次第に、狐川の言葉通り、教会による支配が徐々に広がっていく中、立ち回り方が困窮していく。
先見の明と言うべきか、それとも先に多少なり息がかかっていたのか、真綿で首を絞められているかのような気味悪さが、グレープ全体に伝播する。あれだけトップがちゃんとしていた蛇使組からも、大勢の離脱者が現れたことから、王漣組にもその波が来るのか、と戦々恐々としていた。
王漣組の現状の組長たる王漣は、年齢の影響で組の運営を灰崎や他の若頭補佐に任せている。組長の座に座る以前から、運営の問題上、事実上のトップとなっている中で、遂に教会からの接触が発生し始めたのだ。
始まりは、そこまで圧力の無いものであった。金銭で解決できるのなら、と多額の金をチラつかせ組の買収に動くなど、品性下劣な存在としか思っていなかった。
しかし、ここで疑問に思ったのは、あれだけ統制の取れた蛇使組の構成員が、なぜ教会側にある程度流れていったのか、というもの。そしてその灰崎の素朴な疑問は、すぐに解決することとなるのだ。
それこそが、あの
灰崎結衣にまつわる事件。精神面に限りなく負担をかけることで、灰崎の心は完全に疲弊していた。唯一と言っていい血縁者という、大切な存在を喪った灰崎は、何かしらのきっかけがあればもう自分でいられない、そんな確信があった。自分は蛇使組二代目ほど出来た存在ではない、何かのきっかけで壊れてしまうかもしれない。
そしてそれが、このタイミングなのかもしれない。
確証はない。しかし、嫌な胸騒ぎがするのだ。
ある日、何者かに呼ばれ現組長たる王漣が某所に呼ばれた。彼を呼び出した存在がどんな存在か、組の運営に携わる存在として、そしてその胸騒ぎを払拭するためにも、一目見ておきたかったのだ。
だが、その胸騒ぎは的中してしまう。
王漣が、フードを目深に被った存在に、心臓を抉られたのだ。いともたやすく、刃物など使うことなく、ただの女の腕によってぶん捕られたのだ。
絶命の瞬間、王漣だけは絶望する灰崎の視線を感じ取り、その方を見やる。一人の極道、その歴史の終わりを、こんな形で目撃してしまった彼に対し、ただ優しく笑む。わざとではあるが、彼の心に深い傷を負わせるのだ。
若い存在ではあるが、現状の組を維持、あるいは発展できるような存在は、灰崎しかいない。古い価値観ばかりに縛られるのではなく、彼に敢えて重荷を背負わせる。
可愛い子には旅をさせよ、とはよく言ったもので、王漣はまさに灰崎に『旅』をさせるために、穏やかに笑って死んでいったのだ。
(お
、組長……!!)
涙を溢れさせながらも、灰崎はその場を全速力で離れた。この非常事態を、一秒でも早く組員に伝えなければ、最悪内部分裂が起こる恐れがある。組長が命がけで守った宝物を、全力で後世の人間が守る。堅気の皆にはその気持ちが分からないだろうが、『大切なものを守り抜く』と言い換えれば、きっと伝わるだろう。
それこそが、灰崎の大前提であったのだ。
結果的に、王漣組は教会の末端組織に加わったものの、何とかして組を立て直すべく、組長代理として全力で足掻いた。しかし、名無しの構成員だけでなく名有りの構成員すら、教会の歪んだ思想に染まりそうであったのだ。ヤクザの絆は血よりも濃い、だなんて話もあるが、そんなものは昔の任侠映画の見過ぎだ、と馬鹿にされる始末。
どう足掻こうと、殺された組長と言う大黒柱を喪った中で、分裂は止まらない。挙句の果てに、遊郭ビジネスは教会に九割がた吸収された結果場所だけの提供をする、何とも言えない無力感ばかりの環境下。
灰崎は、ほんの少し『旅』を強いた王漣を、少しばかり恨んでいた。
しかし、突如として思わぬ『光』が差し込む。それこそが、清志郎を始めとした英雄陣営。全てを打ち明け、いつかこの組織を再興するべく、教会との戦い、その中での共同戦線を容認したのだ。
「――ってのが、俺の今までだ。もしこれだけ明かして、信用ならねえってなら……俺は一人きりで戦地に赴く。仮にも千尋……アンタは堅気な中、この渦中に巻き込まれてんだからよ」
しかし、灰崎が後ろを見やると、千尋はパンキッシュなメイクが崩れてしまうほどに泣き腫らしていた。
「お、オイ大丈夫かよ? は、ハンカチいるか?」
ただ無言で、その灰崎の提案を、首を横に振ることで拒絶。
