表示設定
表示設定
目次 目次




第二百四十七話

ー/ー



 そこから数時間後のこと。日は落ち、徐々に一番星が見え始める午後六時半。
「――しかし、普段着慣れたスーツと違う奴だからよ、どうも違和感が拭えねえな……」
 元々ただの黒のショートヘアであった灰崎は、髪をオールバックに整え、ご丁寧に青色のカラーコンタクト、そして濃い灰色かつ新品のスーツを着用。胸元には黒色の蝶ネクタイに、純白のハンカチーフも備えており、極道と言うよりも夜の遊びを知ったジェントルマン、あるいはある会社の若社長と言った、綺麗な印象を抱く。
 渡されたアタッシュケースも手に持って、いざという際の臨戦態勢を整えた状態である。
「そんなのアタシもだよ。就活ですら大してここまで整えてなかったのにさ」
 セミロングの黒髪につけていた紫のエクステは取り外し、大本の髪形すら大胆に変更。
 ただ無造作に下ろしていただけの髪を、清潔感が見て取れるようにアップヘアに。肩が大きく開いたオフショルダーの、蒼の光沢があるボディラインが分かりやすいタイトなドレスを着用。大したアクセサリーを持ち合わせていなかったため、京と灰崎が考えセレクトした、サファイアが中央に飾られた銀色のネックレスと、細やかな装飾が施されたバングルを付けている。
「俺に関しては、別に変装しなくても……なんて、そんなのは野暮だもんな」
 追われている身ではない京は、髪型を特に変えることはせず、素材の味を生かした漆黒のスーツを着用。教会の中では有名人であるため、万が一裏社会のつながりがある可能性もあるため、ただサングラスだけを着用。他二人と比べ、実にカジュアルであった。
 そしてそれぞれが耳に小型の無線機を着用。いざという際の連携が取りやすくなるように、京が自分の物を複数譲渡している。
 ドレスコードに(のっと)りふさわしい恰好に整えた一行は、招待状を手に持ちある場所を訪れた。それは、千葉県千葉市美浜(みはま)区の幕張新都心に聳え立つ、ニューアルマホテル。オーナーが不明となっているが、よくアジア圏の人間が出入りしているとの情報が出回っている、グレープに存在するような異例の超絶高級ホテル群を除くと、日本の中でも最高級クラスのホテルである。
 地上から天を突くようにぐんと伸びた、地上五十階まで続くセントラルタワー、その周りをぐるりと取り囲むように複数の建物が子分のように建て並んでいる。ちなみに、それらの支部的な建物群も、地上二十階の高層ビルであり、辺りに与える威圧感はかなりのものである。全てのビル、その中に備えられた客室数は優に二千を超え、その点で言うならば理想郷を超える。
 中央に聳え立つセントラルタワー、その内最上階とその下二つのフロア、三フロアをぶち抜いて作られたカジノこそ、千葉県各所に存在する裏カジノから招待状を貰い、招待を受けた者しか立ち入ることが許されない至高のカジノ、『Resort』が存在する。
 その施設に、流浪の獣(リウラン・ショウ)は潜伏している。その理由こそ、千尋のかつての記憶であった。
 ホテル内を歩きながら、見る者を引き付ける、三人のセレブリティな見た目。しかし、そんな三人が交わすやり取りはその日の株の話だの、会社経営の話だの、そういった自分の金にまつわる物ではない。
「――奴ら、元々金稼ぎがそこまでうまくなかったの。でもあるタイミングでやたら羽振りがよくなった」
「それが、このカジノ群の経営、ってことか」
「厳密には、カジノだけじゃあなくこのホテルの経営だ。グレープのものよりも規模感もグレードも落ちるだろうが、普通の客から一般的な富裕層まで、幅広く満たせる点からして、正直山梨支部のシノギよりも時間に対するリターンはデカい。普通、中華マフィアがンなもん経営していたらお上は怒るはずなんだけどね……それすらも金で買収してんのさ」
 それによる地域の治安の悪化が起こり、人々はあらゆる安寧を求める。それが千葉支部本拠地である東京デスティニーアイランドといい、流浪の獣主導となったホテルやカジノ運営といい、寄る辺が潤沢にあるのである。
