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第二百四十八話

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 VIP専用のカジノ。ノーマルのカジノではないそこは、煌びやかさは基本的にそこらにあるような、目を潰すほどの眩しさを内包するネオン街と変わりないのだが、やり取りされるチップの額が常軌を逸していた。これまで稼いできたような額である数万から数十万、ジャックポットを引けば百何十万など、常識の範囲内で収まっているような額ではない。
 常に数百万の金が人をあざ笑うかのように動き、その度に多くの娯楽に植えたVIPが一喜一憂する。これまでの常識を覆すような光景が、元含む一般人の脳を汚染していく。
「――基本的に、ここに来るような存在は……グレープのようなある程度健全な遊びを求めているんじゃあない。全員が全員、グレープ・フルボディクラスに脳内麻薬を刺激するような、次元の違うゲームを望んでいる。出世欲とは名ばかりの、破滅願望溢れる者ばかりがここに出入りするんだ」
 基本的にその場にいたのは、山梨のグレープ・フルボディにも出入りするような、裏社会からあぶれた存在か、あるいは稼いだ金を持て余すような存在ばかり。総じて、汚い欲望の巣窟であった。
「……しかしよ、こんな場所に流浪の獣(リウラン・ショウ)はいるのか? だとしたら、シノギだけで尋常じゃあないほどの稼ぎになる。ウチが以前元締めをしていた遊郭ビジネスクラスか、それ以上か……性欲以外にどうこうするのは、こういった常軌を逸する危険域の娯楽ばかりだ」
「――でも、皆楽しそうにしているよ」
「千葉支部の『力添え』は、基本的に人々の幸せに希求するものだ。武闘派ばかりのよその支部のような、絶滅願望ではない。だが……ここの元締めは――」
 京がそう言いかけると、三人の前に現れたのは、あからさまにこちらに敵意を持った中国人数名。皆、煌びやかな場にふさわしくないほどの、明確な殺傷能力を持った武器を持ちながら。
「――どうやら、俺たちは蟻地獄に放り込まれたようだ。カモフラはしっかりしたつもりだが……案外俺の白髪が目立っちゃったのかな?」
「「かな?」じゃあねえって!? ここまで歓迎されるのは……まあ有り得るか……敵陣ど真ん中だしな……悪い俺が悪かった……」
「反論しようとしたらその灰崎さんの意気が窄んでいった……」
 さらに、遊んでいたVIPたちも騒動を目の当たりにした結果、いつの間にかどこかに掃けており、ディーラーすら味方がいない面倒な状況に。
「……これは、俺が出張る必要があるかな?」
「――いや、きっと俺の出番だ。じゃあなかったら……『これ』寄越された意味が無い」
 咄嗟にアタッシュケースを展開、すぐさまこれまで用いてきたタイプ以外のタッチパネルを操作する。これまで超高性能バイク、観察カメラに形を変えたそれが新たな姿として選択されたのは……重散弾銃(ヘヴィー・ショットガン)
 連射が少々面倒なポンプアクション式ではなく、フルオートタイプのもの。その代わり、一発発射するたびに反動はかなりのレベルで当人に襲い掛かってくる。よほどの手練れでも手を焼く、究極のじゃじゃ馬。その銃の名は……駆動タイプとほぼ同一の名前である、『桂馬(ランページ・ホース)』である。
「――へえ、信一郎……面白い玩具作るじゃん」
 アタッシュケースの見た目と同様黒光りしたものであり、どんな初心者でも眼前の強敵に立ち向かえるイカれた存在(トリガー・ハッピー)になれるもの。堅気の人間を傷つけない大義を持つ灰崎に限って、そんなことになることは無いのだが。
「じゃあ、俺はお嬢さんをエスコートして安全圏に連れていくよ。万が一攻められても……俺は相手をコテンパンにするだけだけど」
「――千尋を、よろしく頼む」
 教会の人間と手を組むだなんて、少し前の自分に言い聞かせたら……きっと眼前の存在の心根を訝しむだろう。しかし、今ばかりは利害の一致が成り立つ。
「――さあ、元ヤクザ対中華マフィア……全面戦争と行こうか」
 その言葉とともに、灰崎の腕部に『桂馬』のサポート兵装が装着される。銃の反動で腕が吹き飛ばないための、信一郎の心ばかりのおもてなし≪サービス≫。そんなおもてなしを受けながら、元々所属していた組の名を一切掲げず――流浪の獣との抗争が、遂に始まった瞬間であった。

