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第二百四十六話

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 灰崎は男を怪訝な目で見つめながら、そして千尋はそんな二人の何とも言えない複雑な空気感に居心地が悪くなっていた。その渦中たる当の本人は、と言うと……大量のチップを『ビスケット』に交換し圧縮した中で、二人の視線を意に介すことなく、ノンアルコールドリンクを煽っていた。
「……山梨ぶりだな。女でも作って裏カジノにいるとは……王漣組は放っぽり出してきたか?」
「馬鹿言え、再起はいつだって考えている。今回の案件は……先の事件での活躍が何とかと言われて、英雄学園の学園長さん直々に頼まれた結果だ」
 事情が全く分からない様子の千尋は、物怖じすることなく男に質問する。それは、実に単純なものであり、灰崎も知りたかったもの。
「――ところで、貴方は誰なんです? アタシ……最初部外者だったんで分からないんですけど」
「……まあ、本来ならそこまで名乗るようなもんでもないが……今回は別に時間を急いでいるわけではないからよ、特別出血大サービスで教えてやろうじゃあないの」
 テーブルの上で頬杖を突き、腹に一物抱えたような笑みを浮かべる男。
「俺は……この場だから深いことは言えないが、『教会』のある支部、その支部長を務めている……『京佑弐郎(カナドメ ユウジロウ)』。とはいえ、基本的に今回も仕事帰りと言うか仕事抜きと言うか。元より堅気連中には手を出さないのが俺のポリシーだからよ、安心してもらっていい」
 京は、怪訝そうに見つめる二人を、手をひらひらと振ることで少しでも怪しむ雰囲気を霧散させようとしていた。しかし、どうもここの二人にとって、教会関係者と言うだけで睨みつける対象になる。
「――何だよ、俺別に何かした訳じゃあねえぞ? 今に関してはただ純粋に裏カジノでバカ儲けていただけだぜ?」
「……確かに、それはそうだな」
 それに、本人自体に悪事を行うような意志は無い。それは以前のやり取りで何となく理解している。人を見る目だけは自信がある灰崎が、そう確信できる台詞こそ……「英雄になりたい男」と言う文言。
「それに、だ。お二人さんが何考えているかは知らねえが……俺も一枚噛みたいとは思うんだな、これが」
 現に、二人の目指す常勝・圧勝をすでに達成している京は、協力相手としては十分。ノウハウを教わるでもよし、少々戦略的なイカサマ相手として結託するもよし。
「お二人さん……流浪の獣(リウラン・ショウ)に用事があるんだろ? 仕事抜きとはいえ、俺もそうだ。プライベートでちょっと灸をすえる案件があってな……悪い話じゃあねえとは思うんだが……稼ぐ手伝い、と言うよりこの『ビスケット』……何枚か譲渡しようか?」
 現状、この交渉のテーブルの上で最も有利な存在は京であるのだから、目的のためには京の提案は非常に魅力的。一も二もなく飛びつく……それこそが求められるのだが。
「――でも、アタシは正直、この人を信じきれない。灰崎さんのように完全な被害者ならまだしも、被害者ではなく交渉上完全に有利な相手から提示される、こちらに有利すぎる提案は……受けろと言われてもおいそれと受けられない」
「……ふゥん?」
 灰崎も同感である意を無言で示すと、京は一瞬だけ目を閉じた後、無邪気に笑って見せた。
「――合格。圧倒的に有利な相手から、圧倒的に有利な条件を付きつけられてもなお、警戒する心を忘れない。何ならNOを突きつけられる、その根性(ガッツ)……気に入った。片方堅気の人間ではあるが、協力相手としては十分だと、俺は思う」
 二人の勇気ある虚勢に心打たれた京は、二人の肩を抱いてある作戦を伝えた。それは決して京発信で流動的にチップを工面する、と言う話ではない。『バレないイカサマ』をするための内緒話であった。

 先ほどと同じテーブルに着く灰崎と少し離れた千尋。それに、バーカウンターで高い酒を煽る、斜向かいに座る京――この構図こそが、三人が結託できる構図であった。
「では、ゲームを始めていきましょう」
 それぞれに手札が配られていく中、灰崎はそのカードを確認。しかし、これはただのある事項を確認するための予備動作として、巧妙にカモフラージュされている。
 それもそのはず、丁度斜向かいからギリギリディーラーの手札が確認できる角度が存在し、それを京が確認し、千尋に簡単なハンドサインで伝える。それを視線だけ動かし確認した後は、千尋自身が後ろ手で灰崎に対しハンドサインを送る。
 ただ、この中で灰崎が目撃できてしまうと、それは単純に監視に千尋のいる角度を見てしまった瞬間に全てがバレてしまう。
 そこで、灰崎が持たされた『超高性能アタッシュケース』の出番であった。このアタッシュケースには、『監視カメラ』の機能が備わっている。潜入捜査時に用いるガジェットの一つなのだが、それをあらかじめ起動させた状態で灰崎の足下に、ただのアタッシュケースを置くように設置。
