そこから、灰崎は王漣組に親子杯を交わして仲間入り、血の滲むような研鑽を重ねた。暴力から、格闘へ。せめて
王漣治馬と言う男の元に居ても、全く見劣りしないような構成員へなれるように。高校に行っていないからと言って、学の無さを理由にシノギの幅を狭めてはならないと、勉学にも精を出した。
結果、その努力が認められ、異例のスピード出世。ただの若衆が、ものの三年ほどで部屋住みが、若頭補佐を務めるまでになった。そのシンデレラ・ストーリーは、周りの若衆の勢いをさらに増強させていき、教会が絡む手前の王漣組であれば最高クラスの勢いであった。他の組すら飲み込まんとする、その圧倒的な勢いは、他県の極道組織も目を見張るものであったという。
しかし、極道の出世と言うものはそう甘いものではなく、組の中でも次の跡目争いが水面下で起こるほどであった。それは王漣組以外でもいえた話で、灰崎の他にも若頭補佐は存在する中で、次なる若頭……ひいては王漣治馬を継ぐ存在となるために、どんな汚れ仕事も行うような非情な輩が存在したのだ。
しかし、灰崎はどこまで行っても非情になり切れなかったのだ。
いわゆる、昔ながらの極道。上にのし上がるために、どんなことでもするだなんて口走ったのにも拘らず、結局その『一線』を超えられていないのだ。
灰崎はいてもたっても居られず、王漣にそのことを相談しに行った。
結果、帰ってきた返答は、予想だにしないものであったのだ。
『――何だ、そんなことか。俺は……お前さんのやり方、結構好きだぜ。古ィと言うか不器用ッつうか。ヤクザもんは基本的に、馬鹿だとなれねえし頭良すぎてもなれねえし、中途半端だと余計に『成れねェ』もんだ。でもよ、堅気の皆さんに危害加えるような外道は――本当の意味で『成れねェ』んだ』
その時から、グレープは成立している中で、遊郭の事業を行っている王漣。それも結局、従業員である女の子とマナーのあるお客、それらのWIN‐WINな関係性を好いている。法に則った存在ではないだろうが、無関係の人間を害してまで得た
泡銭に価値は無い、そう考えている王漣だからこその答えであった。
『あまり気負うな、あまり考えるな。お前さんなりのやり方で、俺に利を齎してくれ。それがお前さんなりに納得いくもんなら……俺は何も文句は言わねえよ』
その言葉がきっかけとなり、灰崎は自分の不器用な生き方に自信が持てるようになった。どこか前時代的な、稀代の
名俳優、高倉健や
菅原文太がフィルムの向こう側で演じていたかのような、無骨な極道を志すようになった。馬鹿だと言われようが、何だろうが。それが灰崎なりの生き方と合致したのだ。
ある時、別の組と酒を飲む機会が生まれた。その時には、王漣のお墨付きとなった灰崎は、次期若頭の筆頭になっていた。年功序列と言う半ば
形骸化した負の遺産をそのままにすることを嫌った王漣が、遊郭事業の結果的な成功と言う功績を元に、灰崎を異例ではあるが押し上げた。
改革に似た功績を他の組にアピールするべく、山梨の極道組織が一堂に会し、大規模の宴会を開いたのだ。
成り上がりの体現者たる灰崎の周りに、コバンザメの如く付き続けるのは、媚び諂う弱小組織の構成員ばかりで、何とも居心地が悪かった灰崎は、そんな連中の目から離れるべくたった一人で飲んでいた。
そんな彼の元に、一人の組長が。同じく若くして二代目を継いだ存在であり、先日同業者の
殺人のお勤めを終えた存在、灰崎よりも五歳ほど年上の存在たる蛇使組の二代目組長、狐川であった。
『よォ、お前さん……王漣組の
若頭、灰崎じゃろ。成り上がりの代表格……まさかそのお人をお目にかかれるとはのォ』
『――確か、蛇使組の二代目組長。お勤め、お疲れさまでした』
頭を下げる灰崎に対し、すぐさま頭を上げるよう軽快に笑って見せる狐川。古き良き礼儀礼節を重んじるものの、基本豪胆な性格である狐川にとって、『そういった』場でない限り多少メリハリをつけ態度が軟化する。今回はあくまで酒宴が主、格式ばったような灰崎の態度がどうもむず痒かったのだ。
『……確か、王漣組の
若頭たるお前さんは……今
二十歳じゃったか。ワシが人のこたァ言えんが、中々異例の出世劇じゃのォ。荷は重うないか?』
『……重くないと言えば、嘘になります。周りから……僻みみたいなものもありますし』
本来、極道の世界は基本的には年功序列でできている。そうでないと少々人間関係の
歪みが生まれてしまいやすくなるため、基本的には年が上の人間が出世する傾向にある。功績や組に落として来た金など、しっかりと見るところはあるが、灰崎のような若い存在が上に立つことは滅多にないのだ。
『何、そこまで気にするこたァ無いじゃろう。グレープでの功績は相当のもんじゃ。王漣の
組長さんの事業の引継ぎじゃろうが、基本的にあの夜の世界は今大成しとる。別に王漣の組長さんを悪く言うわけじゃアありゃせんが……若い意見を柔軟に取り入れんと、あっこまでの人気にはなっとらん。自分に自信持っとっても
、文句なんぞ言われんよ』
傍で煙草の箱を取り出す狐川を見た灰崎は、黙って自前のライターを取り出し、火を差し出す。半ば諦めたかのような苦笑を見せると、狐川は黙ってその火を利用し、煙草に火を灯す。その礼と言わんばかりに、狐川から一本差し出すと、少々疑問に思いながらも受け取った。別にそこまでの礼を求めていなかったからであった。
『――こりゃああくまで予感じゃが……その内、ワシらの裏社会は大きゅう変わる気がする。せめて……お前さんに大層な幸福が訪れること……
願うとるよ』
その表情は横目で見る限り、今後訪れるであろう障害が分かっているかのような、あきらめの境地に至ったもの。ヤクザ自体は、穢れを嫌うこの世間で、お世辞にも生きやすいような存在ではないことは、灰崎も十分理解している。しかし、それ以上に灰崎の知らない『何か』を知っているような。
『……ご忠告、痛み入ります。この山梨に根を下ろした組同士……仲良くやりましょう』
『――おう、規模じゃあ負けとるが、蛇使組は大きゅうなる、と言うよりワシがより大きゅうする。前組長の意志受け継いで、恥じんほどの組織にする。そこはお互い、競争じゃ』
示された握り拳に、どうするべきか迷っている灰崎であったが、狐川は彼の手を取ってわざとらしく拳同士をぶつけた。それこそが、二人の間に出来た、奇妙な友情の証であったのだ。