乱することになるだろう。
星矢がやろうとしていることは、着実に進んでいるらしい。
「面倒だな」
「面倒というか厄介だね。でもまぁ……星矢は渡さないよ」
大杜は両頬をパシリと叩く。
「副室長、とにかくこちらで対応します。三十分時間を下さい」
『策でも?』
「一応」
武朗を意味ありげに見やりながら、大杜は言う。
武朗は意味がわからないと言った様子で、首を傾げた。
「三十分後にこちらから連絡します」
大杜は紀伊国の返答を待たずに通信を切った。
その素振りに、不穏なものを感じて武朗が言う。
「無理をさせるな、とアイビーに言われているんだが」
「得意分野を活かせって言ったじゃん」
大杜は揚げ足を取ってやったぞとばかりに笑って見せたが、武朗は渋い顔をしたままだった。