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第4章~第3話 ネズミの楽園・ユニバース25③~

ー/ー



「―――と言いたいところなのだが……この実験を普通科高校の部活レベルで再現するのは、無理がある。実験用のマウスが無限に増えては処置が追いつかないからね」

 ネコ先輩の言葉に、拍子抜けした私は思わず椅子から転げ落ちそうになってしまう。

「ちょっと、大丈夫? 音無ちゃん」

 九院さんが、心配して声をかけてくれる。

「はい、大丈夫です。すいません」

 そう答えながら、いつの間にか、彼女の実験開始の合図を楽しみにしている自分が居ることに気づくと、佳衣子が、

「あれ? どうしたの音寿子(ねずこ)? そんなに実験したかったの?」

と、ニヤニヤしながらたずねてくる。

「いや、そんな訳ないし! 座ってる間に、ちょっと、バランスを崩しただけだし!」

 本心を取り繕いながら、適当に理由を付けて答えたけど、そんな私に構うことなく、ネコ先輩は、マイペースで説明を続ける。

「今回は、実験で観察されたネズミたちの行動を時系列に沿って解説しよう。そして、最後に実際の実験に使われた『楽園』の実物大の実験室を準備して、この実験の実態に迫ろうと思う」

 彼女はそう言うと、「いでよ! パペット!」とつぶやいて、おなじみのネズミの人形と新登場の白衣を着たテディベアのぬいぐるみを取り出した。
 そうして、解説モードに入ったネコ先輩は、これまた、恒例のパペット寸劇を始める。

 ◆

 ナレーション:『ユニバース25』は、アメリカの動物行動学者、ジョン・B・カルフーンによって、1960年代から70年代にかけて行われたマウスを使った動物実験です。

 ナレーション:この実験では、水と食料を無限に供給し、天敵がおらず、病気もない楽園のような人工環境を作り、マウスたちがどのように増えて社会集団を形成して、ひたすら発展させ続け、彼らの行動から人類の行動パターンとその未来を予測しようと試みようとしました。

 ナレーション:このプロジェクトはスケールを変えながら、1から24まで実施されましたが、実験スペースが狭いためか1度も200匹を超えることはなく、12匹ごとの集団を作って、その中で増減しながら横ばいになる
という満足の行くデータが得られないものでした。そこで、カルフーン博士は一大決心をします。


 白衣姿のクマ:思い切って大きなスペースでマウスたちを飼育してみよう! 数匹どころじゃない数百匹を収容できる設備を用意するんだ! 

 ナレーション:そう決断した彼は、マウスたちの暮らす部屋を制作します。大きさは、タテ・ヨコ2.7メートル四方。高さ1.4メートル。ここに、オスメス四組のマウスを『ユニバース25』と銘打った25回目の実験を始めました。

 ナレーション:実験は当初、博士の目論見どおり、順調にスタートしました。

 雄ネズミA:とても、快適だチュー! 自分たちの家も出来たし、そろそろ子供でも……なぁ、いいだろう?
 雌ネズミA:もう、好きなんだから……

 ナレーション:マウスたちは新しい環境に慣れてくると巣作りを始め104日後に出産を開始し、最初8匹だったところからネズミ算式に増えていき315日後には620匹まで増えました。

 白衣姿のクマ:よし! 順調に増えているな。今まで200匹以上に増えなかったのは、やはり、広さの問題だったか。

 ナレーション:博士は増えていくマウスを見ながら今までにない新しい展開に心を踊らせました。しかし、このこの頃から、増える数が緩やかになっていきました。広いスペースを満喫し、自由に巣箱や餌場を選んでいたものの、なぜか一箇所に集まり始め、同じ巣箱で固まって生活するように15匹しか入らない巣箱に、なぜか111匹が、すし詰め状態で暮らす、餌場はいくらでもあるのに同じ時間に同じ餌で争いを始めるなど、不自然な行動が観察されはじめました。

 雄ネズミA:エサをよこせ〜!
 雄ネズミB:いやだ〜! それは、オレのエサだ〜!