 そこから、千尋の指の動きをあらかじめラーニングしておいた判読機能で、数字をすぐに表す。ディーラーの数字をぴったりと当てることが出来、攻守の選択が自由にこなせるようになるのだ。
 ただ、いくら常勝・圧勝を目指しているとはいえ、全ての勝負に勝ってしまっては灰崎に疑いの目がかかってしまう。そのため、ランダムに勝ち負けを灰崎側で操作し、何かしらの作為的なものを感じさせないようにする。時折、ドリンクを配給するウェイターもカメラの前を通るが、その時はわざと負ければいい、疑われにくい完全なイカサマの成立であった。
 大幅に減少していた軍資金が、次第に増加していく。何度もゲームを重ねていくうちに、当初の軍資金たる十万まで取り戻した挙句、二倍にも三倍にも増やした結果、当初の予定よりも圧倒的なチップ数を有する結果に。
「――お客様、お見事ですね。そこまで勝利なされる方はそういらっしゃいませんよ。貴方には幸運の女神が付いているのかもしれません」
「――そりゃあどーも」
 ディーラーが辺りの監視役に簡易なジェスチャーを送ると、常勝・圧勝状態となった灰崎の元に、この裏カジノのオーナーが訪れる。正体がバレてしまっては困る、と京はフードを目深に被り、同じく大勝ちした者の中に紛れる。
 オーナーは、見たところ齢八十代後半と言えるほどに年を召した、白髪かつ漆黒のスーツの男であった。皴は王漣以上に深く刻まれており、その最初の印象は裏社会に一切関係のない老体である。しかし、こんな裏カジノのオーナーを務めている事実が、灰崎と千尋の脳を混乱させる。
「貴方がた、このような小規模のカジノよりも、もっと上のカジノがあることを、ご存じでしょうか」
「それって、俺の連れ同然の高校生も行けるものかな? この二人もかなりイケる口なんだけどさ」
 変装した灰崎と千尋を凝視するオーナー。万が一変装がバレ、灰崎と千尋の正体が明かされてしまったら、流浪の獣に近づくどころの話ではなくなる。灰崎と千尋を付け狙う流浪の獣を黙らせるには、正体がバレてしまっては話が始まらない。
 しばらくの凝視の後、咳ばらいを一つするオーナー。
「――少なくとも、高校生がいた際の正体がバレてしまうリスクが存在します。ドレスコード等しっかりと、しなければまず不可能でしょうね」
 それは暗に、『その場にふさわしいドレスコードすら満たせていれば、招待する』と示された証である。言質を取った灰崎一行は、不敵な笑みを浮かべたまま、その裏カジノを後にするのだった。



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 灰崎は男を怪訝な目で見つめながら、そして千尋はそんな二人の何とも言えない複雑な空気感に居心地が悪くなっていた。その渦中たる当の本人は、と言うと……大量のチップを『ビスケット』に交換し圧縮した中で、二人の視線を意に介すことなく、ノンアルコールドリンクを煽っていた。
「……山梨ぶりだな。女でも作って裏カジノにいるとは……王漣組は放っぽり出してきたか?」
「馬鹿言え、再起はいつだって考えている。今回の案件は……先の事件での活躍が何とかと言われて、英雄学園の学園長さん直々に頼まれた結果だ」
 事情が全く分からない様子の千尋は、物怖じすることなく男に質問する。それは、実に単純なものであり、灰崎も知りたかったもの。
「――ところで、貴方は誰なんです? アタシ……最初部外者だったんで分からないんですけど」
「……まあ、本来ならそこまで名乗るようなもんでもないが……今回は別に時間を急いでいるわけではないからよ、特別出血大サービスで教えてやろうじゃあないの」
 テーブルの上で頬杖を突き、腹に一物抱えたような笑みを浮かべる男。
「俺は……この場だから深いことは言えないが、『教会』のある支部、その支部長を務めている……『京佑弐郎《カナドメ ユウジロウ》』。とはいえ、基本的に今回も仕事帰りと言うか仕事抜きと言うか。元より堅気連中には手を出さないのが俺のポリシーだからよ、安心してもらっていい」
 京は、怪訝そうに見つめる二人を、手をひらひらと振ることで少しでも怪しむ雰囲気を霧散させようとしていた。しかし、どうもここの二人にとって、教会関係者と言うだけで睨みつける対象になる。
「――何だよ、俺別に何かした訳じゃあねえぞ? 今に関してはただ純粋に裏カジノでバカ儲けていただけだぜ?」
「……確かに、それはそうだな」
 それに、本人自体に悪事を行うような意志は無い。それは以前のやり取りで何となく理解している。人を見る目だけは自信がある灰崎が、そう確信できる台詞こそ……「英雄になりたい男」と言う文言。
「それに、だ。お二人さんが何考えているかは知らねえが……俺も一枚噛みたいとは思うんだな、これが」
 現に、二人の目指す常勝・圧勝をすでに達成している京は、協力相手としては十分。ノウハウを教わるでもよし、少々戦略的なイカサマ相手として結託するもよし。