 重散弾銃上部に取り付けられた、暗視機能付き近距離照準補正器(デジタル・スレッド)。それを一切除くことはせず、あろうことか片腕のみで乱暴に撃ち放ちながら、辺りの雑兵を蹴散らしていく。
 いざという時の信一郎の気遣いは、ショットガンの弾にも込められており、何と殺傷能力のないゴム弾が、特殊改造され砲弾(シェル)として直撃(ヒット)する。殺人を犯させないために、わざわざ学園都市内で研究を重ね、効率的に打撃ダメージを与える兵装として昇華されたのだ。
 無論散弾銃のみではどうもできず、近距離に近づかれることを許すも、そこは銃ではなく肉体言語の出番である。
 数人がかりで灰崎の(タマ)を取ろうと、弾を掻い潜りながら猪突猛進に突き進む。
 しかしそれを、どこで見て覚えたか灰崎は、合気道の要領で受け流しながら的確に人体の急所に一撃ずつ入れていく。
 顔面、蟀谷、顎、心臓部、肋骨、肝臓部、鳩尾。
 殺意を持って一人に全てを叩き込むのではなく、無力化を狙って数人仲良く一撃ずつである。
(――こんだけの『技』、清志郎さんじゃああるまいし……どこで覚えたんだか全くよ)
 自分自身でも、ただの元ヤクザであるのに、これだけ動けていることに驚きを覚えていた。大人数相手に大立ち回りだなんて、数か月前まで経験した事のないこと。しかし、今灰崎はまるで何でもできる超人のようであった。
 そう思考している内に、雑兵が一人、灰崎の背後を取り、丁度死角から青龍刀が振り下ろさんとしていた。
 そのことに、一切気づいていなかった灰崎。礼安のような秀でた第六感がある訳でもないために、ただその一撃を受ける――はずが無かったのだ。
 無意識に、重散弾銃を両手で掲げ咄嗟に防ぐ。力と力のせめぎ合い、間には小さな火花が生じていた。
「『何だこいつ、後ろに目玉でも付いているのか!?』」
「――相変わらず何言ってるかはさっぱりだが、少しくらいは……カッコつけた手前足掻いてみせるッつうの!!」
 全身で力を込め、青龍刀を押し戻して雑兵の体勢を崩す。がら空きとなった胴体に重散弾銃を至近距離で叩き込んで、一撃で沈黙させる。
 健闘する灰崎であったが、それでも尚流浪の獣の構成員はなだれ込む。元々この戦場が超が付くほどのVIP専用カジノとは思えないほどに、殺意が満ちていた。
「……クッソ、英雄ってのは基本的にこんな大人数の反社相手取ってんのかよ、一般人からしたら常軌を逸しているぜ全くよ!!」
 サイドボタンを押し、重散弾銃を再びアタッシュケースへ形状変化。こんな動作を初めて行っているため、見覚えのある将棋の駒の名前から連想、生み出される謎の武装など、理解は及ばない。
(『桂馬』がさっきの重散弾銃、無意識に押していたが恐らく『香車』があの重量級バイク……んじゃアせっかくだから、恐らく単体でパワーのある『飛車』でも行ってみるかよ!)
 大勢の攻撃が迫る中、何とか上体を反らし膝で滑りながら攻撃を避ける灰崎。アタッシュケースが形状変化していく中で、次なる一手を待ちわびていた。
(さあ次は何が出る? 将棋なら『飛車』なんて馬鹿みたいに強い駒だ、少しくらいはこの絶望的状況を打破してくれるような、切り札的な何かが――)
 しかし、現実は無常。
 提示された切り札は、「まだその機能構想上がってないんだ、ごめんね♡」と書かれたポストイットが、スーパーのレシートのように灰崎の目の前にひらひらと落ちていくだけ。
「馬鹿じゃアねえのか!!??」
 鬼の形相で思わずツッコミをしてしまった灰崎であったが、状況は一切好転していない。こけおどしを食らったものの、一秒の余韻すらなく灰崎に向かっていく雑兵十数名。
「何で無い機能を入れとくんだよあのアホ!! じゃあ『角行』は……駄目だ、さっきのがまあまあトラウマになって試す勇気すらねェし!!」
 複数の雑兵から背を向け逃げながら、何とかタッチパネルの内容とにらめっこ。そこで、『歩兵』に目が行く。
「『歩兵』か……一番弱い代わりに敵陣地に行ったら成れる駒……もしかして」
 咄嗟にタッチして、それに呼応するようアタッシュケースが駆動するのを感じた。少しの間の後、アタッシュケース前面に『敵に向け開いてください』の文字がデジタル表記で浮かび上がる。
(これで賄賂用の金が出てくるとかだったら……俺学園長さんのこと一生恨むぞ!?)
