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第二百四十九話

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 一方、京と千尋の二人は、単独で戦い狙いを引き付けている灰崎に甘え、流浪の獣(リウラン・ショウ)アジト内を走り回りながら物色していた。とは言え、ただの無計画という訳ではなかった。
 元々教会の人間と言うのもあり、多少なり裏事情に詳しい京と、期間こそ短かったものの、この流浪の獣アジトにも出入りしていた千尋。狙う目的は『ここまでおかしくなった原因』である。
「――しっかし、俺が気付いた時には……既に流浪の獣はこの千葉県を根城としていたわけだが……そこに関して端役はベラベラ口にしてなかったか?」
「流石に……してなかった。奴らが口にしていたのは、大体神奈川の元町・中華街、そこから追いやった別の中華系マフィア、そして地域住民への恨み辛みばかりだった」
「――ふゥん」
 しかし、裏の世界もある程度上下関係や月日があってこそ。そんなに短期間でのし上がれる、あるいは新たな土地で根付くことなど、そう簡単にできないことである。灰崎のように、元から組長にお墨付きをもらいでもしない限り、裏社会で成り上がることは基本不可能である。
 だがどうだろう。流浪の獣の在り方は、まるでモンゴルの遊牧民のような、さながら『根無し草』でありながら、現在この千葉県千葉市の一部区画において、王政を敷くような状態であった。
 元々、千葉県の中で、中国人の移民が多少なり多くなっていたのは事実。しかし、これほどに根付くだなんて、県知事も理解できなかった。深いところまで根を張った結果、今や超高層まで続くホテル、その天辺に位置する裏カジノを母体とするマフィアまで居座るようになったのだ。
「……教会でも、似た話はある。少し前に英雄学園とドンパチやった、茨城支部ってのがあった。大々的に生中継もされていたし、多分千尋ちゃんも見たんじゃあないかな」
「あ……まあ。職場でも――あれだけの騒ぎは話題になってましたし」
「そこで…………おそらく一般人同然の君は知らない、ある支部長が居たんだが……その子は短期間でのし上がった稀有な例として、未だ語られている。それも結局、ウチの教祖(クソ)が裏から手を回して、有頂天気分にさせた後で英雄学園側にぶつけるだなんてことをしていた。それほどの思惑が無い限り……」
「――裏社会でのし上がることは、普通不可能ですよね」
 結局、流浪の獣のバックにも、誰かが潜んでいる。中華マフィア以上の、誰かが糸を引いている。そして、そんなことをやりそうな存在を――京は一人だけ知っている。
「……早々に、千葉支部を食い物にして、千葉県の完全掌握。そして……新支部をそこにおっ建てて、自身の復権・会社の再建・無能の駆逐を第一に考える、究極の外道……そんな奴は一人しか知らない。ウチの教祖でも、面倒臭がってやらないであろう無数の策を講じているのは……『来栖善吉』以外居ない」
 その名を聞いてもなお、千尋はピンと来ていない様子だった。それもそのはず、常人が一企業の社長の名を知るはずはない。それに、グレープでの件は基本的に表に出せないものばかりであるため、朝昼夜どのニュースでも流せない。少しでも語ってしまうならば、そこには散乱した血肉が映ることとなるだろう。
 そんな仮定に近い考察をしながら、ほぼ無人のアジト内を駆け回る二人は……仰々しい扉の前に立つ。千尋も並んでその先に入ろうとするも、京が制止する。
「――仮にも、君は一般人だ。一週間限りの元信者だろうが、そして度を越えた覚悟を持ち合わせていようが、この先に危険が待ち受けていることを第一に考えた方がいい」
「……分かった」
 扉に手をかけ、ほんの少し開けた瞬間。京は千尋に距離を開けることを無言で示した。自分以上の存在が、これほどの危機感を持って接したという事実に恐怖しながらも、そのアクション通り一歩半下がる。