「お二人さん……|流浪の獣《リウラン・ショウ》に用事があるんだろ? 仕事抜きとはいえ、俺もそうだ。プライベートでちょっと灸をすえる案件があってな……悪い話じゃあねえとは思うんだが……稼ぐ手伝い、と言うよりこの『ビスケット』……何枚か譲渡しようか?」
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「――でも、アタシは正直、この人を信じきれない。灰崎さんのように完全な被害者ならまだしも、被害者ではなく交渉上完全に有利な相手から提示される、こちらに有利すぎる提案は……受けろと言われてもおいそれと受けられない」
「……ふゥん?」
 灰崎も同感である意を無言で示すと、京は一瞬だけ目を閉じた後、無邪気に笑って見せた。
「――合格。圧倒的に有利な相手から、圧倒的に有利な条件を付きつけられてもなお、警戒する心を忘れない。何ならNOを突きつけられる、その根性《ガッツ》……気に入った。片方堅気の人間ではあるが、協力相手としては十分だと、俺は思う」
 二人の勇気ある虚勢に心打たれた京は、二人の肩を抱いてある作戦を伝えた。それは決して京発信で流動的にチップを工面する、と言う話ではない。『バレないイカサマ』をするための内緒話であった。
 先ほどと同じテーブルに着く灰崎と少し離れた千尋。それに、バーカウンターで高い酒を煽る、斜向かいに座る京――この構図こそが、三人が結託できる構図であった。
「では、ゲームを始めていきましょう」
 それぞれに手札が配られていく中、灰崎はそのカードを確認。しかし、これはただのある事項を確認するための予備動作として、巧妙にカモフラージュされている。
 それもそのはず、丁度斜向かいからギリギリディーラーの手札が確認できる角度が存在し、それを京が確認し、千尋に簡単なハンドサインで伝える。それを視線だけ動かし確認した後は、千尋自身が後ろ手で灰崎に対しハンドサインを送る。
 ただ、この中で灰崎が目撃できてしまうと、それは単純に監視に千尋のいる角度を見てしまった瞬間に全てがバレてしまう。
 そこで、灰崎が持たされた『超高性能アタッシュケース』の出番であった。このアタッシュケースには、『監視カメラ』の機能が備わっている。潜入捜査時に用いるガジェットの一つなのだが、それをあらかじめ起動させた状態で灰崎の足下に、ただのアタッシュケースを置くように設置。
 そこから、千尋の指の動きをあらかじめラーニングしておいた判読機能で、数字をすぐに表す。ディーラーの数字をぴったりと当てることが出来、攻守の選択が自由にこなせるようになるのだ。
 ただ、いくら常勝・圧勝を目指しているとはいえ、全ての勝負に勝ってしまっては灰崎に疑いの目がかかってしまう。そのため、ランダムに勝ち負けを灰崎側で操作し、何かしらの作為的なものを感じさせないようにする。時折、ドリンクを配給するウェイターもカメラの前を通るが、その時はわざと負ければいい、疑われにくい完全なイカサマの成立であった。
 大幅に減少していた軍資金が、次第に増加していく。何度もゲームを重ねていくうちに、当初の軍資金たる十万まで取り戻した挙句、二倍にも三倍にも増やした結果、当初の予定よりも圧倒的なチップ数を有する結果に。
「――お客様、お見事ですね。そこまで勝利なされる方はそういらっしゃいませんよ。貴方には幸運の女神が付いているのかもしれません」
「――そりゃあどーも」
 ディーラーが辺りの監視役に簡易なジェスチャーを送ると、常勝・圧勝状態となった灰崎の元に、この裏カジノのオーナーが訪れる。正体がバレてしまっては困る、と京はフードを目深に被り、同じく大勝ちした者の中に紛れる。
 オーナーは、見たところ齢八十代後半と言えるほどに年を召した、白髪かつ漆黒のスーツの男であった。皴は王漣以上に深く刻まれており、その最初の印象は裏社会に一切関係のない老体である。しかし、こんな裏カジノのオーナーを務めている事実が、灰崎と千尋の脳を混乱させる。
「貴方がた、このような小規模のカジノよりも、もっと上のカジノがあることを、ご存じでしょうか」
「それって、俺の連れ同然の高校生も行けるものかな? この二人もかなりイケる口なんだけどさ」
 変装した灰崎と千尋を凝視するオーナー。万が一変装がバレ、灰崎と千尋の正体が明かされてしまったら、流浪の獣に近づくどころの話ではなくなる。灰崎と千尋を付け狙う流浪の獣を黙らせるには、正体がバレてしまっては話が始まらない。
 しばらくの凝視の後、咳ばらいを一つするオーナー。
「――少なくとも、高校生がいた際の正体がバレてしまうリスクが存在します。ドレスコード等しっかりと、しなければまず不可能でしょうね」
 それは暗に、『その場にふさわしいドレスコードすら満たせていれば、招待する』と示された証である。言質を取った灰崎一行は、不敵な笑みを浮かべたまま、その裏カジノを後にするのだった。