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第4章~第2話 ネズミの楽園・ユニバース25②~

ー/ー



「あっ! やっぱり、ここにいたんだね、朱令陣(しゅれじん)。音無ちゃんも、蚕糸(さんし)ちゃんも、ちょうど良かった! 生心研(せいしんけん)の相談って、まだ受け付けてる?」 

 そう言って、第二理科室に入ってきたのは、ネコ先輩と同じクラスの九院さんだった。明るく特徴的な色の髪が、今日も輝いて見える。
 ただ、いつも整っているヘアスタイルに反して、彼女の表情は、どこか沈みがちに感じられた。

 それでも、ネコ先輩は、そんな相手のようすに構うことなく受け答えを始める。

「もちろん、相談は受け付けているよ。夏休み中のキミたちの協力のおかげで、なんとか、生物心理学研究会の活動を軌道に乗せることが出来たからね」

「そっか、なら良かった。ちょっと、相談に乗ってもらいたいって言うか、聞いてもらいたいことがあるんだよね」

「ふむ……どんなことだい? 同じクラスの日辻羊一以外のことなら、できる限り、なんでも相談に乗ろう」

「はっ? 日辻は、なにも関係ないし……相談したいことっていうのは、精堂(せいどう)小学校に通ってる小3の従兄弟のことなんだ。親同士が仲が良いから、従兄弟の高志(たかし)とは、小さな頃から良く可愛がってたんだよね。けど、3年になってから、急に学校に行けなくなっちゃって……一学期の最後の方は、ほとんど学校を休んでいたらしいんだ」

「ほう……」

 従兄弟の子が、()()()()()()()()()()と、九院さんが口にした途端、ネコ先輩のこめかみが、かすかにピクリと動くのを私は見逃さなかった。

「高志のところの両親は共働きだし、学校が終わったら、放課後は学童保育に行ってるんだけど……そこに居るのもツラいみたいでさ。夏休みに入ってからは、自宅が近いアタシん()で面倒を見てたんだ。この前の監獄実験で合宿所に泊まり込んでたとき以外は、アタシも、ずっと一緒に居てさ」

 彼女の口から語られる従兄弟の少年の話を聞きながら、私は軽い衝撃を受けていた。

 ギャルっぽい見た目なのに、家庭的な性格とか……このヒト完璧超人か!?
 あと、そんな事情があったのに、ネコ先輩の実験なんかに付き合わせてしまって、本当にゴメンナサイ!

 そんな想いもあって、従兄弟の男の子のことが気になった私は、思わず会話に口を挟んでしまう。

「あの……それで、二学期が始まってから、高志くんは――――――?」

「うん、おかげさまで、今のところ、なんとか登校はできてるみたいだけどね。でも、また、いつ学校に行けなくなるか心配でさ……」

「そうなんですね。でも、二学期になってから、学校に行けてるみたいで良かったです」

 私の言葉に、九院さんも「うん、ありがとうね」と、少しだけ表情を緩めてくれたけど、

「でも、どうして、私たちのところに?」

とたずねると、彼女はまたすぐに、暗い表情に戻る。

 生物心理学研究会と言っても、不登校児童のカウンセリングは、いくらなんでも専門外だと思う。
 もちろん、心の悩みは、心理学がケアするべき分野なんだろうけど……。

 私が感じた疑問に小さくうなずいた九院さんは、決心したように口を開いた。

「実はさ、お盆休みにお祖父ちゃんの家に行ったとき、向こうの親戚に高志のことで、こんなことを言われたんだ。アメリカで行われた生物学の実験で『ネズミの楽園実験』っていうものがあるって。食料や水、居住空間が無限に与えられ、外敵や病気のないネズミにとって理想的な環境(ユートピア)を作って、その中でネズミの社会行動がどのように発展・変化するかを観察したら――――――快適な環境のはずなのに、ネズミは全滅してしまったって……だから、高志を自宅やアタシん家で甘やかさずに、無理やりにでも、学校に行かせるべきだって言うんだ。ねぇ、朱令陣、そんな実験がホントにあったの?」