「驚かせて済まないね、今から君に短い間だがお(まじな)いをかける。少々五感が鈍るだろうが……心配しないでくれ」
 顔の前に手をかざす京。それを機に、千尋の嗅覚が完全に麻痺し、少しの間使い物にならなくなる。
 不服そうな千尋をよそに、扉を完全に開け放つ京。
 そこに広がっていたのは、監視カメラの巨大なモニター室兼、上層部の会議室でもある、いわば秘匿領域。カジノの様子等をここから監視し、勝ちすぎている者が現れないよう遠隔でイカサマを行ったり、流浪の獣に楯突こうとする存在がいたとなればここから一声かけ襲撃させたり。マルチに扱える場であった。
 しかし。今この場に広がっていたのは、上層部の亡骸ばかりであった。プロの殺し屋がやったわけでもない、何とも雑な殺害のされ方ばかりであった。腹は割られ、魚の開きのようになっていた上に、臓物は辺りにばら撒かれ、いくつもの血だまりが形成されている。
「う……ご、ごめんなさい……」
 そう千尋は断りを入れると、部屋を出てすぐの廊下に、胃液すら出し切るほど吐いた。常人からしたら、凄惨な殺人(コロシ)の現場と言うものは刺激が強すぎる。視界一杯に広がる人だったものが、否が応でも脳裏にこびり付く。
 新たな指紋が付かないよう、簡易的な鑑識用の手袋をはめて辺りの死体を診ると、京は眉間に皴を寄せる。凶器が現場に無いこともそうだが、それぞれの血や臓物、肉の塊に触れ再確認した。
「――コレ、怪しいな。それぞれの死体、死にたてホヤホヤって感じじゃあ無さそうだ」
 少なくとも、死後二日か三日は経過していた。死体周りの血ですらほんの少し乾き、腐敗臭が漂い出していた。さらに、抵抗の際に飛び散ったであろう壁にへばりつく返り血も、すっかり乾いてちょっとしたダイイングメッセージと化していた。
(――コレ、妙だな。現状……簡単なものではあるが、一個疑問が出来た)
 それは、灰崎に仕向けられた雑兵の謎。上層部が死んだ中で、誰が灰崎に向かうよう指示を出していたのか。
 現状最有力は来栖善吉その人であるが、それを確定させる上で物証に乏しいのは事実。
 それに、もう一つ。この死体に関する謎ではないが、新たに浮上した謎。
 もし仮に、来栖善吉が流浪の獣を率いていたとして、そのメリットは一体何なのか。千葉支部は大分長いこと千葉県で根を張っている団体であるため、それを突き崩すにはそれなりの物証や別方向の攻撃が重要である。その中で、あえて愚直にマフィアを用いたのには、何かしらの理由があるのだろうか。
 基本的に、自分の利になるものなら勧んで利用する善吉であるが、何かしらのメリットを見出すには、少々地頭が悪い。頭が悪ければ愚直に扱えるだろうが、応用が利かない。頭がよければ、応用が利くだろうが裏切るデメリットがある。
 しかしそれでも、来栖善吉と言う男は、頭がいい相棒を選ぶだろう。反乱されようが、自分自身秀でた因子と恵まれた力……そして大学にて心理学を専攻していた影響もあるのだろうが、『人心掌握術』に秀でているためである。
 頭のいい人間は、より頭のいい人間に惹かれる節がある。嫉妬こそするだろうが、何かしらの吸収できる事柄がある以上、相互で利用し合う関係性であり続ける。WIN-WINの関係性と言うものである。善吉はここで相手を手玉に取ることで、相手を弄び続けることが可能。頭がよく、従うしかできない従順な傀儡の出来上がりである。
 それでもなお、大して頭の良くない流浪の獣を扱う理由は。
 少しでも現場から得られる情報があれば、と探すも、関連資料の一枚すら見つからず、千尋の介抱を行うのみ。
 胃液すら吐き切ったものの、未だ体調不良状態にある千尋を長居させるわけにはいかないと、下層に帰ろうとする京。
 しかし、唐突に監視カメラの映像の数々が止まっていき、やがてそれら全てが同じ映像を映し出す。
 そこに居たのは、推理の中でも存在した来栖善吉。眼鏡を片手で整えながら、ワイングラスを片手に足を組んで嗤っていた。
『やあ、レディの介抱に勤しんでいるところ失礼しますよ。今はこう名乗るべきでしょうか……新生山梨支部支部長、千葉支部の代わりに『憤怒』を司る……来栖・I(イラ)・善吉です』



