バイクを走らせ、ナビゲートに導かれるまま数十分。場所は千葉県中央部に位置する、千葉市中央区。本家本元、元町・中華街は神奈川県の横浜エリアに存在する。しかし千葉県千葉市にも『小さな中華街』と称されるエリアが存在する。それこそ、千葉銀座通り。
横浜に存在する大きな中華街と比べると、店の数は少ないものの、あちらよりもよりディープな中華街と評する存在は少なくない。各所に存在する中華料理店は名店揃いであり、地元や県外の固定ファンはかなり多い。
超高性能バイクをワンボタンでアタッシュケースの姿に戻すと、それを片手に千尋と散策することに。重さに関しては、超常的な技術によって片手で持てるほどになっているらしい。学園長主導となってあらゆるものを開発している、学園都市技術部の末恐ろしさを認識する。
そこまで高い建物は多くなく、商店街であるからこその人々の温かさが存在し、来る者皆満足そうに笑っていた。
「――最近、笑顔の人……増えたと思う。気味悪いほどに、さ」
「…………」
一応、どう行っているかは灰崎には分からないものの、味方側にその要因たる存在がいるため、変な疑いをかけられないためにも何も語らないようにした。しかし、どうも渋い顔をしている彼を、細い目で見やる千尋。女の勘、と言う奴は第六感よりも恐ろしいものである。
「……ま、ここで話してくれない、ってことは……私たち一般人が関わっちゃあ駄目なくらい、重要なことなんでしょ。そういうことにしておいてあげる」
「――はい、すんません」
先ほどまでのバイク旅の中での関係性が、どうもひっくり返った印象を抱く。男は一部の性悪を除いて嘘が下手な生き物であるため、しょうがない部分もある。
「……それでよ、
流浪の獣に関する場所なんだろ、ここ」
「あっ、あんまりそのワード口にしないで」
一部市民から、どうも快くない睨みを貰う灰崎たち。悪戯に首を突っ込む存在を良く思わない仲間意識の高さ……それは
流浪の獣の構成員だけでなく、彼らにかつて世話になった市民もそうである。
適当な一時のバズり、それを目論んだ若い輩はこれまで何人も存在したが、皆揃って『痛い目』を見て帰ってくるばかり。
多少の出血だけで済むなら
穏便。
臓器を一個か二個失って帰ってくるのは
普通。
最悪は――口にするだけでも悍ましい、『開き』にされること。
『なぜか』健全な臓器が数個無くなった……そんな空っぽの胴体が、翌日のゴミ捨て場に放られる未来も存在する。
外敵要因から身を守ろうとする結果ゆえ、変に立ち入ることは自殺行為。それはどの裏社会勢力でもいえた話だが、流浪の獣は残虐・暴力性に秀でているからこそ、下手な詮索は身を滅ぼす代表例と言えるのだ。
少し悩んだ後、遠回しに濁して伝えることが最善だと気付いた灰崎は、あからさまに言葉を選びながら千尋と接していた。
「――それで……『ワンちゃん』は、どこにいるんだ?」
「言い換えてそれなんだ……まあいいけど。奴らは、基本的にあらゆる中華料理店に店員として在籍しているか、その辺に普通にいるかのどっちか。決まった拠点ってのは……あんまり無いっぽい」
一部構成員が決まった事務所を持ってはいるものの、それはあくまで少数を複数箇所に散らし、戦力の完全霧散を防ぐ目的があるらしい。
「……じゃあ、そこら辺で情報収集、か?」
「うーん、正直すぐに口割るだなんて人はいないと思うな……酒でべろんべろんにするくらいしか手立てはなさそう」
しかし、灰崎は自分の不手際であるとはいえ、多少なり地元民を警戒させてしまったことに引け目を感じていた。
そのため、眼前に存在する、見ているだけで実に騒がしく居て飽きない……そんなある店を一点に見つめる。まるで巨大な風車に立ち向かう、
夢見がちな騎士のように。それもこれも、ある作戦を思いついたからこそ。
自分の尊厳云々を完全に捨て去る必要があるものの、命を救ってもらった大恩を少しでも返すことが出来る以上、背に腹は代えられないと考えていたのだ。
「――すまない、千尋。『女子高生』になってくれるか」
「……は??」
立ち寄った店は
、仮服や
鬘など、ありとあらゆるものが揃うドン・キホーテ。上から下まで、コスプレかつチープな出来にはなるが、簡易的に男子高校生と女子高校生の疑似カップルが出来上がるのだ。
(……ちょっと、本当にこんな役演じなきゃいけないの?)