「――『二つの大きな感情の喪失』。それは、この千葉県民だったら大体既に経験している事柄だ。それによって日々の問題から逃げ、争うことを忘れる。だが、それは決して悪いことばかりじゃあない。昨今の混乱する社会情勢上、悲しむことも怒ることも多いだろう。千葉支部は、ある意味平和に貢献している殊勝な支部なんだよ」
 ただ、それをどうにかしようとしているのが、流浪の獣とどこかに存在する新生山梨支部である。
「……最近、流浪の獣は凶暴化してる。自分の居場所を追われたことに対する怒りなのか、元教会の信者だろうと容赦なく取り込むか殺しにかかる。敵対することを全く恐れていないかのように」
「――だがよ、それって連中からしたらただの自殺行為だろ? 流石に凶暴化しているとはいえ、あんだけ世間様に迷惑かけている、そんな教会の悪事を知らないはずはない。少なくともテレビ中継をジャックした神奈川支部、そして同じく大々的にテレビ中継で英雄学園との抗争を流した……と言うか学園長さんが流した茨城支部……その二つの支部がやった悪事はそう簡単に消えねえはずだ」
「そこなんだよ、連中の謎は。ただちょっと力がある程度の、徒党を組んだ一般人が、ドライバー付けた幹部連中に敵うはずはない。俺もそこが気になっていてね」
 そんなことを喋りながら、昇降機前のボーイに招待状を提示する千尋。それを受け取り静かに頷くと、三人を昇降機内へ導く。横に控えられたボタンで向かうのではなく、ボーイが持つIDカードをリーダーに認証し、その後すぐに鋼鉄の箱は静かに動き出した。
 誰も何も言わない、無言の時間はそう長くは無かった。ほんの三分ほどの静寂であったが、灰崎と千尋は言い知れない緊張感を抱いていた。しかし、そんな二人を横目に見ると、肩を静かに叩く。
(――大丈夫だ。俺がいれば……大概どうとでもなる)
 その理由を口にはしなかった京であったが、元一般人と現一般人である二人にとっては、この上ない支えとなっていた。
 やがて、緩慢な上昇感が終わり、静かに鉄の扉が開く。眼前に広がる光景は、新たな戦いの舞台であった。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第二百四十八話


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 そこから数時間後のこと。日は落ち、徐々に一番星が見え始める午後六時半。
「――しかし、普段着慣れたスーツと違う奴だからよ、どうも違和感が拭えねえな……」
 元々ただの黒のショートヘアであった灰崎は、髪をオールバックに整え、ご丁寧に青色のカラーコンタクト、そして濃い灰色かつ新品のスーツを着用。胸元には黒色の蝶ネクタイに、純白のハンカチーフも備えており、極道と言うよりも夜の遊びを知ったジェントルマン、あるいはある会社の若社長と言った、綺麗な印象を抱く。
 渡されたアタッシュケースも手に持って、いざという際の臨戦態勢を整えた状態である。
「そんなのアタシもだよ。就活ですら大してここまで整えてなかったのにさ」
 セミロングの黒髪につけていた紫のエクステは取り外し、大本の髪形すら大胆に変更。
 ただ無造作に下ろしていただけの髪を、清潔感が見て取れるようにアップヘアに。肩が大きく開いたオフショルダーの、蒼の光沢があるボディラインが分かりやすいタイトなドレスを着用。大したアクセサリーを持ち合わせていなかったため、京と灰崎が考えセレクトした、サファイアが中央に飾られた銀色のネックレスと、細やかな装飾が施されたバングルを付けている。
「俺に関しては、別に変装しなくても……なんて、そんなのは野暮だもんな」
 追われている身ではない京は、髪型を特に変えることはせず、素材の味を生かした漆黒のスーツを着用。教会の中では有名人であるため、万が一裏社会のつながりがある可能性もあるため、ただサングラスだけを着用。他二人と比べ、実にカジュアルであった。
 そしてそれぞれが耳に小型の無線機を着用。いざという際の連携が取りやすくなるように、京が自分の物を複数譲渡している。