 灰崎は、意を決し大勢の目の前でアタッシュケースを開け放つ。すると、そこから出でたのは――大量の小型爆弾。しかも、全てがご丁寧に起爆寸前。
 飛びのこうにも、既に灰崎に飛び掛かっていた者が大多数なために、宙では身動きが取れない。よって――爆発の衝撃、その際飛び散る破片、火薬の熱……それらを思うがままに食らってしまうのだ。
 中国の旧正月、春節と言うものがあるのだが、そこではお祝いとして爆竹を無数に破裂させる。それを行うことで、邪気を払い悪鬼羅刹や疫病の駆逐を行う、漢の時代から行われてきた決まりごとのようなものである。
 しかし、規模感がそれとは雲泥の差。あちらもかなりの火薬量、そして音であるが、明らか先ほどまでの重散弾銃のような配慮が無いのだ。ゴム弾だとか、ほんの少しの遊び心だとか。明らか、爆発の衝撃が、殺傷目的の破片手榴弾を何十発も同時に、閉所に投げ込んだかのような爆裂であったのだ。
 アタッシュケース越しとはいえ、近距離で無数の爆発を受けた灰崎は、あまりにもの重い衝撃に吹き飛ばされそうになるも、そこは安心。『桂馬』操作時に装着済みである強化グローブが体を何とか平常なまま立たせてくれていた。
「――結局、『歩兵』が今のところ一番強ェとか……皮肉かよ、全く」
 何人か気絶し事切れているのを確認すると、せっかくのドレスコードが何となく焦げてしまったことに落胆しながら、ホールへ歩みを進める灰崎であった。



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 常に数百万の金が人をあざ笑うかのように動き、その度に多くの娯楽に植えたVIPが一喜一憂する。これまでの常識を覆すような光景が、元含む一般人の脳を汚染していく。
「――基本的に、ここに来るような存在は……グレープのようなある程度健全な遊びを求めているんじゃあない。全員が全員、グレープ・フルボディクラスに脳内麻薬を刺激するような、次元の違うゲームを望んでいる。出世欲とは名ばかりの、破滅願望溢れる者ばかりがここに出入りするんだ」
 基本的にその場にいたのは、山梨のグレープ・フルボディにも出入りするような、裏社会からあぶれた存在か、あるいは稼いだ金を持て余すような存在ばかり。総じて、汚い欲望の巣窟であった。
「……しかしよ、こんな場所に|流浪の獣《リウラン・ショウ》はいるのか? だとしたら、シノギだけで尋常じゃあないほどの稼ぎになる。ウチが以前元締めをしていた遊郭ビジネスクラスか、それ以上か……性欲以外にどうこうするのは、こういった常軌を逸する危険域の娯楽ばかりだ」
「――でも、皆楽しそうにしているよ」
「千葉支部の『力添え』は、基本的に人々の幸せに希求するものだ。武闘派ばかりのよその支部のような、絶滅願望ではない。だが……ここの元締めは――」
 京がそう言いかけると、三人の前に現れたのは、あからさまにこちらに敵意を持った中国人数名。皆、煌びやかな場にふさわしくないほどの、明確な殺傷能力を持った武器を持ちながら。
「――どうやら、俺たちは蟻地獄に放り込まれたようだ。カモフラはしっかりしたつもりだが……案外俺の白髪が目立っちゃったのかな?」
「「かな?」じゃあねえって!? ここまで歓迎されるのは……まあ有り得るか……敵陣ど真ん中だしな……悪い俺が悪かった……」
「反論しようとしたらその灰崎さんの意気が窄んでいった……」
 さらに、遊んでいたVIPたちも騒動を目の当たりにした結果、いつの間にかどこかに掃けており、ディーラーすら味方がいない面倒な状況に。
「……これは、俺が出張る必要があるかな?」
「――いや、きっと俺の出番だ。じゃあなかったら……『これ』寄越された意味が無い」
 咄嗟にアタッシュケースを展開、すぐさまこれまで用いてきたタイプ以外のタッチパネルを操作する。これまで超高性能バイク、観察カメラに形を変えたそれが新たな姿として選択されたのは……重散弾銃《ヘヴィー・ショットガン》。