(すまない、俺の不注意で……そう簡単に口を割ってくれないような状況になっただろう。少しでも警戒心を解くべく……コレが一番うってつけだと思ったんだ)
非常に大きな溜息を吐く千尋は、何とびっくり金髪の白肌ギャルに。多少なり化粧を派手にしている影響か、そしてカラーコンタクトの影響か、これまでの少々疲労感の滲み出た若い未亡人然とした見た目が、実に若々しいものに。
未亡人だ何だと語ったが、決まった相手が死んだわけでもなく、何なら年齢イコールほぼ『居ない』歴なのだが、そして実年齢はこれでも二十二歳なのだが、少々『キツい』ことを除けばちゃんと不良女子高校生の姿を演じられている。
それに対する灰崎は、元々の苦労人然とした見た目を何とかして消すべく、茶髪のウィッグをワックスで固め、どこかホストのような髪型にアレンジ。そして学生服も不良を思わせるダボついた振る舞いそのままである。実際はただサイズが微妙に合ってないだけなのだが、演出としては最高の状況である。
さらに安っぽい香水を振りまき、よくいる学校内でブイブイ言わせているだけのチンピラのような、当人の安っぽさを全力で演出。これでも演じている中の人物は、チンピラなど可愛く思える、離散してしまったものの極道組織の二代目組長を務めているのだが。
それぞれがそれぞれの見た目をコーディネートした結果、前時代的な不良カップルが出来上がったのだ。
「ね、ねえねえレンくーん。チーたん美味しいもの食べたぁい……」
「お、おう千尋。俺最近羽振り良くってよ。学校なんざ
早退て昼飯でも食おうぜ」
実にぎこちない。取って付けたかのようなイマジナリー不良を演じているため、中身が空っぽ。少しでも中身の追求をされたら、脆くも崩れてしまうほど、欠陥だらけのコスプレであった。それに、学校をさぼっていく場所が、ラブホなどの爛れた場所ではなく料理店と言うのも、灰崎の何とも言えない誠実さが見え隠れして仕方がない。
しかし、このコスプレの効果はなかなかのものであり、先ほどは商店街の人間すべてから疑いの目を持たれてしまったが、今やちょっと浮いているだけの地元民として何とか演じられている。
警戒心を完全に解くべく、不良学生のふりをし続け食べ歩く、偽りのデートを行う二人。千尋は役を演じるというよりも、嘘偽りない千尋の姿を見せていた。いつの間にか、『レン君』という呼び名から、『廉治』に代わっていったり、一週間の間に植え付けられた恐怖心がどこかへ霧散していったかのような、無垢な笑顔を見せていたり。
灰崎は、と言うと。高校生活と言うものを一切経験した事が無いため、一つ一つの経験がとても新鮮であった。演じている役柄の歳、その時には組で雑務を行っていたばっかりに、食べ歩きだの異性と歩くだの、そういった事柄を経験する間もなく成人した。結衣とのやり取りがあったものの、未だ『その』経験もない。
あの仕事をしていた以上、女性に対し真摯であることが求められる。特定の誰かと結ばれるだなんてことは、万が一あってはならない。最悪責任問題に発展する……そんな中で、異性との繋がりはか細いものであった。
だからこそ、今この瞬間が新鮮そのものであったのだ。高校生の制服に袖を通し、余暇を利用し青春を謳歌する……役を演じているとはいえ、そのあり得なかった当たり前が、灰崎にとっては宝物同然であったのだ。コスプレであるだろうが、実に嬉しいものであったのだ。
役という皮が、めくれているようで残存している。そんな奇妙な状況であっても、二人は笑顔であった。
「ねえ廉治、次何する?」
「そうだな……ゲーセンで遊ぶか」
二人、購入した焼き餃子串を手にしながら、笑い合う。一本当たり千五百円であるそれを、しっかり二本持って。二人の間に『その』感情は無いはずなのに、まるで役など関係ないように、『その』感情を本物さながらに演じる二人が、道行く人々には眩しく見えたのだった。