 そんな風に、すがるような表情で問いかける学内一の美少女と言って良いクラスメートに対して、ネコ先輩は無表情でうなずいて答える。

「うむ……ユニバース25の実験だな。1960年代から70年代に掛けて、そうした動物実験が行われたのは、本当だ。雑学系の動画でも鉄板ネタだから、実験の存在自体は、比較的、知られているのではないかな……? しかし――――――」

 そこで、言葉を区切ったネコ先輩は、少し間を取ったあと、口を開く。

「そのような見た目で、不登校の少年に優しいなど、キミはどこまでオタク男子に媚を売れば、気が済むんだ? 『オタクに優しいギャル』などという都合の良い存在など、この世には実在しないことを世に知らしめなければいけない、というワタシの野望をどうして妨げようとするのか?」

 その今回の本題とはなんの関係もない苦言に、第二理科室に集うメンバーは、一斉に、

「「「はあ?」」」

と声を上げる。

「ちょ……先輩、いま無関係なこと言いましたよね?」

 佳衣子が即座に反応すると、私もすかさず、

「なに言ってるんですか、ネコ先輩! 九院さん、申し訳ありません。このヒト、たまに変なこと言うんです。ホント、すいません」

と、頭を下げて謝罪する。
 
 そんな私たち一年生のようすを見ながら、心の広い上級生は、苦笑しながら答える。

「あ〜、大丈夫だから、そんな気にすんなし……」

 彼女の寛大な心に感謝しつつ、私はすぐにネコ先輩に忠告する。

「先輩、真面目な相談なんだから、ちゃんと答えてください!」

「やれやれ、仕方ないな。ともあれ、この動物実験が、世間で多くの誤解を受けているのは事実だ。それでは、この実験の真実を語らせてもらうじゃないか!」

 そして、いつものように、たっぷりと間を取って、お約束の言葉を口にする。

「さぁ、実験の時間だよ!」


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「あっ! やっぱり、ここにいたんだね、|朱令陣《しゅれじん》。音無ちゃんも、|蚕糸《さんし》ちゃんも、ちょうど良かった! |生心研《せいしんけん》の相談って、まだ受け付けてる?」 
 そう言って、第二理科室に入ってきたのは、ネコ先輩と同じクラスの九院さんだった。明るく特徴的な色の髪が、今日も輝いて見える。
 ただ、いつも整っているヘアスタイルに反して、彼女の表情は、どこか沈みがちに感じられた。
 それでも、ネコ先輩は、そんな相手のようすに構うことなく受け答えを始める。
「もちろん、相談は受け付けているよ。夏休み中のキミたちの協力のおかげで、なんとか、生物心理学研究会の活動を軌道に乗せることが出来たからね」
「そっか、なら良かった。ちょっと、相談に乗ってもらいたいって言うか、聞いてもらいたいことがあるんだよね」
「ふむ……どんなことだい? 同じクラスの日辻羊一以外のことなら、できる限り、なんでも相談に乗ろう」
「はっ? 日辻は、なにも関係ないし……相談したいことっていうのは、|精堂《せいどう》小学校に通ってる小3の従兄弟のことなんだ。親同士が仲が良いから、従兄弟の|高志《たかし》とは、小さな頃から良く可愛がってたんだよね。けど、3年になってから、急に学校に行けなくなっちゃって……一学期の最後の方は、ほとんど学校を休んでいたらしいんだ」
「ほう……」
 従兄弟の子が、|学《・》|校《・》|に《・》|行《・》|け《・》|な《・》|く《・》|な《・》|っ《・》|た《・》と、九院さんが口にした途端、ネコ先輩のこめかみが、かすかにピクリと動くのを私は見逃さなかった。
「高志のところの両親は共働きだし、学校が終わったら、放課後は学童保育に行ってるんだけど……そこに居るのもツラいみたいでさ。夏休みに入ってからは、自宅が近いアタシん|家《ち》で面倒を見てたんだ。この前の監獄実験で合宿所に泊まり込んでたとき以外は、アタシも、ずっと一緒に居てさ」