「……今まで、そんな踏み入った裏社会の話だなんて聞いたこと無かったけれど……何ならテレビのニュースでどこの何の組が……とかって話くらいしか聞いたことは無かったけれど……そこまで酷い目に遭ってきたんだ、灰崎さん」
「――別に、俺は不幸自慢をしたかったわけじゃあないんだがな。単純に……千尋、お前を救ったことは誇りにだなんて思ってねえし、至極当然のことのように思える。それもこれも……俺を拾ってくれた前組長と清志郎さん、その恩義に報いるべく、死ぬ一歩手前でつないだ命を有効活用してんだよ、俺は」
世の中で見るならば、極道……ひいてはヤクザと揶揄される存在は、世間からの風当たりが強い。どれほどの人格者がそこに居ようと、全員が全員人格者であるはずがない。抗争や内部分裂、あらゆる内ゲバが起こりうる歪な格差社会こそ、極道社会である。
1986年12月から1991年2月頃まで続いたバブルの時代は、好景気に多くの一般人が金をチラつかせ、男と女がディスコフロアで躍り明かす……文字通り
泡沫のような時代であった。
それはヤクザにおける黄金期でもあるのだが、そこからずっと彼らは下火の世界で生きている。バブル時代の終焉から、暴対法が発布、施行されており、締め付けは強くなっていく。一般人からしたら当然の報いなのだろう。しかし、しょうがなくその世界で生きることしかできない、世間様からあぶれた存在は、ただ法に首を絞められていくだけ。
二千五十年である現代、ヤクザは表立って活動するだなんてことは夢のまた夢。灰崎のような殊勝な存在であっても、そうであることが発覚した瞬間に世間の目は厳しいものになる。例え足を洗おうとしても、元暴五年条項が足を引っ張る。
元暴五年条項とは、ヤクザなどの反社会的勢力の人間が足を洗った後、五年間はあらゆる『契約』が不自由になり、世間様から雁字搦めを受ける決まり事である。この五年間に耐え、堅気の人間として戻るか、これに耐えられず再びヤクザや反社会的勢力の人間として生きるか。ある意味究極の選択であり、人生の分岐路である。
灰崎自身、まだ足を洗う気はない。あらゆる問題が片付いたら、王漣組は再興させたいと考えていた。今度は、教会の世話にならないような
、一本独鈷でやっていく強固な組織を目指す。ただ、灰崎の目指す道はあくどいヤクザを嫌う、『極道』としてある在り方を選ぶ。弱きを助け、強きを挫く。時代遅れだと笑われようが、それが今の彼の目指す道である。
だが、世相はヤクザを酷く嫌う。どんなに当人の在り方が殊勝だとしても、排他される存在に他ならない。そのため、この意志も揺らいでしまうのかもしれない。
だから、せめても世間様に多少なり迷惑をかけた償いとして、そして生存が絶望的であったあの状況から、自分自身が極道であるのにも拘らず、そんなものは関係ないと犯した間違いを償うべく、再起のチャンスを与えてくれた清志郎と信一郎に、少しでも恥ずかしくない姿を見せる。
例えそれが、どんな死地であろうと人助けを行う。漢と漢、魂で繋がる約束であった。
「――だから俺は、俺のやってることに……特別なものを何も感じちゃあいない。至極当然、当たり前の事象として処理する。度を越えた死地に投入されようが、堅気の皆さんが少しでも幸せに生きられんなら、それで十分なんだよ」
千尋は、そんな達観した灰崎に対し、心から少しでも疑った自分を恥じた。自分よりも、ほんの少し年上であるだけなのに、灰崎自身の命に対しての価値観が少々軽く感じているだけで、他は世に存在するような、口だけで正義を語る偽善者のそれよりも遥かうえ、高尚かつ尊敬に値する精神性を持ち合わせていることに、尊敬の念を抱く。
「……貴方も、人のこと言えないくらい……随分『お人よし』なんだ」
「――『お人よし』、ねェ。そんなこと……考えたこともなかった。俺は俺が受けた恩を、ただ十倍にでも膨らませて返すくらいやらないと……気が済まないだけだ」
「それはもう十分に『お人よし』だって。自分の利なんて眼中にない、誰かの幸せを想い続けるその心根……きっと、アタシのしょうもない人生よりも、濃い人生を送ってきたんでしょ」
片手で黙って小突くと、それ以上は運転に専念し、何も語らない灰崎。口で否定するよりも、無言で何かしらのアクションを行う方が、きっと伝わると考えてのものであった。