 連射が少々面倒なポンプアクション式ではなく、フルオートタイプのもの。その代わり、一発発射するたびに反動はかなりのレベルで当人に襲い掛かってくる。よほどの手練れでも手を焼く、究極のじゃじゃ馬。その銃の名は……駆動タイプとほぼ同一の名前である、『桂馬《ランページ・ホース》』である。
「――へえ、信一郎……面白い玩具作るじゃん」
 アタッシュケースの見た目と同様黒光りしたものであり、どんな初心者でも眼前の強敵に立ち向かえる|イカれた存在《トリガー・ハッピー》になれるもの。堅気の人間を傷つけない大義を持つ灰崎に限って、そんなことになることは無いのだが。
「じゃあ、俺はお嬢さんをエスコートして安全圏に連れていくよ。万が一攻められても……俺は相手をコテンパンにするだけだけど」
「――千尋を、よろしく頼む」
 教会の人間と手を組むだなんて、少し前の自分に言い聞かせたら……きっと眼前の存在の心根を訝しむだろう。しかし、今ばかりは利害の一致が成り立つ。
「――さあ、元ヤクザ対中華マフィア……全面戦争と行こうか」
 その言葉とともに、灰崎の腕部に『桂馬』のサポート兵装が装着される。銃の反動で腕が吹き飛ばないための、信一郎の心ばかりのおもてなし≪サービス≫。そんなおもてなしを受けながら、元々所属していた組の名を一切掲げず――流浪の獣との抗争が、遂に始まった瞬間であった。
 重散弾銃上部に取り付けられた、|暗視機能付き近距離照準補正器《デジタル・スレッド》。それを一切除くことはせず、あろうことか片腕のみで乱暴に撃ち放ちながら、辺りの雑兵を蹴散らしていく。
 いざという時の信一郎の気遣いは、ショットガンの弾にも込められており、何と殺傷能力のないゴム弾が、特殊改造され砲弾《シェル》として直撃《ヒット》する。殺人を犯させないために、わざわざ学園都市内で研究を重ね、効率的に打撃ダメージを与える兵装として昇華されたのだ。
 無論散弾銃のみではどうもできず、近距離に近づかれることを許すも、そこは銃ではなく肉体言語の出番である。
 数人がかりで灰崎の命《タマ》を取ろうと、弾を掻い潜りながら猪突猛進に突き進む。
 しかしそれを、どこで見て覚えたか灰崎は、合気道の要領で受け流しながら的確に人体の急所に一撃ずつ入れていく。
 顔面、蟀谷、顎、心臓部、肋骨、肝臓部、鳩尾。
 殺意を持って一人に全てを叩き込むのではなく、無力化を狙って数人仲良く一撃ずつである。
(――こんだけの『技』、清志郎さんじゃああるまいし……どこで覚えたんだか全くよ)
 自分自身でも、ただの元ヤクザであるのに、これだけ動けていることに驚きを覚えていた。大人数相手に大立ち回りだなんて、数か月前まで経験した事のないこと。しかし、今灰崎はまるで何でもできる超人のようであった。
 そう思考している内に、雑兵が一人、灰崎の背後を取り、丁度死角から青龍刀が振り下ろさんとしていた。
 そのことに、一切気づいていなかった灰崎。礼安のような秀でた第六感がある訳でもないために、ただその一撃を受ける――はずが無かったのだ。
 無意識に、重散弾銃を両手で掲げ咄嗟に防ぐ。力と力のせめぎ合い、間には小さな火花が生じていた。
「『何だこいつ、後ろに目玉でも付いているのか!?』」
「――相変わらず何言ってるかはさっぱりだが、少しくらいは……カッコつけた手前足掻いてみせるッつうの!!」
 全身で力を込め、青龍刀を押し戻して雑兵の体勢を崩す。がら空きとなった胴体に重散弾銃を至近距離で叩き込んで、一撃で沈黙させる。
 健闘する灰崎であったが、それでも尚流浪の獣の構成員はなだれ込む。元々この戦場が超が付くほどのVIP専用カジノとは思えないほどに、殺意が満ちていた。
「……クッソ、英雄ってのは基本的にこんな大人数の反社相手取ってんのかよ、一般人からしたら常軌を逸しているぜ全くよ!!」
 サイドボタンを押し、重散弾銃を再びアタッシュケースへ形状変化。こんな動作を初めて行っているため、見覚えのある将棋の駒の名前から連想、生み出される謎の武装など、理解は及ばない。
(『桂馬』がさっきの重散弾銃、無意識に押していたが恐らく『香車』があの重量級バイク……んじゃアせっかくだから、恐らく単体でパワーのある『飛車』でも行ってみるかよ!)