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 一方、京と千尋の二人は、単独で戦い狙いを引き付けている灰崎に甘え、|流浪の獣《リウラン・ショウ》アジト内を走り回りながら物色していた。とは言え、ただの無計画という訳ではなかった。
 元々教会の人間と言うのもあり、多少なり裏事情に詳しい京と、期間こそ短かったものの、この流浪の獣アジトにも出入りしていた千尋。狙う目的は『ここまでおかしくなった原因』である。
「――しっかし、俺が気付いた時には……既に流浪の獣はこの千葉県を根城としていたわけだが……そこに関して端役はベラベラ口にしてなかったか?」
「流石に……してなかった。奴らが口にしていたのは、大体神奈川の元町・中華街、そこから追いやった別の中華系マフィア、そして地域住民への恨み辛みばかりだった」
「――ふゥん」
 しかし、裏の世界もある程度上下関係や月日があってこそ。そんなに短期間でのし上がれる、あるいは新たな土地で根付くことなど、そう簡単にできないことである。灰崎のように、元から組長にお墨付きをもらいでもしない限り、裏社会で成り上がることは基本不可能である。
 だがどうだろう。流浪の獣の在り方は、まるでモンゴルの遊牧民のような、さながら『根無し草』でありながら、現在この千葉県千葉市の一部区画において、王政を敷くような状態であった。
 元々、千葉県の中で、中国人の移民が多少なり多くなっていたのは事実。しかし、これほどに根付くだなんて、県知事も理解できなかった。深いところまで根を張った結果、今や超高層まで続くホテル、その天辺に位置する裏カジノを母体とするマフィアまで居座るようになったのだ。
「……教会でも、似た話はある。少し前に英雄学園とドンパチやった、茨城支部ってのがあった。大々的に生中継もされていたし、多分千尋ちゃんも見たんじゃあないかな」
「あ……まあ。職場でも――あれだけの騒ぎは話題になってましたし」
「そこで…………おそらく一般人同然の君は知らない、ある支部長が居たんだが……その子は短期間でのし上がった稀有な例として、未だ語られている。それも結局、ウチの|教祖《クソ》が裏から手を回して、有頂天気分にさせた後で英雄学園側にぶつけるだなんてことをしていた。それほどの思惑が無い限り……」
「――裏社会でのし上がることは、普通不可能ですよね」
 結局、流浪の獣のバックにも、誰かが潜んでいる。中華マフィア以上の、誰かが糸を引いている。そして、そんなことをやりそうな存在を――京は一人だけ知っている。
「……早々に、千葉支部を食い物にして、千葉県の完全掌握。そして……新支部をそこにおっ建てて、自身の復権・会社の再建・無能の駆逐を第一に考える、究極の外道……そんな奴は一人しか知らない。ウチの教祖でも、面倒臭がってやらないであろう無数の策を講じているのは……『来栖善吉』以外居ない」
 その名を聞いてもなお、千尋はピンと来ていない様子だった。それもそのはず、常人が一企業の社長の名を知るはずはない。それに、グレープでの件は基本的に表に出せないものばかりであるため、朝昼夜どのニュースでも流せない。少しでも語ってしまうならば、そこには散乱した血肉が映ることとなるだろう。
 そんな仮定に近い考察をしながら、ほぼ無人のアジト内を駆け回る二人は……仰々しい扉の前に立つ。千尋も並んでその先に入ろうとするも、京が制止する。
「――仮にも、君は一般人だ。一週間限りの元信者だろうが、そして度を越えた覚悟を持ち合わせていようが、この先に危険が待ち受けていることを第一に考えた方がいい」
「……分かった」
 扉に手をかけ、ほんの少し開けた瞬間。京は千尋に距離を開けることを無言で示した。自分以上の存在が、これほどの危機感を持って接したという事実に恐怖しながらも、そのアクション通り一歩半下がる。
「驚かせて済まないね、今から君に短い間だがお|呪《まじな》いをかける。少々五感が鈍るだろうが……心配しないでくれ」