 白衣姿のクマ:おかしいな? 通常のマウスは、単独で生活して自分のテリトリーを持ちつつ、密集状態を避けて、コミュニケーションを取りながら、無駄な争いを避けるものなんだけど……。

 ナレーション:あるネズミは1匹で餌を食べてると、なぜか不安気で混み合う集団に向かっていくようになり、個体数の増加率が低下する頃からテリトリーを持たないマウスが、あらわれ始めます。博士は、観察する中で通常では見られない3つの変化を確認しました。

 1:ニートマウスの誕生

 ナレーション:マウスたちの間には社会階層のようなものが生まれ大きく分けて二つの集団に分かれました。ひとつは、集団行動する三分の一のグループと、無気力に過ごす三分の二のニートマウスたちで、ニートマウスはテリトリーを持たず繁殖もしない日々を過ごします。彼らは、暗黙のルールである決まった巣箱を持たず、床で寝て誰も近づかない高いエリアの巣箱に引きこもってコミュニケーションを避け、異性に相手されず、集団行動するグループの雄にも攻撃されていました。

 ニートネズミ:あ〜! 雌を相手にするのもだるいし、生きるのもだるい〜。エサだけ食べとこ
 集団のネズミ:あっ! あんなところにチー牛のネズミがいる! イジってやれ〜!

 ナレーション:こんな扱いに苛立ちを覚えているのか、ニートマウスの中からは、別のニートマウスに攻撃を仕掛けたり悪をつくようすも観察されました。

 2:オスメスの凶暴化

 ナレーション:マウスの社会は通常オスがテリトリーを守り、メスが子供を守るのですが、集団行動するオスは次第に餌を独占するようになり、餌を食べに来るニートマウスやメスを攻撃するようになりました。餌は無限にあるのに、彼らは凶暴で貪欲、見境なく他のネズミに繁殖行動を仕掛けるようになり、博士はこのオスたちをアルファオスと名付けました。アルファオスの出現とともにメスたちも凶暴化し始めます。メスたちはオスに子供を守ってもらえないどころか餌の確保に必死になり、攻撃的になるうちにその攻撃性が子供たちへと向かうようになります。

 アルファ雄:オラオラ! エエんか? エエのんか?
 襲われる雌:うう……ひどい……
 シンママ雌:ご飯が足りない。そうだ、子供に不満をぶつけよう
 子供マウス:うう……ひどい……

 ナレーション:子供を守るはずのメスが子供を攻撃して、巣箱から追い出すようになり、自立していない弱い子供たちは、アルファオスを避けてニートマウスになるしかありません。