 彼女の口から語られる従兄弟の少年の話を聞きながら、私は軽い衝撃を受けていた。
 ギャルっぽい見た目なのに、家庭的な性格とか……このヒト完璧超人か!?
 あと、そんな事情があったのに、ネコ先輩の実験なんかに付き合わせてしまって、本当にゴメンナサイ!
 そんな想いもあって、従兄弟の男の子のことが気になった私は、思わず会話に口を挟んでしまう。
「あの……それで、二学期が始まってから、高志くんは――――――?」
「うん、おかげさまで、今のところ、なんとか登校はできてるみたいだけどね。でも、また、いつ学校に行けなくなるか心配でさ……」
「そうなんですね。でも、二学期になってから、学校に行けてるみたいで良かったです」
 私の言葉に、九院さんも「うん、ありがとうね」と、少しだけ表情を緩めてくれたけど、
「でも、どうして、私たちのところに?」
とたずねると、彼女はまたすぐに、暗い表情に戻る。
 生物心理学研究会と言っても、不登校児童のカウンセリングは、いくらなんでも専門外だと思う。
 もちろん、心の悩みは、心理学がケアするべき分野なんだろうけど……。
 私が感じた疑問に小さくうなずいた九院さんは、決心したように口を開いた。
「実はさ、お盆休みにお祖父ちゃんの家に行ったとき、向こうの親戚に高志のことで、こんなことを言われたんだ。アメリカで行われた生物学の実験で『ネズミの楽園実験』っていうものがあるって。食料や水、居住空間が無限に与えられ、外敵や病気のないネズミにとって理想的な環境(ユートピア)を作って、その中でネズミの社会行動がどのように発展・変化するかを観察したら――――――快適な環境のはずなのに、ネズミは全滅してしまったって……だから、高志を自宅やアタシん家で甘やかさずに、無理やりにでも、学校に行かせるべきだって言うんだ。ねぇ、朱令陣、そんな実験がホントにあったの?」
 そんな風に、すがるような表情で問いかける学内一の美少女と言って良いクラスメートに対して、ネコ先輩は無表情でうなずいて答える。
「うむ……ユニバース25の実験だな。1960年代から70年代に掛けて、そうした動物実験が行われたのは、本当だ。雑学系の動画でも鉄板ネタだから、実験の存在自体は、比較的、知られているのではないかな……? しかし――――――」
 そこで、言葉を区切ったネコ先輩は、少し間を取ったあと、口を開く。
「そのような見た目で、不登校の少年に優しいなど、キミはどこまでオタク男子に媚を売れば、気が済むんだ? 『オタクに優しいギャル』などという都合の良い存在など、この世には実在しないことを世に知らしめなければいけない、というワタシの野望をどうして妨げようとするのか?」
 その今回の本題とはなんの関係もない苦言に、第二理科室に集うメンバーは、一斉に、
「「「はあ?」」」
と声を上げる。
「ちょ……先輩、いま無関係なこと言いましたよね?」
 佳衣子が即座に反応すると、私もすかさず、
「なに言ってるんですか、ネコ先輩! 九院さん、申し訳ありません。このヒト、たまに変なこと言うんです。ホント、すいません」
と、頭を下げて謝罪する。
 そんな私たち一年生のようすを見ながら、心の広い上級生は、苦笑しながら答える。
「あ〜、大丈夫だから、そんな気にすんなし……」
 彼女の寛大な心に感謝しつつ、私はすぐにネコ先輩に忠告する。
「先輩、真面目な相談なんだから、ちゃんと答えてください!」
「やれやれ、仕方ないな。ともあれ、この動物実験が、世間で多くの誤解を受けているのは事実だ。それでは、この実験の真実を語らせてもらうじゃないか!」
 そして、いつものように、たっぷりと間を取って、お約束の言葉を口にする。
「さぁ、実験の時間だよ!」