 顔の前に手をかざす京。それを機に、千尋の嗅覚が完全に麻痺し、少しの間使い物にならなくなる。
 不服そうな千尋をよそに、扉を完全に開け放つ京。
 そこに広がっていたのは、監視カメラの巨大なモニター室兼、上層部の会議室でもある、いわば秘匿領域。カジノの様子等をここから監視し、勝ちすぎている者が現れないよう遠隔でイカサマを行ったり、流浪の獣に楯突こうとする存在がいたとなればここから一声かけ襲撃させたり。マルチに扱える場であった。
 しかし。今この場に広がっていたのは、上層部の亡骸ばかりであった。プロの殺し屋がやったわけでもない、何とも雑な殺害のされ方ばかりであった。腹は割られ、魚の開きのようになっていた上に、臓物は辺りにばら撒かれ、いくつもの血だまりが形成されている。
「う……ご、ごめんなさい……」
 そう千尋は断りを入れると、部屋を出てすぐの廊下に、胃液すら出し切るほど吐いた。常人からしたら、凄惨な|殺人《コロシ》の現場と言うものは刺激が強すぎる。視界一杯に広がる人だったものが、否が応でも脳裏にこびり付く。
 新たな指紋が付かないよう、簡易的な鑑識用の手袋をはめて辺りの死体を診ると、京は眉間に皴を寄せる。凶器が現場に無いこともそうだが、それぞれの血や臓物、肉の塊に触れ再確認した。
「――コレ、怪しいな。それぞれの死体、死にたてホヤホヤって感じじゃあ無さそうだ」
 少なくとも、死後二日か三日は経過していた。死体周りの血ですらほんの少し乾き、腐敗臭が漂い出していた。さらに、抵抗の際に飛び散ったであろう壁にへばりつく返り血も、すっかり乾いてちょっとしたダイイングメッセージと化していた。
(――コレ、妙だな。現状……簡単なものではあるが、一個疑問が出来た)
 それは、灰崎に仕向けられた雑兵の謎。上層部が死んだ中で、誰が灰崎に向かうよう指示を出していたのか。
 現状最有力は来栖善吉その人であるが、それを確定させる上で物証に乏しいのは事実。
 それに、もう一つ。この死体に関する謎ではないが、新たに浮上した謎。
 もし仮に、来栖善吉が流浪の獣を率いていたとして、そのメリットは一体何なのか。千葉支部は大分長いこと千葉県で根を張っている団体であるため、それを突き崩すにはそれなりの物証や別方向の攻撃が重要である。その中で、あえて愚直にマフィアを用いたのには、何かしらの理由があるのだろうか。
 基本的に、自分の利になるものなら勧んで利用する善吉であるが、何かしらのメリットを見出すには、少々地頭が悪い。頭が悪ければ愚直に扱えるだろうが、応用が利かない。頭がよければ、応用が利くだろうが裏切るデメリットがある。
 しかしそれでも、来栖善吉と言う男は、頭がいい相棒を選ぶだろう。反乱されようが、自分自身秀でた因子と恵まれた力……そして大学にて心理学を専攻していた影響もあるのだろうが、『人心掌握術』に秀でているためである。
 頭のいい人間は、より頭のいい人間に惹かれる節がある。嫉妬こそするだろうが、何かしらの吸収できる事柄がある以上、相互で利用し合う関係性であり続ける。WIN-WINの関係性と言うものである。善吉はここで相手を手玉に取ることで、相手を弄び続けることが可能。頭がよく、従うしかできない従順な傀儡の出来上がりである。
 それでもなお、大して頭の良くない流浪の獣を扱う理由は。
 少しでも現場から得られる情報があれば、と探すも、関連資料の一枚すら見つからず、千尋の介抱を行うのみ。
 胃液すら吐き切ったものの、未だ体調不良状態にある千尋を長居させるわけにはいかないと、下層に帰ろうとする京。
 しかし、唐突に監視カメラの映像の数々が止まっていき、やがてそれら全てが同じ映像を映し出す。
 そこに居たのは、推理の中でも存在した来栖善吉。眼鏡を片手で整えながら、ワイングラスを片手に足を組んで嗤っていた。
『やあ、レディの介抱に勤しんでいるところ失礼しますよ。今はこう名乗るべきでしょうか……新生山梨支部支部長、千葉支部の代わりに『憤怒』を司る……来栖・|I《イラ》・善吉です』