 ドレスコードに則《のっと》りふさわしい恰好に整えた一行は、招待状を手に持ちある場所を訪れた。それは、千葉県千葉市|美浜《みはま》区の幕張新都心に聳え立つ、ニューアルマホテル。オーナーが不明となっているが、よくアジア圏の人間が出入りしているとの情報が出回っている、グレープに存在するような異例の超絶高級ホテル群を除くと、日本の中でも最高級クラスのホテルである。
 地上から天を突くようにぐんと伸びた、地上五十階まで続くセントラルタワー、その周りをぐるりと取り囲むように複数の建物が子分のように建て並んでいる。ちなみに、それらの支部的な建物群も、地上二十階の高層ビルであり、辺りに与える威圧感はかなりのものである。全てのビル、その中に備えられた客室数は優に二千を超え、その点で言うならば理想郷を超える。
 中央に聳え立つセントラルタワー、その内最上階とその下二つのフロア、三フロアをぶち抜いて作られたカジノこそ、千葉県各所に存在する裏カジノから招待状を貰い、招待を受けた者しか立ち入ることが許されない至高のカジノ、『Resort』が存在する。
 その施設に、|流浪の獣《リウラン・ショウ》は潜伏している。その理由こそ、千尋のかつての記憶であった。
 ホテル内を歩きながら、見る者を引き付ける、三人のセレブリティな見た目。しかし、そんな三人が交わすやり取りはその日の株の話だの、会社経営の話だの、そういった自分の金にまつわる物ではない。
「――奴ら、元々金稼ぎがそこまでうまくなかったの。でもあるタイミングでやたら羽振りがよくなった」
「それが、このカジノ群の経営、ってことか」
「厳密には、カジノだけじゃあなくこのホテルの経営だ。グレープのものよりも規模感もグレードも落ちるだろうが、普通の客から一般的な富裕層まで、幅広く満たせる点からして、正直山梨支部のシノギよりも時間に対するリターンはデカい。普通、中華マフィアがンなもん経営していたらお上は怒るはずなんだけどね……それすらも金で買収してんのさ」
 それによる地域の治安の悪化が起こり、人々はあらゆる安寧を求める。それが千葉支部本拠地である東京デスティニーアイランドといい、流浪の獣主導となったホテルやカジノ運営といい、寄る辺が潤沢にあるのである。
「――『二つの大きな感情の喪失』。それは、この千葉県民だったら大体既に経験している事柄だ。それによって日々の問題から逃げ、争うことを忘れる。だが、それは決して悪いことばかりじゃあない。昨今の混乱する社会情勢上、悲しむことも怒ることも多いだろう。千葉支部は、ある意味平和に貢献している殊勝な支部なんだよ」
 ただ、それをどうにかしようとしているのが、流浪の獣とどこかに存在する新生山梨支部である。
「……最近、流浪の獣は凶暴化してる。自分の居場所を追われたことに対する怒りなのか、元教会の信者だろうと容赦なく取り込むか殺しにかかる。敵対することを全く恐れていないかのように」
「――だがよ、それって連中からしたらただの自殺行為だろ? 流石に凶暴化しているとはいえ、あんだけ世間様に迷惑かけている、そんな教会の悪事を知らないはずはない。少なくともテレビ中継をジャックした神奈川支部、そして同じく大々的にテレビ中継で英雄学園との抗争を流した……と言うか学園長さんが流した茨城支部……その二つの支部がやった悪事はそう簡単に消えねえはずだ」
「そこなんだよ、連中の謎は。ただちょっと力がある程度の、徒党を組んだ一般人が、ドライバー付けた幹部連中に敵うはずはない。俺もそこが気になっていてね」
 そんなことを喋りながら、昇降機前のボーイに招待状を提示する千尋。それを受け取り静かに頷くと、三人を昇降機内へ導く。横に控えられたボタンで向かうのではなく、ボーイが持つIDカードをリーダーに認証し、その後すぐに鋼鉄の箱は静かに動き出した。
 誰も何も言わない、無言の時間はそう長くは無かった。ほんの三分ほどの静寂であったが、灰崎と千尋は言い知れない緊張感を抱いていた。しかし、そんな二人を横目に見ると、肩を静かに叩く。
(――大丈夫だ。俺がいれば……大概どうとでもなる)
 その理由を口にはしなかった京であったが、元一般人と現一般人である二人にとっては、この上ない支えとなっていた。
 やがて、緩慢な上昇感が終わり、静かに鉄の扉が開く。眼前に広がる光景は、新たな戦いの舞台であった。