「お邪魔します」
音色は声を出す……まだ二十代の若い声はそれだけで耳に心地よい。そして若い女性はどんなに暗い夜でも華を咲かせる……はずが音色の地味さは現状にマッチしていて、白熱電球とブルーシートは煌めかない。音色は寧ろ同化している。
キャンプのテントに入ったような感覚もあったが、中は散らかっていて物が多い。ここで生活しているのだから当然なのだが。
おじさんは器用に足で物をどかして座るスペースを作ると座布団らしきものを手繰り寄せ、そこに座るように促す。
「腹も空いてるだろう……」
そう言っておじさんの手の届く範囲から、焼き鳥、サバ、サンマなどの缶詰を二人の間に置いた。ゴミなのか、そうでない物なのか分からない乱雑さに見えて、おじさんにはどこに何があるのか分かっていることが手品にも思えた。
「チョコレートケーキはないが……」
あのとき声が出ていたのだろうか? 『お金が欲しい』と呟いたのも聞かれていただろうか? 音色は恥ずかしくなって宇宙に放り出された液体のように肩をつぼめて頭を垂らしてできるだけ丸く小さくなる。
「さ、ほら……」
おじさんが封の空いてない割り箸と、コップを差し出す。ガラスのコップは汚れてくすんでいて、とても口をつけられるようなものではなかった。
今度はおじさんの方が恥ずかしそうに、割り箸だけを手渡すと、立ち上がってハウスから出て行った。
音色が珍しそうにハウスの中を見回していると、それほど時間を掛けずにおじさんが戻ってきた。手には水滴が落ちるコップを持って。
恐らく公園の水道で洗ってきてくれたのだろう。音色にはそんな気遣いすら嬉しかった。