 大勢の攻撃が迫る中、何とか上体を反らし膝で滑りながら攻撃を避ける灰崎。アタッシュケースが形状変化していく中で、次なる一手を待ちわびていた。
(さあ次は何が出る? 将棋なら『飛車』なんて馬鹿みたいに強い駒だ、少しくらいはこの絶望的状況を打破してくれるような、切り札的な何かが――)
 しかし、現実は無常。
 提示された切り札は、「まだその機能構想上がってないんだ、ごめんね♡」と書かれたポストイットが、スーパーのレシートのように灰崎の目の前にひらひらと落ちていくだけ。
「馬鹿じゃアねえのか!!??」
 鬼の形相で思わずツッコミをしてしまった灰崎であったが、状況は一切好転していない。こけおどしを食らったものの、一秒の余韻すらなく灰崎に向かっていく雑兵十数名。
「何で無い機能を入れとくんだよあのアホ!! じゃあ『角行』は……駄目だ、さっきのがまあまあトラウマになって試す勇気すらねェし!!」
 複数の雑兵から背を向け逃げながら、何とかタッチパネルの内容とにらめっこ。そこで、『歩兵』に目が行く。
「『歩兵』か……一番弱い代わりに敵陣地に行ったら成れる駒……もしかして」
 咄嗟にタッチして、それに呼応するようアタッシュケースが駆動するのを感じた。少しの間の後、アタッシュケース前面に『敵に向け開いてください』の文字がデジタル表記で浮かび上がる。
(これで賄賂用の金が出てくるとかだったら……俺学園長さんのこと一生恨むぞ!?)
 灰崎は、意を決し大勢の目の前でアタッシュケースを開け放つ。すると、そこから出でたのは――大量の小型爆弾。しかも、全てがご丁寧に起爆寸前。
 飛びのこうにも、既に灰崎に飛び掛かっていた者が大多数なために、宙では身動きが取れない。よって――爆発の衝撃、その際飛び散る破片、火薬の熱……それらを思うがままに食らってしまうのだ。
 中国の旧正月、春節と言うものがあるのだが、そこではお祝いとして爆竹を無数に破裂させる。それを行うことで、邪気を払い悪鬼羅刹や疫病の駆逐を行う、漢の時代から行われてきた決まりごとのようなものである。
 しかし、規模感がそれとは雲泥の差。あちらもかなりの火薬量、そして音であるが、明らか先ほどまでの重散弾銃のような配慮が無いのだ。ゴム弾だとか、ほんの少しの遊び心だとか。明らか、爆発の衝撃が、殺傷目的の破片手榴弾を何十発も同時に、閉所に投げ込んだかのような爆裂であったのだ。
 アタッシュケース越しとはいえ、近距離で無数の爆発を受けた灰崎は、あまりにもの重い衝撃に吹き飛ばされそうになるも、そこは安心。『桂馬』操作時に装着済みである強化グローブが体を何とか平常なまま立たせてくれていた。
「――結局、『歩兵』が今のところ一番強ェとか……皮肉かよ、全く」
 何人か気絶し事切れているのを確認すると、せっかくのドレスコードが何となく焦げてしまったことに落胆しながら、ホールへ歩みを進める灰崎であった。