「こんな時はお腹を満たすのがいい……そうすれば死ぬ気も薄れる」
おじさんは上機嫌だった。飲むペースも速い。
(こんなに贅沢して大丈夫なのかしら?)
お箸の持ち方はお世辞にも綺麗ではない。音色は左手に箸を揃えると遠慮がちに缶詰のサンマを摘まむ。日本酒なんて飲み慣れないから一口飲むごとに、喉がカァーっと熱くなる。自分がお邪魔したせいで、おじさんの何日か分の食料を使わせてしまっているのではないか、と思うが、一口食べると胃がもっと食べ物を供給しろとばかりに、腹の音を鳴らす。
腹が鳴るのは胃のせいばかりではない、『おいしい』……さんまの缶詰がこれほどおいしかったなんて知らなかったと思うほどに。
涙が零れていた……。
「死ぬほどおいしいです」
「……でも死んではいない」
「はい」
「死んだらもう食べられないよ」
「そうですね、ありがとうございます」
おじさんは花屋敷小春という人物だった。音色と同じくらいの娘がいるらしい。そして自身の起こした会社が倒産して借金、家族とも別れ現在に至る。
『金なんぞ持ちすぎるもんじゃない、特に若いうちに過ぎたるは……過分な評価や贅や富は身を亡ぼす』そう呟いたのが印象的だった。おじさんにも色々事情があるのだろう……。
「小春さんかぁ……可愛いお名前ですね。あ、目上の方に『可愛い』だなんて、すみません」
「いいよ、いいよ、よく女に間違われる」
音色はどこかで聞いたことのある名前だな? と思ったがあまり詮索しないでおこうと思った。