 ◆

 こうして、負の連鎖が発生したまま、楽園だったはずのコミュニティは崩壊へと向かい始めた―――。


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「―――と言いたいところなのだが……この実験を普通科高校の部活レベルで再現するのは、無理がある。実験用のマウスが無限に増えては処置が追いつかないからね」
 ネコ先輩の言葉に、拍子抜けした私は思わず椅子から転げ落ちそうになってしまう。
「ちょっと、大丈夫? 音無ちゃん」
 九院さんが、心配して声をかけてくれる。
「はい、大丈夫です。すいません」
 そう答えながら、いつの間にか、彼女の実験開始の合図を楽しみにしている自分が居ることに気づくと、佳衣子が、
「あれ? どうしたの|音寿子《ねずこ》? そんなに実験したかったの?」
と、ニヤニヤしながらたずねてくる。
「いや、そんな訳ないし! 座ってる間に、ちょっと、バランスを崩しただけだし!」
 本心を取り繕いながら、適当に理由を付けて答えたけど、そんな私に構うことなく、ネコ先輩は、マイペースで説明を続ける。
「今回は、実験で観察されたネズミたちの行動を時系列に沿って解説しよう。そして、最後に実際の実験に使われた『楽園』の実物大の実験室を準備して、この実験の実態に迫ろうと思う」
 彼女はそう言うと、「いでよ! パペット!」とつぶやいて、おなじみのネズミの人形と新登場の白衣を着たテディベアのぬいぐるみを取り出した。
 そうして、解説モードに入ったネコ先輩は、これまた、恒例のパペット寸劇を始める。
 ◆
 ナレーション:『ユニバース25』は、アメリカの動物行動学者、ジョン・B・カルフーンによって、1960年代から70年代にかけて行われたマウスを使った動物実験です。
 ナレーション:この実験では、水と食料を無限に供給し、天敵がおらず、病気もない楽園のような人工環境を作り、マウスたちがどのように増えて社会集団を形成して、ひたすら発展させ続け、彼らの行動から人類の行動パターンとその未来を予測しようと試みようとしました。
 ナレーション:このプロジェクトはスケールを変えながら、1から24まで実施されましたが、実験スペースが狭いためか1度も200匹を超えることはなく、12匹ごとの集団を作って、その中で増減しながら横ばいになる
という満足の行くデータが得られないものでした。そこで、カルフーン博士は一大決心をします。
 白衣姿のクマ:思い切って大きなスペースでマウスたちを飼育してみよう! 数匹どころじゃない数百匹を収容できる設備を用意するんだ! 
 ナレーション:そう決断した彼は、マウスたちの暮らす部屋を制作します。大きさは、タテ・ヨコ2.7メートル四方。高さ1.4メートル。ここに、オスメス四組のマウスを『ユニバース25』と銘打った25回目の実験を始めました。
 ナレーション:実験は当初、博士の目論見どおり、順調にスタートしました。
 雄ネズミA:とても、快適だチュー! 自分たちの家も出来たし、そろそろ子供でも……なぁ、いいだろう?
 雌ネズミA:もう、好きなんだから……
 ナレーション:マウスたちは新しい環境に慣れてくると巣作りを始め104日後に出産を開始し、最初8匹だったところからネズミ算式に増えていき315日後には620匹まで増えました。
 白衣姿のクマ:よし! 順調に増えているな。今まで200匹以上に増えなかったのは、やはり、広さの問題だったか。
 ナレーション:博士は増えていくマウスを見ながら今までにない新しい展開に心を踊らせました。しかし、このこの頃から、増える数が緩やかになっていきました。広いスペースを満喫し、自由に巣箱や餌場を選んでいたものの、なぜか一箇所に集まり始め、同じ巣箱で固まって生活するように15匹しか入らない巣箱に、なぜか111匹が、すし詰め状態で暮らす、餌場はいくらでもあるのに同じ時間に同じ餌で争いを始めるなど、不自然な行動が観察されはじめました。
 雄ネズミA:エサをよこせ〜!
 雄ネズミB:いやだ〜! それは、オレのエサだ〜!
 白衣姿のクマ:おかしいな? 通常のマウスは、単独で生活して自分のテリトリーを持ちつつ、密集状態を避けて、コミュニケーションを取りながら、無駄な争いを避けるものなんだけど……。
 ナレーション:あるネズミは1匹で餌を食べてると、なぜか不安気で混み合う集団に向かっていくようになり、個体数の増加率が低下する頃からテリトリーを持たないマウスが、あらわれ始めます。博士は、観察する中で通常では見られない3つの変化を確認しました。
 1:ニートマウスの誕生
 ナレーション:マウスたちの間には社会階層のようなものが生まれ大きく分けて二つの集団に分かれました。ひとつは、集団行動する三分の一のグループと、無気力に過ごす三分の二のニートマウスたちで、ニートマウスはテリトリーを持たず繁殖もしない日々を過ごします。彼らは、暗黙のルールである決まった巣箱を持たず、床で寝て誰も近づかない高いエリアの巣箱に引きこもってコミュニケーションを避け、異性に相手されず、集団行動するグループの雄にも攻撃されていました。
 ニートネズミ:あ〜! 雌を相手にするのもだるいし、生きるのもだるい〜。エサだけ食べとこ
 集団のネズミ:あっ! あんなところにチー牛のネズミがいる! イジってやれ〜!
 ナレーション:こんな扱いに苛立ちを覚えているのか、ニートマウスの中からは、別のニートマウスに攻撃を仕掛けたり悪をつくようすも観察されました。
 2:オスメスの凶暴化
 ナレーション:マウスの社会は通常オスがテリトリーを守り、メスが子供を守るのですが、集団行動するオスは次第に餌を独占するようになり、餌を食べに来るニートマウスやメスを攻撃するようになりました。餌は無限にあるのに、彼らは凶暴で貪欲、見境なく他のネズミに繁殖行動を仕掛けるようになり、博士はこのオスたちをアルファオスと名付けました。アルファオスの出現とともにメスたちも凶暴化し始めます。メスたちはオスに子供を守ってもらえないどころか餌の確保に必死になり、攻撃的になるうちにその攻撃性が子供たちへと向かうようになります。
 アルファ雄:オラオラ! エエんか? エエのんか?
 襲われる雌:うう……ひどい……
 シンママ雌:ご飯が足りない。そうだ、子供に不満をぶつけよう
 子供マウス:うう……ひどい……
 ナレーション:子供を守るはずのメスが子供を攻撃して、巣箱から追い出すようになり、自立していない弱い子供たちは、アルファオスを避けてニートマウスになるしかありません。
 ◆
 こうして、負の連鎖が発生したまま、楽園だったはずのコミュニティは崩壊へと向かい始めた―――。